ROIC10%を目指し、9事業を売却 変化に適応するレゾナックの事業ポートフォリオマネジメントと資本政策とは?

2025年2月3日(月)4時0分 JBpress

 サステナビリティへの対応は、今や最も重要な経営戦略と言っても過言ではない。一方で、コストと収益性、短期目標と中長期目標など、両立を図るのが難しい要素も多く、企業はありたい「未来」に向けて、投資家を巻き込みながら大胆な事業変革を断行していく必要がある。本連載では『サステナビリティとコーポレートファイナンス』(砂川伸幸、山口敦之編著/日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集(執筆は澤邉紀生と川本隆雄)。サステナビリティに真摯に向き合うレゾナック・ホールディングス(HD)の取り組みを紹介するとともに、財務運営・事業ポートフォリオ戦略の論点を整理する。

 今回は、レゾナックが取り組むROIC経営と事業ポートフォリオマネジメントについて解説する。


レゾナック・ホールディングスの財務運営、資本政策

■ 投下資本利益率(ROIC)を重視し、過度に売上高を追わない姿勢

 2022年2月に公表された「長期ビジョン」において、同社は、2030年に向けて、化学業界でトータル・シェアホルダーズ・リターン(TSR)上位25%の水準を目指すという数値目標を掲げている。これを達成するために、同社は、2025年に向けて、売上で1.6兆円、EBITDAマージンで20%、調整後ネットD/Eレシオで1.0倍を目指している。また、ROICについては、中長期的に10%水準の目標が設定されている。

 2020年12月に発表された当初の「長期ビジョン」では、ROE15%が財務的な数値目標であった。2022年の「長期ビジョン」の見直しに伴い、ROEに代わりROICが主要財務指標と位置づけられた。また、2023年2月の決算発表時に、2025年に向けた売上高目標が1.6兆円から、1兆円に引き下げられた。

 ROEではなくROICを主要指標とした背景には、資本市場からの要請にレゾナックの事業管理体制レベルで応える姿勢を打ち出したものだと理解できる。ROICの目標水準を、加重平均資本コスト(WACC)を上回る10%に設定することで、投下資本×(ROIC−WACC)であらわされる経済的付加価値(EVA)の向上、ひいては企業価値の向上を目指すというのが同社の基本的な方針である。

 ROICは、これを各現場指標にまで分解することで、社内の各部門のわかりやすい目標値に展開することが容易になるという特徴を持っている。ROEが、各部門の業績だけでなく、全社的な財務レバレッジによって左右される指標であることとの違いである。

 ROICは、売上高営業利益率(NOPLAT%)と投下資本回転率という指標に分解できる。それらをさらに売上高成長率、営業利益率、運転資本回転率、固定資産回転率などに分解していけば、社内の末端にいたるまで首尾一貫した形でROICと紐づけられた目標数値を設定することができる。

 レゾナックは、各現場のどのような活動や指標が、全社的なROIC向上につながる要因なのか紐づけし、そのために現場のアクションとつながる指標をモニタリングしていくユーザーアプリを開発し活用している(図表7-11)。

 2022年の長期ビジョンの見直しにおいて、売上高目標が引き下げられたのは、ROICを重視した結果だと理解できる。収益性や資本・資産効率の低い事業は、たとえそれが短期的な売上高の確保につながるものであったとしても、ROICの向上につながらないものについては、優先度が下げられている。これは、財務状態を改善し利害関係者の信頼を獲得することが重要な局面であるとの現状認識を踏まえての判断だといえる。

 染宮CFOはこのROIC目標や売上高目標について、以下のように述べている。

 全社でROIC10%を中長期的に目指していかないといけないというのは「身だしなみ」に似た考えで、最低それぐらいの収益性を出せるような事業体ではないと、そもそもサステナビリティと言っている場合じゃない、と私は捉えています。

 グローバル競争の観点で必要な売上高規模は1兆円以上あればいいので、むしろ収益性の低い売上高を4千億円分減らしてくれたほうがあなた達を評価します、と事業部門に言っています。

 ただし、ROICを主要指標として設定し、売上高目標を取り下げたからといって、将来への成長投資を犠牲にするという考えは同社にはないことには注意が必要である。

 以下の染宮CFOのコメントにあるように、あくまでもROICについては、特に成熟段階にある事業を対象としたものであり、成長事業やそれぞれの事業の成長段階によってROIC経営の実態は柔軟に対応しているということが重要なポイントと言える。

 本当に成長事業のところは、やはり当面ROICを度外視しても、今投資すべきだという判断をしている。結局、事業の成長段階によって目をつぶるところも作っているというのが実態だと思います。

 つまり、成熟事業において主にROICを重視し、戦略的に投資すべき成長事業については別の評価軸を採用することで、実質的な事業ポートフォリオマネジメントを行い、環境変化にダイナミックに適応しようとしているわけである。

■ サステナビリティを考慮した事業ポートフォリオマネジメントと資本政策

 前述のように、同社は、財務健全化をはかり、ROIC10%以上を実現することで中長期的に企業価値を最大化することをめざしている。その一環として、事業ポートフォリオを見直し、積極的に入れ替えてきている。

 レゾナックにおける事業ポートフォリオマネジメントは、化学企業の「身だしなみ」としてカーボンニュートラル対応を典型とするサステナビリティへの配慮を大前提としたうえで、実践されている。

 事業の成長を実現するうえで最適な経営主体はだれかといったベストオーナーの視点から、その事業が、同社が求めるポートフォリオ属性に応じた戦略に適合するかどうか、期待する採算性・資本効率を充足しているかどうかを評価尺度として事業ポートフォリオの見直しが進められている(図表7-12)。

 その結果、2021年度には、アルミ缶事業や蓄電デバイス・システム事業などが売却され、日立化成との統合以降、全部で9事業の売却が実現され、さらには、直近の2024年2月には、前述のように石油化学事業のパーシャル・スピンオフの検討開始が公表された。

 最適資本構成は、サステナビリティへの取り組みをどれだけ本格化するか、またそれが長期的な企業価値にどのように反映されると考えるかによって左右される。サステナビリティ関連投資の意義についても、市場のプレーヤーとしてこれを必要なコストとして捉えるだけでなく、長期的な企業価値に資するものと考えられ、投資に対するリターンをどれだけの長さのタイムホライズンで捉えるかが、現実的な判断に影響する。

 サステナビリティと財務状況との間の短期的なトレードオフを重視するならば、負債を活用することで資本コストを引き下げるといった選択肢も視野に含まれてくる。

 レゾナックは、昭和電工と日立化成の統合を経て、財務体質の健全化という観点から資本構成の最適化を進めている段階である。前述のように、中長期的に調整後ネットD/Eレシオで1.0倍が目標となっているのは、そのためである。

 2020年12月末時点で、優先株とLBOローンを含めた有利子負債の合計額は、1兆3351億円であり、D/Eレシオは1.84倍であった。このような状態からより健全な財務構成へと脱却するため、アルミ缶事業などを売却し資産のスリム化を進めると同時に、社債発行によりLBOローンを返済し、キャッシュアウト負担の大きい優先株を劣後ローンで早期償還するなどして、レゾナック全体の財務健全化をはかってきている。

 その結果、2022年12月末時点で劣後ローンを含めた有利子負債総額では、1兆626億円と大幅に削減されている。とはいえ、調整後ネットD/Eレシオは1.07倍であり、劣後ローンも完済されたわけではない。

 こうした状況について、染宮CFOは我々とのインタビューで以下のように答えている。

 まだ手術中の身ですので、普通の健康的な状態になったらどれくらいのペースで資本政策をやりたいか、というところを考えられる状態ではない。当社は日本の大企業で唯一LBOローンを組んでLBOを行った会社。この2年で、ずいぶん資本構成を変えてきたが、まだ、コストの高い劣後ローンが残っている。こうしたものをきれいにしてからでないと、次の成長フェーズは考えられない。本当に今からサステナビリティを考えた資本政策はまだ取れていない状況です。

 このように資本構成については、さらなる財務健全化を優先しているのが同社の現状である。

<連載ラインアップ>
■第1回 「世界トップクラスの機能性化学メーカー」を目指す レゾナックが定めた3つのマテリアリティと非財務KPIとは?
■第2回レゾナックの「共創型人材」育成 「染ラボ」と世界で4割の従業員が参加する「AHA!」で何が行われているのか?
■第3回 ROIC10%を目指し、9事業を売却 変化に適応するレゾナックの事業ポートフォリオマネジメントと資本政策とは?(本稿)
■第4回短期と長期、財務と技術…二律背反の要素をどう両立させるか?バランススコアカードによる「経営戦略の可視化」とは
■第5回 「ROIC」「成長率」「リスク」のトリレンマをどう乗り越える?競争優位を保ち、企業価値を高める経営戦略の考え方 (2月17日公開)
■第6回ゆでガエル、後ろ髪引かれ、ジリ貧、下手な鉄砲…日本企業に見られる事業ポートフォリオの4類型と問題点とは?(3月3日公開)

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筆者:澤邉 紀生,川本 隆雄

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