「日程を変更させていただきます」は○だが「臨時休業させていただきます」は×…その違いを説明できるか

2024年2月9日(金)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/A stockphoto

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間違えやすい日本語は、どのように克服すればいいか。中国文献学者の山口謠司さんは「『させていただく』は『相手の許可』を経て「自分が恩恵を受ける」場合には使っていい。そのため、『スケジュールを変更させていただきます』は適切な言い方だが、『臨時休業させていただきます』は誤用である。この2つの条件に当てはまるかどうかを、直感的に判断できるようになるためには、言葉遣いが上手な人と接する機会を増やすことがもっとも効果的だ」という——。(第3回/全7回)

※本稿は、山口謠司『もう恥をかきたくない人のための正しい日本語』(三笠書房)の一部を再編集したものです。


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■江戸時代、恋する間柄での言葉からの変化


ことわざの語源をしっかりと理解しよう
× 目は口ほどに物をおっしゃる

○ 目は口ほどに物をいう

時代の変化は、言葉にも大きな影響を与えます。それはたとえば、本来、世代を超えて耳学問として伝えられてきた「ことわざ」も、「教え」としての効力をほとんど失ったように思われます。


「目は口ほどに物をいう」は、「情のこもった目つきは、口で話すのと同じ程度に気持ちを相手に伝える」という意味で、江戸時代、恋する間柄での言葉として使われたものでした。


「気があれは、目も口ほどにものを言ひ」と『柳多留拾遺(やなぎだるしゅうい)』(巻八上)などにも見えています。


ところが、この言葉は戦後まもなくから、恋愛の言葉としてではなく、「無口な人の気持ちや雰囲気を目で読む」という意味で使われるようになってしまいます。


そして、無口で怖く、偉い立場の人に対する敬意と自分を謙遜することから、「(そういう人の)目は、口で伝えられる言葉より、多くのことを言う」の意味で「言う」を「おっしゃる」に言い換えられるようになってしまったのでしょう。


そういえば、『論語』の「子曰く」は、2000年頃まで「しのたまわく」と読む人が多かったのが、最近では「しいわく」と読むようになりました。


孔子を聖人だとすれば「しのたまわく」となるのでしょうが、孔子は「聖人」ではなく、ひとりの哲学者、思想家として相対的な「人」として扱われるようになったからでしょう。


言葉の変化は、時代の変化です。必ずしも「古い言葉=正しい言葉」ではありませんが、言葉の変化が何に起因しているのかを知ることは、大切なことではないかと思います。


■「上にのぼる」は重ね言葉だが、あえて使われるケースも


「頭痛が痛い」などの重ね言葉に要注意!
× 後ろから羽交い締めにする

○ 羽交い締めにする

「羽交(はが)い締(じ)め」とは、攻撃する相手の背中の前に立って、相手の両脇の下から自分の両腕をそれぞれ通し、相手の後頭部で自分の両手を組んで、相手を動けなくする格闘技の技をいいます。レスリングやプロレスリングの世界共通の技名では、「ネルソン・ホールド」とも呼ばれます。


「羽交い」とは、鳥の両翼が交わる部分、また羽の両翼を指す言葉ですが、これを鳥の背中側で一緒に握ってしまうと、鳥が動けなくなる、飛べなくなってしまうことから「羽交いを締める」と言うのです。


つまり、「羽交い」は、「前」から締めることはできません。


鳥でも同じことですが、格闘技で、前から相手の両脇の下に自分の両腕を通してしまうと、相手の顔と自分の顔がくっついてしまい、変な形になってしまいます。


「羽交い締め」という言葉には、すでに「後ろから行う技」という前提条件がありますので、これに「後ろから」という言葉を付けてしまうと、「重ね言葉」になって、相手に違和感を持たせてしまいます。


「後悔」は「後」ですることが前提ですから、「後で後悔しないように」なども「重ね言葉」です。


「上にのぼる」「下にくだる」なども考えてみれば重ね言葉ですが、場面によって誤解を与えないように、こうした言葉が使われることはよくあります。時と場合に応じて使い分ける必要があります。


■お願いに「是非」を付けるのは遠慮したほうが無難


相手に助けを求めるとき、これが言える人はすごい!
× お力になってください

○ お力添えをいただけませんでしょうか

「力になる」という言葉は、少なくとも室町時代頃から使われています。「頼みどころになる」「助けとなる」「人のために骨を折る」「尽力する」という意味です。


こういう意味だと分かれば、「お力になってください」というお願いをするのは、「私を助けるために、頼みどころとなって、骨を折って、尽力してください」という意味になって、失礼にあたる言い方だということが分かるのではないでしょうか。


写真=iStock.com/Milatas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

この場合の「お力」は、「私の力」を丁寧に言ったものになってしまいます。


もし、後見人がなければ昇進ができなかったような時代、後押しをしてくれる人に、助けを借りるために「お力になってください」と言ったら、「なんと失礼なことを言う者か!」と怒られて、とんでもないことになったのではないかと思います。


こんなときには「お力添えをいただけませんでしょうか」とお願いするのがいいでしょう。


ついでですが、「是非、お力添えをいただけませんでしょうか」などと、「是非」を付けるのも遠慮したほうが無難です。


「是非」という言葉は、「あなたが合意しようが、合意しまいが構わないので」という強い意味があるからです。「否応なしに、なんとか力になれよ!」という意味で取られてしまうと、丁寧なお願いが、かえって仇(あだ)となってしまいます。


■「スケジュールを変更させていただきます」は適切である


「させていただく」を使ってもいい場合とは
× 臨時休業させていただきます

○ 臨時休業いたします

先ほど、「休まさせていただきます」という言い方は、避けるべき日本語表現であると記しました。ただ、「させていただきます」という言い方は、ある条件のもとで使用される場合は、適切な日本語として扱われます。


文化庁の国語審議会は、「敬語の指針」という答申で「させていただく」という表現について、


1.相手側または第三者の許可を受けて行う
2.そのことで自分自身が恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合


という場合に使うのであれば、それは使用として適切だと記しています。


たとえば「スケジュールを変更させていただきます」「一週間以内にお返事がない場合、契約は破棄させていただきます」という言い方は、「相手の同意を得て、なおかつ、そのことで自分が恩恵を受ける」ので適切です。


ところが「臨時休業させていただきます」の場合は、「相手の許可」という点でも「自分が受ける恩恵」という点でも当てはまりません。したがって、これは「誤用」となるのです。


「させていただく」と言うときに、この二つの条件に当てはまるかどうかを、直感的に判断できるようになるためには、言葉遣いが上手な人と接する機会を増やすことがもっとも効果的です。


■目下や年下の人に対して使う言葉は使ってはいけない


自分の説明がしっかり伝わったか確認するとき
× おわかりいただけましたでしょうか

○ ご理解いただけたでしょうか

上司、あるいは取引先の人に、自分が言いたいことをわかってもらえたか確かめたいとき、どのような尋ね方をしますか。


また、顧客に何かを説明して、本当に理解してもらえたのかどうかちょっと不安なとき、どんなふうに尋ねると相手に不快感を与えないでしょうか。



山口謠司『もう恥をかきたくない人のための正しい日本語』(三笠書房)

「おわかりいただけましたでしょうか?」「おわかりでしょうか?」「おわかりになりましたか?」と尋ねる人がいますが、こう言われると「わかっているんですか?」「わかったんですか?」というのを、婉曲的(えんきょくてき)に「おわかり」という丁寧な言葉にして言っているだけではないかと、不愉快に思う人も少なくありません。


これは、「わかる」が、目下や年下の人に対して使う言葉であることがひとつの原因です。「わかった?」と、お母さんやお父さんが子どもに対して使うことが多いのはご存じでしょう。


上司、取引先、顧客からすれば、馬鹿にされたような気になってしまうのです。


こんなときは「ご理解いただけたでしょうか?」と尋ねるのがもっとも効果的です。聞かれたほうは、「理解」という言葉によって、全体的な把握ができたかどうかをきちんと整理して客観的に判断しようと、自ら意識できるようになります。


目下や年下の人に対して使う言葉を使わないようにすることは、ビジネスシーンではとても重要な要素のひとつです。


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山口 謠司(やまぐち・ようじ)
中国文献学者
1963年、長崎県生まれ。大東文化大学文学部教授。博士(中国学)。大東文化大学大学院、フランス国立社会科学高等研究院大学院に学ぶ。英国ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て現職。専門は書誌学、音韻学、文献学。『日本語を作った男 上田万年とその時代』(集英社インターナショナル)で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書に『世界一役に立つ 図解 論語の本』『品がいい人は、言葉の選び方がうまい』『読めば心が熱くなる! 中国古典100話』『日本人が忘れてしまった日本語の謎』(以上、三笠書房《知的生きかた文庫》)、『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ』(ワニブックス)、『心とカラダを整える おとなのための1分音読』(自由国民社)、『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫)、『語感力事典』(笠間書院)、『文豪の悪態』(朝日新聞出版)、『頭のいい子に育つ0歳からの親子で音読』(さくら舎)、『明治の説得王・末松謙澄』(集英社インターナショナル)など多数。
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(中国文献学者 山口 謠司)

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