感動をそのままに。つくり手と使い手をつなぐ、『紡ぎ舎』。

2023年3月4日(土)11時0分 ソトコト

TOP写真右/土蔵にある『紡ぎ舎』の入り口に立つ、増富康亮さん・永子さん。TOP写真左/全国から集められた暮らしの道具や食品と、じっくり向き合える店内。


思いや背景を肌で感じる旅へ。


取材に訪れた2022年12月中旬、長野県・小谷村はこの冬初めて本格的な雪に見舞われ、あたり一帯が白銀の世界に包まれていた。橋を渡り小高い丘を越えると、重厚な土蔵を改築した店がある。それは、同年にオープンしたばかりの『紡ぎ舎』だ。中に入ると、器やキッチンツール、アロマ製品、食品など日用品と暮らしの道具たちが並んでいる。外は背筋が震えるような寒さだが、厚さ30センチの壁が室内を温めていた。


この『紡ぎ舎』を始めたのは、増富康亮さん・永子さん夫妻。二人は小谷村で雑貨店を営む以前、康亮さんは銀行員としてオーストラリア・シドニーに赴任し、永子さんも一緒に暮らしていた。康亮さんは、自身が40歳を迎える前に、会社に残るのか、それとも一つ区切りをつけて新しく何かを始めるのかを考えた。生まれ育った故郷である小谷村には、康亮さんの両親が営んできた宿があり、その今後を考えて地元に戻る選択をしたという。しかし、雪が降る季節ににぎわう土地柄ということもあり、今後の気候変動なども考えると宿一本でやっていくのでは心許なく、別の何かを併せる考えに至った。


「これまでに、私自身は4か国、妻も3か国で暮らした経験があり、日本から離れたからこそ、日本の食の豊かさや使う人のことを考えてつくられた器や道具のすごさを実感していました。ものづくりの背景にも興味がありました」と康亮さんは話す。海外、国内の双方で出合った良い物を日本に紹介しようと最初に海外を周遊することを考えていたが、世界中がコロナ禍となって身動きが取りづらくなったため、二人は帰国してしばらく小谷村で過ごした。「二人とも楽観的な性格。どうせ動けないのだからゆったりしよう、今しかできないことをやろうという気持ちになり、少しずつ日本のものづくりの現場を回り始めました」と永子さん。


つくり手とのつながりはなかったが、最初にものづくりで有名な新潟県の燕三条エリアへ向かった。現地の産品を紹介する施設を訪れ、さらにお店と工房が併設されている行きやすいつくり手の現場を選んでと、徐々にものづくりの世界へと足を踏み入れていった。「現地で思いや背景を聞くと、土地の気候風土や歴史とのつながりなども見えてきて、より魅力的に感じました。本などで知るよりも現地でのほうがそのものの在り様に納得できる。今でも訪れる度にそう思います」と康亮さんは話す。


日本の産地を回り始めて数か月経った頃には、「商品として扱わせてもらえないか」という言葉を口にしていた。「この頃には、自分たちがいいと思った日本全国の道具や日用品を扱うお店を開きたいと考えていました。また、つくり手の方々と話をするうちに、後継者問題など課題も見えてきました。私には金融を扱ってきた経験が銀行員時代にあるので、つくり手の経営的なサポートもできるかもしれないという気持ちも生まれました。でも、まずはお店を持つことが先決。ただ扱うだけでは、それがどうつくられて、どんな思いが込められているのかまではなかなか伝わらないので、つくり手の代わりに自分たちの言葉で伝えていくことにしました」と康亮さんは振り返る。2021年1月にはオンラインショップを、翌年10月には小谷村に実店舗を開いた。








『紡ぎ舎』で扱うプロダクトたち。


ペッパーミル





バターケース(丸)(秋田杉バターナイフ付き)





片口小鉢





つくり手を知るからこそ、伝えたいエピソードがたくさん。それぞれの商品の魅力を康亮さんの言葉で紹介します。


平右衛門(甘口・濃口・再仕込)





摘み草ブレンドティー





4寸切立皿(飛びかんな)





桐箱屋さんのパンケース





つくり手と使う人をつなぐのが私たちの役割。


『紡ぎ舎』で商品を仕入れる際、まずは自分たちでその商品をしっかりと使っているという。「上代(小売店向けに設定している価格)で購入するのでびっくりされるつくり手も多いのですが、この値段を出しても使いたいか、誰かに使ってもらいたいかを考えて扱うかどうかの判断をします」と永子さんは使い手としての視点も大切にしていると説明する。そして、納得したらその商品が生まれた地を自分たちの目で見て、つくり手の思いを聞いた上で卸してもらえるかをお願いするというていねいな過程を踏んでいる。「ものとしてのクオリティが高いことはもちろんのこと、誰かに伝えたくなるストーリーが絶対にあります。それを聞きたいんです。そして、私たちがそのつくり手を好きかどうかも商品を扱う基準ですね。つくり手も自身の思いを正しい形で伝えてもらえるか、商品をていねいに扱ってもらえるかを気にして、誰に卸すのかをよく考えていると思います」と康亮さん。


『紡ぎ舎』のホームページを覗いてみると、つくり手を紹介するページや商品ページにはたくさんの写真と詳細なレポートが掲載されており、つくり手との出会いの様子やそのアイテムの日常での使い方を伝えている。これを読んでいるとつくり手のことがより身近になり、アイテムへの興味や愛着が湧く。それは、『紡ぎ舎』に足を運んだ際にも同様で、康亮さん・永子さんと会話を交わしたり、商品のそばにあるQRコードを読み取って深い情報を得たりすると、その場所に行ってみたい、そのつくり手に会う旅に出てみたいという気持ちがふつふつと湧いてくる。「実際にここで器を購入して、窯元に行ってきましたとお客様からお知らせいただくこともあります。関係を結び合う役割を果たせて、うれしいと感じますね」と永子さんは微笑む。





康亮さんは青森県弘前市のこぎん刺しを知った際、ものづくりはワインのテロワールのように背景、人、環境があってこそ成立するということを強く実感したという。「江戸時代、倹約令で麻の着物しか着られなかった農民たちが暖かさを得るために刺繍をして、実用性だけでなく美しさも生み出したと教えてもらい、ものが持つ存在価値を感じました。土地とのつながりみたいなものに対する憧れのような気持ちが、私にはあるのかもしれません」。小谷村で生まれ育つも、両親が移住者だったためにどこかよそ者の感覚があったという康亮さんにとって、存在理由があるものに対する畏敬の念があるのだろう。「いろいろなものであふれている今、良いものに触れて、ものに見合った価値があることを一人一人が考えられるようになったらとも思います」。


『紡ぎ舎』が届けるのは単なる「もの」ではなく、店のキーコピー「いいものを、つないでいく」のように、地域と人をつなぐものを介した関係性の「縁」なのだ。


『紡ぎ舎』で扱う さまざまなカテゴリーのプロダクト!








『紡ぎ舎』の二人が気になる、関わりを楽しむコンテンツ。


Book:わかりやすい民藝
高木崇雄著、D&DEPARTMENT PROJECT刊
福岡県にある工芸店の店主である著者が、民藝とは何かを優しく解説した本。木工作家の柏木圭さん、陶芸家の千繪さんがお店をやるなら民藝の系譜を知っていたほうが良いとこの本を勧めてくださいました。


Instagram:辻和金網 三代目嫁 tsujiwakanaami
@tsujiwakanaami
京都で金網細工をつくり続ける辻和金網の3代目に嫁いだ奥様による投稿。各製品のおすすめの使い方を紹介しつつ、あったかい人柄が出ています。夫婦間でよく「おもしろいね」と話題になるほどです。


Music:スティルライフ
haruka nakamura
音楽家・haruka nakamuraさんによる楽曲で、このCD以外も全般的に聴いています。『紡ぎ舎』でかける音楽を探していた時、兵庫県の淡路島にあるお店で出合いました。自然の中で聴いても邪魔しない音楽です。


photographs by Yusuke Abe text by Mari Kubota


記事は雑誌ソトコト2023年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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