【インタビュー】「最後まで男だった」 酒井高徳が旧キャプテンと交わした会話とは
サッカーキング2017年7月31日(月)6時50分
地元である新潟でオフを過ごした酒井。リラックスした表情でインタビューに応じてくれた [写真]=嶋田健一
理想のキャプテン像は人それぞれだ。味方を叱咤、鼓舞するタイプや仲間をサポートするタイプ、黙ってついてこいタイプ……。いろいろな理想像があるだろう。
私の場合、高校生の時に“キャプテン”というものに就いたが、それはその競技で同じ学年の女子が1人もいなかったためで、任命されたとか、推薦されたとか、そんな立派なものではなかった。キャプテンという立場にプレッシャーを感じたこともなければ、反対に充実感を感じたこともない。そもそも個人競技だったし、今振り返れば「キャプテンっていう響き、なんかかっこいいなあ」と思っているような、名ばかりのキャプテンだった。
だから、酒井高徳のプレッシャーは想像もつかない。リーグ創設時のオリジナルメンバーであるハンブルガーSVで、しかもブンデスリーガにおいて日本人初のキャプテンだなんて。4大リーグ(ブンデスリーガ、プレミアリーグ、セリエA、リーガ・エスパニョーラ)に広げても、日本人がキャプテンに就任するのは初めてだと言うではないか。そんな大役、考えるだけで胃がキリキリしてきそうだ。長らく日本代表でキャプテンを務める長谷部誠も、ドイツでキャプテンマークを巻いたことはあるが、それは一時的なもの。酒井が新しい歴史を作ったと表現しても決して大げさではないだろう。
言うまでもなく、日本人が海外クラブでキャプテンを務めるのは簡単なことではない。慣れない生活環境やサッカーのスタイルに適応できるのか、というレベルの話ではないし、たとえ本人が意識していなくても、周囲の目は明らかに変わるものだ。酒井は「今までどおり、自分のやるべきことを続けて、変わらずにいようと思った」と言うが、やはり今までどおりというわけにはいかなかった。「勝手に壁を作られましたね。『お前、キャプテンになって変わったな』と嫌味を言われることだってありましたよ。元々、僕は静かなタイプなんですけど、それがクールぶっているように見られたり……」。生え抜きの選手でなければ、ドイツで生まれ育ったわけでもない。仲の良かった選手までもが、冷たい態度を取ってきた。
「そういう雰囲気は最初だけだと思っていましたけど、僕に近寄らなくなった選手には、自分から話しかけに行きました。そうしたら、次第に『あの選手にこう伝えてくれないか?』と頼ってもらえるようになりました。いい意味で、キャプテンいじりをされることも増えましたよ」
選手には褒めて伸びるタイプもいれば、発破をかけることで燃えるタイプもいる。試合の映像をチェックする時は、プレーよりも失点に絡んだ選手の態度を注視するようになったという。「一番気を付けたのは、その選手のキャラクターを把握すること」。新米キャプテンは、オフの日もチームのことばかり考えていた。
2部降格の危機にあったハンブルガーSVは、酒井がキャプテンに就任してから徐々に調子を取り戻していった。順位も一時は13位に上がり、チームには余裕が生まれてきた。しかし、残留確定を目前にして3連敗を喫してしまう。ベテラン選手の「チームには何の問題もないと思う。みんなが心のどこかで、『あと3試合ですべて終わる』と思っていたんだろう。それは慢心だよ」という鋭い指摘に、酒井は大きく頷いた。そして、こう呼びかけた。
「あと18日で残りの人生が決まる。2部に降格したことのないチームを、初めて降格させたメンバーになっていいのか。俺のことは嫌いでもいいから、残りの18日間だけ我慢してくれ。それが終わったら好きなようにしていいから。俺も残留のためにすべてを尽くす。俺を信じてついてきてくれ」
まさにキャプテンの言葉だった。再び一つにまとまったチームの結末は、今さら説明するまでもないだろう。
日本に朗報が届く中で、私にはずっと気になっていたことがあった。それまでキャプテンを務めていたヨハン・ジュルーとの関係性だ。酒井がシーズン中にキャプテンになったということは、シーズン中にキャプテンを外された選手がいるということで、気まずくなってはいないだろうかと勝手に心配していた。しかも、ジュルーはシーズン終盤に2軍落ち。私だったら、自分のせいではないと分かっていても、罪悪感を抱えてしまう。しかし、そんな心配は杞憂だったようだ。
「チームで一番と言っていいほど仲が良かったんですよ。だから、キャプテンに任命された時、すぐにジュルーのところに行って、2人で話しました。彼はこう言ってくれたんです。『お前に対してじゃなくて、チームに対しては不信感を抱いている。正直、キャプテンを外されたことに残念な気持ちはある。でも、それでチームが変わるのであれば受け入れるし、新しいキャプテンがお前で良かった。他の選手だったら、俺がキャプテンを続けると言っていたかもしれない。何か力になれることがあれば、いつでも言ってくれ』と。だから、自分の近くにいて、何かあったら本当に助けてほしいと伝えました」
酒井がキャプテンに就任したことで、あからさまに態度を変えるチームメートがいた中で、陰ながらサポートしてくれるジュルーの存在は大きかった。だが、名門クラブのキャプテンという重圧と責任、緊張感は想像以上だった。プレッシャーのかかる試合が続き、酒井にはチームを離れた戦友を気にかける余裕がなくなっていったという。だからこそ、すべてが終わった時にきちんと伝えたい言葉があった。
「お前にとって、残酷なシーズンだったかもしれないけど、チームに貢献してくれてすごく助かった。1軍だろうが、2軍だろうが、最高の友達だ。チームのために我慢して、すべてを受け入れてくれた姿勢に感謝する。これからもずっと友達だよ」
最終節のヴォルフスブルク戦後、2人は取材エリアで熱い抱擁をかわしていた。
酒井高徳という人間は、自分の思いを、自分の言葉で伝えようとする男だ。そこが彼の魅力であり、マルクス・ギスドル監督が大役を任せた理由の一つかもしれない。インタビュー時間が予定をオーバーすることはしばしば。こちらもついつい聞き入ってしまうものだから、誰かに止められるまで会話が終わらない。時間をかけて言葉を紡ぐ姿は真っすぐで、たとえドイツ語であったとしても、その思いはしっかりと相手に伝わると思う。
酒井が新シーズンもキャプテンマークを巻くかどうかは分からない。続投となっても、また残留争いをするようなことになれば、同じ苦しみを味わうかもしれない。それでも、私は見たいと思う。勝利のために走り続け、最後まで決して諦めない。選手のキャラクターに合わせて声をかけたり、ドイツ語で審判に抗議したり、オーバーリアクションでサポーターを盛り上げたりする酒井高徳、かっこいいじゃないか。
インタビュー・文=高尾太恵子
写真=嶋田健一、ゲッティイメージズ
私の場合、高校生の時に“キャプテン”というものに就いたが、それはその競技で同じ学年の女子が1人もいなかったためで、任命されたとか、推薦されたとか、そんな立派なものではなかった。キャプテンという立場にプレッシャーを感じたこともなければ、反対に充実感を感じたこともない。そもそも個人競技だったし、今振り返れば「キャプテンっていう響き、なんかかっこいいなあ」と思っているような、名ばかりのキャプテンだった。
だから、酒井高徳のプレッシャーは想像もつかない。リーグ創設時のオリジナルメンバーであるハンブルガーSVで、しかもブンデスリーガにおいて日本人初のキャプテンだなんて。4大リーグ(ブンデスリーガ、プレミアリーグ、セリエA、リーガ・エスパニョーラ)に広げても、日本人がキャプテンに就任するのは初めてだと言うではないか。そんな大役、考えるだけで胃がキリキリしてきそうだ。長らく日本代表でキャプテンを務める長谷部誠も、ドイツでキャプテンマークを巻いたことはあるが、それは一時的なもの。酒井が新しい歴史を作ったと表現しても決して大げさではないだろう。
言うまでもなく、日本人が海外クラブでキャプテンを務めるのは簡単なことではない。慣れない生活環境やサッカーのスタイルに適応できるのか、というレベルの話ではないし、たとえ本人が意識していなくても、周囲の目は明らかに変わるものだ。酒井は「今までどおり、自分のやるべきことを続けて、変わらずにいようと思った」と言うが、やはり今までどおりというわけにはいかなかった。「勝手に壁を作られましたね。『お前、キャプテンになって変わったな』と嫌味を言われることだってありましたよ。元々、僕は静かなタイプなんですけど、それがクールぶっているように見られたり……」。生え抜きの選手でなければ、ドイツで生まれ育ったわけでもない。仲の良かった選手までもが、冷たい態度を取ってきた。
「そういう雰囲気は最初だけだと思っていましたけど、僕に近寄らなくなった選手には、自分から話しかけに行きました。そうしたら、次第に『あの選手にこう伝えてくれないか?』と頼ってもらえるようになりました。いい意味で、キャプテンいじりをされることも増えましたよ」
選手には褒めて伸びるタイプもいれば、発破をかけることで燃えるタイプもいる。試合の映像をチェックする時は、プレーよりも失点に絡んだ選手の態度を注視するようになったという。「一番気を付けたのは、その選手のキャラクターを把握すること」。新米キャプテンは、オフの日もチームのことばかり考えていた。
2部降格の危機にあったハンブルガーSVは、酒井がキャプテンに就任してから徐々に調子を取り戻していった。順位も一時は13位に上がり、チームには余裕が生まれてきた。しかし、残留確定を目前にして3連敗を喫してしまう。ベテラン選手の「チームには何の問題もないと思う。みんなが心のどこかで、『あと3試合ですべて終わる』と思っていたんだろう。それは慢心だよ」という鋭い指摘に、酒井は大きく頷いた。そして、こう呼びかけた。
「あと18日で残りの人生が決まる。2部に降格したことのないチームを、初めて降格させたメンバーになっていいのか。俺のことは嫌いでもいいから、残りの18日間だけ我慢してくれ。それが終わったら好きなようにしていいから。俺も残留のためにすべてを尽くす。俺を信じてついてきてくれ」
まさにキャプテンの言葉だった。再び一つにまとまったチームの結末は、今さら説明するまでもないだろう。
日本に朗報が届く中で、私にはずっと気になっていたことがあった。それまでキャプテンを務めていたヨハン・ジュルーとの関係性だ。酒井がシーズン中にキャプテンになったということは、シーズン中にキャプテンを外された選手がいるということで、気まずくなってはいないだろうかと勝手に心配していた。しかも、ジュルーはシーズン終盤に2軍落ち。私だったら、自分のせいではないと分かっていても、罪悪感を抱えてしまう。しかし、そんな心配は杞憂だったようだ。
「チームで一番と言っていいほど仲が良かったんですよ。だから、キャプテンに任命された時、すぐにジュルーのところに行って、2人で話しました。彼はこう言ってくれたんです。『お前に対してじゃなくて、チームに対しては不信感を抱いている。正直、キャプテンを外されたことに残念な気持ちはある。でも、それでチームが変わるのであれば受け入れるし、新しいキャプテンがお前で良かった。他の選手だったら、俺がキャプテンを続けると言っていたかもしれない。何か力になれることがあれば、いつでも言ってくれ』と。だから、自分の近くにいて、何かあったら本当に助けてほしいと伝えました」
酒井がキャプテンに就任したことで、あからさまに態度を変えるチームメートがいた中で、陰ながらサポートしてくれるジュルーの存在は大きかった。だが、名門クラブのキャプテンという重圧と責任、緊張感は想像以上だった。プレッシャーのかかる試合が続き、酒井にはチームを離れた戦友を気にかける余裕がなくなっていったという。だからこそ、すべてが終わった時にきちんと伝えたい言葉があった。
「お前にとって、残酷なシーズンだったかもしれないけど、チームに貢献してくれてすごく助かった。1軍だろうが、2軍だろうが、最高の友達だ。チームのために我慢して、すべてを受け入れてくれた姿勢に感謝する。これからもずっと友達だよ」
最終節のヴォルフスブルク戦後、2人は取材エリアで熱い抱擁をかわしていた。
酒井高徳という人間は、自分の思いを、自分の言葉で伝えようとする男だ。そこが彼の魅力であり、マルクス・ギスドル監督が大役を任せた理由の一つかもしれない。インタビュー時間が予定をオーバーすることはしばしば。こちらもついつい聞き入ってしまうものだから、誰かに止められるまで会話が終わらない。時間をかけて言葉を紡ぐ姿は真っすぐで、たとえドイツ語であったとしても、その思いはしっかりと相手に伝わると思う。
酒井が新シーズンもキャプテンマークを巻くかどうかは分からない。続投となっても、また残留争いをするようなことになれば、同じ苦しみを味わうかもしれない。それでも、私は見たいと思う。勝利のために走り続け、最後まで決して諦めない。選手のキャラクターに合わせて声をかけたり、ドイツ語で審判に抗議したり、オーバーリアクションでサポーターを盛り上げたりする酒井高徳、かっこいいじゃないか。
インタビュー・文=高尾太恵子
写真=嶋田健一、ゲッティイメージズ
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