地獄から天国を味わった尾野弘樹「神様にいい思いをさせてもらった」/全日本ロードJ-GP3 チャンピオンインタビュー
最終戦オートポリスでも圧倒的な速さを見せつけ、ポール・トゥ・フィニッシュを飾った尾野弘樹。チェッカーフラッグを受けた時点では、タイトルを争った小室旭が2、3位でゴールできたように見えたため、おとなしめのウイニングラップに入っていた。しかし、第2ヘアピンでチャンピオンフラッグを渡されたときに、チャンピオンになったことを理解したという。
「第2ヘアピンに差し掛かったときに通過しようとしたら、ニトロ田中さんが呼び止めてくれて、小野(真央)さんにチャンピオンフラッグを渡してもらったときに、チャンピオンになれたことを知りました。どちらかと言えば“運”を持っていない方だと思っていたので、久しぶりに神様にいい思いをさせてもらったシーズンでしたね」
ロードレース世界選手権Moto3クラスにフル参戦した2016年シーズンを最後に、軽量級にひと区切りをつけ、CEV Moto2、全日本ロードJ-GP2クラスを戦ってきた尾野。昨年は、ST1000クラスに参戦予定だったが、コロナ禍のため急きょレースに出られなくなってしまう。
それでもST1000でのテスト契約はあったため、全日本ロードの事前テストなどには参加。セカンドグループを走れる速さを見せていた。
そんな尾野に舞い込んだのは、J-GP3クラスにダンロップタイヤの開発を兼ねて参戦することだった。
「600cc、1000ccと大きいバイクの走り方を習得してきていましたし、また小排気量クラスで速く走ることができるのかと悩みましたね。ただ、2020年はレース参戦を休止していたので、しっかりした体制でレースができるのは、J-GP3クラスを走ることだと決断しました」
軽量クラスに戻るために大排気量マシンを乗るために鍛えた筋肉を落とし、6kg体重を減らし、実際に走り始めたのは2021年の3月、岡山国際サーキットでのことだった。2016年の最終戦バレンシア以来の小排気量マシンだったが、尾野は、いきなり好タイムをマークする。
「1000ccからの乗り換えだったのでパワーがなくて遅く感じましたし“こんなにスピード差があるんだな”と思いました。1分40秒9まで出たのですが、季節的にエンジンが走っているにしても、後で出すのが難しいタイムだったので、乗り換え初日にしては、いいタイムだったんでしょうね」
尾野がいきなり速さを見せたことは、瞬く間に広まり、2021年シーズンのJ-GP3クラスは、尾野と前年ランキング2位の小室旭を中心にタイトル争いが繰り広げられるだろうというのが、大方の予想となっていた。
「開幕前からタイトルを争うのは、小室選手だと思っていました。2019年は同じチームで一緒に仕事させてもらいましたが、2020年は村瀬選手のアドバイザーとして戦っていた相手でしたので、よく走りを見ていましたし、KTMの速さも分かっていましたから」
開幕戦ツインリンクもてぎは、尾野がホールショットを奪い、そのままレースをリード。小室、細谷翼、小合真士が続き4台がトップグループを形成していた。ストレートスピードに勝る小室は、2番手につけ周回を重ねるが、レース終盤に細谷に仕掛けられてしまい尾野に勝負できずに終わる展開となっていた。尾野にしてみれば、後方でバトルをしてくれたことで復帰戦を優勝で飾ることができていた。
「開幕戦の時点では、まだまだ乗れていない状態でした。だから、このレベルでトップ争いができるのか? と疑問が残る状態でした。課題も山積みの状態でしたが復帰初戦で勝てたことは、よかったですね」
開幕戦で幸先よく優勝を飾った尾野だったが、続くSUGOラウンドの事前テストで転倒を喫し、右足の甲を骨折してしまう。レースウイークは翌週だったため、全く回復していない状態ながら小室と一騎打ちのトップ争いを繰り広げる。惜しくも競り負けたが、2位でゴールする意地を見せる。
しかし、その一月後の筑波ラウンドでも右足は完治せず、右コーナーが厳しく、リヤブレーキもうまく使えない状態だった。筑波は、1周約2キロの全日本の開催されている中では最もタイトなコースだけに休む時間がなく集中力が要求される。そこで、J-GP3クラスでは唯一の2レース制。怪我のハンディは大きかったが、さらなる不運が尾野を襲う。
ウエットレースとなったレース1。筑波をホームコースとする小室はトップに立ち逃げて行く。これを追いたい尾野だったが、アジアコーナー立ち上がりで目の前のライダーが転倒し、これに巻き込まれてしまう。再スタートを切るが1周遅れの24位となり痛恨のノーポイント。続くレース2も小室が独走でダブルウインを決め3連勝。尾野は2位となるものの、絶望的なポイント差がついてしまう。
「全日本ロードのポイントシステムは、今シーズンから変わりましたが、それでも1戦落としたらタイトルを争うのは厳しいと思っていましたし、周りからも、そう言われていました。まさか自分がそんな状況になって、レース2もぶっちぎられて、完全にメンタルがやられた筑波ラウンドでしたね。J-GP3クラスは、ST600クラスみたいに毎回トップが変わることもないですし、相手が小室選手ということもありましたしね」
鈴鹿からの3戦は、とにかく速く走り勝つことだけを考えることに切り換えた尾野。怪我も治り、走り慣れていた鈴鹿だったこともありマシンを理解することもプラスに働いた。チームも尾野の思いに応えようと、細かい部分まで突き詰め、最高の状態でマシンを渡してくれていた。
その期待に応え、鈴鹿、岡山国際、そしてオートポリスとポールポジションから圧倒的な速さを見せ3連勝をマーク。同ポイントながら逆転で奇跡のチャンピオン獲得劇を成し遂げた。
「本当に多くの方が祝福してくださいました。これがランキング2位だったら、全く違ったんだと思うと、チームに感謝という2文字しかないですね。世界を走っていたときよりも頭を使いながら走れていますし、自分自身の成長を感じることができたシーズンでした」
まさに地獄から天国を味わった尾野の2021年シーズン。全日本ロードJ-GP3クラスのレベルを一気に引き上げ、若手ライダーの見本となるライディングを見せてくれた。若手ライダーは、尾野のライディングに学び、その壁を越えて世界を目指して欲しいものだ。
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