いまこそJAFの役割が問われる”重大局面”。日本のモータースポーツ文化をどう守るか

2020年4月8日(水)11時22分 AUTOSPORT web

 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が止まらない。WHO(世界保健機関)と国立感染症研究所の資料によると3月26日時点で50万人だった「世界の感染者数」は、約1週間後の4月3日に100万人を超え、死者も5万4000人を上回っている。中国・武漢から瞬く間に世界へと広がった“見えない災害”は、いまだ収束の気配すらない。


 日本各地ではクラスターの発生が相次ぎ、首都・東京で確認された感染者数は4月5日に1000人を超えた。そして、7日には東京など7都府県を対象として特別措置法にもとづく「緊急事態宣言」が発令された。


 当然ながら国内モータースポーツ界にも、新型コロナは大きな影響をおよぼしている。


 3月14〜15日はスーパーGT公式テストが無観客の岡山で、同月24〜25日にはパドックへの立ち入りを関係者のみに制限して富士でスーパーフォーミュラ(SF)公式合同テストが実施されたが、事態が一変したのはその直後だった。


 3月28〜29日は富士で無観客のスーパーGT公式テストが行われる予定だったが、その搬入日(SFテストから2日後の27日)に急きょ「中止」が発表されたのだ。当日、早朝から富士を訪れていた本誌取材班は、現場でただならぬ光景を目撃していた。


「朝、高速を降りてサーキットに向かっていると、逆方向に向かう何台ものトランスポーターとすれ違った」


「本来ならピット裏につけているはずのトランスポーターが、東ゲート前の駐車場から次々と引き返していった」


“ほぼ当日”とも言える土壇場でのテスト中止に、多くの関係者は困惑の表情を浮かべていた。エントラントやメディア、そして岡山に続き富士でのテレビ中継を楽しみにしていたファンはもちろんだが、それ以上に無念に感じていたのはGTA(GTアソシエイション)の坂東正明代表自身だろう。


「感染防止、行政による外出自粛要請を踏まえ、苦渋の決断ではありますが、このたびの無観客テストの中止を決定いたしました。日頃よりスーパーGTを心から愛してくださっているファンの皆様にも今回の決定をご理解頂ければ幸いです」


 直接コメントを取ることは叶わなかったが、リリースの文面からも苦悩の末の決断だったことは容易に想像がつく。この突然の決定には、小池百合子都知事が2日前(3月25日)の会見で「感染爆発(オーバーシュート)の重大局面」「週末は不要不急の外出自粛を」と訴えたことが少なからず影響しているのだろう。小池都知事の発言とスーパーGTのテスト中止によって、国内レース界の新型コロナ対策も明らかにフェーズが変わった。


 そして、あくまでも結果論ではあるが、このスーパーGTのテスト中止の決断は紙一重のところでレース界から“新たな感染者”を出すことを食い止めた。3月31日にチーム無限が「弊社チーム契約(SF)ドライバーのマネージャーが新型コロナウイルスに感染していることを確認した」ためだ。 


 もっとも、JRP(日本レースプロモーション)と富士スピードウェイは、SFテストの実施にあたり関係者全員の検温と問診票の義務付けなどを徹底していたほか、感染発覚後は当該チームなどと連携して速やかに問題対処にあたっていたという情報もある。そうした努力の成果によるものだろう。幸いにも、4月6日時点でレース関係者のなかから新たな感染者が出たという報告はない。間もなく2週間が経つことを考えれば、この件についてはひとまず事なきを得たと言える。


 以前にもお伝えしたとおり、開幕戦オーストラリアGPの開始直前の中止発表によって世界中から批判を浴びたF1だが、それからおよそ1週間でさまざまな手を打ってきた。


■F1とイギリスに学ぶ「ファンが誇れる」取り組み


 代表的なところでは、レースカレンダー再構築にあたり8月の調整しろを確保する目的で「全チームの夏季休暇前倒し取得」を行ったほか、チームの財政事情を鑑みて「2021年に導入予定だった車両規定の1年先送り」、そして外出を自粛する世界中のファンに向けた「eスポーツの最大活用」などが挙げられる。


 F1は、その後もさまざまな新型コロナ対策を講じてきた。とくに圧巻だったのは、イギリスに本拠地を置く7つのF1チームが立ち上げた『プロジェクト・ピットレーン』。英国内で著しく不足している人工呼吸器の問題解決に向けて、チームが持つ技術力とリソースを最大限に活用して支援・協力することを高らかに宣言したことだった。彼らが単なるチームではなく、コンストラクター(マシン製造者)であるがゆえの新型コロナ対策でもある。


 この『プロジェクト・ピットレーン』は英国政府からの呼びかけにF1側が直接応えたものだった。現在は全世界的に「平時」ではない。経済的な損失はリーマンショック以上、社会的なダメージは第二次世界大戦以来とも言われる「有事」だ。しかも、今回は戦争と違って理性を持たない未知のウイルスが相手──見えない敵との戦いでもある。


「平時」はライバル同士のF1チームが、現在のような「有事」においては足並みをそろえ、協調して問題解決に向き合う姿勢は、ファンにとっても誇れること。そして、あらためて痛感させられるのは、常日頃から“戦場”に身を置くF1チームは「有事」に強いということだ。


 ひるがえって国内を見てみる。編集部がまとめた別表「JAF(日本自動車連盟)および国内主要レースの新型コロナウイルス対応」を眺めてみると、スーパーGTとスーパーフォーミュラ、スーパー耐久がこの難局にそれぞれのアプローチで対応にあたっていることがよく分かる。


 スーパー耐久機構(STO)は、パドックへの入場を関係者のみに制限して2月29日に富士でテストを行った。その翌々日には、JRPが鈴鹿で行う予定だったスーパーフォーミュラ公式合同テスト(3月9〜10日)と開幕戦(4月4〜5日)の延期を発表し、同日、スーパー耐久開幕戦鈴鹿の延期もアナウンスされた。


 ただ、注目すべきはその1週間後にあたる3月9日。STOと鈴鹿サーキットが、モータースポーツの歴史的価値を現代に伝えるイベント『サウンド・オブ・エンジン』を中止して、同週末(11月21〜22日)にスーパー耐久開幕戦の代替開催を行うと発表したことだ。

3月27日、トヨタ勢は午前中にフィルミング撮影を行なっていたが、それが終わると早々にサーキットから撤収していった。


■「限られた週末の争奪戦」。決着はどうつける?


 STOの立場に立てば、エントラントに対してとにかく早い段階で新たな日程を発表したいという気持ちがあったのだろう。しかし、国内レース界全体を俯瞰して眺めると、そうした対応が仇となる可能性も否定できない。なぜなら、新型コロナ終息(もしくは収束)後は、ここに挙げた3つの主要イベントによる“限られた週末の争奪戦”が予想されていたためだ。3月初旬はいま以上に先行きが不透明だった。


 結果的に東京五輪とパラリンピックが延期され、富士スピードウェイの利用が可能になったとはいえ、仮に夏ごろからレースを再開できたとしても、そのカレンダーは超過密なものとなり、調整が困難を極めることは明白だったはず。


 各プロモーター(GTAとJRP)と競技運営団体(STO)には当初発表していたカレンダーを一戦でも多く予定どおりに開催したい(維持したい)心理が働いていた。そのため「延期か、中止か」「いつ発表するか」などの対応策に躊躇・迷いが生じやすく、結果的に関係者とファンの双方に混乱を招く要因ともなっていた。


 だからこそ7つのF1チームが立ち上げた『プロジェクト・ピットレーン』のような例をヒントとして、日本でもGTA、JRP、STOが全国のサーキット(=オーガナイザー)と協調して今後の対応にあたれる環境が必要だ。


 三者の成り立ちは異なり、レースカレンダー調整は決してひと筋縄ではいかないはず。だからこそ、この「有事」において三者を牽引し、リーダーシップを取るべきは、やはりJAF以外に見当たらない。いまこそJAFの役割が問われる“重大局面”といえる。


 3月28日の会見で安倍晋三首相は新型コロナとの戦いを「長期戦」と表現した。いまは感染拡大を防ぐことが最優先で、世界中の人々が外出自粛などによってウイルスと戦っている。しかし、制約のある生活は徐々に身体と心を蝕んでいく。ウイルスは人の命を奪うが、経済の問題も人の命を奪い、さらに長期化すれば治安の悪化など深刻な事態をも招く。


 健全な社会を取り戻すためには文化、芸術、スポーツの力が絶対に欠かせない。新型コロナ終息後、これまで奪われていた「レースの楽しさ」をふたたびファンに提供するためにも、国内のモータースポーツ文化の灯火を絶やしてはならない。


 JAFにはライセンスの発給、競技会の組織許可、記録の公認といった「平時」の業務だけでなく、「有事」のいまこそモータースポーツ文化の存続をかけてリーダーシップを発揮してほしい。


 現状ではただただ我慢のときだが、有史以来、終息しなかったパンデミックはない。この耐えている時間を新型コロナ終息後の未来について考える機会としたい。


■JAFおよび国内主要レースの新型コロナウイルス対応








































































































月日団体おもな発表内容/出来事など
2月21日JAF3月31日までに開催予定のB級ライセンス講習会の中止もしくは延期を発表。
2月29日STOスーパー耐久公式テスト富士を実施。パドック入場は関係者に制限。
3月2日JRPスーパーフォーミュラ公式合同テスト鈴鹿(3月9〜10日)と開幕戦鈴鹿(4月4〜5日)の延期を発表。
STOスーパー耐久開幕戦鈴鹿(3月21〜22日)の延期を発表。
3月9日STOスーパー耐久開幕戦鈴鹿(3月21〜22日)を11月21〜22日に代替開催することを発表。
3月14〜15日GTAスーパーGT公式テスト岡山を無観客で実施。
3月18日GTAスーパーGT開幕戦岡山(4月11〜12日)の延期を発表。
JRPスーパーフォーミュラ第2戦富士(4月18〜19日)の延期を発表。
3月24〜25日JRPスーパーフォーミュラ公式合同テスト富士を実施。パドック入場は関係者に制限。
3月25日JAF4月30日までに開催予定のB級ライセンス講習会の中止もしくは延期を発表。
ビッグレースについては「感染防止対策の徹底」もしくは「来場制限」など諸施策の検討を要請。
3月27日GTAスーパーGT公式テスト富士(3月28〜29日)の中止を発表。
JRPスーパーフォーミュラ公式合同テスト鈴鹿(4月3〜4日)の中止を発表。
3月30日GTAスーパーGT第2戦富士(5月3〜4日)と第3戦鈴鹿(5月30〜31日)の延期を発表。
STOスーパー耐久第2戦SUGO(4月25〜26日)を10月3〜4日に延期予定であることを発表。
3月31日JRPスーパーフォーミュラ第3戦オートポリス(5月16〜17日)の延期を発表。
TEAMチーム無限がSFテスト富士(3月24〜25日)に参加した外国人スタッフ(1名)の感染を発表。
4月1日JAF4月30日までのビッグレース、公認競技会、ライセンス講習会などの延期を要請。
4月3日JAF5月31日までの競技会の延期または中止について「変更/取消申請」を無料で対応すると発表。
4月6日GTA「新型コロナウイルス感染拡大防止に係る大会変更スケジュール案」を発表。



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