【アトレティコ流クラブ改革の真実②】アトレティの希望を一身に背負うクラブのシンボル

2018年4月18日(水)19時0分 サッカーキング

2011年12月にアトレティコに帰還したシメオネはどん底だったチームを甦らせ欧州屈指の強豪へと導いた [写真]=Getty Images

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「我々の目標は超強大な2クラブ、レアル・マドリードとバルセロナが許す範囲でベストを尽くすこと。チャンピオンズリーグのパリ・サンジェルマンとユヴェントスを見れば、彼らとの戦いが簡単ではないことが分かるだろう。私はアトレティコのいちファンとして、チームがそんな相手と毎年争っていることを本当に誇らしく思う。残り7試合での逆転はまず不可能。だがフットボールは素晴らしい競技だ。チャンスを残してラスト3試合を迎えられることを願っている」

4月8日、サンティアゴ・ベルナベウでレアル・マドリードとのダービー直後の記者会見にて、ディエゴ・シメオネはそう言って笑顔を見せた。

この試合を1−1のドローで終え、首位バルセロナとの勝ち点差は11に開いた。彼の言う通り、今季の逆転優勝はまず不可能だろう。一方、この引き分けでアトレティコはレアル・マドリードとの勝ち点4差を保っただけでなく、宿敵を4位に引きずり下ろしている。

これでラ・リーガにおける敵地でのダービーは5シーズン連続で負けなし。それも3勝2分と勝ち越している。それはシメオネが監督としてアトレティコに戻ってきた2011年12月の時点では、考えられなかった状況である。

シメオネの就任当時、アトレティコはコパ・デル・レイで当時3部のアルバセテに敗れる失態を演じた直後で、リーグ戦では中位をさまよっていた。その2季前にはヨーロッパリーグを制して久々のタイトルを手にしていたが、国内ではバレンシアやセビージャ、ビジャレアルらの躍進の陰で中位に沈むこともしばしば。スペイン第3のクラブとしての自信と誇りはすっかり失われていた。

長期的視野を持たず、その場しのぎの補強を繰り返すフロント。クラブ愛が強すぎるがゆえ、過剰なプレッシャーをかけ続ける情緒不安定なファン。少しでも歯車がずれると修正がきかず、あっさり自滅してしまう貧弱な選手たち。シメオネが就任後すぐに取り組んだのは、彼らに染みついた負け犬根性を取り払うことだった。

「お前たちがアトレティコにいるのはなぜだ? それは世界最高レベルの素晴らしい選手だからだ」

就任初日の練習前、シメオネはそんな言葉で選手たちに喝を入れると共に、練習、試合を問わず常に100%の力を出し切ることを要求した。別にそれは特別なことではない。むしろ多くの監督が言いそうなことである。だが現役時代の彼を知っている選手たちには、その言葉ががつんと響いたという。

シメオネは94〜97年、03〜05年の2期にわたってアトレティコの中心として活躍した選手だ。95−96シーズンにはリーガとコパの2冠獲得にも貢献。何より闘争心をむき出しにして戦うプレースタイルがファンの間で絶大な人気を博した。つまり彼が選手たちに求めたのは、他でもない自身が現役時代を通して体現してきたプレーだった。

並行してシメオネは、チームが目指すべきプレースタイルも明確に打ち出した。

常にコンパクトなブロックを保ちながら、時に大胆にラインを押し上げてハイプレスをかけ、時に自陣ゴール前のスペースを消しながら我慢強く相手の攻撃をはね返す。そしてボールを持ったらシンプルかつダイレクトな速攻を仕掛け、素早く相手ゴールを陥れる。アグレッシブな全員守備と鋭いカウンターを武器とするフットボールは、自身が中心として活躍した頃のアトレティコを理想形としたものだった。

シメオネの就任以降、それまで1試合平均1.69失点を喫していたチームは急激に守備力を高め、公式戦7戦連続で無失点を維持。選手たちは毎試合20回を軽く超えるファウル数と平均4枚の警告を受けるアグレッシブな戦闘集団へと変貌した。そしてこの年、最終的に決勝トーナメントを9戦全勝で駆け抜けてヨーロッパリーグ優勝を果たしたことで、チームは大きな自信を得ることになった。

翌シーズンにはサンティアゴ・ベルナベウでのコパ・デル・レイ決勝という最高の舞台で宿敵レアル・マドリード相手に14年ぶりの勝利を挙げた。3年目の2013−14シーズンには2位バルセロナとの直接対決となったカンプ・ノウでの最終節を1−1でしのぎ、18年ぶりのリーグタイトルを手にしている。

その後はレアル・マドリードに競り勝った2014年のスーペルコパ・エスパーニャを最後にタイトルから遠ざかっているが、ラ・リーガでは3季連続で2強に次ぐ3位を確保してきた。悲願の初優勝を目指すCLでは4季連続でレアル・マドリードに敗れているが、14年以降は2度の決勝進出を含め、決勝トーナメントの常連として定着している。

その間、チームは毎年のように主力選手を引き抜かれながら、国内外で高い競争力を維持してきた。

今季もそうだ。昨夏はFIFAから受けた補強禁止処分により新戦力の登録が叶わず、前半戦はチェルシー、ローマと同組に入ったCLでグループリーグ3位に終わるなど、苦しい戦いを強いられた。それでも復帰したジエゴ・コスタを前線に加えた後半戦は首位のバルセロナを猛追し、第27節の直接対決を迎える時点で勝ち点4差まで迫った。ヨーロッパリーグでは順当にベスト4に勝ち進んでおり、優勝候補の筆頭として6年ぶりのタイトル獲得に近づいている。
■監督の立場を超越したアトレティコの象徴
 シメオネ体制も今季で7年目。スペインでは異例の長期政権である。

就任当初と比べて守備時のファウル数は激減し、カウンター一辺倒にならずコケ、サウール・ニゲスらを中心としたボールポゼッションの質も高まっている。それでもベースとなるプレーコンセプトは変わっていない。個々のハードワークに支えられた堅固な守備ブロックは今も欧州で1、2を争うレベルにある。

主力選手の顔ぶれも、やっているフットボールも代わり映えがないまま、これだけ長期に渡って2強に次ぐ地位を維持するのは並大抵のことではない。

彼が唱える「パルティード・ア・パルティード(1試合、1試合)」のメンタリティーとハードワークの精神は、クラブのアイデンティティとして世界的に認知されるまでに至った。今やシメオネは監督の立場を超越し、アトレティたちの希望を一身に背負うクラブのシンボルとなっている。就任時からチームを支えるディエゴ・ゴディンやガビ、引く手数多のコケ、サウール・ニゲスらがクラブに残っているのも、シメオネの存在があるからに他ならない。

いち監督がクラブにとってこれほど重要な存在となることは珍しい。本人もそのことを自覚しているのだろう。一時は退団の意思を固め、契約期間を2年短縮したこともあったが、昨年9月には再び2020年までの契約延長にサインした。

来季のCL決勝は今季移転したばかりの新スタジアム、ワンダ・メトロポリターノが舞台。2014年、16年の決勝にて、いずれも延長戦の末レアル・マドリードに敗れた悔しさを、彼は誰よりも強く、深く噛みしめてきたはずだ。

「2強の許す範囲で、ベストの成績を目指せばいい」

表向きにはそう言っているものの、彼自身、それで満足できるはずがないのだ。

シメオネにはまだ、やり残したことがある。それをやり遂げるまで、彼は決死の覚悟で戦い続けるはずだ。現役時代に見る者を痺れさせた、ピッチ上のプレーそのままに。

文=工藤拓

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