「こいつは宇宙人だ」と思え…刑事が実践するキツイ場面で1ミリも凹まないメンタル獲得術

2024年2月9日(金)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

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上司の無茶な要求、取引先から突然のダメ出し。不測の事態になると動揺してしまい、普段の力を出せない人はどうすれば心が安定するのか。修羅場をくぐった元刑事が動じない技術を語る。「プレジデント」(2024年3月1日号)の特集より、記事の一部をお届けします——。
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■「刑事メンタル」はポジティブなフィルターしか持たない


私は千葉県警に27年勤め、そのうち20年を刑事として過ごしました。殺人や傷害などの凶悪犯、粗暴犯から、組織犯罪まで、多種多様な事件を担当しました。特に長かったのは、詐欺や横領といった知能犯を相手にする刑事部捜査第二課です。


殺人犯や薬物中毒者、暴力団員などと日常的に接するのが、刑事です。取り調べでは、こうした人たちに臆することなく向き合い、口を割らせなければいけません。


事件現場ではご遺体に接することもありますし、身内を亡くしたばかりの家族や動揺している被害者から、辛いお話を聞き出す必要もあります。精神的に強くなければ仕事にならないので、ちょっとやそっとでは動じない「刑事(デカ)メンタル」を身につける必要があるのです。「刑事メンタル」は、普通の人たちのビジネスシーンや家庭生活にも役立ちます。パワハラ上司との付き合いや威圧的なクレーマーへの対応など、「自分に鋼のようなメンタルがあればどれほど楽だろうか……」と感じる場面が、日々たくさんあるからです。


みなさんは、物事をネガティブなフィルターにかけて見ることが、クセになっていないでしょうか? 刑事は、ポジティブなフィルターしか持っていません。どんな場合でもポジティブな要素は必ずあるものです。


たとえば、人質立てこもり事件の現場。追い込まれた犯人の心理は、非常にネガティブです。こうした事件を担当する捜査第一課特殊班には、専門のネゴシエーター(交渉人)がいます。彼らは警察大学校で特別な教育を受け、ネガティブな状況からポジティブなネタを見つける方法を学びます。


もし犯人に向かって、「こんなことをやってたら、刑務所行きだぞ」とネガティブな発想の声をかければ、さらにヤケクソにさせてしまいます。そうではなく、


「人質が無事なのは、君のおかげだ」
「いま投降したら、罪は軽いぞ」


と、少しでも気持ちを上向きにさせる言葉をかけるのです。


強いメンタルを身につけるために欠かせないのは、成功体験です。その成功体験を得るために必要なのは、挑戦です。何かをやるかやらないか、またAかBかといった選択に直面したとき、難しいほうを選ぶ習慣をつけましょう。やらなければ結果が出ないのは当たり前だし、難しいほうを選べば、失敗したときに諦めがつきます。逆に、失敗するのが当たり前の場面で成功すれば自信になり、失敗したら失敗したで学びを得られるものです。もし苦手に感じているプレゼンがあったら、あえて買って出てみる。そこまでいい出来ではなくても「大きな声で話すことはできた」「途中間違えたけど修正できた」と、ポジティブ要素を見つけ出せばいいのです。


ネガティブになりがちな原因は、自信がないからです。「自分にはできない」と思い込んでいたのが、小さな成功の積み重ねによって「やればできる」という小さな自信が生まれてきます。その種はやがて何事にも動じない心に育っていくのです。


■「こいつは宇宙人」と感性を鈍らせる


では、動じない心を身につけるための具体的な方法を教えましょう。


まず第一に、感度を下げること。刑事の仕事のひとつに検視があり、水死や焼死などいろいろなご遺体に接します。かつて小学生の女の子のご遺体を検視したことがありました。ちょうど自分の娘が同じ年頃でしたから、どうしても重ね合わせてしまいます。しかし感情を揺さぶられて泣いていては、仕事になりません。


そんなときは、自分の感度を鈍らせるように努めます。「ここは映画のセットで、俺は検視を担当する刑事を演じているんだ」と思い込み、感情をコントロールするのです。


ビジネスパーソンが日々パワハラ上司と接していたら、メンタルが落ちていくのは当たり前です。そこは「はい、はい」と頷きつつ、「こいつはどこかの惑星から来た宇宙人だから、仕方がない」と自分の感性を鈍らせてしまえば、「この上司とずっと仕事をするわけじゃないし、反面教師だと思ってしばらく付き合うか」と、冷静になることができます。


覚悟を決めることも大切です。刑事時代に、抗争を続ける暴力団の事務所へ突入したことがあります。防弾チョッキを着けているとはいえ、私は現場の指揮官でしたから、先頭で入らなければいけません。逃げられない以上、もはや覚悟を決めるだけ。「撃たれても仕方ない。頭だけは外してくれ」と念じていました。


ビジネスシーンであれば、「ここで失敗したって、命まで取られるわけじゃない」と開き直れるはずです。覚悟を決めることで心が落ち着き、周りの状況がよく見えるようになります。


また、自分より格上の人や初対面の人と相対するときは、自然に腰が引けてしまうものです。こんなケースでは、心の中で「生徒と先生の関係に置き換える」といいでしょう。こちらは生徒。向こうは先生だと思って教えを乞うような態度で接すれば、ビビらずにすみ、相手を嫌な気持ちにさせることもありません。


誰かを守る立場になってみることも、効果的な方法です。警察官は市民を守らなければいけないので、自ずと強くならざるをえません。同じように、子どもを守る親や従業員を抱える経営者の立場に我が身を置けば、「メンタルが弱くて……」と縮こまってはいられないはずです。


他人の目を気にしすぎて、緊張してしまう場合もあります。そうなると「こんなことを言うのは恥ずかしい」「失敗したら笑われるのではないか」などと考えすぎて、勇気を奮って向かうことができません。私は変装して尾行や張り込みをした経験がありますが、環境に溶け込むコツは、自意識を捨てることです。他人は自分のことなど意外と見ていません。こちらが意識しすぎるせいで、かえって目立ってしまうのです。周囲から見られている意識をなくすことで、緊張は和らぎます。


■好循環を生む「動じないフリ」


ここまでは強いメンタルを手に入れるための心理にスポットを当ててきました。それだけではなく、行動習慣からメンタルを変えることもできます。


刑事といえど人間ですから、正直ビビる場合もあります。しかし態度に出すとみっともないので、私は動じていないフリをするように努めています。


私は、35歳の若さで刑事課長になりました。「課長、殺人事件です!」と言われて「え、殺し?」と青ざめていたら、部下に示しがつきません。心臓のバクバクを隠しつつ、「わかった、どんな状況だ?」と冷静を装っていました。悠然と座ったまま話を聞き、「じゃ、副署長に報告してくるから」と言い残して廊下に出た途端、バーッと走っていました。


酒の席で部下から、「課長は、何があっても全然動じないですね」と言われることがありました。実際は動じている場合もあるのですが、褒められると嬉しいから好循環になって、自分が磨かれていきます。ヤクザが人を脅すときにビビらせようとするのは、動じている相手ほど言うことを聞くと知っているからです。ビビらないフリをすることはとても大切ですし、形から入ることなら、誰にでもできます。


溺れる者は藁をも掴むではありませんが、手に何か持っていると落ち着くことがあります。緊張しそうな場面で、お守りや家族の写真など、自分を落ち着かせてくれるアイテムを身に着けておくのも、お勧めです。発砲事件が発生して緊急出動する際、警察官は防弾チョッキを着込みます。体を守ってくれるのはもちろんですが、それがもたらしてくれる安心感も大きいのです。


緊急事態が起こってみんながアタフタするとき、あえてゆっくり行動することにも、心を落ち着かせる効果があります。ゆっくり歩いて席に腰を下ろし、ひとつ深呼吸をしてから策を練ります。特に組織のリーダーにとって、慌ててバタバタと走り回るのは禁物。上司がどっしり構えている様子を見れば、部下は安心できるのです。


そして、刑事は常に備忘録を持ち歩いています。捜査の状況を記録するためですが、私にとっては「ストレス日記」でもありました。「張り込みに失敗したかも」「無理な指示を出された。ムカつく!」などと、不安やイライラを吐き出す場にしていたのです。ストレスに感じることをノートに書き出すことで、自分と向き合い、ネガティブな感情をコントロールできます。


プレッシャーを口に出すことにも、同様の効果があります。プレッシャーに弱い人ほど、自分の弱みや悩みを隠そうとします。しかし、内に秘めておくよりも誰かに話してしまったほうが、気持ちはスッキリするもの。気の置けない聞き役をあらかじめつくっておくと、よりいいでしょう。


たくさんの犯罪者を取り調べてわかったことですが、人は自信がないとき、話す声が小さくなったり、声が上ずって早口になったり、多弁になったりします。すなわちウソをついたり、やましいことを隠したいときです。


これを逆手に取れば、動じないように見せる技術として大きな声で話すことが挙げられます。渋谷のハロウィンで注目されるDJポリスの選考基準のひとつは、「声が大きくて低いこと」。高い声の早口よりも、低い声でゆっくり話すほうが、人の心に響くことがわかっているからです。


そして警察官は、日常的に体を鍛えています。所轄署には道場が併設されていて、柔道や剣道の稽古を欠かしません。凶悪犯に立ち向かうために強靭な肉体が求められるのは当然ですが、体を鍛えることは精神力を磨くことに直結します。


武道や格闘技に限らず、筋トレでも構いません。体を鍛えて贅肉が落ちるだけで、見た目が変わってくるし、周りの見る目も違ってきます。それが自信に繋がります。気持ちの鍛錬も大事ですが、体を鍛えて外側から強くすることも大事。文字通り、心身を鍛えるのです。


厳しい状況に直面したとき、笑ってみることにも大きな効果があります。笑いのもたらす効果は科学的に証明されていて、よく笑う人ほど健康で長生きするし、メンタルも強いとわかっています。失敗談とて笑い話に変えてしまえば、心の負担は軽くなります。困難を笑い飛ばせるのは、気持ちにゆとりがある人なのです。


人生には、思いもよらないことが起こります。受験や就職に失敗したり、仕事でミスをしたり、誰しもいいときばかりではありません。特に、今は明るい話題に乏しく先行きの不透明な時代。メンタルが弱いままでは、「もうダメだ」と必要以上に落ち込んでしまい、生きにくくなるばかりです。


悪いことを少しでも前向きに捉える心の持ち方が、絶対に必要です。動じないメンタルを持てば、ビジネスも人生も先が開けていくのです。


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森 透匡(もり・ゆきまさ)
一般社団法人日本刑事技術協会代表理事
知能・経済犯担当の刑事を約20年経験後、独立し同協会を設立。刑事経験を基にした「ウソや人間心理の見抜き方」をおもなテーマとし、講演や研修を展開。同協会には警察OB17名が所属し、企業顧問なども担当する。著書に『元知能犯担当刑事が教えるウソや隠し事を暴く全技術』『刑事デカメンタル』など。
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(一般社団法人日本刑事技術協会代表理事 森 透匡 構成=石井謙一郎 イラストレーション=サガー・ジロー)

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