「湾岸タワマンは風水も最高」「本当の富裕層は港区に購入」急増する中国人移住者が狙う“東京の不動産”のリアル

2024年10月28日(月)7時0分 文春オンライン


近年、日本で急増する中国人移住者。では、彼らはどのような人たちなのか。長年中国取材を続けている高口康太氏が迫った。



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「中国人富裕層の日本投資は絶頂期を迎えた」


「私の手持ち資金は1000億円もないが、もし半導体関連の企業が買収できるなら、乗りたい投資家はいくらでもいる。買収のチャンスだけ見つければ、後はなんとでもなる。みんな必死だよ」


 今年6月、東京で開催された中国人向け投資説明会に参加した中国人は、笑顔で語った。主催した中国の大手企業、復星国際(フォースングループ)は富裕層の対日投資のサポートに力を入れている。


「この1年、東京で出会った富裕層の数は、その前の10年間に中国本土で会った数よりも多い。中国人富裕層の日本投資は絶頂期を迎えた」



湾岸のタワマンは中国人にとって「眺望も風水も最高」だという(写真はイメージ) ©イメージマート


 そう主催者が語るとおり、皇居のすぐ隣にあるビルで開かれた説明会には中国人投資家が押し寄せた。テーマは企業買収。半導体、観光、医療、不動産など注目分野が紹介されたほか、外為法に抵触しない合法買収のルールや万が一台湾有事が起きた場合のビジネスへの影響などがレクチャーされていた。


「今後1000億円を超える大型投資案件が次々と決まるでしょう」


 企業買収だけではない。レストランで使われる配膳ロボットを製造する中国パンゴリン・ロボット社は日本での工場設立を計画中だ。米中対立が激化する中、いつ中国から輸出できなくなるかわからない。中国外での拠点確保を検討する中国企業は多い。ではなぜ、日本なのか。「メイドインジャパンの看板が使えるのは大きい。それに今では日本の人件費も安いしね」と創業者の宋育剛董事長は話した。


 あるいは、たんに居住地としても魅力的だという。越後湯沢で民泊を経営する陳氏(仮名)。中国で事業を成功させた後、日本に移住した。民泊経営といっても、一見さんお断りで中国の友人しか泊めない。半ば趣味だ。「最高のスキー場とすばらしい温泉があるのに、タダ同然の価格でリゾートマンションが売られている。隠居するには日本は最高だ」と笑った。


 こうした富裕層を含め、今、多くの中国人が日本に移住している。彼ら、新しく日本に移り住んできた中国人の全体像を描き出すことが本稿のテーマである。


毎週末、日本に来る社長夫人


 たしかに、投資だけではなく、実際に日本を訪問する富裕層は増えている。「銀座でジャック・マーを見た」といった有名人目撃談をたびたび聞くが、取材を進めると冷静な反論があった。


「富裕層は以前から日本に投資していましたよ。確かに長期滞在ビザを取りたがる方が増えているのは最近の変化ですが」


 ブリジアンの夏川浩社長の指摘だ。同氏はもともと中国籍で、現在は日本国籍を取得している。中国政府、メディア、企業経営者との幅広い人脈を生かし、富裕層向け医療インバウンド事業を手がけている。医療インバウンドを手がける企業は無数にあるが、医療渡航支援企業正認証(AMTAC)を取得した企業はブリジアンを含め3社しかない。大物芸能人や大企業経営者など、“本物”の富裕層を顧客に持つ。


 中国人富裕層の対日投資は何も昨日今日始まったわけではない。転機となったのは安倍政権だ。アベノミクスによる円安で日本の資産が割安になり、また、観光立国政策により富裕層はマルチビザを取得できるようになったため、入国のハードルも下がった。北京・東京のフライト時間は3時間半程度、中国国内旅行とたいして時間は変わらない。2019年に取材した大連市在住の社長夫人は毎週末通っているというほど日本にどっぷりはまっていた。


「中国人富裕層にとって安心感やサービスの良さが日本の魅力です。医療でも、病院の設備だけなら中国のほうが良いぐらい。それでも日本の医療を求めるのは丁寧さやサービスがあるからです」(夏川社長)


 日本を気に入ってセカンドハウスを購入した富裕層は多い。マンションだけではなく、温泉旅館を購入するのもちょっとしたブームになったほど。それでも長期滞在ビザまでは不要と考えられていたのがコロナ禍でムードが変わった。国境が閉ざされるという経験を経て、いざという時の保険のために海外にずっと住める身分を持っておこうという考えが広がったのだとか。ただ、その拠点は何も日本が一番人気というわけではない。英投資コンサルティング企業ヘンリー・アンド・パートナーズの報告書「二〇二四年ヘンリー・プライベート・ウェルス移民リポート」は中国から流出する富裕層は1万5200人に達すると予測しているが、日本に流入する富裕層は中国人以外も含めて400人に過ぎない。シンガポール(3500人)、米国(3800人)、カナダ(3200人)という、既存の人気移住先とは雲泥の差だ。日本は大本命ではなく、現時点では新たな選択肢にすぎない。


中国の「なんちゃって富裕層」が日本に……


 なんだかがっかりする話だが、そもそもこの報告書が間違っているという可能性はないだろうか。なにせ日本政府の在留外国人統計によると、2023年末時点に経営・管理ビザで日本に滞在している中国人は1万9334人、コロナ前の2019年末から約5000人も増えている。約2万人の中国人社長は決して少ない数字ではない。


「経営・管理ビザで日本に住んでいる社長さんはたいてい“なんちゃって富裕層”ですね」


 在日中国人の李氏(仮名)は言う。同氏は沖縄県で民泊3棟を経営する実業家だ。「プール・屋上バーベキュー施設あり、1泊10万円」というリゾート観光客狙いの戦略が当たっているという。立派な富裕層に思えるが、「私も“なんちゃって富裕層”です。親のマンションを売ったら、東京湾岸のタワマンが2軒買えてしまいました(笑)。それが値上がりしたので、1軒売って沖縄で民泊を始めた次第です。私の故郷、北京の不動産はこの20年余りでめちゃくちゃ値上がりしました。安い時に2軒3軒買っていた人も多いので、うちぐらいの資産はごく当たり前ですよ」


 北京市の住宅平均価格は2004年の1平米4747元から、2022年には4万7784元と10倍になっている。あくまで平均なので条件がいい物件の値上がり率ははるかに高く、数十倍に跳ね上がった物件もある。しかも、1998年までは政府機関や国有企業に勤めていると、格安で住宅が支給される制度があったため住宅ローンも組まずに「富裕層」になった人もざらだ。


「私たちは中国高成長の恩恵を受けられた、ラッキーな世代です。今の世代にはこんな棚ぼたはもうありません」(李氏)


 不動産仲介業のBEACON株式会社を経営する梁子軒代表も、日本の不動産を購入する中国人は多様だと証言する。


「この1年は確かに富裕層の投資が増えました。コロナや米中対立の影響でしょう。ただ、シンガポールなど伝統的な移住先に向かう人のほうが多いのは事実です。数だけで言えば、富裕層よりも北京市や上海市で働くホワイトカラーの投資が多いでしょう。日本の大手不動産会社も中国人向けの専門部署があって、マンション購入ツアーを実施しているほど力を入れています。


 もともと中国人の日本不動産投資はワンルームや1Kなど、中古の小型賃貸物件が中心でした。郊外なら数百万円から投資でき、年利5%は堅い。それが2020年ぐらいから新築物件の価格上昇が始まり、湾岸のタワマン購入にトレンドが変わりました。湾岸は日本人からすると交通が不便で敬遠されがちですが、中国人からすると海に面して、眺望も風水も最高の立地です」(梁代表)


 なお、前述の夏川社長によると、「本当の富裕層が自分のために購入するのは港区が主流。ステータスですし、マンションのレベルが違う。値段も1桁上ですが」なのだとか。


 さて、湾岸のタワマン投資の主力となる“なんちゃって富裕層”、アッパーミドル(中産層上位)だが、物件購入目的は純投資と移住が半々だと、梁代表は言う。


「医師や弁護士などは日本に移住したら仕事がありません。稼ぎを気にせず移住できるのが本当の富裕層だとすれば、ごくごく一握りですね」




本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 来日中国人大調査『你(YOU)は何しに日本へ?』 」)。



記事全文 (12,000字)では、さらに下記のテーマについて詳報されています。


  ・移民の悩みのタネはビザ
 ・コロナ禍で中国政府に失望
 ・現金で持ち出すのがベター
 ・就職難で日本に留学
 ・愛国少年がアンチ中国共産党に
 ・教育移民は文京区へ



(高口 康太/文藝春秋 2024年11月号)

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