初めてまぶたを開けた赤ちゃんがその目で見るのは…人の顔?とても悪い視力の新生児が<顔っぽいもの>を目で追う理由

2024年3月19日(火)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

デジタル時代の今、インターネット上では過度に加工された顔があふれています。なぜ、人間は《理想の顔》に取り憑かれるのでしょうか。そのカギとなる「脳の働き」に、大阪大学大学院情報科学研究科で身体・脳・社会の相互作用を研究する中野珠実教授が、最新科学で迫ります。中野先生によると、人間の赤ちゃんは生まれたときから《人の顔》を好んで見ているそうで——。

* * * * * * *

顔を見るのは生まれつき?


人間の赤ちゃんは、お母さんの胎内で活発に手足を動かし、胎内に響くさまざまな音を聞き、さまざまな感覚を発達させています。けれども、生まれるまではまぶたを閉じたまま暗い胎内にいるので、視覚に関する能力はほとんど発達しません。

そして、この世に生み出されて初めてまぶたを開け、世界を目にするのです。いったい、その目には何が見えているのでしょうか。

1963年、ロバート・ファンツは、新生児の視覚の認識力に関する驚くべき報告をScience 誌に発表しました(*1)。

その内容とは、新生児が人の顔を描いたイラストに注目する(専門的には「選好する」と言います)というものでした。

顔の図式を描いた画像を眺める時間が最も長かった


そもそも、ファンツは、視覚経験のまったくない新生児は、パターンや色といったものをどのくらい認識する能力があるのかを調べるために研究を行っていました。

生後10時間から5日までの新生児をベビーベッドに寝かせ、そこから30センチメートルほど上にある布にプロジェクターで画像を投影して新生児に見せます。

すると、赤や黄色といった色や、新聞記事のような細かい文字の画像を眺める時間はとても短かった一方で、顔の図式を描いた画像を眺める時間は、最も長かったのです。

この研究により、人間には社会的な情報を含む顔を生まれつき好んで見るような生得的な機構がそなわっている可能性が浮かび上がってきました。

その後、この生得的に顔に注目するという発見が本当に確かなものなのかを、さまざまな研究が検証してきました(*2、3)。ファンツの実験は、生後5日の赤ちゃんも含んでいたため、その間に両親の顔を見たことが影響していたのかもしれません。

そこで、生まれてから数分しか経っておらず、明らかに顔を見た経験がない状態の新生児だけを対象に選んで研究が行われました。

まず、大きなしゃもじ型の板に、人間の顔のイラストと、その目や口の場所を入れ替えたイラストなどを描き、その板を新生児の顔の前でゆっくり動かしながら見せます(図1)。そして、それを見ている新生児の顔や目の動きを頭上のビデオカメラから撮影し、しゃもじに描かれた絵を追いかけて見る回数を調べたのです。

すると、刺激の条件統制がきちんと取られた実験でも、やはり新生児は、目や顔を動かして、人の顔のイラストを一番長い時間、眺めていることが確認されました。


<図1>新生児を対象にした方法(左)使われたイラストのイメージ(右)
右図は左から人の顔、顔の要素の位置を変更したもの、イラストのないもの。新生児は、目や顔を動かして人の顔が正しく書かれたイラストを一番長く眺めていた。 Johnson, M. H., Dziurawiec, S., Ellis, H. & Morton, J. Newborns' preferential tracking of face-like stimuli and its subsequent decline. Cognition 40, 1-19(1991)をもとに作成

「倒立顔」より「正立顔」


新生児が持っている生得的な顔の検出機構は、いったいどんな情報をもとにはたらいているのでしょうか。別の研究者のグループは、選好注視法というものを用いて、それを調べることにしました。


『顔に取り憑かれた脳』(著:中野珠実/講談社)

選好注視法というのは、言葉を話すことができない乳幼児のさまざまな能力を調べるために開発された発達研究の王道とも言える研究方法で、好きなものを見つめるという赤ちゃんの特性を利用したものです。

やり方はいたって簡単で、乳幼児を抱っこし、正面のモニターを見てもらいます。そのモニターには、左右に2つの映像が映し出されており、乳幼児がどちらを好んで見るかを、その視線の方向から推定するというものです。

もし、2つの映像の間の違いがわからなかったら、両方の映像を見る時間は同じ割合になります。一方、2つの映像の間に何らかの違いを見出し、片側の情報に新奇性や親近性を感じた場合には、映像を見る時間の割合に偏りが出るはずです。

なぜ赤ちゃんの目は顔のような物体を追いかけるのか


この方法を使って、イタリアの研究者のグループは、顔の目や口といったパーツの向きを変えたり、上下をひっくり返したりした奇妙な顔の画像をいろいろとつくり、新生児に見せて、その注視時間を比較しました(*4)(図2)。

すると、正立した顔を倒立した顔よりも長く見ることがわかりました(同図左)。この正立した顔を長く見る傾向は、目と鼻を90度回転させた変な顔でも、はっきりと現れました(同図中央)。

さらに、同じ正立した顔であれば、自然な顔でも、目や鼻を90度回転させた変な顔でも、新生児の眺める時間に違いはありませんでした(同図右)。

この研究結果からは、新生児は顔の細かい部分は見ておらず、縦長の楕円の中で逆三角形の位置に物体がある図を好んで見るということがわかります。

確かに、新生児の視力は、とても悪いのです。およそ0.01〜0.02程度ではないかと推定されています。

そのため、かなりピンボケした顔しか見えていないはずで、上の方に暗い場所が2ヵ所あり、下の中央に横長の暗い場所がある、という程度の情報をもとに、その物体を追いかけて見る仕組みが生得的にそなわっているのだと考えられています。

そして、生得的に顔のような物体を追いかけることで、顔の情報が積極的に入ってくるようになり、顔の認識能力を発達させていくのだと考えられているのです。

<参考文献>
*1_ Fantz, R. L. Pattern Vision in Newborn Infants. Science 140, 296-297,doi:10.1126/science.140.3564.296(1963).
*2_ Goren, C. C., Sarty, M. & Wu, P. Y. Visual following and pattern discrimination of face-like stimuli by newborn infants. Pediatrics 56, 544-549(1975).
*3_ Johnson, M. H., Dziurawiec, S., Ellis, H. & Morton, J. Newborns’ preferential tracking of face-like stimuli and its subsequent decline. Cognition 40, 1-19,doi:10.1016/0010-0277(91)90045-6(1991)
*4_ Cassia, V. M., Turati, C. & Simion, F. Can a Nonspecific Bias Toward Top-Heavy Patterns Explain Newborns’ Face Preference? Psychol Sci 15, 379-383, doi:10.1111/j.0956-7976.2004.00688.x(2004)

※本稿は、『顔に取り憑かれた脳』(講談社)の一部を再編集したものです。

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