妊娠するラブドールに死体絵画… 芸術家が集まる別府の特異性とは? 驚異の陳列室「書肆ゲンシシャ」が所蔵する奇妙な本

2023年2月12日(日)14時0分 tocana

——【連載】驚異の陳列室「書肆ゲンシシャ」が所蔵する想像を超えたコレクションを徹底紹介!


「驚異の陳列室」を標榜し、写真集、画集や書籍をはじめ、5000点以上に及ぶ奇妙な骨董品を所蔵する大分県・別府の古書店「書肆ゲンシシャ」。


 SNS投稿などでそのコレクションが話題となり、九州のみならず全国からサブカルキッズたちが訪れるようになった同店。今では少子高齢化にあえぐ地方都市とは思えぬほど多くの人が集まる、別府の新たな観光名所になっているという。


 本連載では、そんな「書肆ゲンシシャ」店主の藤井慎二氏に、同店の所蔵する珍奇で奇妙な本の数々を紹介してもらう。


どうしてゲンシシャは別府にある?

——今さらですが、なぜ藤井さんはわざわざ別府にお店を構えたんですか?


藤井慎二(以下、藤井):一番は、僕が別府出身ということですね。別府は人口約12万人のこぢんまりした田舎で、観光客が歩ける範囲で街ができているのですが、その一方で少し都会っぽいところもあります。観光地のため、昔から人の出入りが激しく、田舎なのにあまり他人に干渉しない雰囲気もあって、それをおもしろいなと思ったんです。


——なるほど。東京の大学に通われていた藤井さんにとっては、Uターンということになるんですかね。


藤井:あと、温泉地のため、今でも成人映画館があったり、かつてはストリップ劇場や秘宝館などもありました。少し前まで成人映画館の裸の女性が写ったポスターが、高校生も通る道沿いに貼ってあったんです。あと、商店街にソープランドがあったりします。うちは異質な店ですが、すでに別府にはそういった場所があったおかげで、ある意味、地元住民にも耐性がついていたんだと思います。


——よくよく考えたら「別府地獄めぐり」だから、風土的に昔からエログロが好まれているんですかね。ワニの代わりに見られるコレクションというか。


藤井:ほかにも、近年はアート系の人も東京や大阪からたくさん移住してきているので、変わった人に出会いやすいんですよ。2018年にはアニッシュ・カプーアの個展も開催されました。今、別府では芸術家の移住を促進していて、「2030年までに1200人にする」という目標を掲げています。


——別府市の人口は12万人程度のため、人口の1%ほどが芸術家になるという計算ですね。それだけの人数なら外を歩いているだけでアート系の友達ができそうです。


藤井:他にも、東日本大震災をきっかけに移住してきたミュージシャンもいます。別府はかつて原爆センターがあったり、障がい者や傷ついた人たちが湯治に訪れる町です。手をかざしただけで病気が治るという女性もいました。在学生の半数が留学生という立命館アジア太平洋大学もあり、多様性に富んだ町なんです。いたるところに公共の温泉があって、温泉帰りに風呂桶片手に半裸で町中を歩くおじいちゃんもいます。


若手から大御所まで、奇怪な表現作品の数々

——そんな近年の別府とアートの関係も踏まえつつ、第6回は藤井さんが注目するアーティスト、アート本をご紹介いただければ。


藤井:まず、注目の若手写真家のひとりとして、菅実花さんを紹介しましょう。彼女はまだ写真集は出していないのですが、うちには2021年に横浜のアートスペース「BankART」が出した彼女の冊子があります。そこには、埼玉県の「原爆の図 丸木美術館」で彼女が開いた、「リボーンドール」を死後写真風に撮った個展「The Ghost in the Doll(人形の中の幽霊)」の様子が載っています。


——彼女のプロフィールには「『人間と非人間の境界』を問う」とありますが、まるで『攻殻機動隊』のようなテーマですね……。ところで、「リボーンドール」というのはなんなのでしょうか?


藤井:本物の赤ちゃんと区別できないほど精巧に作られた人形です。もともとは赤ちゃんを亡くした母親の心を癒やすために作られていました。ヴィクトリア朝時代のイギリスでも「モーニングドール」という、幼くして亡くなった子どもの服を着た等身大のリアルな人形をつくるといったことがおこなわれていました。そして、これは過去の風習ではなく、今でも赤ちゃんの人形はセラピー目的で使われているようです。この作品だけではなく、彼女は《ラブドールは胎児の夢を見るか?》という、ラブドールを妊婦のように撮った作品でも知られています。


——数年前にSNSで話題になりましたね。菅氏は東京藝術大学の卒業・修了作品展で、その異色の作品で注目されました。「生殖」ということを改めて考えさせられます。



藤井:あと、ジェンダーの観点からすると、岡部桃さんという「非性愛者・アセクシュアル」を自認する写真家の活動も興味深いですね。この方は非性愛者同士で結婚し、人工授精で妊娠・出産しています。


——同性の恋人が性転換手術を受ける過程や、震災の被災跡を写した『BIBLE』という写真集で注目されましたね。


藤井:『BIBLE』は相当プレミアがついていて、今は3〜4万円はします。また、2020年にまんだらけから出版された女性器を連想させる表紙の写真集『イルマタル』(まんだらけ)も、プリント付きの限定版は5万円で販売されています。
——まんだらけがこうしたアート写真集を出すのも珍しい気がしますね。


藤井:今度は海外に目を向けて、ジェニー・サヴィルというイギリスの人気画家も紹介しましょう。彼女はグロテスクなものを絵の題材にしていて、火傷を負っていたり、奇形であったりする女性のヌードを描いています。画集『Jenny Saville』(Rizzoli)の表紙に描かれた女性の絵は自画像です。同書には彼女の絵とその発想の源となった写真の両方が収録されています。


——奇形児や事件現場のような写真が元になっている絵もあるんですね。それに、90年代に活躍したイギリスのロックバンド、マニック・ストリート・プリーチャーズの『ジャーナル・フォー・プレイグ・ラヴァーズ』のジャケットもこの人なんですね。


藤井:当時の音楽シーンも彼女の作品に目をつけるほど人気があったということですが、彼女は大学で女性学を学んでいたらしく、そこからこうした表現に行き着くのも興味深いですよね。実物の絵のサイズはかなり大きいため、いつかは実物を見てみたいものです。日本で個展を開いてもらえないですかね。


——「美術手帖」の記事によると、2018年に彼女の《Propped》は950万ポンド(約14億円)と、「現存女性アーティストの過去最高額」で落札されたらしいですよ。


藤井:それぐらいの価値はあるでしょうね。金額という視点でいうと、ニコラ・サモリというイタリア人の画家はまだ40代ですが、1枚400万〜700万円ぐらいで作品が取引されていて、うちでも彼の作品は人気があります。バロック絵画から影響を受けていて、古風な絵を現代風にアレンジしています。自分で絵を描いた後、キャンバスを引き裂いて、それを作品にしています。
——なかなかお目にかかることのできない海外の高額な作品も、画集であれば見ることができるのでありがたいですね。ネットで見るよりも、なんというか、ありがたみが増す気がします。



海外の現代アーティストはSNSで青田買い!

藤井:同じくバロック絵画から影響を受けたイタリア人画家に、ロベルト・フェッリがいて、彼も40代です。特にカラヴァッジョからの影響が指摘されています。やはり古典的な画風で天使などを描き込んでいますが、そこに現代的な解釈を加えるといった作風で、スチームパンクのような雰囲気もあります。


——こういった海外アーティストの情報は、ネット検索やSNSでアンテナを張っている感じですか?
藤井:そうですね。ネットのおかげで海外の若手アーティストにも直接アクセスできて、作品に出会えるので、やっぱり便利な時代だと感じますよ。例えばギレルモ・ロルカというチリの若手画家は、インスタグラムでその存在を知りました。ギュスターヴ・ドレから影響を受けているそうです。かわいらしい少女をよく描いていて、リアリスティックな幻想的な雰囲気の絵画にグロテスクな描写を入れ込むのが、彼のスタイルです。幼少期には誰かが自分を殺したがっているという妄想を抱えていたそうです。いずれは彼の作品も日本で見てみたいですね。


——もちろん、今回紹介した現代アーティストの画集以外にも、ゲンシシャは骨董品などもコレクションされているわけですからね。守備範囲が広いですね。


藤井:やっぱり、土地柄のおかげですかね。今、僕がSNSでつながっているだけでも300人程度はアート系の友人がいますからね。弁弾萬最強という名前で活動している美術家の飯島剛哉さんが、「作家がみた別府」という芸術家を別府に招くイベントをやってくれているんですよ。イベントの後には飲み会もあります。そんな彼は先日、大分市の中心部を歩行者天国にしたアートイベントで、背中に「犬」と書かれた紙を貼り付けて、人混みの中を四足歩行する「犬」というパフォーマンスをやっていました。頭からゴミ袋をかぶって、ソーセージを与えると喜びます。別のイベントでは、展示を見に来た鑑賞者の目の前で、でんぐり返しをするというパフォーマンスをしていましたね。


——大分県でやるにしては前衛的ですね(笑)。「犬」はなんだか炎上しそうな題材ですが、表現しないと気が済まない何かが、きっとあったんでしょうね……。


藤井:そんな彼の呼びかけで、この間は会田誠さんの妻で自身もアーティストの岡田裕子さんが別府に来ていました。地方にいながら、彼らと飲めるのはありがたいですよ。女体盛りをしてその様子を映像作品にした映像作家の椚あすみさんも、うちに遊びにきます。


——彼らにとっては、ゲンシシャ自体が、もはやディープな拠点のひとつになっていると思いますよ。しかし、別府市は2030年までに、そんな人物たちを1200人集めるんですか?(笑)。にぎやかな未来が待ち受けていそうですね。


書肆ゲンシシャ
大分県別府市にある、古書店・出版社・カルチャーセンター。「驚異の陳列室」を標榜しており、店内には珍しい写真集や画集などが数多くコレクションされている。1000円払えばジュースか紅茶を1杯飲みながら、1時間滞在してそれらを閲覧できる。
所在地:大分県別府市青山町7-58 青山ビル1F/電話:0977-85-7515
http://www.genshisha.jp

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