美しいとは? (前編)

2024年4月17日(水)11時0分 ソトコト


2024年はヨーロッパや東南アジアでのアートイベントや展覧会への参加を予定していて、その視察として2023年の末にタイに行ってきました。タイ北部の山に囲まれたまち・チェンライで「タイランド・ビエンナーレ」という国際芸術祭が開催されており、数人の友人アーティストが参加していました。また、タイの北部の山岳民族は、その伝統的な食文化や信仰の姿勢に日本との共通点があると考えられているため、以前から関心を持っていました。  


芸術祭は好きな作品もあれば、そうでないものもあって、基本的には現在のアート業界のフォーマットに沿ったものだったと感じました。個人的にはそうしたフォーマットに縛られないものを見てみたいと日頃から思っています。また山岳民族をモチーフにした作品も展示されていましたが、実際に集落を訪れ、彼らの暮らしぶりと比べてしまうと、その多くは表面的なものにも思えました。自分にとっては山岳民族の生活自体がとてもおもしろいものだったので、アート作品はそれらと比べると見劣りしてしまいます。


そもそもアートとは一体何なのでしょうか。目の前にある作品は美しくつくられているけれど、それは本当の美しさなのでしょうか。そんな問いが頭に浮かんできました。


黄金の三角地帯


タイ北部からミャンマー東部、ラオス西部は、かつてケシが栽培される世界最大の麻薬密造地帯であり「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれました。第二次世界大戦後に中国から逃れてきた国民党系勢力や、そこから独立し、後に麻薬王と呼ばれるクン・サ将軍が率いる軍によって支配され、長らく国家権力も介入できませんでした。そこにタイのシーナカリン王太后が主導して1989年にケシの栽培の代わりにコーヒー栽培や織物や陶器の制作といった仕事をつくり出すプロジェクトが始まり、地道な努力の結果、少しずつ治安もよくなり、かつての危険地帯に観光客が訪れるようにもなりました。  


自分たちはそのプロジェクトを行う財団からサポートを受け、タイとミャンマーの国境近くの山岳地帯の村々でフィールドワークを行いました。麻薬王の拠点があった集落は、現在ではありふれた東南アジアの田舎町のようです。宿泊したのは山の中で、かつてケシが栽培されていたという場所。いまはお茶などの栽培をしており、それらの作物の処理や加工をする財団の小さな施設がありました。その山の景色のよい場所でのテント泊です。夜、テントから少し離れたトイレに行きたくなって外を歩いていたとき、見上げた満天の星が本当にきれいでした。  


村々を案内してくれたのは、財団が運営する農場で30年ほど働いている中年男性と、出稼ぎのために兄弟は海外で暮らしているけれど、自分は親の面倒を見なければいけないのでタイに留まったという若い女性でした。二人はアカ族で、やはりかつては自身でもケシの栽培をしていたといいます。アカ族は日本人に見た目がとても似ていて、言葉は通じないけれど、ちょっとしたコミュニケーションを取りながら親近感を持ちました。  


アカ族の集落には木や石でつくられた精霊門(パトゥー・ピー)というものがあり、それはあらゆるものに精霊が宿ると考えているアカ族が自らの集落に悪霊が侵入してくるのを防ぐ呪術的な意味を持っていました。タイが経済的に発展して、多くの道が舗装され、車が往来するようになると、集落のなかの精霊門は少し居心地が悪そうな感じで道の隅に残されていました。


精霊門の上部には木像の鳥が置かれています。これは東南アジアから東アジアに広がる鳥信仰の古い姿であると考えられています。朝鮮半島にも集落の外れには、先端に鳥の姿をつけた竿を立てる習慣があり、日本においても古墳時代の遺跡から鳥型の遺物が出土しています。現在では鳥の姿が消えてしまいましたが、神社の入り口にある「鳥居」はその言葉に古い文化の面影が残されているものと考えられます。


暗い森での出来事


今回の旅の一番の目的はアカ族の精霊門を見ることでした。それを遂げられて、自分は満足してチェンライのまちへ戻りました。そして自分たちがキャンプを後にしたその夜、そこから2キロほど離れた森の中で、ミャンマーからやって来た大量の違法薬物を持った武装集団が、国境を越えようとしたところをタイ軍に発見され銃撃戦となり、15人が射殺されたと聞きました。このニュースは日本でも報じられたようです。  


それを知ったとき、自分の中ですぐには実感が持てませんでした。それが段々と、じわじわと響き、自分が目にしてきたものと、実際に起きた出来事の乖離に胸が苦しくなってきました。芸術祭の視察で生まれた、「美しいとされているものは本当に美しいのだろうか」という疑問も重なり、簡単には処理できない問いで頭の中がいっぱいになってしまいました。そして、同じタイミングでタイ北部の伝統的な生肉料理にあたって食中毒にもなりました。


文・題字・絵 坂本大三郎


さかもと・だいざぶろう●山を拠点に執筆や創作を行う。「山形ビエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「リボーンアートフェス」等に参加する。山形県の西川町でショップ『十三時』を運営。著書に『山伏と僕』、『山の神々』等がある。


記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

ソトコト

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