「相手の組長の顔を切りつけました」「地元の裏社会との軋轢です」…都心のど真ん中にある喫茶店で起きた“パリジェンヌ事件”の裏で起きていた中国マフィアによる恐るべき刃傷沙汰
2025年5月16日(金)7時20分 文春オンライン
日本の闇社会には、台湾や中国の組織の影響を色濃く受ける地域が少なくない。横浜中華街も、そうした地域の一つである。“中華街”ではどのようなマフィアが跋扈しているのだろうか。
ここでは、花田庚彦氏の『 ルポ 台湾黒社会とトクリュウ 』(幻冬舎新書)の一部を抜粋し、中国マフィアの実情に迫る。(全3回の1回目/ 続き を読む)
◆◆◆
台湾黒社会と横浜中華街
横浜中華街と台湾黒社会をはじめとした組織の関係を知るべく、筆者は同地で長年中国料理店を経営しているとある人物に話を聞けるか交渉。彼は匿名を条件としてインタビューに応じてくれた。

——今回の取材は中華街と台湾や中国のマフィアの繋がりについてが主題なのですが、日本の裏社会とは関係があったりするんですか?
「私のやっている店はありませんね。でも、一部の店は中国マフィアや台湾黒社会はもちろん、日本の裏社会とも繋がっています。そういう店では、地域を仕切っているボスが食事をしている姿もたまに見かけますね」
——いわゆるミカジメ料など、金銭の支払いはあったりしないのでしょうか?
「恐らくですが、払っている店が多いと思います。私は組合にも入っていないのですが、以前組合で飲食店をやっている人間から誘われたことはありましたよ。その時はキッパリと断ったのですが、それ以来は勧誘もないし、裏社会関係者の立ち入りもなくなりました」
——この辺りを縄張りとしているのは、稲川会系と聞いているが、その認識で間違いありませんか?
「私の口からは、これ以上はもう何も言えません」
この質問を最後に、この人物は何を聞いても答えてくれなくなってしまった。自身の店は裏社会やマフィアとは無関係を貫いているとのことだったが、それはそれで様々な苦悩があるのだろう。
続いては、ある華僑の人間に同じく中華街について話を聞いた。少し本題からは外れるが、彼が言うところによると、華僑と一括りに言っても、華僑と華人、老華僑と新華僑など様々な分類があるそうだ。
「台湾を含む中国に国籍を持つ人間を華人と呼び、台湾人や中国人国籍の人間が片方の親であったり、中国に何かしらのルーツを持つ人間は華僑と説明するのが一番分かりやすい」
立命館大学で国際教育推進機構の准教授を務める駒見一善氏が発表した論文「大阪・京都の華僑華人と社会変容」によると、日本における華僑の人口は、2018年度時点で82・5万人だとされている。だがこの人数にも諸説あるようで、上記の華僑の人間はこれについてこう疑念を呈した。
「この人数は華僑の協会とかに所属している人間をもとに割り出した人数ではないか。当然、協会に加盟していない人間もかなり多いから、この時点でも実際は100万人を優に超えていたと思う」
なお、老華僑と新華僑の違いは、1970年代以前に中国大陸からマカオや香港、台湾、日本に移住した人間の総称で、新華僑はそれ以降に中国から移住した人間のことを指すという。
話を中華街に戻そう。このコメントを出した人物は、横浜中華街では、扱う料理の種類によってバックにいる勢力が変わるとし、以下のように分類した。
1.四川料理 老華僑
2.広東料理 上海系マフィア
3.満洲料理 怒羅権(ドラゴン)・東北系マフィア
4.点心 新華僑・福建マフィア
5.台湾料理 新華僑・台湾マフィア
これが彼ら華僑の認識であり、それゆえ食事に行く店はほぼ決めているという。また、価格帯によっても、こうした分類が可能な部分があり、歴史ある高級中華は老華僑が経営している店が多いそうだ。一方、格安食べ放題の店はやはり多くの人気を集めているが、中国マフィアから資金提供をされて営業を始めた店が多く、いかに安く仕入れて客を入れるかを重視しているため、美味しくない場合が多い、ともコメントを付け加えた。
こうした格安店がよく入れ替わる原因は、資金繰りがうまくいかず、店を取り上げられるような形でオーナーが替わり、新たに華僑から資金提供を受け、新規開店するケースが多いとのこと。安さと集客のみに特化すると、リピーターが少なくなってしまい、結果として店の入れ替わりが激しくなるということなのかも知れない。日本と華僑、華人と関係する団体は数多く存在するが、全ての団体は正確な数字は出さなかった。
知られざる第二の“パリジェンヌ事件”
そんな資金やバックの話などを中心に中華街の取材を進めていった筆者だったが、一般的には知られざる衝撃的な事件について知ることとなった。それを語ってくれたのは、同地における顔役の一人だという劉氏(仮名)という人物だ。彼に接触することに成功した筆者は「横浜中華街の裏側について伺いたい」と率直に切り出して交渉をすると、「あまり深く話せないけれど」と快諾してくれたため、指定された中華街の施設へと向かうことになった。
そこで待っていた劉氏に、今回の取材の趣旨を改めて話すと、「中華街の裏側はあまりありませんが、かつては我々と地元組織が衝突しかけたことがありました。昔、歌舞伎町で起きた青龍刀事件やパリジェンヌ事件をご存知ですか?」と切り出してきた。
この青龍刀事件とパリジェンヌ事件について説明したい。前者は、快活林事件とも呼ばれ、1994年8月、歌舞伎町で起きた事件である。当時区役所通り裏にあった中華料理店「快活林」で、上海系の中国マフィアが、北京系の中国マフィアを襲い、1名が死亡。青龍刀という物騒な武器が使われたとされる(一説には、実際に使われたのは青龍刀ではなく、刺身包丁やサバイバルナイフとも言われているが)この事件は、中国マフィアが歌舞伎町内で権勢を振るっていることを世間に印象付けたものであった。
一方で、この事件を受けて厳しい取り締まりを行った警察の手により、上海系と北京系のマフィアは歌舞伎町内の勢力を減退。福建系へと取って代わられることとなったが、彼らは密入国、密出国を繰り返す奔放さと、裏切りを行う性質を持ち合わせていたため、日本の裏社会との折り合いが悪く、やはり衰退した。そののちに台頭することとなったのが、パリジェンヌ事件に関係することとなる東北系マフィア、東北幇(トンペイパン)である。
彼らは旧満洲である遼寧省、黒竜江省、吉林省などをルーツに持ち、中国残留孤児二世・三世が主なメンバーであり、日本語や日本の習慣への理解が深いことから、日本の裏社会のビジネスパートナーとして成長。歌舞伎町で勢力を拡大することとなった。
パリジェンヌ事件は、そんな東北幇と日本の裏社会が衝突することとなった事件として知られている。2002年9月に、歌舞伎町の大型喫茶店「パリジェンヌ」で住吉会系の暴力団員が東北幇の関係者に射殺されたというのがその内容だ。
警視庁が組織犯罪対策部、いわゆる組対を設置するきっかけともなったと言われている同事件は、同月に行われた住吉会系の下部組織と、東北幇のメンバーで行われたカラオケスナックでの親睦会での諍いに端を発する。この親睦会の中で、カラオケに曲を入れる順番を巡って口論となった両者は、最終的に双方に怪我人を出す大乱闘に発展。
この手打ちとして両社は「パリジェンヌ」で会合を行ったが、こちらでも口論から発展し、東北幇のメンバーが住吉会系の組員を射殺するに至った。構成員を殺された日本の裏社会は、住吉会だけでなく多くの組織が結託して、ビジネスパートナーであった東北幇を排斥するため、組織そのものだけでなく、中国系の様々な店舗や客引きも対象とした「中国人狩り」とも言える大規模な報復を実行。同年内は緊迫した状況が続いたが、最終的に両者は2003年1月に東京郊外の飲食店で大々的な手打ち式を行い、事態は終結することとなった。
「報道はされていないだけで、あの時代には中華街でも同じような事件が起こっています」
これらの事件は、中国系のマフィアが歌舞伎町で起こした凶悪事件として知られる代表的なものではあるが、横浜中華街とあまり関わりがあるようには思えない。そのため、筆者は劉氏がこれらの事件の名前を出した意図を測りかねていた。もしかして、当事者の一人なのだろうか? そう考えた筆者は、再び劉氏へ質問を投げかけた。
——劉さんはこれらの事件と何かしら関係があったのですか?
「直接的な関係はありません、ただ、報道はされていないだけで、あの時代には中華街でも同じような事件が起こっています。地元の裏社会との軋轢です」
——その当時劉さんはお店をやられていたのですか?
「パリジェンヌ事件の時期は、ちょうど資金を集めて店をオープンしようとしていたところでした。しかし、私に融資してくれると言っていた裏社会の人間が、突然私に協力できないと言ってきたんです。怒った私は、数人とともに刃物を持ち、相手の事務所に乗り込みました」
——報復を行ったわけですね。実際、刃傷沙汰には発展したのでしょうか?
「相手の組長の顔を切りつけました。ご存知かどうか知りませんが、刃物で顔を切ると血が止まらないんですよ」
——それは大問題になってしまいそうですが……。
「なりましたよ、相手側の組長を切りつけたのですから。その当時、劉を探せとの大号令が横浜でかけられ、私も横浜にいることはできなくなったので、長崎にいる従兄弟の家に匿ってもらったんです」
——なるほど。その後、どうやって横浜に戻ることができたのですか?
「パリジェンヌ事件で命を落としたある人間が、相手と話をつけてくれたんですよ。私の起こした騒動は、あの事件の少し前に起きたものでしたから」
——なるほど、その方が相手と交渉をしてくれたわけですね。その際には、やはり金銭のやり取りがあったのでしょうか?
「いくら払ったのかは伝えてくれなかったので分かりませんが、恐らく金で解決したのでしょう。それ以来、私は騒動を起こした相手とも普通に付き合える関係になりました」
場合によっては、パリジェンヌ事件よりも先に、裏社会と中国系マフィアの大規模な抗争が勃発するかも知れなかった——。筆者は、決してゼロではなかったその可能性を想像し、思わず身震いしてしまったが、奇しくもパリジェンヌ事件の関係者として命を落とした人物の手によって、事件は無事解決に至った、というわけである。劉氏はこのような経緯から、パリジェンヌ事件に特別な思いを抱いているという。
外国人犯罪組織がと日本の裏社会との関わり
本稿に記載した事件は、あくまでも劉氏が語った内容に基づくものであり、その真偽は確認しきれない部分もある。ただ、彼の話を通じて浮かび上がるのは、日本の社会の中で外国人犯罪組織が互いに手を取り合い、日本の裏社会と関わりながら勢力を伸ばしていったという一つの歴史だ。こうした過去は、パリジェンヌ事件や、劉氏の語った事件のような抗争を代表とする負の側面だけでなく、それを生き延び、今では新たな形で社会に関わろうとする人物たちの姿をも浮き彫りにする。
現在劉氏は横浜の中華街の組合の要職にもついているが、彼こそが在日外国人として多くの転機や危機を乗り越えた先で、今もなお日本という国の社会へと関わり続けることを選んだ一人だと言えるのではないだろうか。もちろん、裏社会の一員である劉氏の生き様が、多くの人の模範になるものとは言い難い部分もあるだろう。しかし、苛烈な裏社会の中で生き抜いた劉氏の人生は、そこから垣間見える日本社会が抱える複雑な多文化共生の課題とも密接に結びついている。そのように筆者は考えているのだ。
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(花田 庚彦/Webオリジナル(外部転載))
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