「仕事帰りのスーツ着た男が、トイレットペーパーなんて、買えるかっ!」と言った夫が定年を迎えた。家事を手伝ってくれるようになり、言われたことは…

2024年3月4日(月)12時30分 婦人公論.jp


新井素子さん「『昔、病院へ通う親の付き添いが本当に面倒だったなー』って思っていた自分を、只今、反省しております」(撮影:本社写真部)

作家の新井素子さんが、実体験をもとに描いた『定年物語』。主人公・陽子さんと、定年を迎えてずっと家にいる夫・正彦さん、そんな夫婦2人の生活の様子とは——。さらに『定年物語』の刊行際して、新井さんが思う夫婦の今後についてご紹介します。

* * * * * * *

夫婦間での家事の分担


陽子さんがほんとに辛くなると、正彦さんの方から、「作らなくていいよ、お弁当でも買ってこよう」って言ってくれるんだが……洗濯は、やらないとほんとに家が滞る。けど、正彦さんは、これに気がついていない。このひと、多分、すべての洗濯物はクリーニングに出せばいいと思っているふしがある。

日常の買い物は、正彦さん、その必要性に気がついていない可能性がある。「ほんとに忙しいなら御飯なんて作らなくてお弁当を買ってくればいい」って思っている正彦さんには……食材の他に、洗剤だのゴミ袋だのトイレットペーパーだの、日常生活を送っている以上、絶対に買わなければいけないものが、日々、家庭では発生しているってこと、理解できていない可能性が高い。

一回。

本当に忙しくて、買い物にでる暇がなかった陽子さん、会社から帰ってくる正彦さんから電話があって、「何か買って帰るもの、ない?」って聞かれた時。こう言ったことがあったのだ。

トイレットペーパーを買って来てほしかっただけ…


「あ、トイレットペーパー、買って帰ってきてくれると嬉しいな」
で、これに対する正彦さんの返事が。
「おいっ! 俺は仕事から帰ってくるんだぞ」

はい、それは判っているんですけどね。けど、仕事帰りに何か買って帰るものないかって、そもそもあなたが聞いてくれたんですけど……で、何で私が、怒られるの。

と、こんなことを陽子さんが思ったら。これに対する、正彦さんの返事は、こんなものだったのだ。

「仕事帰りのスーツ着た男が、トイレットペーパーなんて、買えるかっ!」
……え……そうなの?
「そんな、スーツ着た男がトイレットペーパーを持って歩くだなんて、そんなみっともないこと……」

……。
…………。
……………。

この瞬間、陽子さんは思ってしまった。

ふーん、そうなの。

仕事帰りのスーツ着た男は、みっともなくてトイレットペーパー、買えないのか。でも、仕事帰りのスーツ着た女は、トイレットペーパーを買うんだよね。じゃないと、家のトイレが使えなくなるんだもん。じゃあ、あんたは、二度とうちのトイレで大便をするなよ。みっともないからトイレットペーパーが買えないんだ、あんたにはうちのトイレで大便をする資格がない。(ほんとは、うちのトイレを使うなって思ったんだけれど、男性の場合、小さい方で用を足す時、トイレットペーパー、使わないのかなって思ったので、こういう思いになった。)

陽子さんの怒りは、かなり長いこと続いたけど…


この陽子さんの思いは。かなり長いこと、思い出すだに頭にくるっていう形で、続いた。だが。

正彦さんが嘱託になり、ある程度家事を手伝ってくれるようになったある日、正彦さんの方からこう言って貰えたので、解消された。

「……あー、陽子。だいぶん前だけど、俺、みっともなくてトイレットペーパー、買って帰れないって言ったこと、あった、だろ?」

あ。陽子さんはもう忘れようがなく、死ぬまでこれを覚えていようって思っていたんだけれど……正彦さんの方も、こんなこと、覚えていてくれたのか。

「……あれは……申し訳、なかった」
おやまあ。
「長時間、家にいるようになって判った。トイレットペーパーは、絶対に必要だ」
そうだよ。
「あれを買って帰ることをみっともないって思っちまったのは、俺の不見識だった。あの言葉は、悪かった」
「ん」

ここで、陽子さん、にっこり。

こういうことを言ってくれるから、陽子さんは、正彦さんのことが好きなのだ。

『定年物語』執筆に際して


基本的に、『結婚物語』から始まって、『新婚物語』、『銀婚式物語』、『ダイエット物語……ただし猫』って……えーと……ほぼ、実話です。


『定年物語』(著:新井素子/中央公論新社)

どうしよう。実話なんだよ、ほぼ、これ。よりにもよって、旦那の健康保険がきれた翌日、旦那が“死にそうになる”とか、全部実話なんだから……どうしよう。本文中にも書いておりますが、「どう考えてもこれは悪い意味で“作りすぎ”」としか思えないエピソードが実話だったら……もう、作者としてはどうしていいのか判りません。

……まるでお話の申し子のような夫を持ってしまった自分を、お話作りとしては「お話の神様、どうもありがとうございます」って容認するしかないのか? それにしても、うちの旦那って、どっか変ではないのか?

う、う、うーん。

(ただ。一応、“ほぼ”実話、ですからね。“ほぼ”。“ほぼ”がついてます、“ほぼ”。“ほぼ”、だからね、“ほぼ”。……って、これは主張すればする程、なんか〝ほぼ〞の効果が薄くなってゆくような気がしないでもない……。)

まあ、ただ。

コロナが酷くなった段階で、旦那が会社を辞めてくれて、私としては本当に嬉しかったです。いや、コロナがどんなに酷くなっても会社を辞められない、そんなひとにしてみたら、こんな贅沢で我が儘な話はないとは思うのですが、年とってすでにめんどくさい病気を複数抱えている、伴侶である私も含めて、あわせて月に何回も病院に通っている、そんな旦那が、“通勤しなくてよくなった”ことにほっとする、この気持ちは判っていただけると嬉しいです。

今後病院へ通院するときは…


また。

夫婦あわせて月に何回も病院に通っている、これもなあ。

以前、義父母の介護の為に大阪に通っている時は、義父母の様々な病院通いの付き添いが本当に大変で(だって一々東京から大阪にまで行かなきゃいけないんだよ)、また、自分の親の介護を手伝っている時には(こちらは、妹が介護をしてくれていた)、「何でこんなに病院へ?」って付き添いの度に思っていたんですが……ある程度年をとってしまい、持病が複数あると、もう、絶対にこうなってしまうんだ。

このお話書きながら、「昔、病院へ通う親の付き添いが本当に面倒だったなー」って思っていた自分を、只今、反省しております。

今の処、旦那も私も、(旦那は私の付き添いをしてくれるし、私は旦那の付き添いをしている)、第三者の介助なしで通院をしておりますが、いずれ、私が旦那の付き添いをできなくなったり、旦那が私の付き添いをできなくなったら、第三者の付き添いが必要になるのでは?

……まあ……そういう日が、遠くであることを、只今の私は祈っております。

※本稿は、『定年物語』(中央公論新社)の一部を再編集したものです

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