「人的資本経営」を掲げながら「個人」に目を向けない企業の大きな誤り

2024年1月16日(火)6時0分 JBpress

 昨今、「人的資本経営」「ジョブ型雇用」「タレントマネジメント」など、人事領域における話題がビジネス界を賑わせている。ファイザー、ノバルティスファーマ、味の素、ロート製薬などで人事の要職を務めた高倉&Company合同会社共同代表の高倉千春氏は著書『人事変革ストーリー〜個と組織「共進化」の時代〜』(光文社)の中で、これらの動向はいずれも無関係なものではなく、「企業の人財観」の変遷という大きな流れの中にあるものだと指摘する。企業の人財観は世界的なビジネス潮流とどう関わり、どう変化しているのか。高倉氏に話を聞いた。(前編/全2回)

■【前編】「人的資本経営」を掲げながら「個人」に目を向けない企業の大きな誤り(今回)
■【後編】「人の心に火を点ける」人的資本経営時代の人事部門に求められる2つの視点
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「人財=コスト」と考える企業は遅れを取っている

——昨今、「人的資本経営」というテーマが話題になっています。この背景について、ご著書『人事変革ストーリー〜個と組織「共進化」の時代〜』では「企業の人財観」の変遷に触れながら解説されていますが、実際にどのような変化が生じてきたのでしょうか。

高倉千春氏(以下敬称略)「企業が人財(企業の財産である人材)をどう見るか」という企業の人財観は、その企業の経営課題や事業戦略、ビジネスモデルの変化に伴って大きく変わります。私の人事としてのキャリアは外資系企業の人事部門から始まっていますので、ここではまず、企業の人財観が世界的なビジネス潮流の変化の中でどう変遷してきたか、という歴史を振り返ってみたいと思います。


 私が、外資系の製薬企業で人事の仕事に本格的に携わったのは、1990年代のことでした。その当時は、企業の世界戦略としては、まだ、「インターナショナル」(国際化)という概念が主流の時代でした。「インター」(〜の間)とあるように、各国の現地法人同士、また本社と現地法人が「つながる」という状態でした。

 そこでは、現地法人に経営の権限が委譲されており、目標の売上や利益さえ確保できていれば、その国独自の経営慣行や雇用制度を踏まえてビジネスをすることができました。ですから、私たち日本法人も、年功序列・終身雇用・企業別労働組合という「三種の神器」を用いて、日本独特の人事戦略に基づく経営を行うことができました。いわば、各国の「部分最適」でグローバルビジネスが行われていた時代といえるでしょう。

 しかし90年代後半になると、ビジネスのスピードが速くなり、全世界規模での競争が激化する「グローバル」の時代になりました。グローバルな競争に勝つには、各国の「部分最適」ではなく、全世界にある自社の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を最適配分するという、「全体最適」の考え方がビジネスに求められるようになったのです。

 それに伴って日本法人も、欧米にある本社の「世界戦略の中での一部分」という位置づけになったわけです。そうなると、日本独特の人事戦略ではなく、グローバルの基準に合った戦略を取る必要が出てきます。近頃、日本企業でも話題となっている「ジョブ型雇用」の導入に取り組んだのも、この頃のことでした。

 しかし、この当時の「企業の人財観」というと「人財はコスト(費用)」という考え方の下で人事管理をしていたように思います。利益率が二桁に届かなければ人員削減、採用中止という動きが出たことを思い出します。つまり、ここでの「全体最適」とは、人員数や人件費という「コスト」を世界的な視点からいかに最適配分するか、ということだったのです。


イノベーションを生み出すために、人財を「資産」として捉える

——その後、「コストであった人財が、『資産』(アセット)として捉えられるようになった」とのことですが、どのような転換点があったのでしょうか。

髙倉 さらなる世界市場での競争激化の中で、会社が持続的に発展するための条件が変わったことが挙げられます。現在儲けの出ている既存事業(本業)だけでなく新規事業に取り組むことで、イノベーションを継続的に生み出す必要がある、という新たな経営課題が生まれてきました。

 私は普段、これを「母屋」と「離れ」に例えて説明しています。変化の激しい時代において、本業という「母屋」は、たとえ今は儲かっていても、いつまで儲けることができるかは不透明です。ですから、予め次なる新規事業という「離れ」を用意しておく必要があります。ここで求められるのが、中長期的な経営資源配分の最適化を行う「事業ポートフォリオ戦略」です。

 ところが、ここで一つ問題が生じます。「離れにある新規事業を担うのは誰か」という問題です。株主や投資家からも「将来を見据えた事業戦略は素晴らしいですね。でも、これらを実行できる社員はいるのですか?」と厳しく聞かれました。

 そこで必要となったのが、事業ポートフォリオと連動した「人財ポートフォリオ」という考え方です。具体的には、その新規事業の「職務要件」を明確にした上で、その新規事業を成功に導くことのできる「人財要件」(能力・スキル・志)を明確にし、その要件を満たす人財はどこにいるのかを把握・発見し、そのポジションに配置する、という一連の人事施策を進めます。昨今耳にする機会の増えた「タレントマネジメント」は、この手順に沿って実施します。

 こうした動きに伴い、企業の人財観も変わりました。すなわち、人財は単なるコスト(費用)ではなく、アセット(資産)という考え方です。「資産」ですから、将来的に収益をもたらす可能性のある「財産」と言い換えることもできます。

 しかも、今は不確実で環境変化が激しく見通しの悪いVUCA時代と呼ばれるくらいですから、何が新規事業になるかはわかりません。そのため、どんな変化が起きても対応できるように、多様な人財を抱えておく必要性が出てきます。これを「ベンチストレングス」と呼んでいます。

 先ほどお話しした「離れ」の例で言えば、複数の「離れ」をつくり、そこにいろいろな人財を待機させておく、ということです。「わが社のベンチには多様な人財がいます」「わが社のベンチは盤石です」と株主や投資家にアピールできる状態をつくることが重要視されていました。


「一人ひとりの個人が輝いているか」が問われる時代へ

——『人事変革ストーリー』では、その後、企業の人財観は「資産」から「資本」(キャピタル)へと進化したと書かれています。この変化は何を意味するのでしょうか。

髙倉 人財を「資本」として捉える企業が増え始めたのは、2010年以降です。人財を「資産」として捉えるだけではなく「資本」として捉えることで、その資本価値をいかに高めるか、という点が重要視されるようになりました。

 人を「資産」として捉えた場合は、資産(財産)の多さ(人数)が重要になります。つまり、「新規事業を担える人財が十分に揃っているかどうか」が問われるわけです。ですから、「わが社には第一線のフィールドで優秀な人財が活躍しているだけでなく、ベンチにも多くの優秀な人財が出番を待っています」ということが、株主や投資家へのアピールになるのです。

 一方、人を「資本」として見た場合は、人数が揃っているかどうかよりも、「一人ひとりの能力が花開いているか」「人財が活躍できるように、成長のための投資や活躍できる環境づくりがきちんと行われているかどうか」が問われるのです。これは、人財の活躍なくして会社の持続的な企業価値向上は実現できない、という考え方が人的資本経営の根底にあるからです。

——これまで以上に、一人ひとりの人財に注目する必要が出てくるわけですね。

髙倉 そうです。「組織の力」は「個人の力」の総和ですから、一人ひとりの「個人の力」が輝いていないと、会社全体の「組織の力」も出ないわけです。さらに言うならば、人財は一様な存在ではなく、一人ひとりが異なる「個としての人財」です。そうなると、企業としても一律の管理はできなくなり、一人ひとりの個人に向き合う必要が出てきます。つまり、「個を活かす組織」という概念が重要になるわけです。

「個を活かす組織」を考えるとき課題になるのが、「どうすれば個人の力を花開かせ、それを組織の力にすることができるのか」ということです。そこで重要になるのが「組織風土」という概念です。野菜や植物でも、畑や庭の土が悪ければ、いくら種が良くても元気に育ちませんよね。個人もそれと同じです。

 私が勤めていた欧州企業には、「各個人のことを尊重しないと、組織の力が生まれない」という考え方がありました。そして、「一人ひとりの潜在能力をレバレッジさせて、花開かせよう」という掛け声があったからこそ、よい組織風土がつくられていったのだと感じています。

 会社は一時的な売上や利益が上がれば良いというものではなく、持続的に存続することが重要です。そのためには、一人ひとりの個人の能力と意欲が開花しなければいけません。人財を資本と見なす「人的資本経営」の時代においては、そうした「個人の力」の生かし方が重要な経営課題といえます。

【後編に続く】「人の心に火を点ける」人的資本経営時代の人事部門に求められる2つの視点

■【前編】「人的資本経営」を掲げながら「個人」に目を向けない企業の大きな誤り(今回)
■【後編】「人の心に火を点ける」人的資本経営時代の人事部門に求められる2つの視点
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筆者:三上 佳大

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