大阪・堺の無印良品は「ねぎ焼き」を売っている…良品計画会長が地元メシを作り続ける「金儲けではない」理由

2024年2月16日(金)7時15分 プレジデント社

無印良品を運営する「良品計画」の金井政明会長 - 撮影=よねくらりょう

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無印良品には全国発売している商品のほかに、地域限定商品もある。象徴的なのが、イオンモール堺北花田店で2021年11月から販売している「ねぎ焼き」だ。その狙いはどこにあるのか。「良品計画」の金井政明会長に、『商業界』元編集長の笹井清範さんが聞いた——。
撮影=よねくらりょう
無印良品を運営する「良品計画」の金井政明会長 - 撮影=よねくらりょう

■日本人にとって儲けること=いかがわしい?


——『倉本長治先生語録10選』をご自身で編纂された金井会長は、倉本長治から何を学び、それを良品計画の経営にどのように活かされているかを聞かせていただきます。


私たちは「無印良品」という発想で事業をしています。それは、良心とクリエイティブによって成立し、シンプルに美しい暮らしを願うお客さまとともにこれからの生活に最良で最強な「くらしの基本と普遍」の共創をめざすことです。


その根本には、商業や小売業が持つべき使命があり、その中に無印良品があることを強く意識しています。無印良品が独立独歩で何かをするというよりは、まず商売の本質的意味合い、商人が本来持つべき役割を前提として考えることが大切です。


日本には「士農工商」という歴史もあり、儲けることに対していかがわしく捉えられる文化的土壌があります。とくに戦後、闇市から再興した商業では、生き延びるために人を騙(だま)しても儲けたり、あるいは偽物と知っていながら売りつけたりということがありました。


■ダイエー、イオン、セゾンを創った男たちが泣いた


そんな時代にありながら、商人の本来の役割と働きがいを説いたのが倉本長治さんでした。小売業は市民生活をより豊かにするための大切な仕事であると、倉本さんは若きベンチャー企業家であったダイエーの中内㓛さんやイオンの岡田卓也さんをはじめとする商人たちにさかんに語りかけたのです。当社の生みの親であるセゾングループの創業者、堤清二もその一人です。


彼らは後に大御所となったすごい人たちです。そんな彼らが涙をポロポロ流しながら倉本さんの話を聞いて、著作を読み返して、「店は客のためにある」という言葉を心に刻み、自らの事業に命をかけたおかげで、日本の商業は産業として発展していきました。「流通革命論」が唱えられたのも、そうした背景があったからです。


しかし、店舗数や社員がどんどん増えて企業規模が拡大していく過程で、若かりしころに抱いていた商いの魂が薄まり、なんとなく数と量にものをいわせる「資本の論理」的な思考に陥っていったように、世代が異なる私は傍から見ていて思えます。倉本さんが唱えた商いの永遠性、あるいは持続可能性が薄まってしまったというのが、「流通革命論」の初期を突っ走った多くの先輩たちだったように思うのです。


■ユニクロ柳井会長も影響を受けた


——戦後の焼け野原から立ち上がった流通革命世代の後の世代にも、倉本の思想は受け継がれました。ファーストリテイリングの柳井正さんもその一人で、彼は自身の執務室に「店は客のためにあり 店員とともに栄える」という倉本の言葉を掲げています。


笹井さんの著書『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』(プレジデント社)を読んで、柳井さんはとても純粋に倉本長治さんの教えに取り組んでいらっしゃると知り、感銘を受けました。どうやってお客さまに、品質のいいものを買いやすい価格で届けられるかを追求し、それをやれる構造をつくってこられた。


業界を超えて優秀な人材を採用されたり、アパレル業界最高の給与水準を構築したりするなど、すごいなと思いますね。それで今日、売上高は3兆円に近づき、10兆円も視野に入れていらっしゃる。


当社の場合は売上利益に優先して、どうやって暮らしに役に立つか、あるいは暮らしの美しさというものを追求してきました。それは規模とか量とは比例しづらいものだから、独立独歩で生活美学的な機能として役に立とうと事業を進めてきました。このように企業の成り立ちもDNAも違いますから、仮に柳井さんが倉本さんの著作から10篇を選んだら、ぼくのそれとは異なるでしょう。


撮影=よねくらりょう

■「付加価値」のマーケティングはもう終わった


社会も変わり、「一億総中流」は過去のものとなりました。そういう時代を見ていると、やっぱり僕たちが変わらなくてはならない。生活美学を追求しつつも、買いやすい価格実現のための企業の経営改革は大切です。


最近僕は、セイコーマート(現・セコマ)の丸谷智保会長がおっしゃる「削減価値」という言葉に大変共感していますし、無印良品的商品が増えていく社会だとも感じています。超高齢化社会において、従来の付加価値マーケティングは「付加」を消費者が負担する以上限界があり、これからは「削減価値」というマーケティング概念が必要だというものです。


製造過程の無駄を排除して歩留まりを上げ、シンプルな流通や物流を実現する。サプライチェーン全体で協力し、超高齢化社会に適合した新たな価値観(削減価値)を生み出さねばなりません。


そしてそれは、当社の「第二創業」の意味の一つとも合致します。創業当時の「わけあって、安い。」というコンセプトそのものです。ただ、あの時代は「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」という商品に対する削減価値のみを点検したのですけど。いまはサプライチェーン全体で取り組む必要があります。その意味で社員みんなの意識を変える必要がありました。


■同質化した組織は「ひっかきまわす」ことが必要


——倉本は「商売は今日のものではない。永遠のもの、未来のものと考えていい。それでこそ、本当の商人なのである。人は今日よりも、より良き未来に生きねばいけないという一文を遺しています。まさに、良品計画の第二創業コンセプトと同じですね。



笹井清範『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる 倉本長治の商人学』(プレジデント社)

人間というのは慣れ親しんだ環境とか状況に、どうしても居座りたいわけだから、そうすると組織は弱くなります。


僕はだから、漬物にたとえてこう言っています。僕たちはこれまで、仲間意識の高い茄子とか胡瓜とか蕪(かぶ)でぬか漬けをつくっていたけれど、同質化してしまい、おいしい茄子とか、おいしい胡瓜の事業が生まれづらくなった。だから、第二創業で、ぬか床に異質な菌をたくさんぶち込んでかき混ぜようと思ったわけです。


すると、そこへコロナがきて、対面で引っ掻き回すこともなかなかできなくなった。それで1年後ぐらいに奥の茄子を引っ張り出したら、萎んじゃっていた。しかし、それは「良薬口に苦し」というべき時期だったと思います。


■苦労してでも、東北や北海道の道東にも店を出す


『倉本長治先生語録10選』の一つ「実行第一」という文章で倉本長治さんは「清らかな行為は、美しい言葉よりも効果がある。いかに人に良く語ったかではなく、いかによく生きたかが大切なのである」と書いています。まさに、第二創業をみんなで本当にやろうと思ったときに、良品計画が目指す姿を、自分の体、頭で納得して実行できる会社にならなければいけない。そこまで持っていくのが、これからの勝負です。


当社では「2030年に実現したいこと」として、「日常生活の基本を担う」と「地域への土着化」を掲げています。後者では、地方のいままで行ったことのない、北海道の道東とか東北とかに店を出して、苦労しています。現地のお客さまの生活を理解して、それを少しでも良くしようという商品構成や価格が実現できていないからですが、目指す方向は変わりません。


「店は客のためにある」という言葉は真理です。僕はそれを「媚びず、驕(おご)らず、でしゃばらず」にお客さまに向き合いたい。お客さまとは、一緒になって「感じ良い暮らしと社会」を共創するパートナーなのです。


撮影=よねくらりょう
「日本商業の父」と呼ばれた倉本長治。その経営理論はダイエー創業者の中内㓛、イオングループ創業者の岡田卓也、セゾングループ創業者の堤清二、そしてファーストリテイリング柳井正会長にも多大な影響を与えた - 撮影=よねくらりょう

■大阪・堺の店舗で「ねぎ焼き」を販売する理由


——良品計画がめざすものに「個店経営」という概念があります。多くの企業が唱えながらも、小売業の歴史ではそれがなかなか形になってこなかった。良品計画がめざす「個店経営」のあり方を、もう少し詳しく教えていただけますか。


要は、品揃えと運営をどこまで店に権限を持たせていけるかということです。「地域の土着化」と言っているように、その地域に巻き込まれて、地域からも一緒になってソリューションしようと声をかけられる存在になりたいですし、品揃えは、当社のグローバル本部がつくる品揃えの中で採用するものは当然採用しながら、それ以外にもその地域で商品開発したり、その商品開発がその地域以外にも売れたりするぐらいにならなければなりません。


たとえばイオンモール堺北花田店では、難波の伝統野菜「難波ネギ」を使用した「ねぎ焼き」があります。大阪・難波で明治時代に生まれた日本最古のねぎとも言われ、栽培方法が難しく生産量は限られるものの、一般的なねぎと比べても甘みが強く、加熱することでより甘みが増してねぎ本来のうまみが存分に味わえます。それを50年以上前から生産する地元の農家さんと協業して商品化しました。


「難波ネギを使用したねぎ焼き(牛すじこんにゃく入り)」消費税込480円(無印良品公式ウェブサイトより)

■金井会長が大事にする「損得より善悪が先」


出店計画も同様です。本部主導ではなく、店舗サイドが中心になって計画するべきです。その土地の道路事情や人気のスーパーマーケットはどこかといった不動産的な情報も、その地域の生活者のほうが細かく見えます。そんなスーパーさんと一緒になって店舗開発もしています。これは、従来のチェーンオペレーションに比べれば、圧倒的に現場の裁量は増えます。


だから、そうしたことができる人材を育成しなければなりません。育成ということよりも、こういうことが体に染みつくために何をしたらいいのか。なかなか簡単ではありませんが、そこを目指します。それで給料も上がって、仕事の質を変えていくことがとても大事になるでしょう。個店の経営を任されて、その経営を通じて自らを成長させて、さらに次のステージに挑める会社でありたいですね。


——金井さんが『倉本長治先生語録10選』の中で、いちばん大切にされているものはどれでしょうか。そして、それが良品計画で働く一人ひとりにどのように活かされていますか。


やはり、「損得より善悪が先」が難しい。だから大切です。その中でも、善悪の根っこにある「正直」を貫き通すことの難しさと、良品計画は誕生以来向き合ってきました。この良品計画という会社が40年以上もってきたのは、常に正直であり続けたからです。それは堤清二さんから続く当社のDNAであり、損得で曲げてはならないものです。


撮影=よねくらりょう

■たとえ「MUJIっぽくない」と反論されても…


だから、商品につけるタグの説明書きでも、マーケティングでも、商品を商品以上には決してうたわないことに努め、ずっと正直にやってきました。一般的にマーケティングとは、商品を商品以上にどううたいあげるかが仕事ですけど、それを一切やりません。これこそ当社の正直であり、損得よりも善悪を重んじる文化です。


もう一つは、先ほどふれた「実行第一」です。やってみるっていうことです。当社が生まれたセゾングループは堤清二というすごい親分がいた会社なので、親分を納得させるというか、承認をもらえるかどうかが仕事になってしまった。だから、その風潮を反面教師として、「実行第一」を大切にしています。


第二創業では「そこまでやったらMUJIっぽくない」とかいろいろ細かい反論は出ても、事後に検証はきちんとしますが、まずは実行してみることを徹底しています。「これはやっぱり違うよね」といったこともありますが、実行第一で進めています。


■まずは「MUJIらしさを守る」ことをやめる


というのも、いつの間にか「無印良品」というブランドを守らなければいけない思いを背負ってしまい、一生懸命にMUJIらしさを考えて頑張っていますという。しかし、そのMUJIらしさって何かというと、みんな過去なんですね。時代は変わっているのに、過去に囚われて発展がなくなってしまった。


店こそお客さまを知り、地域に根差しているはずなのに、「これやっていいんですか?」と現場が実行を躊躇する風潮が、チェーンオペレーションのカルチャーには抜きがたくあります。しかし、良心的で正直なマインド、そして「役に立つ」という当社の大戦略から外れないかぎりは、倉本長治さんのおっしゃる「実行第一」なのです。


撮影=よねくらりょう

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笹井 清範(ささい・きよのり)
商い未来研究所代表
商業経営専門誌「商業界」で現場取材を重ね、2007〜2018年まで編集長を務める。中小独立店から大手チェーンストア、小売業から飲食・サービス業、卸売業、農業、製造業など25年間で4000社超の企業、業種を取材。そこに共通する“繁盛の法則”の体系化をライフワークとする。2018年より、多くの商業者を育成・輩出してきた「商業界ゼミナール」を運営している。2020年、暮らしを心豊かにする事業に関わる人たちへの支援を目的に、「商い未来研究所」設立。研修やコンサルティング、講演や執筆に取り組む。商人応援ブログ「本日開店」では、取材から学んだ“商いの心と技”を発信。座右の銘は「朝に礼拝、昼に精励、夕に感謝」。著書に『売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則』(同文舘出版)。
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(商い未来研究所代表 笹井 清範)

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