【漫画・更級日記】念願の京に着いたのに都会とは思えないもっさり感。まま母との別れ、大切な人の死、悲しいことがあっても《推し》があれば!

2024年12月4日(水)12時30分 婦人公論.jp

源氏物語』にあこがれて、キラキラとしたヲタ活に勤しんだ10代から、大人になるにつれ経験していく、大切な人の死、仕事、結婚、家族などの現実、そして後悔と懺悔の日々を送る晩年までを綴った、菅原孝標女の『更級日記』。この名著を、人気イラストレーター小迎裕美子さんがユーモアたっぷりに描く、『胸はしる 更級日記』より一部を抜粋して紹介します。

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ようやく着いたその家は…


3ヶ月の旅路の果てに、たどり着いた京の家は、うっそうと荒れていて、木も生い茂った、とても都会とは思えないもっさり感…。

4年ぶりの実母との再会


「京の外は野蛮!」と、上総に同行しなかった実母、ムスメ曰く「古代の人」。

三条の宮に仕えている女房である、親戚の衛門の命婦(えもんのみょうぶ)にお願いして入手した物語を、昼も夜もふけったが、そうなるともっと読みたくなるのであった。

京に着いてまもなく


上総の国で暮らしを共にし、一緒に旅してきたまま母は、元々は宮仕えをしていた人。『源氏物語』を教えてくれたのもこの人だった。

しかし、まま母は京を出ていくことになり…。

年が明け、梅の木をじっと見続け、やがて満開になった…が、まま母からは音沙汰もなく、恋しさ余って花を折り、手紙を贈った。

悲しみと不思議な出来事


その年の春、世の中では疫病が大流行した。

まつさとの渡し場で別れた乳母も、亡くなってしまった。

祈りまくる日々〜読みたくて〜


まま母との別れ、乳母の死、大納言の姫君の死…。

「さよならだけが人生なの?」悲しくふさぎ込む私を心配した母が、『源氏物語「若紫の巻」』を入手してくれました。

『更級日記』原文
ひろびろと荒れたる所の、過ぎ来つる山々にも劣らず、大きにおそろしげなる深山木(みやまぎ)どものやうにて、都の内とも見えぬ所のさまなり。ありもつかず、いみじうもの騒がしけれども、いつしかと思ひしことなれば、「物語もとめて見せよ、見せよ」と、母をせむれば、三条の宮に、親族(しぞく)なる人の、衛門(ゑもん)の命婦(みやうぶ)とてさぶらひける、尋ねて、文(ふみ)やりたれば、めづらしがりて喜びて、「御前のをおろしたる」とて、わざとめでたき冊子(さうし)ども、硯(すずり)の箱の蓋(ふた)に入れておこせたり。うれしくいみじくて、夜昼これを見るよりうち始め、またまたも見まほしきに、ありもつかぬ都のほとりに、誰(たれ)かは物語もとめ見する人のあらむ。[一四 物語を求めて より]      
継母(ままはは)なりし人は、宮仕(みやづか)へせしが下(くだ)りしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うらめしげにて、ほかに渡るとて、五つばかりなる児(ちご)どもなどして、「あはれなりつる心のほどなむ、忘れむ世あるまじき」など言ひて、梅の木の、つま近くていと大きなるを、「これが花の咲かむをりは来(こ)むよ」と言ひおきて渡りぬるを、心のうちに恋しくあはれなりと思ひつつ、しのびねをのみ泣きて、その年もかへりぬ。いつしか梅咲かなむ、来むとありしを、さやあると、目をかけて待ちわたるに、花もみな咲きぬれど、音もせず。思ひわびて、花を折りてやる。頼めしをなほや待つべき霜(しも)枯がれし梅をも春は忘れざりけりと言ひやりたれば、あはれなることども書きて、なほ頼め梅のたち枝(え)は契(ちぎ)りおかぬ思ひのほかの人も訪(と)ふなり[一五 継母との別れ より]
その春、世の中いみじう騒がしうて、まつさとの渡りの月かげあはれに見し乳母(めのと)も、三月(やよひ)ついたちに亡くなりぬ。せむかたなく思ひ嘆くに、物語のゆかしさもおぼえずなりぬ。<中略>また聞けば、侍従(じじゆう)の大納言(だいなごん)の御むすめ亡くなりたまひぬなり。殿(との)の中将(ちゆうじやう)のおぼし嘆くなるさま、わがものの悲しきをりなれば、いみじくあはれなりと聞く。上り着きたりし時、「これ手本にせよ」とて、この姫君の御手をとらせたりしを、「さよふけてねざめざりせば」など書きて、「鳥辺山谷に煙(けぶり)のもえ立たばはかなく見えしわれと知らなむ」と、言ひ知らずをかしげに、めでたく書きたまへるを見て、いとど涙を添へまさる。[一六 乳母、侍従の大納言の御むすめの死 より]
             
かくのみ思ひくんじたるを、心もなぐさめむと心苦しがりて、母、物語などもとめて見せたまふに、げにおのづからなぐさみゆく。紫のゆかりを見て、つづきの見まほしくおぼゆれど、人かたらひなどもえせず、誰(たれ)もいまだ都なれぬほどにてえ見つけず。いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆるままに、「この源氏の物語、一の巻よりしてみな見せたまへ」と、心のうちに祈る。親の太秦(うづまさ)にこもりたまへるにも、ことごとなくこのことを申して、出(い)でむままにこの物語見はてむと思へど見えず。いとくちをしく思ひ嘆かるるに、をばなる人の田舎(ゐなか)より上(のぼ)りたる所にわたいたれば、「いとうつくしう生ひなりにけり」など、あはれがりめづらしがりて、帰るに、「何をか奉らむ。まめまめしき物は、まさなかりなむ。ゆかしくしたまふなる物を奉らむ」とて、源氏の五十余巻(よまき)、櫃(ひつ)に入りながら、在中将(ざいちゆうじやう)、とほぎみ、せりかは、しらら、あさうづなどいふ物語ども、一ふくろとり入れて、得て帰る心地のうれしさぞいみじきや。
はしるはしる、わづかに見つつ、心も得ず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人もまじらず几帳(きちやう)の内(うち)にうち臥(ふ)して、引き出(い)でつつ見る心地、后(きさき)の位も何にかはせむ。昼は日ぐらし、夜は目の覚(さ)めたるかぎり、灯(ひ)を近くともして、これを見るよりほかのことなければ、おのづからなどは、そらにおぼえ浮かぶを、いみじきことに思ふに、夢に、いと清げなる僧の黄なる地の袈裟(けさ)着たるが来て、法華経(ほけきやう)五の巻をとく習へ」と言ふと見れど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず、物語のことをのみ心にしめて、われはこのごろわろきぞかし、さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、髪もいみじく長くなりなむ、光の源氏の夕顔(ゆふがほ)、宇治(うぢ)の大将の浮舟(うきふね)の女君(をんなぎみ)のやうにこそあらめ、と思ひける心、まづいとはかなくあさまし。[一七 『源氏物語』耽読 より]

※本稿は『胸はしる 更級日記』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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