『葬送のフリーレン』でも話題、今さら聞けない「エルフ」って何者?
2023年12月30日(土)12時0分 JBpress
(歴史家:乃至政彦)
エルフとは何か?
西洋風ファンタジー作品には、「エルフ(Elf)」という、人間ではない人型の妖精が登場する。
最近は、これまでファンタジーものに関心のなかった人たちも、日本の漫画『葬送のフリーレン』や『ダンジョン飯』を介して、エルフという存在を知るようになっているとも聞く。
そこで、エルフとは何かを簡単に説明してみたいと思う。
典型的なエルフ像
現在のファンタジー世界におけるエルフについて、およそ共通する6つの特徴を挙げておく。
①容姿端麗で、華奢な体つきを持つ。耳が尖っていて、髭は生えない。
②魔法が得意で、頭脳明晰である。
③ドワーフ(白雪姫に登場する小人。闇の妖怪とも)、ホビット(呼び名は作品世界によって様々。愛嬌ある小人)など人型の種族の中でも長寿で、数百年は生きる。
④人間には比較的好意的で、生殖も可能。ドワーフとは争いがち。
⑤森に住み、弓矢と軽い剣、軽い防具を好む。
⑥人口はかなり少なく、人間のように都市を持たない。
これだけ理解しておけば、エルフについて大体間違うことはない。
ただ、注意しておきたいのは、エルフはほとんどフリー素材なので、「公式」のルールなどないことだ。
なぜならこうしたエルフ像は、ヨーロッパの伝承や神話を使って創作されたトールキンの小説『指輪物語』(初版1937年。または同年の『ホビットの冒険』)から広がり、これをTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(初版1974年)がゲーム的に再構築したことで定着したもので、そこからさらに「私たちの考えたエルフ」がたくさん作られていった。
エルフの現像
もともとエルフは、日本でいう「鬼」「河童」「天狗」のように、ヨーロッパで昔からよく知られた架空の妖怪であった。
そこには先に述べた特徴と重なったところもあるが、厳密な定型がなく、自由に脚色されて、形作られてきたものである。
トールキンの『指輪物語』には、現在我々が親しんでいる長寿エルフと違っており、こちらのエルフには寿命がない。基本的には、物理的に傷つけでもしない限り、不老不死なのだ。まさに妖怪、妖精である。
しかし人間と結婚すると、不老不死の効果は消えて、人間と同じく定命のものになってしまう。
この世界のエルフたちは、人々が冥王を滅ぼしたあと、もはや自分たちの居場所は人間界ではないとばかりに、エルフの魂が行き着くところとされる西の世界へと旅立っていくのである。
余談ながら、よく知られる「ホビット」族は、トールキンの発明である。
これが「ハーフリング」「ハーフフット」「ケンダー」などとして各種ファンタジー世界で流用されている。ホビットはトールキンの造語なので、遠慮して別の名前で呼ばれることが多い。
日本のエルフ受容
さて1986年、エルフ発祥の国々が気づかない極東の国で、歴史を動かす大きな変化が起きた。
日本の月刊誌『コンプティーク』で、先述のTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を紹介するため、ゲームリプレイ「ロードス島戦記」の連載がスタートした。
この時、イラストレーターの出渕裕は、エルフの耳をそれまで一般的だった餃子型の尖った耳にせず、ロバのように長い耳を与えたのだ。
この独創は、エルフを初めて見た日本人たちに“エルフといえばこれ”という印象を植え付け、日本産のエルフは長い耳が当たり前になっていく。
しかも容姿端麗で長命であるということから、強い性的魅力を持った胸部の大きい女性エルフが頻出することになり、やがてこれは米国のエルフにも影響を与えるようになっていく。
例えば、まだ亜流ではあるようだが、長耳のエルフ(「erufu-mimi」)が海外のイラストで見られることが増えたのだ。さらには、日本で盛り込まれたエロティックな設定が反映するような「強烈な性的嗜好」を備えたタイプもある(『トンネルズ&トロールズ完全版』2015年)。
日本国内においても、エルフのイメージは不安定で、例えば『ドラゴンクエスト』の3と4のエルフは、ごく普通のファンタジー妖精だが、10のエルフは昆虫ぽい羽根があり、和風の文化を持つ独特の「五つの種族」のひとつとなっている。
この頃は「どんくさい」「性的関心がうすい」というどこか子どもっぽい、間の抜けた和製エルフが人気を集めている。
エルフのイメージは、まだまだ変化する可能性を秘めている。
ダンジョン飯のエルフとフリーレンのエルフ
エルフの特徴は日本の作品によって様々で、『ダンジョン飯』では、寿命の差をトールマン(人間)は60年、ハーフフット50年、ドワーフ200年、エルフは500年ほどとしている(51話、80話)。古い時代のエルフは1000年生きることもあったという。
かたや『葬送のフリーレン』は、もはや絶滅危惧種とされるエルフの平均寿命は、よくわからない。主人公のフリーレンは1000年以上生きている。
そんなに長生きするのなら歴史書を作る必要も薄いだろうし、情報を集積して社会を管理する意思も弱いだろうから、感覚的な統計が取りにくいのかもしれない。
ところで日本のエルフは概して小柄だが、海外のエルフは作品によって相違することがある。
例えば、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のエルフは、身長5フィート(152cm)以上〜6フィート(183cm)未満とされている。
いっぽうその直後に創作されたTRPG『トンネルズ&トロールズ』(初版1975年)では、身長は人間の1.1倍、体重は1.0倍と設定されている。
RPG創成期らしい違いだが、体格だけでなく、その構造自体大きく異なるものもある。TRPG『ルーンクエスト』(初版1978年)の背景世界グローランサにいるエルフたちである。
グローランサのエルフ
グローランサというのは精緻な作り込みで定評のあるファンタジー世界で、強烈な人気を誇るTRPG『ルーンクエスト』の舞台である。
こちらのエルフは「哺乳類よりも植物に近い」とされ、「ほとんどのエルフは特定の種類の森に結び付いている」という。毛髪は葉っぱの色、皮膚は幹の色をすることが多く、寿命は結びついている樹木に近く、通常は300歳ほどで老衰死すると言われている。
ほかの世界と異なり、このエルフには人間を敵視する傾向がある。森林の破壊者だからである。ドワーフやトロウルは天敵で、これを根絶することはエルフ族共通の願いである。だが彼らには共通の敵として「混沌」があり、いわゆる魔族のようなものである。混沌と戦うためには、不倶戴天の異種族と共闘する必要もある。
ちょうど12月8日に日本語訳のPDF版が販売されたばかりで、システムは『クトゥルフ神話TRPG』とほぼ同じなので、軽くてかなり入りやすい。
キャラクターの個性が強く現れる「パッション」ルールがSANチェック同様に激しいアクシデントとヒロイズムを誘発する。プレイヤー同士で予想もつかない展開が生まれるパーティゲーム的な面白さがある。
こういうシステムで、ほかの異世界と異なるエルフと出会うことは、刺激的な体験となるだろう。エルフってなんだろうという認識が根本から揺らぐのだが、それでもやっぱりエルフはエルフなんだなという気持ちになる。
日本で親しまれているエルフ像もまだまだ変化する可能性があり、そしてそれが世界に強い影響を与える未来もありえる。
ここまでに述べたエルフのキャラクター像はまだその断片だ。どこからか入り口を探し出し、それぞれのエルフを比較してみると、新たな発見に出会えるかもしれない。
【乃至政彦】ないしまさひこ。歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(ともにJBpress)、『謙信×信長 手取川合戦の真実』(PHP新書)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中。現在、戦国時代から世界史まで、著者独自の視点で歴史を読み解くコンテンツ企画『歴史ノ部屋』配信中。
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筆者:乃至 政彦