「巨悪に挑む正義のヒーロー」と思ってはいけない…日本の特捜検察が冤罪を生んでしまうワケ

2024年2月11日(日)7時15分 プレジデント社

検察庁(写真=F.Adler/PD-self/Wikimedia Commons)

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自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で、東京地検特捜部は派閥幹部らの立件を見送った。評論家の八幡和郎さんは「そもそも今回の事件は悪質とはいえ立件が難しかったのに、検察はさも大物を逮捕できるかのようにマスコミにリークし、政治に介入したのではないか。日本の司法の前近代性は、経済人にも気まぐれに襲いかかるし、国際的にも評判が悪い。フェアな巨悪への挑戦の方法を模索すべきだ」という——。
検察庁(写真=F.Adler/PD-self/Wikimedia Commons

■「大物政治家の逮捕」をちらつかせていたが…


清和政策研究会(安倍派)など自民党派閥のパーティー券事件は、政治的には大激震となったが、刑事事件としては、竜頭蛇尾に終わった。


逮捕された国会議員は、池田佳隆衆議院議員だけで、大野泰正参議院議員が在宅起訴、谷川弥一衆議院議員が略式起訴(罰金100万円、公民権停止3年)。派閥の事務総長経験のある松野博一氏や西村康稔氏のほか、萩生田光一氏ら安倍派幹部は不起訴で無罪放免となった。


大物政治家の逮捕を期待していた国民は怒っているだろう。しかし、今回の事件は過去の例からして立件は難しかったのに、検察が大物政治家の逮捕がありそうだとマスコミにリークして、閣僚辞任など引き出して政治に介入した印象がある。


安倍派の事務総長が党の幹事長のようなポストだというイメージも流布されたが、実際は権限が弱く、これまで重要ポストだとは考えられていなかったので唐突だった。


■本丸・森喜朗氏にも手が出せなかった


検察が狙ったのは、過去に派閥会長を務め、裏金システムの創始者ともいわれる森喜朗元首相で、東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で組織委員会の高橋治之元理事の口が堅く、疑惑に迫れなかったリベンジだともいわれた。


そのせいか、森氏の信任が厚い萩生田光一氏は事務総長でもなかったのに厳しく追及され、側近の池田佳隆氏が逮捕された。検察の手がそれ以上には進まなかったのは、能登半島地震で石川県の政治家(森氏)には遠慮したからではないか、とかまことしやかに囁かれている。


そもそも今回のパーティー券疑惑は、ロッキードやリクルートといった汚職事件と同等の大事件ではありえない。たしかに、腐敗防止のための予防措置である政治資金収支報告書への掲載を大量にさぼったのは、いい加減にもほどがある。しかし、ロッキードやリクルートのように汚い資金のやりとりがあったわけではないし税金の不正使用でもない。


安倍政権時代にはモリカケ問題で、昭恵夫人にひっかけて「アッキード」といわれたが、最悪の想像をしても元首相側は金銭も便宜も受けていなかった。


今回も安倍派つぶしを狙う人たちが張り切っていたが、安倍氏は当選2回で官房副長官に抜擢され、その後、常に政府や党の要職にあったため、清和会の運営に関わったことは2021年の会長就任以前にはほとんどなかった。


また、2012年の再登板時には、清和会は当時の派閥会長だった町村信孝氏を推すなど、派閥との関係は希薄だ。しかも、ジャーナリストの岩田明子氏が最初に明かし、その後広く認められているように、会長就任時にキックバックに気づいて、止めるように指示したという。


■「人事の不満」による報復はあってはならない


一部のマスコミは、安倍政権が2020年の検事総長人事で、検察側の推す林真琴氏でなく、政権に近いとされた黒川弘務氏を検討した人事介入への意趣返しで、自業自得だといわんばかりだが、そもそも検事総長人事は法相固有の権限だ。


検事総長の人事は法相が政治的判断で行う一方、具体的な捜査への介入は行わないということでバランスが取られているのだ。そのため、別に民間人を登用してもさしつかえない性質のもので、民主党政権のときにはそういうプランもあった。


もちろん、恣意(しい)的な官僚人事が行われたとして、官僚たちがほかの政治家やマスコミに不満を訴えることは常識の範囲内だが、仕事で報復するなどもってのほかだ。それがまかり通るなら、財務官僚は気に入らない大臣を税務調査で締め上げてもよいことになる。


河井克行元法相の選挙違反事件では、検察官が収賄側の地方議員に怪しげな司法取引まがいの約束をし、供述を引き出したのでないかと問題になっている。河井氏は法相として司法改革に熱心だっただけに、検察が彼を無理してまで逮捕したのは割り切れないものが残った。


写真=iStock.com/Sinenkiy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sinenkiy

■「巨悪に挑む検察官」が冤罪を生むケースも


戦前の帝人事件とか戦後の昭電疑獄などでは多くの被告が無罪となり、砂上の楼閣だった。前者は政党政治への信頼を傷つけ、軍国主義化に利用された。元官僚で作家の堺屋太一氏は、「政治家が腐敗しているというのは、嘘が多い」とすら言っていた。また、後者は、GHQの右旋回に利用され、芦田均前首相(逮捕当時)や社会党の幹部まで逮捕された。


創価学会も初代会長の牧口常三郎と二代目の戸田城聖は治安維持法違反などで逮捕され、牧口は獄死した。三代目の池田大作は公明党の選挙違反で逮捕・起訴されたが裁判で無罪となり、控訴もされず疑いが晴れた。


しばしば、「巨悪に挑む検察官」ともてはやされる。罪を犯した政治家や実力者、外国政府のスパイなどを、粘り強い捜査であぶり出すのは、結構なことだ。


ただ、従来は犯罪とされていなかったケースを摘発するのは、制度改正によるのが基本である。検察官の恣意でするのは罪刑法定主義上も疑問であり、ましてや、捜査方法において前例がない無理な手法を使うべきでない。


■検察の介入で新しいビジネスモデルが潰される


ロッキード事件でも、最高裁がロッキード関係者に免責特権を認め、特別捜査部の検事が渡米し、事実上の司法取引を行って超法規的に得た証言を証拠にした。


田中角栄氏の行為は政治的にはよくないが、前例のない職務権限を設定したり、異例なやり方での証言を使ったりするのは、異常だったし、丸紅は「単なるメッセンジャー」として罪状が軽くなることを期待し、検察の意に沿った証言をしたようだ。


この日本の司法についての問題は、拙著『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)で包括的に取り上げた。


リクルート事件でも、従来は悪いことと認識されていなかった未公開株の割り当てを罪に問い、新しいビジネスモデルを潰した。ホリエモンのライブドアや村上ファンド、ウィニー事件(ファイル共有ソフト「Winny」の著作権法違反。最高裁で無罪確定)でも同じだ。


東京地裁が2023年12月に「逮捕も起訴も国家賠償法に照らして違法」と断じた大川原化工機冤罪(えんざい)事件では、被告の一人は勾留中に体調を崩し、病死した。


■「推定無罪」は日本では死語


新しいビジネスで儲け、既得権益にとって脅威になった企業を、世間では賛否両論があるにもかかわらず、検察が潰してきた。出る杭は打たれる日本社会の宿痾(しゅくあ)は増幅され、ベンチャーの発展が遅れ起業家の社会的地位が毀損(きそん)され、日本経済を低迷させた。


しかも、否認すれば証拠隠滅の可能性を理由に、拘置が続く「人質司法」で自白を引き出し、起訴されたら有罪率は99%を超える。「推定無罪」は日本では死語だ。


しかも、日本では逮捕が刑罰以上の打撃となる。逮捕による不名誉、勾留中の行動制限の厳しさも異例だ。逮捕されず在宅事件で執行猶予の有罪になるより、逮捕されて身柄事件となり起訴猶予や不起訴、無罪になるほうが、ダメージが大きいほどだ。


「逮捕」という、いかにも犯罪のイメージが強い言葉は「身柄拘束」に、「容疑」や「取り調べ」も「可能性」や「事情聴取」などに改めるべきだ。


こうした日本の司法の問題を、世界中に知らしめたのは、日産自動車のカルロス・ゴーン会長の逮捕だ。


■世界的企業のトップが受けたひどい待遇


金融商品取引法は粉飾決算の防止が目的で、報酬について日本人役員が立件された例はない。「法廷ではなく役員会で扱う問題」「(ゴーンの意見陳述は)検察が明らかにしている証拠よりも説得的」と、海外では“外国人だから逮捕された”と見られている。


ゴーン氏が受けた待遇は「世界的企業のトップにではなく、暴力団の構成員にふさわしいもの」であり、「否認すれば初公判まで家族にも会えず拘禁」「3回もの逮捕」「長期勾留」「弁護士の同席なしの取り調べ」「弁護人以外との接見禁止」「通訳を選任できない」「暖房もろくにない畳の部屋」といった点が問題視された。省庁やマスコミも協力して、日本人役員によるクーデターを助けたとしか見えない。


中国との合弁企業の日本人社長が、現地の人が問われたこともない罪状で逮捕されたら、どれだけ怒るだろうか。その日本人社長が誰も傷つけることなく、日本に脱出したら、英雄かどうかは別として、中国に引き渡すべきだと政府に言うのだろうか?


まして、「日本経済の救世主」といわれた人物がこうして逮捕されたら、外国人の有能なビジネスマンは日本では怖くて仕事することを躊躇する。


ルノー・日産自動車・三菱自動車の会長を兼務し、カリスマ経営者として知られたカルロス・ゴーン氏[写真=©World Economic Forum(Photo Matthew Jordaan)/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

■フランスなら逮捕されても非人道的な目に遭わない


「フランスもゴーン氏に逮捕状を出したから、日本の検察の正しさが証明された」という主張もあるが、フランスではフリンジ・ベネフィット(企業が従業員に対して提供する賃金以外の、給付・サービスの総称)が厳しく制限されているので、犯罪の基準が違う。東京五輪・パラリンピックの誘致に絡み、フランスでは日本オリンピック委員会(JOC)元会長の竹田恒和氏に贈賄の嫌疑が掛けられているのもそのためだが、そうしたことはよくある。


また、レバノンにいるゴーン氏がフランスに行って逮捕されたとしても、日本の人質司法のような非人道的な目に遭わないだろう。


すぐ釈放されるし、取り調べに弁護士が同席でき、職にも留まれる。クリスティーヌ・ラガルド元財務相は、職権乱用疑惑で捜査されていたのにIMF専務理事となり、職務不履行罪の有罪判決を受けても微罪だとして欧州中央銀行の総裁になっている。米国のトランプ元大統領も訴追されても政治活動を続けている。


ゴーン氏の共犯だったグレッグ・ケリー被告は、金融商品取引法違反罪で執行猶予付きの有罪判決を受けたが、起訴された大部分の嫌疑については一審無罪だった。米国からの司法批判を心配して、実質「無罪」に近い扱いにした印象で、エマニュエル駐日米国大使は、「法的手続きが終了し、ケリー夫妻が帰国できることに安堵(あんど)している」、地元テネシー州選出の上院議員のハガティ前駐日大使は、「米経済界では考えられない状況にさらされてきた」と英雄のように迎えた。


■日本の司法を批判する声に耳を傾けよ


CNNテレビが今年1月、静岡県富士宮市で居眠り運転によって2人を死亡させる事故を起こした米軍人が、日米地位協定に基づいて日本で禁錮刑に服した後、残りの刑期を米国で服すべく米国に移送され、すぐに仮釈放されたと報道した。米軍人は高山病が事故原因だと主張しており、多額の損害賠償も払ったのに実刑だったことを不満に感じ、日米地位協定に対する日本人の不満のスケープゴートにされたとみているようだ。


妻とともにCNN番組に出演した元軍人は英雄扱いされ、妻は日本の判決は厳しすぎで、日米地位協定を改正して米軍人の権利が守られるべきだと発言したという。


日本の世論は、バイデン大統領までもが米国への引き渡しを求め、釈放されたことを批判しているし、米国での報道は被害者への配慮に欠けている。しかし、日本の司法についての言い分が無茶かどうかは冷静に精査すべきだ。現在の前近代的な司法制度をそのままにした状態で、日米地位協定を欧州並みにするのは難しい、と私は指摘してきたが、日本人はこの議論を避けている。


■巨悪への対処は立法によるべき


離婚後の子どもについて共同親権の制度がない(民法の改正により創設されることになりそうだが、国際的な常識に反した限定的なものに留まる危惧が強い)とか、日本人妻による海外からの子どもの違法な連れ戻しが横行し、離婚すると、男性の親が子どもに会えなくなるケースが多い異常さが国際問題になっている。


そのなかで、法務省に出向した裁判官が、政府や国会が政治主導で既存の制度や運用を国際常識に合うように改正することを妨害しているのでないかと批判され、安倍元首相が最晩年に改善へ取り組もうとしていた。こうした姿勢も、安倍氏が司法関係者から嫌われた原因のひとつになった。


こうした問題を抱える日本の司法制度をどのように変えていけばいいのか、最後に私の提言を紹介したい。従来の制度では、処罰しにくい巨悪への対処は、基本的には立法に依るべきであり、気まぐれに身柄を拘束して罪に問うよりも、情報公開の徹底で犯罪が起こりにくくすることが先決だ。


マイナンバー制度強化や政治献金を銀行振り込みに限定することによる金融資産・取引の透明化は、最大の武器になるが、反対しているのはいわゆるリベラル派というのがこの国の異常なところだ。少額のものも、一定の年月ののち公開することも一考だと思う。


政治、経済、いじめ、性犯罪といった案件は、当事者の言い分のどちらが正しいかとか、事実関係ははっきりしていても処罰するべきかどうか自明でないことが多く、むしろ民事裁判のように対等な立場で主張をぶつけ合うほうが向いている。


こうした案件では、裁判による有罪判決が確定するまでは「罪人」とは扱わない推定無罪の考え方を徹底することが必要だ。むろん、今回のパーティー券事件のように検察のリークによって逮捕される前から犯人扱いするようなことはあってはならない。それが、国際的に良識にあったやり方だ。


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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。
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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)

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