浦和GKコーチ、ジョアン・ミレッ氏の次世代へ繋ぐべき方法論とは【取材レポート】

2022年11月23日(水)18時0分 FOOTBALL TRIBE

GKコーチジョアン・ミレッ氏 写真:Molly

11月17日、駐日スペイン大使館にて、浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)のゴールキーパー(GK)コーチ(2022-)を務めるジョアン・ミレッ氏の出版発表イベントが開催された。


同氏の書籍『ジョアン・ミレッ:世界レベルのGK講座』は、オランダ在住で「サッカー指導者の指導者」として活動中の倉本和昌氏との共著として出版されている。両氏によるGKに対する細かな技術解説やサッカー哲学が凝縮している1冊だ。


イベントには、ミレッ氏の熱い指導を受けたことのある元日本代表GK西川周作(浦和)、今年浦和への移籍を果たしたGK牲川歩見、11月4日付で契約満了を迎えFC東京退団を宣言した元日本代表GK林彰洋、計3名の選手が参加し、それぞれのエピソードを語った。その他会場には、2021〜2022シーズン浦和を率いたリカルド・ロドリゲス監督(現浦和コーチ)の姿も。早速、豪華ゲストの話をご紹介していこう。




イベント中の様子 写真:Molly

ジョアン・ミレッGK本出版の背景:倉本氏の熱い想い


ミレッ氏の書籍出版決定の背景には、共著の2人のドラマの様な出会いがあったという。2006年にスペイン北部ビルバオでサッカー指導者の勉強を積んでいた倉本氏は、当時ミレッ氏が開催していたGK指導の授業に初めて参加し、衝撃の出会いを果たす。


「それまで色々なGKコーチに会ってきましたが、ジョアン(ミレッ氏)の様に『この状況ならば、この方法をとれば良い。なぜならば、こうだから』という理論を明確に持っている人はいなかった。また、今でも覚えている言葉が『GKのことを勉強しないで、どうやって失点を防ぐんだ?失点の原因をコーチが知らなかったら、どうやってチームを勝利に導くんだ?』と言われ、GKに対する見方が変わりました」と、当時のことを倉本氏は語っている。


その後ある時に、倉本氏はミレッ氏の口から「自分の指導方法を他の人に渡すつもりはない」という言葉を聴き、将来的にこの方法論が途絶えてしまう危機感に襲われたそうだ。倉本氏はいつか同氏を日本へ呼びたい、日本で仕事をしてほしいと本人に懇願した。


倉本氏の決め手は「ミレッ氏の方法論を残したい」そしてその方法は「日本人に合うのではないか」という2つの期待からくる熱い想いだった。日本人特有の反復精神や向上心とも合い、理論付けて物事を考え進行するという部分は日本に根付く、行く末には日本が世界のキーパー大国になることが可能かもしれない、と強く感じたそうだ。


現在は両氏によって『ジョアン・ミレッ:世界レベルのGK講座(2020年1月15日発売)』と、『ジョアン・ミレッ:世界レベルのGK講座:技術編(2022年5月30日発売)』の2冊が出版されているが、とてもそれだけでは足りないほどミレッ氏の指導方法は奥深いと言う。倉本氏は「将来的には7、8冊まで達成したい」と語り、場内を沸かせた。また、GKの視点で「なぜ点を入れられたのか?」という疑問を探っていくと、更にサッカーの楽しみが広がるという倉本流のアイデアを紹介してくれた。




浦和レッズ GK西川周作 写真提供: Gettyimages

指導を受けてきたGKたちの本音


ここからは、ミレッ氏の熱い指導を受けたことのある元日本代表GK西川周作(浦和)、GK牲川歩見(浦和)、元日本代表GK林彰洋(元FC東京)、3名の選手の言葉をご紹介したい。


GK西川周作「ゴールの前の空間をいかに防ぐか」


「今年(2022年)ジョアンと出会って、一番最初に言われた言葉は『今まで自分がやってきたやり方をリセットしてほしい』でした。自分はもっと上手くなりたかったし、日本代表にも戻りたかった。なのでジョアンを信じてリセットをかけました」


「今、実際に思えることは、信じてやってきて良かったということ。今までやってきたプレーよりも更に幅が広がり、年齢を感じさせない技術などのスキルアップをすることができたと感じています。具体的にはクロスボールにはそんなに出るタイプではなかったが、ジョアンと出会ったことで、クロスボールに出るのが楽しくで仕方がないです」


「ジョアンに『ゴールは存在しない』と言われ、ゴールの前の空間をいかに防ぐかに集中し大切にしてきました。今年はその成果を発揮することができたと、自分自身とGKチーム皆で感じています。引退はまだまだ先だと思いますが、今後もジョアンの指導を取り入れ、そして楽しみながら、そして将来的にコーチをすることになった際には、この指導方法で子供達にサッカーを教えて行きたいと思っています」


浦和レッズ GK牲川歩見 写真:Getty Images

GK牲川歩見「一から学んでみたく移籍を決心」


「今年、浦和レッズに移籍をしました。その決め手となったことは、もちろん浦和レッズと言う大きなチームで活躍したい気持ちと、それ以上に前のシーズンから林選手(元FC東京GK林彰洋)の活躍を知っていて、ジョアンによってかなりプレーが完成されていると感じ、僕自身もジョアンから学んでみたい気持ちがあり決心しました。一から学んで自分がどこまで出来るか表現できるのか、挑戦してどんどんGKとして成熟していきたい気持ちが強くありました」


「最初にジョアンに言われたことは『お前は大丈夫か?』という言葉でしたが、指導の中でゴールを意識しないという新たな学びを得たり、そして『もし仮に失点をしてしまったとしても、それを誰が失点したのかなんて気にしないこと』と言う言葉に、非常に精神面でも安心感を得ることが出来ました」


「指導が進み練習を積んでいく過程で、ジョアンは自分の家族に『すごいGKが来たんだ!』と話題にしてくれるようになり、今シーズン(2022)の終わりにはジョアンから『GKの理論を学んで、すごい成長してくれた』と伝えてもらいました。自分はまだまだと感じていたのですが、その言葉は素直に嬉しく、これからもジョアンの指導下で成長していきたいと感じています」




ジョアン・ミレッ氏(左)林彰洋(右)写真:Getty Images

GK林彰洋「この方法論を15歳で知りたかった」


「ジョアンと約2年間(2017-2019、FC東京)一緒にやってきましたが、自分が納得するまでは数多くの喧嘩をして、困らせ続けたのかなと感じています。最初に言われた『今までのやり方を変えてくれ』というのは、これまでの自分の財産を捨ててくれという様なもの。自己流のGK論も存在するので、ジョアンのGK論と重ね合わせた上で『自分のやり方の何がいけないのか?』と質問をすると、完璧な理論で僕のやり方を崩してきたんです」


「一番衝撃だったことが、大抵僕らGKはゴールのサイズを知らないということ。ゴールは横幅が7m32cmに対して縦が2m44cmなのですが、この情報を知らずしてどのようにしてゴールを守るのか?ということ。何メートル飛んだら良いのかをわかっていないんです。GKの選手は大抵子供の頃からそのポジションをしているので、感覚で育ってきています。なので、例えば好調であれば常にボールを止めることが出来ていても、不調の時には修正方法がわからず止めることが出来なくなる訳なんです」


「ジョアンはその修正方法を理論立てて説明できます。この出来事をきっかけに、ジョアンの方法論を受け入れようとなりました。僕は30歳からジョアンの方法をスタートすることになったんですが、初めて後悔というものを感じました。というのは、この方法論を15歳で知りたかった・・!もしそうだったら多分今頃、日本で一番の選手になれていたんじゃないかなと、心の底から感じています」


「今自分は子供たちと触れ合う機会を増やして、ジョアンの理論を伝授している最中なのですが『今までのやり方を変えろ』と子供達に言ってもやはり独自の理論で反論してきます。その時に『俺は30歳でこの方法でやり方を変えて間に合えたんだから、お前らはあと数十年間と時間があるんだぞ、だから俺以上になれる』と自信を持って言えるんですよね。30歳からの3年間で変わることが出来て、今まで獲得出来なかったJリーグ優秀選手賞(2019)受賞など、本当にこれはジョアンのおかげだと感じています」




イベント中の様子 写真:Molly

未来へ繋ぐために必要なこと


たった1人の人物の経験から産み出された希少で貴重な方法論。その理論の所有者ミレッ氏の頑なな心の扉をオープンにしたキーパーソンとなる人物(倉本氏)によって、未来のサッカー選手へと教えは説かれていく。これらの工程をつくりあげていく事は簡単なものではないだろう。


サッカーという伝統スポーツをこれからも数千年と繋いでいくためには、キーパーソンの存在は非常に重要だ。今を生きる我々が、FIFAワールドカップやプレミアリーグ、チャンピオンズリーグなど素晴らしい大会やリーグの試合を楽しめている背景にも、過去の誰かがキーパーソンとなって、今に繋いでくれたことが挙げられる。


ミレッ氏と倉本氏の最初の出会いから15年以上。ここまで多くの選手達へと教えを繋いでいる状況は理想といえよう。これをお手本に多ジャンルの多くの人々が、次世代へと繋ぐキーパーソンとして行動を起こすきっかけになることにも期待したい。

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