悲願の初優勝 オースティン・エックロートの夢が叶った月曜日【舩越園子コラム】

2024年3月5日(火)12時0分 ALBA Net

エックロートは愛妻・サリーと口づけを交わした(撮影:GettyImages)

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<コグニザント クラシック in ザ・パームビーチズ 最終日◇4日◇PGAナショナルR&S チャンピオンC(米フロリダ州)◇6,972ヤード・パー71>

米フロリダ州の難コース、PGAナショナルで開催された「コグニザント・クラシック」は、昨年まではホンダ・クラシックという大会名で親しまれていたが、今年から新たなタイトル・スポンサーを得て再出発した。


しかし、残念ながら悪天候に見舞われ、最終ラウンドの残りは月曜日に順延された。悪天候によるマンデー・フィニッシュと聞くと、2月上旬に開催されたAT&Tペブルビーチが思い出される。だが、あの大会は月曜日に順延されたものの、その後に最終ラウンドの打ち切りが決まり、3日間54ホールに短縮された。

それゆえ、コグニザント・クラシックは今季初の実質的なマンデー・フィニッシュとなり、PGAツアーにおいては14か月ぶりの「マンデー・フィニッシュ」となった。不規則進行は選手や関係者の疲労がかさみ、辛い日々を強いられる。そして試合が月曜日まで持ち越されると、滞在費を含めた諸々の費用もかさむため、マンデー・フィニッシュが歓迎されることは、きわめて少ない。

それでも、激しい雨に降られ、試合が一時的に中断されると、大喜びする人々も実はいる。米メディアによると、PGAナショナルの会場内のマーチャンダイズ・テントでは傘が飛ぶように売れ、レストランやバーは超満員、コンセッション・スタンドではビールがソールドアウトとなり、商売繁盛に大満足の笑顔を讃えていたという。

肝心の試合の経過に話を戻すと、マンデーの朝を緊張しながら迎え、初優勝を挙げて大満足の笑顔を讃えたのは、25歳の米国人選手、オースティン・エックロートだった。

日曜日に7ホールを終えた時点で日没サスペンデッドとなったエックロートは、月曜日の朝を2位に1打差の単独首位で迎え、残り11ホールをプレーした。

「第1打から終始、震えていた」と、エックロート自身は振り返っていたが、アイアンショットはことごとくピンに絡み、そしてパットも次々に沈めた。「ベアーズ・トラップ」と呼ばれる難ホール続きの終盤も穏やかな表情でプレーし、見事に乗り切った。そんな彼の戦いぶりは、緊張を感じさせない堂々たるゴルフだった。

オクラホマ州で生まれ育ったエックロートは、8歳のとき、同州のサザンヒルズで開催された2007年「全米プロ」を現地で観戦。タイガー・ウッズが勝利する姿を間近で眺め、そのときから「PGAツアーで優勝することを夢見るようになった」という。

そして、地元の名門オクラホマ州立大学に進み、1年生のときからゴルフ部の主力選手へ。ナショナル・タイトルを獲得した際のウイニング・チームでは、ビクトル・ホブラン(ノルウェー)やマシュー・ウルフ(米国)と肩を並べていた。

21年にプロ転向。22年の米下部のコーン・フェリーツアー・ファイナルを経て、23年からPGAツアーに参戦。ルーキーイヤーは未勝利に終わったが、全米オープンで10位タイに食い込むなどトップ10入りを4度も果たし、開花の兆しを垣間見せていた。

そして2年目の今季、自身50試合目となった節目の大会で、ついに初優勝を挙げ、花開いた。

「この大会は子どものころから見ていた。とうとう夢が叶った。ドリーム・カム・トゥルーだ」

ウイニングパットを沈めると、走り寄ってきた愛妻サリーと抱き合い、熱いキスを交わした。2人は生後18か月のときに同じベビーシッターに預けられて「出会った」という。そんな運命の出会いから23年後、そしてウッズの雄姿を目にして心を震わせたあの日から17年後。

エックロートの夢は、現実になった。

文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)


<ゴルフ情報ALBA Net>

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