なぜ「絶対に売れない土地の草刈り」が続くのか…千葉県郊外でよく見る「売地」という看板のウラにある事情

2024年2月24日(土)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

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千葉県郊外では「売地」という立て看板をよく見かける。売れている気配はないが、なぜ売り出しが続いているのか。限界分譲地を取材するブロガーの吉川祐介さんは「そうした土地の仲介業者は『草刈り』を生業にしているので、土地が売れなくても構わない。売主はそのことを知らないので、土地が売れなくても、草刈り料を払い続けている」という——。

※本稿は、吉川祐介『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』(朝日新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Yusuke Ide
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■価格がチグハグな千葉県北東部の分譲地


ブログを開設して以来、僕は千葉県北東部の物件情報を中心に、可能な限り多くのサイトの物件情報を日々チェックしてきた。大手ポータルサイトや、個別の仲介業者のサイトなどを中心に、最近は、無償譲渡を含めた個人間取引を支援する形態の不動産サイトにも、千葉県北東部の分譲地がしばしば出品されるので、そちらも併せてチェックしている。


また、具体的な土地の所在地までは明かされていないが、国土交通省が運営する土地総合情報システムでは、届け出があった不動産取引について、その土地の面積や売買価格の事例などを町名ごとに公開している。


もちろん、広告掲載の価格というものは、基本的にはあくまで売主(あるいは仲介業者)が希望する売り出し価格であって、不動産売買の現場では、買主が指値を入れて値引きされるケースも多々あるので、広告記載の価格が必ずしも実勢相場を反映しているとは限らないのだが、それにしても千葉県北東部の旧分譲地の物件価格は、その事情を差し引いて考えても、値付けの基準が不明瞭すぎると言わざるを得ない。


■成約ラインは1区画20万〜50万円


一応、一般的な不動産取引(仲介業者を挟んだ売買契約)は、広さにもよるが、1区画20万〜50万円、坪単価にして数千円程度のラインで成約している。


だがこれは、400万円以下の物件の売買の場合、売主からもらえる仲介手数料の上限が、18万円(税抜)なので、価格度外視で所有地を手放す決心ができている売主の土地だけがこの価格帯で取引されているにすぎず、この相場で市場が維持されているとはとても言えない。


もう少し具体的に言うと、例えば同一の分譲地内においても、通常であれば最も人気があり高値となるはずの南向きの角地より、両隣を既存の家屋に挟まれた条件の悪い空き地のほうが、坪単価が高いということは珍しくない。


もちろん後者の売地に買い手がつくことなどまずなく、長年売りに出され続けているのだが、長期間売れ残っているからと言って交渉しても値下げが行われるとも一概には言えず、僕が知る限り、もっとも長いものでは10年近くにわたって広告が出され続けている売地もある。


■条件は同じでも「0円」で手に入る物件も


一方で、前述のように昨今では千葉県の限界分譲地も、「0円物件」として、無償譲渡物件を専門に扱うサイトに登場する事例も多くなった。


無償で土地が手に入るともなればさすがに注目も集めるようでその反響は大きく、掲載開始後ただちに多くの応募申し込みがあり抽選が行われているのだが、0円で放出される土地も、高値すぎて長年売れ残る土地も、傍(はた)から見れば利便性や条件に大差があるようには見えない。


統一された相場が形成されない最大の原因は、やはり土地所有者の大半が、その地域に居住もしていなければ足を運ぶこともない、投機のみを目的とした購入者だったことにあるのは間違いない。


今頃になってなおも高度成長期やバブル期以上に高値で売却できることを期待している方はさすがに少数派であるとは思うが、開発から半世紀の時を経て、世代交代も進み、それぞれの区画所有者同士に何の交流もない分譲地で、高齢世代の所有者が、自力でその土地の実勢相場を正確に掴むことは容易ではないだろう。


■千葉特有の「草刈り業者」という大きな存在


そしてもうひとつ重要な視点として、千葉の限界分譲地の場合、そうした相場観を持ち合わせない所有者による非現実的な希望価格であろうと、適正価格へ是正する働きかけが鈍くなってしまう特殊な市場構造があることを指摘しなければならない。


千葉の限界分譲地の光景を特色づけるもののひとつに、各区画に立てられた小さな看板の存在がある。どの立て看板も、「○○様所有地」と所有者の名字を明記したうえで、その下に社名や、場合によっては「売地」などの文言も添えられていたりすることもあるが、これらの立て看板の多くは、「草刈り業者」と呼ばれる遊休地の管理会社のものである。


区画のほとんどが空き地の限界分譲地とはいえ、多くの分譲地には今もわずかながら住民が暮らしている。空き地は放置すればたちまち雑草が繁茂し、長年経過すれば雑木まで生え、隣地や道路上にまで越境してしまう。


長年放置されている空き区画。更地の状態で分譲されたはずだが、今は雑木が生え、足を踏み入れる余地もない。(出所=『限界分譲地』)

その除却は当然土地所有者の責任となり、時には近隣住民からクレームが入ったり、地元自治体からの是正指導が入ったりするのだが、刈払機などを使う機会が少ない都市部在住の土地所有者が、定期的に現地を訪問して草刈りを行うのは重い負担なので、そうした不在地主に代わって、年2回ほどの頻度で草刈りを行う事業者が、千葉県の郊外だけでも複数存在する。


■本業は草刈り、中には仲介業務を兼務


多い会社では数千区画に及ぶ土地の管理を請け負っており、千葉県郊外においては、いまやひとつの地場産業として成立していると言っていい。


遠方に住む地権者に代わって、区画の草刈りなどの業務を行う草刈り業者の立て看板。限界分譲地特有の光景である。(出所=『限界分譲地』)

僕が知る限り1回の草刈り料金は数千円〜1万円ほどで、都市部から分譲地までの交通費や作業の手間を考えれば決して高額なものではなく、システムとしては双方にとって合理的なものだと思う。


ただ当然ながら土地所有者は草刈りを目的に土地を所有し続けているのではなく、最終的な目標は土地の売却だ。ただ漫然と草刈りを繰り返していても、費用が嵩(かさ)み続けるだけで何の解決にもならない。そこで草刈り業者の中には、宅地建物取引業の免許を保有し、そうした管理地の売買の仲介業務を兼務しているところもある。


しかし、彼らの本業はあくまで草刈りである。決して高額ではないとはいえ草刈りを行っていれば継続的な収入が見込めるが、売却してしまえば、管理地のひとつを失うことになってしまう。それでも、高額での売買が望める土地であれば仲介手数料もそれなりの額になるが、千葉の限界分譲地を実勢相場で売買するとなれば、その手数料などたかが知れている。


一方で、取引における手間暇や責任は、融資のための金融機関との折衝がないことを除けば通常の不動産取引と同様のものになるわけで、限界分譲地の取引など仲介業者にとって「おいしい」仕事ではない。


■条件の悪い土地の所有者は格好の上客


売主も売主で、人によっては、現在の実勢相場に基づいた査定額を提示すると、ひどく不機嫌になってしまうことがある。査定を頼まれたので現実的な相場価格を伝えたら「当時は○○円で買った」と文句を言われたという話は、多くの地元不動産業者にとって定番の語り草になっている。


そんなことで無用に機嫌を損ねるくらいなら、たとえ売主の希望価格が、絶対に売却の見込みがないような価格であろうと、そこはあえて無理に伝えず、その言い値のまま広告を出し続けようという判断に流れてしまうのも無理はない。


一般の仲介業者であれば門前払いで扱いを断るような「負動産」の所有者でも、草刈り業者にとっては大事な顧客の一人であるからだ。むしろ、いくら草刈りをしても絶対に売れないような条件の悪い土地の所有者こそ格好の上客とも言える。


草刈り業者の皆が皆、自社の利益ばかり優先して(営利企業なのだから優先するのは当然なのだが)、顧客に正確な情報を伝えず、あるいは顧客を騙して無意味に管理を続けさせているというわけではない。


草刈り業者の扱う物件のすべてが誰も買わないような高値で出ているわけでもなく、売却を最優先させたであろう底値で売りに出ていることもよくある。実際僕の知人でも、こうした草刈り業者から格安の土地を購入している人は何人もいる。


■「売地」でも売る気がない業者も


土地を売却したいのであれば、足を踏み入れる余地もないほど雑木が繁茂していたり竹林と化しているような土地より、定期的に草刈りを行ってきれいに整地された土地のほうがずっと売りやすい事に疑いはない。管理が行き届かない雑木林は不法投棄を招きやすく、そうなればただでさえ価格の安い土地の市場価値はますます下がってしまう。


また、市場価格が低くて、一般の仲介業者では積極的に扱いたがらないところが多い中、それでもその土地を市場に流通させるためには、草刈りなどの管理業務と兼務しなければ事業として成り立たせることができない。その点においても草刈り業者の意義は高いと僕は考えている。


写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

しかし僕の経験上、一応土地の物件情報こそ出して、現地に「売地」の看板を立てていても、果たして本気で売る気があるのか疑わしい草刈り業者が存在するのも事実である。


ここでその社名を挙げるわけにはいかないが、気になる土地があって問い合わせても、きわめて応対が粗雑であったり、価格を問い合わせても回答すらなかったりすることがある。これは僕だけでなく、同様に売地について問い合わせた近所の方も同じ話をしていたので、そういう体質の会社なのだと判断せざるを得ない。


いずれにせよ限界分譲地の市場は、そうした土地の売買とは異なる「草刈り業務」で維持されているという特有の事情があるので、どうしてもその価格には、需要に基づく正常な競争原理が反映されていないというか、そもそも根本的に競争原理が働くほどの需要がないエリアであって、不動産売買とは別の異なる市場が形成されているのである。


■草刈り業者に依存するしかない現実


そのため千葉の限界分譲地の売値は事実上、売主自身の考え方や売却への意気込みのみに大きく左右されてしまっている。


たとえ日当たり良好な南向き角地であろうと、所有者がその土地を一切必要としておらず、可能な限り早急に手放したいと考えていれば価格は底値に近いところまで下がるし(場合によっては0円にもなる)、たとえ条件が悪くとも、売主が過去の購入金額を忘れられず損切りに踏み切れなかったり、あるいは特に生活に困っておらず売り急ぐ理由もない場合は、いつ売れるとも知れないような価格で広告が出され続けることになる。


投機目的で販売された分譲地は全国各地にあるが、僕が知る限り、複数の草刈り業者が群雄割拠し、それがひとつの地場産業として成立しているのは少なくとも千葉県の郊外だけだ。


だが、言葉は悪いが、決して生産的とは言えないこの「草刈りビジネス」は、果たしていつまで続くものだろうか。分譲地の数は膨大であるし、率直に言って初期投資もそれほどかからない労働集約型の事業なので、近年中にすぐさま消滅するようなビジネスだとは思わない。だが、今日はもはや新規の「投機型」分譲地が開発されるような時世ではない。


多くの分譲地の購入者が高齢となり、所有者の世代交代が進む中、限られた顧客を巡って仕事を取り合う、所謂(いわゆる)「レッドオーシャン」のような事態にならないだろうか。


仲介する意欲を見せない業者もあるとはいえ、間違いなく千葉県の限界分譲地の市場は、草刈り業者がその一翼を担っているし、膨大な数の管理地を請け負っているからこその効率性もある。今も住民が暮らす限界分譲地の環境維持は、こうした草刈り業者のビジネスに頼るところが大きい。


■管理放棄地はこれからも増え続ける


現在僕が暮らしている横芝光町の分譲地を初めて訪問したのは2018年の夏だったが、それから5年以上が経過し、僕が確認しているだけでも5区画が、いつの間にか草刈り業者が入らなくなり、管理が放棄されてしまった。



吉川祐介『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』(朝日新書)

業者に頼まなくなった理由については各所有者に伺わない限りその理由を知ることはできないが、おそらく、売れる見込みもないまま管理を続けることの不毛さに辟易(へきえき)してしまったのではないだろうか。あるいは相続のタイミングで、相続人の判断で管理契約が打ち切られている可能性もある。


取材で訪れた別の分譲地でも、今は全く管理されなくなり荒れ果てた放棄区画の藪(やぶ)の中に、以前は依頼していたであろう業者の看板が埋もれている光景を見ることは珍しくない。


Googleマップのストリートビューでも、古い撮影画像と見比べると、徐々に管理放棄地が増加している模様が見て取れる。だが、管理放棄は特定のエリアに集中しているわけではなく、ほとんど人目につかないような、各地の寂れた分譲地の中で散発的に発生しているので、地元住民でさえ、その管理放棄の増加の模様を実感する機会は少ないかもしれない。


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吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。
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(ブロガー 吉川 祐介)

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