ジョブ型でもメンバーシップ型でもない…仕事への熱意が"世界最低レベル"の日本人に最適な第3の働き方

2024年2月15日(木)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/champpixs

写真を拡大

日本の労働生産性や国際競争力は低下するばかりだ。打開策はあるのか。同志社大学教授の太田肇さんは「日本人の仕事に対する熱意は世界最低レベルだが、フリーランスの熱意は高い。メンバーシップ型やジョブ型ではなく、自営型の働き方にシフトすることで日本の衰退を止められるのではないか」という——。

※本稿は、太田肇『「自営型」で働く時代 ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/champpixs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/champpixs

■ITの進化で急増しつつある「自営型社員」


前回、自営業、フリーランスとして働く人が台頭しつつあることを紹介した。しかし、それは現在進行しつつある「自営化」の一側面に過ぎない。「自営化」には、統計数値に表れないもう一つの側面がある。企業の社員、すなわち雇用労働者でありながら、半ば自営業のように一人でまとまった仕事をこなす働き方が広がっているのだ。ここでは、それを「自営型社員」と呼ぶことにしよう。


私はいまから四半世紀前、組織に属しながらも自分の仕事にコミット(没頭)し、仕事を軸にキャリアを築いている人を訪ねて、北は北海道から南は奄美大島まで足を運んだ。そして半ば自営業のように働く人を「半独立型」の仕事人と呼び、拙著『仕事人の時代』のなかで紹介した。


会社と委任契約で働く、証券会社の外務員や保険会社の外交員。稼いだ額の3分の1が年俸に反映される制度が適用される経営コンサルタント。事業が成功し、利益をあげたら利益に応じた報酬を受け取る社内ベンチャー。そしてプロジェクトごとに会社と契約し、貢献度に応じて利益が配分される会社の社員などである。このような働き方は、いまとなってはさほど目新しくないかもしれないが、インターネットもまだ十分に普及していない当時は、そこに新たな時代の息吹を感じたものだ。


あれから四半世紀の時を経た現在、ITの加速度的な進化とグローバル化によって、組織に属しながらも半ば自営業のように働く人は急速に増えている。


■「一気通貫制」で開発・製造・営業にトータルに携わる


代表的なものの一つが、連続する複数のプロセスを一元的に管理する「一気通貫制」と呼ばれるシステムだ。一気通貫制そのものは以前から日本のメーカーでも取り入れられているが、注目したいのはそれを一人で受け持つ仕事のスタイルである。


高技術で世界的に知られるデンマークの補聴器メーカー、オーティコン。私が2016年にこの会社を訪問したとき、製造部門には課長の下に137人の「プロダクトマネジャー」がいた。彼らはプロダクト(製品)に対するマネジャーという意味でプロダクトマネジャーと呼ばれるのだ。いわゆる管理職ではないため、部下はいない。


プロダクトマネジャーは、現場でどのような技術が開発されているか、販売された製品がどれだけ売れているかを観察することと並行し、市場のニーズをくみ取って製品開発に反映させる役割も担っている。金銭が絡む場合は上司が決定権を持つが、それ以外はプロダクトマネジャーが自分の権限で仕事を進める。同社のようにデンマークの企業では、開発技術者が製品化にも携わり、営業にも回るのが普通だそうである。


■台湾にも多い「プロダクトマネジャー制」の企業


台湾にもプロダクトマネジャー制を採用している企業が多い。


ある会社は社員数が300人程度だが、15人ほどのプロダクトマネジャーがいた。社内にはハードウエア、ソフトウエアの担当者がそれぞれグループを形成していて、製品開発の際にはプロダクトマネジャーがそれぞれのグループから適切な人材を招集する。そして開発のプロセスをマネジメントする。


この会社と日本企業の両方で働いた経験を持つ技術者によると、日本企業ならハードウエア、ソフトウエアそれぞれの課長が調整して開発に当たらせるのが普通だという。つまり同じ業界でも台湾企業のほうが、「自営型」に近い仕事のスタイルを取り入れているわけである。なおアメリカ企業の一部でもプロダクトマネジャー制度を取り入れているし、日本企業でも採用している例がある(ただし日本企業の場合は部長・課長などの管理職がその役割を担っているケースが多い)。また中小企業のなかには、営業担当者が製品の設計から試作まで行っている事例があることも付け加えておきたい。


写真=iStock.com/whyframestudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/whyframestudio

■大手製薬会社ではAIを活用して「自営型」を実現


つぎに、国内の現場に注目してみよう。「自営型」導入の可能性が高い職種として「営業・マーケティング」があげられる。そこで、ある大手製薬会社における営業のケースを取りあげよう。


この会社の場合、以前は糖尿病、癌というような領域別に担当が決められていたが、一人ですべてを担当するゼネラル制に切り替えられた。その結果、かつては一つの医療機関を3、4人が担当していたのが、現在はエリアごとに一人で担当するようになった。


ゼネラル制に切り替えられた理由として、領域別だとエリアごとの課題や医療圏の課題が見えてこないことがあげられている。さらにITの普及も背景にある。営業の担当者はIBMが開発したAI、「ワトソン」を活用しており、医療関係の新たな論文が発表されるとすぐに読むことができる。担当エリアの売り上げや他社の情報も、以前は薬品卸やマーケティング担当に聞いていたが、いまはワトソンがメールで教えてくれる。ITの普及により、個人で質の高い仕事ができるようになった典型的な例である。


建築や不動産の業界にも「一気通貫制」を取り入れる企業が登場してきた。


■「担当者一貫責任管理システム」を導入したリフォーム会社


住宅のリフォームなどを手がけるH社もその一つだ。一般にリフォーム会社では、営業、設計、施工などプロセスごとの分業体制が敷かれており、それぞれ営業担当者、プランナー、現場監督者が担当する。そして受注した工事は下請けの工務店に「丸投げ」するのが普通である。それに対してH社では、一人の営業担当者が大工、塗装、左官、内装の仕事まで管理する「担当者一貫責任管理システム」を取り入れている。


分業制は各自が専門の仕事に集中できるので効率的な半面、客の要望が現場へ正確に伝わらなかったり、工程がスムーズに進まなかったりする弊害がある。「担当者一貫責任管理システム」を採用することで、このような弊害を減らすことができるという。


もう一つ付け加えておくと、ここでもITが重要な役割を果たしている。工事現場にはカメラがセットされており、営業担当者は遠隔地からいつでも工事の進捗状況を確認できる。そのため熟練すれば、同時に5〜7件程度の仕事を管理することが可能だといわれる。


■「独立の道」が開かれ社員のモチベーションも向上


建築現場にも、個人単位で一気通貫型のシステムを取り入れている会社がある。


写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

建設会社も効率化のために仕事を下請け・孫請けに出すとともに、社内では規格化して工程ごとに分業するのが普通だ。しかし静岡県沼津市に本社を置く平成建設は、1989年の創業以来、設計から施工まで社内で一貫して行う体制を取り入れている。社員約400人の4割近くが土工事、基礎工事から大工まで一人担当している(2020年時点)。いわば「棟梁(とうりょう)集団」である。


このような体制をとることには、つぎのような利点があるという。


分業体制のもとでは、各工程をそれぞれ別の業者に手配しているので、前の工程が予定より早く終わってもつぎの工程に進めない。それに対し同社のように内製化すると、現場内の工事はシームレスに進み、前の工程が早く終われば直ちにつぎの工程に移れる。また一つの現場で複数の工程を並行して進めることもできる。建築は多岐にわたる工種が複雑に絡み合っているので、一つの工種で最速を求めるより、全体の流れのなかから無駄を省くほうが大きな効果が表れやすい。


いっぽう仕事の質については、一つの工種のスペシャリストをめざすほうが技術的な精度や難易度を高められるが、全工程を担当したほうが建築物に対する発注者側のニーズに応えやすい。ただ各工程をすべて理解するには大卒程度の知識が必要であり、育成にも時間がかかる。しかし個人事業主として独立できるだけの付加価値がつくので、彼らのモチベーションはとても高いそうである。


ちなみに「独立の道」が開かれていることは、本書(『「自営型」で働く時代』)でもたびたび言及するように、少なくとも上昇志向や自立志向の強い社員にとって、モチベーションをかき立てられるキーワードである。


■メーカーの製造現場で取り入れられている“一人カンバン方式”


メーカーの製造現場へ目を転じてみよう。製造現場でよく知られているのが、「一人生産」方式だ。屋台の主人が客に酒や食べ物を出す姿と似ているので、「一人屋台」方式と呼ばれることもある。


スタンレー電気いわき製作所には、高橋勝子さんという女性従業員がいて、デンソーの自動車部品をつくっている。以前は分業でつくられていたが彼女に多能工になってもらい、デンソーの部品製造は彼女の一人仕事になった。部品は高橋さんがデンソーに営業して注文をとり、その注文に基づき必要な量の資材を資材会社に自分で発注する。材料が届いたら自分で完成品をつくり、自分でデンソーに納めている。自分一人でカンバン方式を実現しているのだ。分業より作業は速いし、精度もよいという。


一般にベルトコンベアなどの分業方式に代えて、一人生産方式を取り入れるメリットとしてあげられているのはつぎのような点だ。


■人事評価がしやすく、製品をつくり上げる喜びも生まれる


「一人ひとりの能力がそのまま製品の出来高として現れてくるので、成果に対する具体的な人事評価を与えることができる。また部分ではなく全体を受け持つため、製品をつくり上げていく喜びも生まれる」。「製品一台をすべて組み立てることで、分業では見えにくい製品設計上の問題点を作業者が浮き彫りにできる」。


さらに一人生産方式の現場管理者からは、熟練すると製品全体を見て均質に組み立てられるので、質の高い製品ができるという声も聞かれた。


少品種大量生産から多品種変量生産へという顧客側の要求の変化もまた、一人生産方式と親和的だ。海外の事例だが、中国のある大手電機メーカーでは少品種大量生産の時代には一人が単独の工程を担当していたが、多品種少量生産に入った2002年以降は顧客の多様なニーズに応じて生産を調整するため、一人で2、3の工程をこなす方式に切り替えられたことが紹介されている。


■人間が仕事の主役として働ける時代がやってくる


「ジョブ型」という言葉の呪縛はすさまじい。「メンバーシップ型からジョブ型へ!」の大合唱に押され、経営者や人事担当者の視線はジョブ型雇用導入の一点に注がれている。ただ、いざ導入を図ろうとすると日本企業、日本社会の枠組みに納まらないことがわかってくる。それでも「日本式ジョブ型」だとか「ハイブリッド型」などと名づけ、換骨奪胎してでも無理やりジョブ型の範疇(はんちゅう)に納めようとする。まるで強迫観念にとりつかれているかのようだ。


ところが世界を見渡すと、ジョブ型とはまったく異なる働き方が広がっている。雇用か自営かといった分類を超越し、半ば自営業のように一人でまとまった仕事をこなす「自営型」の働き方だ。注目されるのは、そのルーツが産業革命以前と古いにもかかわらず、ITの力を借りてシリコンバレーをはじめ時代の最先端とされる地域で急速に存在感を増していることだ。


■日本人の仕事に対する熱意は世界最低レベル


海外だけではない。わが国でもマスコミやジャーナリズムのかまびすしいジョブ型移行論をよそに、仕事の現場では自営型が着実に浸透している。日本のフリーランス人口はこの4、5年で1.5倍に増え、1500万人を超えたという統計がある。しかも自営型で働く人にとって雇用と自営の境界線は薄れており、社員のなかにも自営型がかなり浸透している。したがって実際に自営型の働き方をしている人は、すでに1500万人という数字をはるかに上回っているはずだ。「自営型」という名称がまだ流布していないため、本人も、周囲も、社会も認識していないだけである。



太田肇『「自営型」で働く時代 ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社)

日本の労働生産性や国際競争力は、低落傾向に歯止めがかからない。また日本人の仕事に対する熱意は世界最低レベルだ。しかし、同じ日本人でもフリーランスの熱意は欧米と比べても遜色ないほど高く、フリーランスと自営型社員は、いわば地続きである。自営型は日本の組織風土、社会風土に根ざした働き方だといってよい。そしてAI時代、VUCAの時代にフィットした働き方なのである。


産業革命以来、初めて人間が仕事の主役として働ける時代がやってこようとしている。わが国がこのままメンバーシップ型で衰退の道を歩み続けるのか。ジョブ型で欧米の後を追い続けるのか。それとも自営型で世界をリードするチャンスを生かせるのか。いま、まさにその岐路に立っている。


----------
太田 肇(おおた・はじめ)
同志社大学政策学部教授
1954年、兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学博士(経済学)。必要以上に同調を迫る日本の組織に反対し、「個人を尊重する組織」を専門に研究している。ライフワークは、「組織が苦手な人でも受け入れられ、自由に能力や個性を発揮できるような組織や社会をつくる」こと。著書に『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)をはじめ、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)『「超」働き方改革——四次元の「分ける」戦略』(ちくま新書)、『同調圧力の正体』(PHP新書)などがあり、海外でもさまざまな書籍が翻訳されている。近著に『何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造』(PHP新書)がある。
----------


(同志社大学政策学部教授 太田 肇)

プレジデント社

「日本」をもっと詳しく

「日本」のニュース

「日本」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ