規格外の生地が循環する『land down under』の服とものづくり

2023年8月9日(水)11時45分 ソトコト

TOP写真右/『land down under』は変化を楽しみながら長く使える品質が売りだ。モデルは池上さんの友人であり、アーティストの大月幹太さん(@cantavibes)。左/アーティストの大月さん(右)、池上さん(左)とともに写るのは喫茶店『あわい』の店主・山本修さん。山本さんのパンツ以外、『land down under』の商品。同世代の価値観の合うメンバーで。撮影協力:『あわい』(岡山県加賀郡吉備中央町)





ファッションに興味のあった池上慶行さんは大学院を卒業後、日本を代表する大手アパレルブランドに就職。が、「モノづくりの産地で、生産現場に近いところで働きたい」との想いが募り、数か月で退職。繊維産地での働き口を探す中、倉敷市児島の商工会議所が地域おこし協力隊隊員を募集していることを知る。ミッションは繊維産業を盛り上げること。ジーンズの国内きっての産地であることを認知していた池上さんは、早速応募。晴れて地域おこし協力隊隊員となる。それは2018年10月のこと。








活動する中、日々繊維関係の工場などを巡り、経営者や職人さんから、産地の歴史や現状、技術的なことを直接学んだ。そんな折、池上さんはある生地工場の片隅で、規格外のデニム生地と出合う。
「そこは、その後一緒に仕事をすることになる『篠原テキスタイル』さんの工場でした。見た目には問題ないのに、厳格なチェックによって正規品としては扱われなくなってしまった、たくさんの生地。ほとんど傷がないんです。あったとしても、たまにあるくらい。それもほんの小さな傷。でも、僕にとっては、傷が個性であり、おもしろさに思えた。それが捨てられたり、タダ同然で引き取られたりする現状を聞いたときに、純粋に、すごくもったいないなって思えたんです」


サーキュラーエコノミーを生かしたジーンズづくりへ。


2020年の夏ごろに、地域にある工場や職人さんの協力のもと、規格外の生地でジーンズをつくるプロジェクトをスタートさせた池上さん。が、サンプルが出来上がってきたとき、疑問を感じた。
「単に規格外の生地をアップサイクルしたジーンズを売るということだけでは、世の中がまったく変わらない。既存のブランドは今までどおりジーンズをつくり続け、僕も、規格外ではあるにせよ、市場にジーンズを送り出していくことになる。もうすでにモノがあふれている中で、さらにモノをつくるという行為が、本末転倒に思えたんです。規格外の生地とジーンズというだけの掛け合わせだけでは違うのではないかと思い至り、さらにもう一歩深めたいと感じていたときに出合ったのがサーキュラーエコノミーの概念だったんです」。





池上さんが目指したサーキュラーエコノミーを生かしたジーンズづくりの根幹は「資源の循環」にある。これまで多くの服づくりは、新しい原料で商品をつくり、使い終わったら廃棄、というものが一般的だった。それを、新たな原料を用いることなく、使い終わった服を原料として再資源化し、再び製品として甦らせることを、池上さんは目標にした。





人の感情的な部分に働きかけることが大事。


2021年1月、池上さんは『land down under』の立ち上げと同時に、クラウドファンディングを実施する。社会に問いかけたのは「循環するジーンズ」。前出の規格外の生地を用い、リサイクルすることを前提に、ジーンズの特徴の一つである金属部品であるリベットを使用せず、通常はポリエステルが使われることが多い糸やタグも綿素材に変更した。ゆくゆくは、回収したジーンズを裁断し、綿糸に戻し、そこから生地を再生産することで、サーキュラーエコノミーを実現することも目標に掲げた。


加えて、『land down under』が目指したのは、かっこいい服であり、長く愛される服だ。「結局、どんなにすばらしい循環のストーリーがあっても、人の気持ちが動かなかったら、その服は捨てられてしまう。環境に負荷をかけないことはもちろん大事なんですが、その人が面倒くさくなってゴミ箱に服を捨ててしまったら、それで終わり。だからデザインやシルエット、こだわり抜いた素材や製法でつくったプロダクト自体を気に入って、楽しんでもらえることが大前提でした。そこからさらに、取り組み自体がおもしろかったり、職人さんがこだわってていねいにつくっていたりといった、人の感情的な部分に働きかけることがすごく大事。単にモノがリサイクルされていく機械的なことだけでは、循環は絶対に成り立たないと思ったからです」。





産地を巻き込んだ、新たな取り組みを模索。


2022年夏には、クラウドファンディングで掲げていた、着古したジーンズを綿糸へ戻し、そこから再びジーンズをつくるプロジェクト「Remade in Japan」もスタートさせた。地域にある5ブランドで協力し、ジーンズを回収。リサイクルした糸からデニム生地を織り上げ、各ブランドそれぞれが製品を開発。2023年2月に商品の販売に至った。


強度の関係から、リサイクル糸を製造する際には天然の綿を混ぜなければならないが、その量も今後は増やしていくという。加えて地域内で循環を生み出す本プロジェクトは、輸送による環境負荷、コスト、両面の削減も期待できる。


「本プロジェクトでは、競合する産地のブランド同士が連携して資源を集め、リサイクルして出来上がった生地を再分配するという、ある種、地域内での生地づくりの可能性を探ることにもつながりました」





斬新な取り組みを続ける池上さんだが、「正直、課題だらけなんですけどね」と苦笑いする。「ブランドを立ち上げ、プロジェクトを進めるほどに、自分自身が持っている”ものづくりの厚み“が足りないと、思い知らされました。これからの一年は、既存の活動を継続しつつも、実際に自分でも手を動かすことで、地域と連携する新しいあり方を探っていきたいです」。すでに池上さんは自宅に工房を構え、”スモールなものづくり“をスタート。発想からサンプルづくりまで、クイックに取り組める環境に身を置くことで、地域でのさらなる化学反応を起こすきっかけを探る。


池上さんの考え方の根底には、大学院までの学びで深めた文化人類学的な視点がある。ブランド名はもともとは英語で、イギリス本国から見たオーストラリアを示す言葉から。「かつてイギリスの植民地であったオーストラリアが、イギリス本国から見れば地球の真裏にあることに由来します。僕はアパレル産業のメインストリームの真裏にあるような、まだ今はない、ものづくりのあり方を探求していきたいと思っています」。





『land down under』・池上慶行さんの、買い物にまつわるコンテンツ。


Book:『男の旅行カバン』
くろすとしゆき著、河出書房新社刊
日本にアイビースタイルを定着させた一人である著者による、トラッドの源流をたどる旅の記録などが詰まったエッセイ集。文章がとにかく秀悦。そして飽きないファッション、長く使える服について、示唆に富んだ内容だと感じます。


Book:『ほんもの探し旅』
小林泰彦著、山と溪谷社刊 
機能性にあふれた「ほんもの」を探して、著者が旅したイラスト&ルポ。実は『land down under』のブランドコンセプトにも参考にさせていただいた本であり、人によって異なるファッションへの価値観について、この本で学びました。


Book:『文化人類学入門 増補改訂版』
祖父江孝男著、中央公論新社刊
文化人類学の入門書であり、僕が文化人類学の道を選ぶきっかけとなった本です。目の前で見えていることを疑ってみる、多面的に捉える文化人類学の視点は、モノを買ううえでも必要なことだと感じさせてくれます。


photographs & text by Yuki Inui


記事は雑誌ソトコト2023年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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