「使えない」とされた人が集まった…従業員の6割が障害者、9割が女性というチョコレート店の「新しい働き方」

2024年2月10日(土)11時15分 プレジデント社

上質なカカオ×ドライフルーツ・ナッツを贅沢に練り込んだ看板商品「QUONテリーヌ」出典=久遠チョコレート名古屋滝ノ水店/PR TIMESより

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全国に60店舗を展開する「久遠チョコレート」(本店:愛知県豊橋市)は、障害者や子育て中の女性などフルタイムで働くことが難しい人たちが多く働いている。どうやって店を運営しているのか。代表を務める夏目浩次さんの著書『温めれば、何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来』(講談社)より一部を紹介しよう——。
上質なカカオ×ドライフルーツ・ナッツを贅沢に練り込んだ看板商品「QUONテリーヌ」出典=久遠チョコレート名古屋滝ノ水店/PR TIMESより

■「働けない」「稼げない」は彼らだけの責任なのか


もともとは「障害者の月給1万円という壁を打ち破りたい」「障害者が働く場所、稼げる場所を作りたい」という思いを抱いて始めたパン工房であり、チョコレート屋だった。そして現在、久遠チョコレートの従業員の6割は、確かに障害のある方々だ。


ところが、開業して時間が経つほどに、「働けない」「稼げない」という問題は、障害者だけにあるわけではないことを思い知ることになった。「久遠チョコレートで働きたい」という問い合わせがあまりにも多いからだ。


彼らは、「働きたい」「稼ぎたい」と思っていても、今の日本社会の中では、その場所を見つけられていない。「できない」「使えない」と社会から追いやられてしまっているのだ。だから僕のところにやって来る。


しかし、彼らに会ってみて思うのだ。そうなってしまっているのは、果たして彼らだけの責任なのだろうか? そうしてしまっているのは、社会の側に包容力が足りないからなのではないだろうか? 「使える/使えない」の物差しは、そんなに絶対的なものだろうか?


■障害の有無は聞かない「面接でする2つの質問」


僕が、久遠チョコレートのスタッフの採用で重視しているのは、学歴でもキャリアでもない。


もちろん障害の有無でもない。その人が「どんな人か」という人物優先だ。労務管理の一環として保存する必要があるので、履歴書は一応持参してもらう。でも僕は、学歴、職歴などが書かれている左側は見ていない。


重視しているのは面接。面接といっても肩の凝るものではなく、ほとんど雑談。長い時は1時間以上話すこともある。対話のなかで、履歴書では分からない、その人の人物像が浮かび上がってくることも多いからだ。


僕が面接で必ずしている質問は2つ。それは「周りからどんな人だと言われますか?」と「将来の夢は何ですか?」というもの。


「周りからどんな人だと言われますか?」と聞くのは、単純にどんな人なのかを知りたいのと、自分がどんな人間なのかを一生懸命考え語っている姿で、嘘のないその人自身が伝わってくるからだ。


「将来の夢は何ですか?」と聞くのは、何か目標を語れる人はやっぱり素敵だと思うから。どれだけ小さな夢でもいい。たとえ不器用な答え方でも、そこに人柄を感じることができるので、必ず聞くようにしている。


「周囲からは明るくて頼り甲斐があるタイプだとよく言われます」とか「将来の夢は御社で人間性を磨いて、チョコレート文化を日本にもっと根付かせることです」といった、就活マニュアルや転職マニュアルに書かれているようなキレイな答えを期待しているわけではないのだ。


■作文のような答えよりも“大事なもの”を見たい


たとえ作文のような答えが返ってきても、1時間も雑談していれば、それが本音なのか、それとも誰かの単なる受け売りなのかは分かるもの。


久遠チョコレートに面接に来る方には、周囲とコミュケーションをうまく取れないタイプが少なくない。社会に出るといわゆる“コミュ障”と言われるタイプだ。そういう人は、どちらの質問にも往々にしてキレイな答えは導き出せないことのほうが多い。


それでも、言葉に詰まりながらでも、なんとか答えを探そうとする姿には心動かされるし、もっと詳しく話を聞いてみたいと思う。人物を見る時、もっとも大事にしているのは、うちで働きたいという意志を明確に持っているかどうか。


障害などで、自分の言葉で表現するのが難しい場合は、その家族から話を聞くこともある。「ここで働きたい」「ここで稼ぎたい」という意志の有無を見極める。実際、「将来の夢は何ですか?」と聞かれても、うまく言葉にできない人が大半。「ここで働きたいです」という答えが精一杯の人もいる。


ただ、その言葉や態度に嘘がないと思ったら、周囲からどう見られているかや、将来の夢について何も答えられないとしても採用する。放っておけなくなるからだ。


失敗しても温めれば何度でもやり直しがきくチョコレートが、凸凹ある人たちの雇用を多く生み出すことを可能にした。出典=『温めれば、何度だってやり直せる』(講談社)より

ここでは、そうして僕らの仲間になってくれたスタッフについて話してみようと思う。


■スタッフの90%が女性、しかも子育て中の人ばかり


久遠チョコレートで働いている人の90%は女性。なかでも子育て中のママさんが大勢活躍している。とくに製造や出荷の現場では、女性たちが主役。しかも、一度勤めると辞めずに長く働いてくれる。


子育て中の女性が多い理由は、試行錯誤しながら、彼女たちが働きやすい環境を徐々に整えてきたからだ。


久遠チョコレート開業当初から、働きたい、と応募してくれる子育て中の女性は多く、積極的に採用していた。出産でキャリアを諦めてしまったけれど子どもが大きくなってきたのでまた仕事をしたい。子どもにまだ手がかかるけれど少しでも社会とつながっていたい。そんな女性はたくさんいるが、どうやら社会のほうに彼女たちを受け入れる場所は少ないようだ。


その頃、僕らの製造現場では夜9時近くまで必死に製造を続けていた。注文した商品が届かない、と、各フランチャイズ店から怒られることも多々あった。生産効率が上がっていなかったので、遅くまで作業しないと各フランチャイズ店の注文に応えられなかったのだ。思い返すとちょっとブラックな職場環境だったかもしれないと反省している。


■ママたちが帰る「午後3時の壁」をどう解消するか


なぜ夜9時だったかというと、当時、配送業者の集荷リミットがその時間だったから。とにかくギリギリまで製造・包装・出荷作業をしていたい僕らは、配送業者には「最終集荷の時刻をできるだけ遅くしてください」と頼んでいた。


そうすると夕方以降、製造と出荷の作業は佳境を迎える。ところが、ここで「午後3時の壁」が立ちふさがった。


小学生までの子どもがいるママたちは、午後3時までには退社して帰宅しなければならない。子どもたちが学校から帰ってくる時刻だからだ。「さぁ、これから!」という時に、彼女たちが一斉に帰ってしまうのは正直痛手だった。


しかし、困り事に直面したとしても、「できない」と嘆くのではなく、「どうしたらできるか」をとことん考える。それが僕のやり方だ。


みんなにも知恵を絞ってもらい気づいたのは、夜9時をデッドラインと考えているから、作業が夜遅くまでかかってしまうのだということ。夕方をデッドラインと考えて、作業全体を半日前倒しにすればいいじゃないか、ということだ。


■「子どもが熱を出したので」急に休む人もいるが…


そこで、前日から作業を始め、夕方5時には製造と出荷を終えられるようにタイムシフト。


そうすることで製造と出荷が滞らず、なおかつ子育て中のママさんが気兼ねなく午後3時には帰れるようになったのだった。


久遠チョコレート豊橋本店で働くスタッフ。出典=『温めれば、何度だってやり直せる』(講談社)より

タイムリミットを夕方5時とはっきり決めたおかげで、みんなの作業効率は以前よりも上がった。もともと普段の家事・育児で段取り力を磨いているママたちだから、締め切り2時間前の午後3時までに自分の担当分を仕上げられるように、一層テキパキと働いてくれるようになったのだ。


その後の働き方改革により、配送業者も夜9時といった遅い時刻には集荷をしてくれなくなっている。タイムリミットを夕方5時に前倒ししていたおかげで、そうした変化にも難なく対応できたのもよかったことだ。


子育て中の女性たちからは「子どもが熱を出したので、今日は休ませてください」といったSOSが急に入ることもある。子どもが在宅の土日や夏休みは勤務できない方もいる。


限られた人数で仕事をしているから、本音を言うと急に休まれると困ることもある。現場の他の人たちのなかにも、繁忙期の土日や夏休みにこそ、彼女たちにもできるなら出てきて手伝ってほしいと思っている人は多いだろう。さらに一歩社会に出たら「みんなが忙しい時に帰るなんて使えない」「これだから主婦は困る」と捉える人も多いのかもしれない。


■「使えない」と切り捨てるぐらいなら店を畳むしかない


これは、子育て中の女性たちに限ったことではない。障害や生きづらさを抱えているスタッフから、「お腹が痛くなったので、休ませてください」といったSOSが入ることも珍しくない。



夏目浩次『温めれば、何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来』(講談社)

でも僕は、午後3時まで懸命に働いてくれる人や、休みたくて休むわけでもない人をネガティブに捉えることはしたくないのだ。なので「今日は休みます」という連絡が入ったら、いつでも「OK!」と返事をしている。現場のスタッフにもよく言っているのは、「帰りにくい雰囲気、休みにくい雰囲気は絶対に作ってはダメ!」ということだ。


もちろん人一人が抜けた穴を埋めるのは容易ではない。困った時には各拠点が仕事やスタッフを融通し合う「横割り」でなんとか凌(しの)いでいるのが現状だ。みんなが働きやすい職場環境を作るために、新しい仲間を増やす努力も続けている。


そもそも久遠チョコレートは、働きたいのに働けない人たちが稼げる環境を用意するために作ったもの。初心を忘れて、SOSを出す人たちを「使えない」「できない」と切り捨てるようになったら、お店を畳むしかない、と思っている。


■愚痴を言いながら作るお菓子よりもおいしい


うちに子育て中の女性たちが集まってくるのは、働きたいと思っても働く場所が限られているからだ。午後3時に帰らないといけなかったり、急に休んだりする女性を、「使えない」「できない」と切り捨てる企業が大半だからだ。政府が本気で子育て支援をするなら、そうした環境を変える施策こそ欠かせないのではないだろうかと思う。


久遠チョコレートで働く子育て中の女性たちは、働ける環境があること自体を「ありがたい」と感じてくれて、製造や出荷の作業に励んでくれている。繁忙期には、一度自宅に戻って家族の夕飯を作ってから現場へ戻ってくれるママさんもいる。


重度障害のあるスタッフたちが描いたアートを使用したカラフルなパッケージが魅力の商品「タブレット」出典=『温めれば、何度だってやり直せる』(講談社)より

僕は、働く人の思いは何らかの形で商品に乗り移ると信じている。


会社に恨みつらみを感じ、愚痴を言いながら働いている人が作るお菓子より、感謝しながら働いている人が作るお菓子のほうが、圧倒的に美味しいはず。誰もが働きやすい環境を作ることは、商品力の向上にもプラスだと僕は思っている。


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夏目 浩次(なつめ・ひろつぐ)
久遠チョコレート代表
1977年、愛知県豊橋市生まれ。大学・大学院でバリアフリー都市計画を学ぶ。2003年、豊橋市において、障がい者雇用と低賃金からの脱却を目指すパン工房「花園パン工房ラ・バルカ」を開業。1000万円の借金を抱えながらも、より多くの雇用を生み出すため、2014年、久遠チョコレートを立ち上げ、10年で60拠点に拡大。「凸凹ある誰もが活躍し、稼げる社会」を目標に、障がい者をはじめ、生きづらさを抱える多くの人々の就労促進を図りながらチョコレート作りに奮闘する。ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』(東海テレビ)が第2回ジャパンSDGsアワードにて、内閣官房長官賞を受賞。
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(久遠チョコレート代表 夏目 浩次)

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