伊藤比呂美「孫とパフェ」

2024年2月16日(金)12時30分 婦人公論.jp


(画=一ノ関圭)

詩人の伊藤比呂美さんによる『婦人公論』の連載「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。伊藤さんが熊本で犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。今回は「孫とパフェ」。お孫さんの初来日で起きた出来事とは——(画=一ノ関圭)

* * * * * * *

孫たちの襲来である。初来日である。

どうなるかと思っていたのだった。なにしろ彼らは、ものすごい偏食である。そもそもアメリカの子どもたちは、たいていおそろしい偏食である。理解できないくらい偏食である。なんにも食べない。でも食べないと死んじゃうわけで、死なないくらいには食べている。その結果、ひとつのものしか食べない。炭水化物しか食べない。手の込んだものは食べない。ジャンクフードしか食べない。アメリカ文化に蔓延する流行りヤマイかもしれないとあたしは考えていた。

これでよく育つなと思って見ていたが、偏食の子どもたちがまあふつうに育って、他のものを食べるようになるのを見届けたので、孫についても心配はしてない。

流行りヤマイの原因はわからないが、親が子どもの意思を尊重して、親の強権を発動しないことにあるんじゃないかと思わぬでもない。娘のカノコも、実に理解のある、子の意見によく耳を傾ける親なのである。

親の強権発動──𠮟る、しつける、それが昂じてひどいことになってるのを見聞きしてきた。自分でもなるべく親性を笠に着て価値観を押しつけることはすまいと思ってきた。でも今どきの親たちよりはずっとやってきたと思う。食べ物に関しては特に。「お行儀」と「もったいない」を乱発したものだ。

うちの孫たち、アイダ11歳、カズ9歳は、日本食に関して言えば、そばとうどんは「かけ」なら食べる。おいなりさんも食べる。このごろから揚げを食べるようになってくれたという。

だからあたしは考えた。

丸亀とウエスト(九州のうどんチェーン)とさんうどん(これも九州のうどんチェーン)。それからミスド(ドーナツはアメリカ人ならみんな食べる)、ロイヤルホスト。

ロイヤルホストなんてふだんは行かない。でもこないだ友人と行ってパフェを食べた。それがすごかった。なんとモミジと栗と柿が載ってたのである。父と食べたチョコレートパフェは忘れられない。今、孫といっしょにパフェを食べたら楽しかろうと何度もシミュレーションしながら考えた。

しかしながら、そんな計画はすべて机上の空論であったのだったったっ。

最初の日は、予定通りにミスド。しかし母親カノコはランチがドーナツというのに抵抗があったようで、まずちゃんとしたものを食べてからということになり、汁そばとホットドッグを注文したところ、汁そばはOKだったが、ホットドッグは、うまそうなのに、孫はいやそうに顔をゆがめて一口かじって、残りはぐずぐず食べないのである。

これには心底むかついた。食べ物に対してその顔はなんだと思った。

孫というのは自分の子じゃない。カノコに全責任は任されておる。と思いつつ、つい、言わずにおられなかったのである。

ばば(あたしはこう呼ばれている。ばーばではない)と約束しよう。ふたつのこと。まず、せっかく日本に来たんだから、毎日ひとつ、新しい食べ物に挑戦する。いいね?

おーけー。

食べ物をリスペクトする。食べたくなくてもへんな顔をしたりしない。いいね?

おーけー。

すなおな子たちなんである。明るい顔でうなずきながら「おーけー」と言う。たぶん「はい」のかわりなんである。

その夜は、うちでから揚げを作ることにした。六年前に帰ってきてからこのかた、揚げ物はやってない。だからまずオイルポットを買ってきた。それからカノコのために刺身。人参の卵とじ。小松菜のお浸し。それから天ぷらは、きす、えび、かぼちゃに茄子。えびと玉葱のかき揚げ。ま、子どもらが手をつけないのは想定内だ。

しかしから揚げ。みりんと砂糖としょうゆと酒と卵をよく揉み込んで、片栗粉でぱふぱふにして、全部揚がったところで、油を足して高温にして二度揚げするのである。よくできた。そしてよく食べてくれた。

翌日は丸亀かウエストでうどんを食べて、それからロイヤルホストでパフェと思っていたところ、遠出して遅くなり、みんなおなかぺこぺこになって、とにかく近いところでと考えたときに通りかかったのがくら寿司だ。「回転寿司、こないだニューヨークで入ったっ、ここならおいなりさんがあるし、私も楽しいっ」と回転寿司のめったにないところに長年住んでるカノコが叫ぶので、入ったのであるが、いや、思いがけず大成功だった。

まず流れてくる。それを取る。狩りみたいなものである。しかもパネルがある。なんと英語に切り替わる。つまりゲームと同じである。それでレーン側に座った子どもらがパネルの操作も一手に引き受けることになった。今日の挑戦メニューは卵のお寿司。後はいなり、うどんにから揚げ、またいなり。

うに好きのカノコが頼んだうには、しょぼかった。うなぎ好きのあたしが頼んだうなぎは、うまかった。

また行きたいと、子どもらがしきりに言うので、次の日阿蘇に行った帰りにスシロー。挑戦メニューはおしんこ巻。後はいなり、うどんにいなり、またいなり。

昨日と同じじゃないのと言ったら、弟のカズが言った。

「昨日の店にはから揚げがあった。この店にはから揚げがないが、パフェがある」

たしかに。あたしの夢想したすごいパフェじゃなかったけど、パフェはパフェだ。孫とパフェ、たしかに食べた。

婦人公論.jp

「孫」をもっと詳しく

「孫」のニュース

「孫」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ