大学病院を辞めた開業医が明かす、その違いとは?「医師の働き方改革」で何が変わる?小児科医として、患者に伝えたいこと

2024年4月10日(水)6時30分 婦人公論.jp


『開業医の正体』の著者、松永先生が語る勤務医と開業医の違い、医師の立場から患者に伝えたいことは——(写真提供:Photo AC)

大学病院の勤務医から転身し、小児科医として開業した松永正訓先生。長年医療の現場に携わってきた松永先生が、その実態を赤裸々に明かした『開業医の正体』が発売中です。開業した際のお金事情や患者・患者家族に思うことなど、リアルな事情が綴られる中、あらためて松永先生が語る勤務医と開業医の違い、医師の立場から患者に伝えたいことは——。

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何をもって「儲かる」と考えるか


——体調面での懸念から19年間務めた大学病院を辞め、小児科の開業医へ転身されて17年。「儲かる」職業ではないのですか?

「儲かる」という言葉ですが、単に金銭的なことを言うなら収入は大きく増えました。一般に勤務医の年収は1000万円から1500万円くらいです。公立病院の部長とか、病院長とかになるともう少しいいのかもしれません。開業医の収入は、勤務医の3倍くらいと言われています。もちろん、成功した人の話ですが。

ただ税金が半端ないので、お金が目の前を通り過ぎていくという感じです。その辺りのことは本の中で詳しく述べました。それでも収入は確かに上がりましたね。でも開業医には勤務医には分からない大変さがありますので、単に「儲かった」と喜んでいるわけではありません。何をもって「儲かる」と考えるかは、その医師の人生観によると思います。

開業医になって良い点、悪い点について


——それでは、開業医になって一番のマイナス面は?

私は長く大学病院にいて、研究をすることが大好きでした。ちょっとカッコつけて言うと、私は医者であると同時に科学者でした。サイエンスというのは誰も知らないことを明らかにすることが任務ですから、その誰も知らないことを国際学会で発表したり、英語論文で発表したりするのが本当に楽しかったです。

開業医になると、さすがに研究はできません。これが一番残念なことです。今でも研究をしているときの夢をしょっちゅう見ます。大学には臨床・教育・研究とバリエーションがあります。開業医は毎日、朝から夕方まで外来診療をやっています。変化がありません。ずっと座りっぱなしで、正直、しんどくなるときがあります。

——では、逆によかった点はありますか?

本に詳しく書きましたが、大学病院にはブルシットジョブがたくさんあります。

え、ブルシットジョブですか? 

何の意味もない、ばかばかしい仕事のことです(笑)。大学病院ってプロフェッショナルな医師の集団みたいなイメージがありますが、上下関係の大変厳しいちっちゃな集団です。教授が頂点にいて、医療とは無関係などうでもいい雑用が下へ下へと降りてくるんです。それが本当にイヤでした。

開業医になると一国一城の主です。なにしろ院長ですから。上司からのそういう理不尽な命令は一切なくなります。スカッとして気分は最高です。それから、勤務時間にケジメがあることも大学病院との違いです。うちのクリニックは17時30分に受付けを終了します。その時点で患者さんがいなければ、その日の仕事は終わりです。あとは自由時間ですから、これは天国かと思いました。

患者の困りごとを理解する力が一番大事


——まだ、かかりつけ医を決めていない人は、初診を受ける際、どうやってクリニックを決めればいいのでしょうか?

これは大変難しい問題です。私のクリニックは小児科・小児外科を標榜していますので、患者を診るのは中学3年までです。高校生になるとき、「どこの内科へ行けばいいでしょうか」とよく聞かれます。私は、近隣にある成人の内科クリニックの名前をすべてあげて説明しますが、どこがいいとはあまり言いません。実際分からないからです。

医師の実力とは何をもって決めるのかは大変むずかしいです。開業医の仕事は難病を治療することではありません。患者の話をよく聞き、困りごとを解決することです。あるいは解決できないときに、その病気を治せる病院へ紹介することです。ですから一番大事なのは、患者さんが何に困っているかを、理解する力です。こういう医師の力は、患者さんが実際に受診してみるまでなかなか分かりません。

一般的にドクターショッピングは、やってはいけない患者の行動とされています。ですが、自分と相性のいい医師に出会うまではドクターショッピングもやむを得ないと思います。


開業医の仕事は難病を治療することではなく、患者の話をよく聞き、困りごとを解決すること(写真提供:Photo AC)

——本の中に、「薬だけもらいたい患者」や「医師に対して疑心暗鬼になって来なくなる患者」が登場しました。医師の立場で、患者や保護者に伝えたいことはなんでしょうか?

さきほど述べたように、医師は患者の困りごとを解決したいのです。ところが、Aという薬がほしいとか、Bという薬はいらないとか言われると、力が抜けます。医者は街のドラッグストアではありません。

私のクリニックは多いときは、1日に150人くらいの患者さんが来ます。ご家族から見れば、流れ作業の3分診療に見えるかもしれません。それでも私は短い時間の中で、患者家族とコミュニケーションをとり、最善の投薬を考えています。36年間、医療をやっているのですから、少しは信頼していただきたいと思います。

医師たちの献身的な働きがあったからこそ


——2024年4月から始まる「医師の働き方改革」では基本的に残業の上限が年間「960時間」に制限されます。開業医への影響はどのようなものになるでしょうか? 地域に根差したかかりつけ医の在り方が変わる可能性はありますか?

ありません。事業主である開業医は上限規制の対象になっていません。それに、開業医の残業が年間上限の960時間を超えることはあり得ません。厚労省のデータによると、日本の開業医の平均年齢はおよそ60歳です。そもそも過労死ラインまで働ける開業医はまずいないでしょう。ただ、医師の働き方改革は、医師だけの問題にとどまらず、患者さんにも関係があると知っておいたほうがいいでしょう。

入院が必要になるような大きな病気を患えば、病院へ紹介されて行くことになります。医師の働き方改革は、病院の勤務医の問題です。これまで日本の医療が高いレベルで維持されてきたのは、医師たちによる献身的な働きがあったからです。あなたが手術を受けたとしましょう。日曜日でも医師が病室に顔を出してくれます。手術の傷の手当てをしてくれたりします。これは明らかに労働基準をオーバーしています。

また、あなたの家族が病気について医師から説明を聞きたいとします。ご家族は仕事が終わってから、夜に病院へ行くはずです。でもこれからは、医師の説明は17時までに済ますことになります。つまりご家族が医師の説明を聞こうと思ったら、仕事を早めに切り上げる必要があります。

医師の働き方改革とは、医療サービスの縮小のことです。医療の恩恵が減るのは当然、患者さん側ということになります。私自身も働きすぎで体を壊し、大学病院を辞めて開業医になったという経緯があります。ですので、この働き方改革を非常に複雑な思いで見ています。医師の命を守るためには仕方ないという気持ちと、医師なんだから体力の限界まで働いて患者に尽くせ、という考えが錯綜しています。


働きすぎで体を壊し、大学病院を辞めて開業医になったという経緯がある為、医師の働き方改革を複雑な思いで見ているという(写真提供:Photo AC)

いい医師、そして医師の使命とはなにか


——最後に読者に一番伝えたいことはなんでしょうか?

開業医って人生の成功者とか、楽して儲けているとか、そんなイメージがあると本を作っている中で耳に入ってきました。私は、自分が成功者だと思ったことはありません。大学人として挫折した人間だと思っています。また楽もしていません。だからこそ、いい医師とは何だろうかとか、医師の使命とは何だろうかとかを考えるようになったのは開業医になってからです。

私は毎朝緊張してクリニックへ出かけます。これも開業医になってからです。今日はどんな患者さんが来るのだろうか。ちゃんとコミュニケーションが取れるかなって考えます。おそらくみなさんが思っている以上に、開業医は真剣に患者さんに向き合っています。とはいえ、本では、おちゃらけた話も出てきます。それは患者さんに親しみを持ってもらいたくて書いたものです。医療だけでなく、どんなことでも相談してくださいというのが、私のメッセージです。

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