「芦原妃名子さんの遺志にそぐわない」は一理ある…小学館の「社外発信なし」を批判する人が見落としているもの

2024年2月8日(木)17時15分 プレジデント社

小学館本社(写真=Akonnchiroll/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

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ドラマ「セクシー田中さん」の原作者・芦原妃名子さんが急死したことについて、小学館の「社外発信をしない」という方針が批判を集めている。企業のリスク管理を研究する桜美林大学の西山守准教授は「今回の事案は小学館、日テレ、芦原さんなど関係者が多く、現時点では責任の所在が明らかではない。小学館の対応は一理ある」という——。
小学館本社(写真=Akonnchiroll/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■小学館の「社外発信なし」は正しい対応なのか


ドラマ「セクシー田中さん」の原作者で漫画家の芦原妃名子さんが急死した件について、小学館が社内説明会を開催、「社外発信する予定はない」という説明があったことが報道され、批判が集まっている。X(旧Twitter)でも「社外発信なし」がトレンド化し、引用を除く多くの投稿は小学館の対応を疑問視または批判するものだった。果たして「対外的な情報発信をしない」というのは、正しい選択なのだろうか?


芦原さんの死去は、関係者のみならず、漫画家、脚本家など、多くのエンターテインメント界の人たちを巻き込んで、大きな波紋を広げている。最大の当事者であった日本テレビ、小学館に説明責任が求められるのは当然のことだ。


しかし、今回の件では、配慮しなければならない特殊事情があることは念頭においておく必要がある。


ある企業の社員がハラスメント行為に遭って自殺をしたというケースであれば、企業は遺族に謝罪と説明を行い、できる限り速やかに事実解明を行い、再発防止策を検討し、社内外に向けてそれを公表する——というのが一般的な対応であり、多くの場合それが適切な対応策でもある。


■関係性が複雑で、責任の所在が明らかではない事案


今回の場合はかなり複雑な事情がある。芦原さんは小学館の社員ではないが、小学館が抱える漫画家ではある。しかし、問題の発端は日本テレビのドラマ化におけるトラブルであり、トラブルの責任の所在がどこにあるのか、現時点では定かではない。


人の死が周囲に与える影響は非常に大きい。遺族の悲しみは計り知れない。友人、知人、仕事で関わりのあった人たちも、程度の差こそあれ、同様の思いを抱えるのが一般的だ。関係する人たちの多くは、死を止められなかったことへの自責の念に苛まれる。


対外的な情報発信についても、ひとつ対応を間違うと二次被害を招きかねない。まさに、小学館や日本テレビはこういう状況に置かれている。


■芦原さんの名誉を守ることが第一優先


短期的には、両社が優先すべきことは下記である。


1.芦原さんの名誉を守ること
2.遺族、および芦原さんの近親者と誠実に向き合うこと
3.当該案件で関係していた人たちを守ること
4.ビジネスパートナー(企業のみではなく、個人も含めて)を守ること


企業というのは、組織、および組織の構成員(社員)を守ることを優先しがちだが、このたび最も犠牲になっているのは、漫画家などの(組織に属さない)個人である。短期的にも、長期的にも彼らと真剣に向き合わなければ、この問題の根本的な解決には至らないだろう。


現状においては、対外的に情報発信をしてもしなくても、誰かを傷つけざるを得ない状況にある。情報発信することで(あるいはしないことで)誰にどのような影響を与えるのかについて慎重に検討した上で、どうするか判断をする必要がある。


写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■「情報開示をすればよい」というものではない


忘れてはならないのは、小学館の「発信する予定はない」という説明はあくまでも社内で行われたものがリークされたもので、小学館が対外的に公表したものではないということだ。各所の反響を受けて、小学館側からなんらかの情報発信がされることは十分想定できる。


現状では、小学館に対して、一般人だけでなく、漫画家や脚本家からも情報開示を求める声が出ている。特に、漫画家からの声が非常に強い。


たしかに、情報開示がなされることで疑念が晴れる可能性はあるのだが、その一方で、問題が深刻化してしまう懸念もあることは忘れてはならない。


1.作品(特にドラマ)の関係者が叩かれる可能性がある
2.テレビ局との関係悪化により、他の漫画家にも悪影響をもたらす可能性がある

小学館側が対外発信をしない理由として「故人の遺志にそぐわない」と説明していると報道されているが、これも批判を浴びている。しかし、筆者はこの説明には一理あると考える。小学館が情報開示を行ったとしても、それは「小学館の見解を表明した」ということであって、全容解明になるとは限らない(むしろそうならない可能性の方が高い)。


■ある当事者の意見表明が別の人を攻撃する材料になり得る


現状は、日本テレビ(および同局のプロデューサー)、ドラマの脚本家、小学館だけでなく、ドラマに出演していたタレントやその関係者までが主にSNS上で誹謗(ひぼう)中傷に晒されている。さらに、批判は他の映像作品にまで及んでいる。現時点で何らかの情報を開示すると、誰かが激しい攻撃を浴びる可能性がある。


「問題を起こした当事者が攻撃されるのは自業自得だ」と思う人もいるかもしれないが、それは間違っている。あらゆる当事者には、それぞれの事実認識や主張がある。全容が見えていない中で、ある当事者の意見によって、特定の人や組織が攻撃されることは好ましいことではない。


批判合戦や誹謗中傷合戦によって、責任を取るべき人や組織が明るみに出るとは限らない。最も傷つき、犠牲になるのは、一番弱い人、一番繊細な人なのだ。


先述の通り、近しい人の死は、誰にとっても深刻な心理的な影響をもたらす。自殺者が出た場合、身近な当事者の多くは激しい自責の念に苛まれる。そうした中で、第三者が攻撃することは、二次被害をもたらす可能性がある。


上記のように考えると「故人の遺志にそぐわない」という言葉には一理あるとは言えないだろうか?


■小学館と日テレの摩擦は漫画家にしわ寄せがいく


小学館以上に説明責任が求められているのが日本テレビであるが、双方の発表に食い違いが生じると、第三者を巻き込んでの批判合戦が加速してしまう可能性がある。


テレビ局と出版社は重要なビジネスパートナー同士である。多くの漫画家が声を上げている現状、およびその主張内容を見ると、取引関係、特に原作者の待遇、原作の扱いに問題があり、改善が求められることは明白である。


しかしながら、原作者や原作が尊重されていないという実態に対して、小学館側が「こうしてほしい」と主張すれば解決するという話でもない。この問題を解決するには、テレビ局と出版社が同じテーブルに着いて改善策を探っていく必要がある。


双方の関係に亀裂が入ってしまうと、テレビ局による映像化によって恩恵を受けている他の漫画家にも悪影響を及ぼすことにもなりかねない。出版社が収益を上げることで、作家を育成する原資が得られるという点も忘れてはならない。


企業間の摩擦によって、そこに属さない個人がまたもや犠牲になってしまうのは、本末転倒である。


■「批判合戦」は真相究明を遅らせる


これまで現状での情報開示のリスクについて語ってきたが、決して「小学館と日本テレビは説明責任を果たさなくても良い」ということではない。


一般に、企業の不祥事が起きた時に、下記のような責任を果たすことが求められる。


1.被害者に謝罪と補償を行う
2.(不祥事の)原因究明を行う
3.再発防止策を立てる
4.関係各所への情報開示と説明を行う(対外的な発信も含む)
5.不祥事の責任を取る

今回の件での小学館、日本テレビが果たすべき責任も例外ではない。企業の沈黙によって、一番立場の弱い個人が矢面に立たされてしまうことは、それこそ「故人の遺志にそぐわない」ということになってしまうだろう。下手をすると、同じ過ちを繰り返してしまうことにもなりかねない。


一方で、今回の件においては、多くの関係者がおり、かつその多くの人が攻撃に晒されているという複雑な状況にあることも忘れてはならない。


写真=iStock.com/OKADA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/OKADA

筆者は、前回の記事(なにが漫画家・芦原妃名子さんを追い込んだのか…SNSで拡散した「原作者擁護、脚本家批判」という善意の地獄)でSNSやメディアでの攻撃によって「真相が解明されるどころか、むしろ闇に葬り去られてしまうこともある」と書いたが、まさにそれが起こりつつあるようにも思える。


人ひとりが死に追い込まれている状況で、この事件が曖昧なままに葬り去られてしまうことは何としても避けなければならないし、今後、同様のことが起きないように、関係各所は最大限の努力を払う必要がある。


■日テレ、小学館は適切なタイミングで情報開示すべき


小学館、日本テレビともに現時点で対外発信できる情報は限定的かもしれないが、「今後何らかの対応を取る」といった表明はできるはずだ。企業としての意思表明をしっかりと行い、上記で述べたような一連の対応を行い、企業としての責任を果たすことは可能であるし、必要なことでもある。


なお、上記の不祥事への対応プロセスは、日本テレビと小学館のそれぞれが個別に行うだけでは不十分であるし、そうしたところで問題は決して収束には向かわないだろう。


芦原さんはすでに亡くなられており、取り返しがつかない。しかし、芦原さんの名誉を守り、そして遺族、および近親者の方々に対して誠実に向き合い、寄り添うことを最優先に考えること。そして、上記の5つの各過程において、誰にどのような影響が及ぶのかを考えながら、適切タイミングで適切な情報を開示していけばよいだろう。


情報開示をすること自体が重要なのではなく、最適な対応策を検討し、それを実行する過程で必要に応じて情報開示を行うということが重要なのだ。


最後に、前の記事で述べたことともつながるが、批判をしようとしている人は、その前に、せめてそれがどのような結果をもたらすのか——について考えていただきたいと思う。


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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。
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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)

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