悪性中皮腫に対する新しいキメラ抗原受容体T細胞療法の開発

2024年1月22日(月)10時47分 PR TIMES

[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/101025/4/101025-4-70ad54d118b3f400bebd0af7cc859f34-1180x790.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
発表のポイント
l 悪性中皮腫(注1)にのみ発現する糖たんぱく質を認識する新規抗体を利用して、悪性中皮腫細胞を攻撃するキメラ抗原受容体(CAR、注2)T細胞を作ることに成功しました。
l CAR遺伝子の細胞内シグナル伝達部位を改変することにより、生体内で悪性中皮腫細胞を効率よく攻撃できるT細胞を作成しました。
l 本研究の成果は、悪性中皮腫に対する新規細胞治療薬として臨床応用されることが期待されます。
概要
白血病をはじめとする血液がんに対してCAR-T細胞療法が実用化され高い治療効果を示していますが、固形がんに対するCAR-T細胞療法はいまだに実用段階に至っていません。アスベスト吸入により起こる悪性中皮腫は難治性の高い固形がんの一つですが、本研究では、悪性中皮腫細胞を特異的に識別できるモノクローナル抗体を利用してCAR-T細胞を作出しました。特に、細胞内シグナル伝達部位を改変したCAR-T細胞は疲弊(注3)せず、悪性中皮腫細胞を効率よく攻撃できることを明らかとしました。本研究の成果は、難治性の悪性中皮腫に対する新規細胞治療薬として臨床応用されることが期待されます。また、有効性の高いCAR遺伝子を作成するためのデザイン戦略に新しい知見を与えるものと期待されます。なお、本研究は、国際科学誌「International Journal of Cancer」に、2024年1月11日(木)に公開されました。

本研究の背景
近年、がん細胞を特異的に識別する受容体を患者リンパ球に人為的に導入するCAR-T細胞療法が、白血病などの血液がんへの新規治療法として実用化され高い治療効果を示しています。一方、固形がんに対するCAR-T細胞療法はまだ実用段階に至っていません。固形がんの治療にはCAR-T細胞ががん組織内に入って働く必要があるため、CAR-T細胞が効率良くがん細胞を識別でき、がん組織内の環境により阻害を受けないことが望まれます。
神奈川県立がんセンターでは、2017年に悪性中皮腫細胞を高感度かつ特異的に識別できるモノクローナル抗体を開発しています。今回、この抗体をCAR遺伝子として活用することにより、効率よく悪性中皮腫細胞を攻撃するCAR-T細胞ができるのではないかと考えました。具体的には、細胞活性化シグナルを発生させる部分のデザインを2種類設計し、 (1)試験管内での活性、(2)マウスモデルによる生体内での活性、(3)発現遺伝子の網羅的特性、について比較・検討することで殺傷能力の高いCAR-T細胞の作製を試みました。

本研究の成果
1) 悪性中皮腫を認識するCAR-T細胞を2種類作成し、試験管内で比較(図1)
神奈川県立がんセンターで作成した悪性中皮腫識別抗体SKM9-2を用いてキメラ受容体SKM-CARを作成しました。SKM-CARの細胞内シグナル伝達部位をCD28分子から取ったSKM-28z CARと、4-1BB分子から取ったSKM-BBz CARの2種類を作成しました。それぞれをヒトT細胞に遺伝子導入し、試験管内で中皮腫細胞と反応させたところ、両者ともに中皮腫細胞を殺傷しました。しかし、両者間で細胞表面分子の発現を比較したところ、SKM-28z CAR発現T細胞では細胞疲弊に関連する分子(LAG3, Tim-3, PD-1)の発現量がより多いという違いが認められました。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/101025/4/101025-4-b6bad983195dd0df3eab48ab494cac5e-835x594.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
2)マウスモデルを用いた生体内での中皮腫抑制能の比較(図2)
CAR-T細胞が生体内での悪性中皮腫の増殖を抑えることができるかを検証するため、マウスモデルを作成しました。免疫不全マウスの皮下にヒト中皮腫細胞株ACC-MESO4を接種したのち、SKM-28z CAR-T細胞あるいはSKM-BBz CAR-T細胞を血管内に投与したところ、SKM-BBz CAR-T細胞を投与したマウスでは腫瘤の増大が起こらなかったのに対し、SKM-28z CAR-T細胞を投与したマウスでは腫瘤増大が抑えられませんでした。つまり、試験管内では腫瘍細胞を攻撃できる2つのCAR-T細胞のうち、SKM-BBz CAR-T細胞のみが生体内で抗腫瘍活性を持つことがわかりました。
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/101025/4/101025-4-8a4881f170af6fabb059a4cbcceae8be-507x429.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
3) 2つのCAR-T細胞でのリンパ球活性化シグナルの比較(図3)
SKM-BBz CAR-T細胞のみが生体内での活性を持つ原因を明らかにするため、SKM-28z CAR-T細胞およびSKM-BBz CAR-T細胞での細胞内シグナルを解析したところ、SKM-28z CAR-T細胞では強いNFATシグナルの活性化が見られたのに対し、SKM-BBz CAR-T細胞では認められませんでした。さらに、それぞれのCAR-T細胞での発現遺伝子を解析し比較検討したところ、SKM-BBz CAR-T細胞ではNFkBシグナルが活性化され、細胞死に関わる遺伝子(BAK1, Bim)の発現が低く、疲弊状態で消失する遺伝子(TCF7, CCR7)の発現が高いことがわかりました。
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/101025/4/101025-4-80453369094c9a0cc76c193193f06940-1520x702.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
これらの結果から、SKM-BBz CAR-T細胞では疲弊状態が誘導されておらず、増殖能・生存能も高いことから、生体内で長期間に生存し中皮腫細胞の増殖を抑えているものと推測されました(図4)。
[画像5: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/101025/4/101025-4-f1590416556e28896d077a191ed9e8c6-913x494.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
本研究の意義
本研究の成果として、悪性中皮腫を高感度かつ特異的に識別できるモノクローナル抗体を用いて作成したCAR-T細胞が悪性中皮腫を攻撃できることが証明されました。特に、4-1BB由来のシグナル伝達部位を使うことで、十分な抗腫瘍活性を持つCAR-T細胞が作れることがわかりました。今後、ヒトに投与できる形のCAR-T細胞を開発し、悪性中皮腫患者に対する新規治療法として臨床応用されることが期待されます。また、シグナル伝達部位の違いとCAR-T細胞の疲弊・生存との関連が明らかとなりましたので、中皮腫以外の固形がんに対するCAR遺伝子の設計にも有用な情報が提供できるものと考えます。
発表雑誌と支援を受けた研究費
雑誌名
International Journal of Cancer
タイトル
Novel chimeric antigen receptor-expressing T cells targeting the malignant mesothelioma-specific antigen sialylated HEG1
著者名
Taku Kouro1,2, Naoko Higashijima1, Shun Horaguchi1,2,3, Yasunobu Mano1, 2, Rika Kasajima4, Huihui Xiang4, Yuki Fujimoto1, Hiroyuki Kishi5, Hiroshi Hamana5, Daisuke Hoshino6, Hidetomo Himuro1,2, Rieko Matsuura7, Shoutaro Tsuji7,8, Kohzoh Imai9, and Tetsuro Sasada1,2
所属
1.神奈川県立がんセンター 臨床研究所 がん免疫療法研究開発学部
2.神奈川県立がんセンター がんワクチン・免疫センター
3.日本大学医学部 小児外科学教室 
4.神奈川県立がんセンター 臨床研究所 がん分子病態学部
5.富山大学学術研究部医学系 免疫学講座
6.神奈川県立がんセンター 臨床研究所 がん生物学部
7.神奈川県立がんセンター 臨床研究所 がん治療学部
8.群馬医療福祉大学 医療技術学部
9.神奈川県立がんセンター 臨床研究所

DOI番号 https://doi.org/10.1002/ijc.34843
掲載日 2024年1月11日(オンライン掲載)

本研究は、主に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)および内藤記念科学奨励金・研究助成の研究支援により実施されました。

用語説明
(注1) 悪性中皮腫
肺を包む膜(胸膜)や、おなかの内側(腹腔)を覆う腹膜などに存在する中皮細胞から発生する悪性腫瘍です。発症原因の1つとしてアスベスト(石綿)が知られおり、過去のアスベスト使用量の増加と並行して発症件数が増加しています。手術、放射線療法、薬物療法(抗がん剤、免疫チェックポイント阻害薬)などによる治療が行われますが、難治性が高く新しい治療法の開発が望まれています。
(注2) キメラ抗原受容体(CAR)
人工的に作られた、T細胞を活性化させる受容体です。キメラ抗原受容体の細胞外領域は、抗体の抗原結合部位から出来ており、特定の抗原と結合することができます。細胞内領域は、T細胞を活性化させる受容体(CD3、CD28、4-1BBなど)の活性化シグナルを伝達する領域から出来ています。この受容体は、細胞外領域を使って腫瘍細胞表面の抗原と結合し、細胞内領域を使ってT細胞を活性化させることにより、腫瘍細胞を殺傷することができます。
(注3) T細胞の疲弊
 T細胞の疲弊は、多くの慢性感染やがんにおいて生じるT細胞の機能不全状態であり、細胞が増殖しにくくなったり、感染細胞や腫瘍細胞を殺傷する機能が低下します。T細胞が持続的に、過剰なシグナルを受けると、疲弊状態が誘導されると考えられています。


問い合わせ先
【研究に関すること】
神奈川県立がんセンター 臨床研究所 
紅露 拓
笹田 哲朗
TEL:045-520-2222
Email:kouro.3v70h[at]http://kanagawa-pho.jp
  sasada.0980e[at]http://kanagawa-pho.jp

【報道に関すること】
神奈川県立がんセンター 総務企画課 
TEL:045-520-2222(内線2106)
Email:mizushima.16057[at]http://kanagawa-pho.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

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