93歳の現役アスリート。テニス大会で金メダル、85歳から始めた陸上では世界記録も。今でもトレーニングを続ける理由は「もっとうまくなりたいから」

2024年4月18日(木)12時30分 婦人公論.jp


齋藤恵美子さん(93歳)(撮影:藤澤靖子)

長生きするなら自分の足で歩き、毎日笑顔で過ごしたい——。元気に趣味や仕事を楽しむ93歳と101歳の女性の暮らしぶりを聞いてみると、その希望を叶えるヒントが見えてきました(撮影:藤澤靖子)

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忙しさが張り合いに


「この年齢になっても転ぶことやつまずくことはなく、病気やケガの経験もなし。もともと体が頑丈にできているのかもしれません(笑)」

そう語るのは、93歳の現役アスリート、齋藤恵美子さんだ。2023年10月には、スペイン・マヨルカ島で開催されたテニス大会「ITF世界選手権」で、90代女性部門のシングルス・ダブルスともに金メダルを獲得。

85歳から始めた陸上競技では、100m19秒37(85〜89歳女性部門)のほか、200m、400mなどで数々の世界記録も樹立している。

「子どもの頃から体を動かすことが大好きで、18歳の時にテニスを始めました。最初は軟式をやっていて、42歳で硬式に転向。指導員資格を持っているので、今も週に2回、都内の教室で教えています。

陸上は、短距離走の練習を月に1回です。ウォーミングアップで体をほぐしたあと、100mを3本。そして400mトラックの直線を60%くらいの力で走り、コーナーは歩いて1周する。それを3本です」


埼玉県飯能市にて練習に励む恵美子さん(写真提供◎廣林さん)

取材当日は、午前10時から2時間、東京・四谷のテニス教室で球出しや指導を行った恵美子さん。中央区の自宅に戻って昼食を済ませたのち、千葉県松戸市にあるジムに電車で移動。パーソナルトレーナーの指導のもと30分ほど汗を流し、最後は入念にストレッチを行った。

ほかにも、毎週金曜日は約2時間かけて埼玉県飯能市へ赴き、3時間テニスの練習をしているという。あまりのフットワークの軽さに、言葉が出てこない。

「近所の大学病院内にあるフィットネスクラブにも週3回通っています。テニスやトレーニングのためなら、徒歩と電車でどこへでも行きますよ。私の長年のルーティンです」

とにかくパワフルな恵美子さんに、元気の源を聞いてみた。

「特別なことはしていませんが、しいて言えば食事でしょうか。朝は食パンにバターを塗ってトーストし、ハムと輪切りにしたゆで卵をのせていただきます。お昼も同じようなメニューで、夜は必ずお肉を食べますね。

一人暮らしなので、スーパーのお惣菜コーナーで出来合いの肉料理を買うことが多いです。以前はステーキを食べていましたが、最近は歯の調子が悪くて。ハンバーグあたりがちょうどいいですね」

夕食後はテレビを見てくつろいだり、趣味の編み物や裁縫を楽しんだりして過ごす。取材時、首に巻いていたニットのマフラーも恵美子さんの作品だそうだが、既製品と見間違う仕上がりだった。

「着物をリメイクして、ワンピースを作ることもあります。母は手先が器用な人だったので、私もその血を受け継いだのかもしれませんね(笑)」

恵美子さんは薬科大学を卒業後、旧厚生省の研究所に研究者として就職。定年まで勤め上げ、その後も週に1度、専門学校の非常勤講師を務めていた。なんとその生活を89歳まで続けていたというから驚きだ。

「研究所では化粧品の分析をしていました。たとえば、欧米から輸入された化粧品と日本で製造された化粧品とでは成分が違います。そういう配合を見極める試験などをやっていたんです。

専門学校では、その経験を生かした授業をしていました。毎回生徒さんが提出する大量のレポートを読んでコメントを書くのは大変でしたが、何歳になっても必要とされたり期待されたりするのは幸せなこと。忙しさが張り合いになって、今日まで健康でいられたのだと思います」


テニス上達のため、腕のトレーニングは欠かさない(写真提供◎廣林さん)

仲間に会える喜び


仕事の合間に続けていたテニスでシニアの世界大会に出場するようになったのは、定年後の62歳からだ。83歳のときにトルコで開催された大会で準優勝を果たしたが、負けたことが悔しくて、翌年から加圧トレーニングを始めた。

腕と脚のつけ根に専用のベルトを巻き適度に血流を制限することで、小さな負荷でも効果が出やすくなる筋力トレーニングだ。成長ホルモンが大量に分泌されるため、骨や筋肉の成長促進が期待できる。

「その頃にお会いした整形外科医の平泉先生に加圧を勧められ、『テニスで勝つために、84歳からでも始めたほうがいいですか』とお聞きしたところ、『もちろんです』と。がぜんやる気になりました(笑)。以来、先生に紹介していただいた廣林恭子トレーナーにお世話になっています。マンツーマンでサポートしてくださるので安心です」

トレーニングを始めてから疲れにくくなったという恵美子さん。85歳からは、陸上競技の世界にも飛び込んだ。きっかけは、「足の運びが速いから短距離をやってみたら?」とテニスの先生に勧められたことだった。

「何度も誘われるので、それじゃあと軽い気持ちで始めたんです(笑)。そしたら、初めて出場したマスターズの大会で100m(85〜89歳部門)の世界記録(記録公認に必要な写真が保持されておらず不認定)が出て。一気に夢中になりました」


2022年11月、JMAリレーフェス2022に出場

85歳で出した世界記録は、88歳まで自分で更新し続けた。90代になっても勢いは止まらず、23年11月の「第15回東京マスターズトラック記録会」では100mを25秒7で走り、大会記録を更新。テニスでも、前述した通り「ITF世界選手権」で悲願の金メダルを獲得した。

この大会でダブルスのペアを組んだのは、恵美子さんと同い年の友人だ。普段は高齢者向け施設で生活している彼女から9年ぶりに連絡が来て、「スペインで開催される大会に一緒に出ない?」と誘われたというのだから驚く。

「これまでも、テニスのおかげでいろいろな国を訪れることができました。アメリカやオーストラリア、オーストリア……。どの国や地域にも違う良さがあって、思い出深いです」

懐かしそうに振り返る恵美子さんに、93歳になった今もトレーニングを続ける理由を聞くと、「もっとうまくなりたいから」という答えが返ってきた。

「実はスペインから帰国して以降、体が本調子に戻らないの。70代には70代なりの、80代には80代なりの衰えは感じていましたが、90代でこんなにガクッと落ち込むとは思いませんでした。それでも、テニスを続ける以上は結果を出したい。やっぱり勝てば嬉しいですから。

それに、練習でも試合でも、そこへ行けば仲間に会える。私にとって、人と交流することが一番の励みであり、楽しみです。だからこれからも無理のないペースで、一日でも長く続けていきたいと思っています」

* 齋藤恵美子さんは3月2日に急逝されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。元気に取材を受けてくださったお話を、そのまま掲載いたします

<後編へつづく>

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