多くの人々に愛された大久保嘉人 「誰よりもストイックな求道者」が完全燃焼へ
サッカーキング2021年11月22日(月)18時40分
今季での現役引退を表明した大久保が会見に出席 [写真]=吉田孝光
「みなさん、こんにちは、本日はお足元の悪い中、お集まりいただき、ありがとうございます。大久保嘉人は…、今シーズンをもって…引退します。すみません…」
「20年間っていう長い間でしたけど…、本当に最高のサッカー人生でした…。まだ伝えたいことがたくさんあるんですけど、皆さまに感謝したいと思います。ありがとうございました」
ついにこの日が来てしまった。
11月22日に行われた引退会見。J1歴代最多の通算191ゴールを奪っている偉大な点取屋、大久保嘉人は冒頭から号泣しつつ、言葉を詰まらせながら今季限りでプレーヤー人生に終止符を打つことを宣言した。本人も「泣かない予定やったのに、速攻泣いてしまいました」と苦笑したが、この電撃引退には日本サッカー界全体が衝撃を受けた。
それもそのはず。筆者は今月5日にロングインタビューを実施。その時点では「自分のプロ21年間は90点くらい。満足しているし、自分でもよくやったなと思います。残り10点は200ゴールとチームタイトルかな。そのためにも『とりあえずパスをくれ』と言いたい。200点取ったら早くやめたいから」と、前向きな発言を聞いたばかりだったからだ。
それからわずか2週間後のクラブからの公式引退発表には、「まさか」という思いしかなかった。
その背景を本人はこう説明した。
「決めたのは11月16日です。20年間、本当に細い糸が1本ギリギリでつながっているなという状態でずっとやってきました。ふと1人になった時に『今、ここで辞めた方がいいのかな』思い、妻に伝えました」
“ジョホールバルの歓喜”から24年目、そして日本代表がオマーンを撃破したその日に直感的な決断を下した大久保。彼自身の中では「まだまだ動けるし、できるだろうと言われるうちにやめたい」という哲学がプロ入り時からあったという。三浦知良のように50代半ばまで現役を続ける者、遠藤保仁や小野伸二のように40代でも契約延長を選ぶ者、中田英寿のように20代でユニフォームを脱ぐ者、と引き際はそれぞれ。
しかしながら、大久保の場合は200ゴールまであと9と迫っていた。それだけに「もう少し続けてほしい」という願いを抱く関係者やサポーターは少なくないはずだ。
それでも、本人は「もう200を目指さなくていいと思うとスッキリした」と清々しい表情で言い切った。それだけ前人未到の大記録に向かい続けるには、想像を絶するエネルギーとパッションが必要なのだ。
それを20年以上も維持し、最前線を走り続けたことだけで称賛に値する。「悪童」「やんちゃ」「破天荒」といったイメージの強い大久保だが、本当のところは「誰よりもストイックな求道者」というのが真の姿ではないだろうか。
実際、メディアの前では18歳の頃から一貫して素直な男だった。新人時代にセレッソ大阪の南津守グラウンドを訪ねた頃こそ、人見知りの一面があったものの、2005年1月のマジョルカデビュー、日本代表、川崎フロンターレ時代など要所要所で会うと、いつも笑顔で楽しそうに話をしてくれた。裏表のない物言いに胸を揺さぶられたのは一度や二度ではない。そのストレートさが行き過ぎて、誤解されがちな部分もあったが、こんなにハッキリと自分の意見を口にし、プレーで表現し続けた潔いフットボーラーは大久保くらいと言っても過言ではない。
「確かに会ったことがない人は『怖い』っていうのはあるでしょうね。でも会ったら全員わかってくれるので。それに、俺、何かを言われてもあまり気にしないんです。それより『絶対に見返してやろう』って。それは得点です。だから周りに『ボールを出せ』と要求するし、そうしないと得点できないから」
関わるものの誰もが彼の魅力に引き込まれる。人懐こい笑顔と正直な発言は報道陣も虜にするのに十分すぎた。そんなスター中のスターがまた1人、Jリーグから去るのは本当に寂しい。191というゴール数だけでなく、J歴代最多となる104の警告数、12度の退場、そして強烈なパーソナリティ含め、こんなストライカーにはそうそうお目にはかかれないだろう。
見る者の胸をトキメかせる39歳のパフォーマンスを見ることができるのは、まず11月27日の名古屋グランパス戦と12月4日の清水エスパルス戦のリーグ2試合。ここでJ1ゴール数を可能な限り、伸ばすことが肝要だ。200到達はさすがに難しいかもしれないが、195ならクリアできるかもしれない。応援してくれる数多くの人々の夢を背負って、彼は貪欲に泥臭くゴールに突き進むしかない。
その後には天皇杯が待っている。12月12日の準決勝、浦和レッズ戦に勝てれば、19日の決勝で古巣・川崎と国立競技場で激突できる可能性がある。国立と言えば、国見高校時代の選手権制覇、2004年アテネ五輪アジア最終予選突破など数々の歴史を作ってきた場所。プロ生活最初で最後のチームタイトルを取り、華々しいキャリアを終えること。それこそが、大久保嘉人に相応しい幕引きである。
最後まで多くのファンを魅了し続け、彼自身も完全燃焼できるようなハイレベルなパフォーマンスを今こそ、しっかりと見せてほしいものである。
取材・文=元川悦子
「20年間っていう長い間でしたけど…、本当に最高のサッカー人生でした…。まだ伝えたいことがたくさんあるんですけど、皆さまに感謝したいと思います。ありがとうございました」
ついにこの日が来てしまった。
11月22日に行われた引退会見。J1歴代最多の通算191ゴールを奪っている偉大な点取屋、大久保嘉人は冒頭から号泣しつつ、言葉を詰まらせながら今季限りでプレーヤー人生に終止符を打つことを宣言した。本人も「泣かない予定やったのに、速攻泣いてしまいました」と苦笑したが、この電撃引退には日本サッカー界全体が衝撃を受けた。
それもそのはず。筆者は今月5日にロングインタビューを実施。その時点では「自分のプロ21年間は90点くらい。満足しているし、自分でもよくやったなと思います。残り10点は200ゴールとチームタイトルかな。そのためにも『とりあえずパスをくれ』と言いたい。200点取ったら早くやめたいから」と、前向きな発言を聞いたばかりだったからだ。
それからわずか2週間後のクラブからの公式引退発表には、「まさか」という思いしかなかった。
その背景を本人はこう説明した。
「決めたのは11月16日です。20年間、本当に細い糸が1本ギリギリでつながっているなという状態でずっとやってきました。ふと1人になった時に『今、ここで辞めた方がいいのかな』思い、妻に伝えました」
“ジョホールバルの歓喜”から24年目、そして日本代表がオマーンを撃破したその日に直感的な決断を下した大久保。彼自身の中では「まだまだ動けるし、できるだろうと言われるうちにやめたい」という哲学がプロ入り時からあったという。三浦知良のように50代半ばまで現役を続ける者、遠藤保仁や小野伸二のように40代でも契約延長を選ぶ者、中田英寿のように20代でユニフォームを脱ぐ者、と引き際はそれぞれ。
しかしながら、大久保の場合は200ゴールまであと9と迫っていた。それだけに「もう少し続けてほしい」という願いを抱く関係者やサポーターは少なくないはずだ。
それでも、本人は「もう200を目指さなくていいと思うとスッキリした」と清々しい表情で言い切った。それだけ前人未到の大記録に向かい続けるには、想像を絶するエネルギーとパッションが必要なのだ。
それを20年以上も維持し、最前線を走り続けたことだけで称賛に値する。「悪童」「やんちゃ」「破天荒」といったイメージの強い大久保だが、本当のところは「誰よりもストイックな求道者」というのが真の姿ではないだろうか。
実際、メディアの前では18歳の頃から一貫して素直な男だった。新人時代にセレッソ大阪の南津守グラウンドを訪ねた頃こそ、人見知りの一面があったものの、2005年1月のマジョルカデビュー、日本代表、川崎フロンターレ時代など要所要所で会うと、いつも笑顔で楽しそうに話をしてくれた。裏表のない物言いに胸を揺さぶられたのは一度や二度ではない。そのストレートさが行き過ぎて、誤解されがちな部分もあったが、こんなにハッキリと自分の意見を口にし、プレーで表現し続けた潔いフットボーラーは大久保くらいと言っても過言ではない。
「確かに会ったことがない人は『怖い』っていうのはあるでしょうね。でも会ったら全員わかってくれるので。それに、俺、何かを言われてもあまり気にしないんです。それより『絶対に見返してやろう』って。それは得点です。だから周りに『ボールを出せ』と要求するし、そうしないと得点できないから」
関わるものの誰もが彼の魅力に引き込まれる。人懐こい笑顔と正直な発言は報道陣も虜にするのに十分すぎた。そんなスター中のスターがまた1人、Jリーグから去るのは本当に寂しい。191というゴール数だけでなく、J歴代最多となる104の警告数、12度の退場、そして強烈なパーソナリティ含め、こんなストライカーにはそうそうお目にはかかれないだろう。
見る者の胸をトキメかせる39歳のパフォーマンスを見ることができるのは、まず11月27日の名古屋グランパス戦と12月4日の清水エスパルス戦のリーグ2試合。ここでJ1ゴール数を可能な限り、伸ばすことが肝要だ。200到達はさすがに難しいかもしれないが、195ならクリアできるかもしれない。応援してくれる数多くの人々の夢を背負って、彼は貪欲に泥臭くゴールに突き進むしかない。
その後には天皇杯が待っている。12月12日の準決勝、浦和レッズ戦に勝てれば、19日の決勝で古巣・川崎と国立競技場で激突できる可能性がある。国立と言えば、国見高校時代の選手権制覇、2004年アテネ五輪アジア最終予選突破など数々の歴史を作ってきた場所。プロ生活最初で最後のチームタイトルを取り、華々しいキャリアを終えること。それこそが、大久保嘉人に相応しい幕引きである。
最後まで多くのファンを魅了し続け、彼自身も完全燃焼できるようなハイレベルなパフォーマンスを今こそ、しっかりと見せてほしいものである。
取材・文=元川悦子
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