お金がなく処方薬も治療も検査も断る…FPが見た"経済毒性"を無視する病院で起きている患者の家計と体の破壊

2024年2月29日(木)11時16分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AzmanL

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病気で治療や投薬を受けたいのに、経済的な負担の重さを理由に、それらを自ら辞退する患者が増えている。FPの黒田尚子さんは「そうした患者の懐具合に無頓着な医師は多い。(辞退で)患者の病気が治らない、また家族への金銭的な負担が大きくなるケースもあり、病院はもっと患者のお金に関する相談を、専門家を交えて親身に受け付ける体制を整えるべきではないか」という——。(後編/全2回)
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毎年約100万人が罹患(りかん)している、がん。原因のひとつは細胞の老化と言われる。つまり高齢者が増えるとがん患者も増える。2025年にはすべての団塊世代が75歳を迎え、日本の人口の2割が後期高齢者に。他の世代よりも必要な医療費や介護費用が多くなる。


そんな中、がんは医療の進歩によって生存率が伸びている。もちろんそれは喜ばしいことだが、治療期間が長引き、医療費や生活費のねん出、治療と仕事の両立など、社会経済的な問題が患者とその家族にのしかかってくることも忘れてはならない。


筆者はFPとして、医療機関で、定期的にがん患者さんやご家族からの相談を受けている。本稿では、実際の相談事例から、がんによる経済的リスクのリアルとそれを取り巻く環境についてご紹介したい。


■相談したFPががん患者さんの相談に精通しているとは限らない


前編では、子宮頸(けい)がんに罹患した30代女性の「医療とお金」に関して紹介した。この女性の場合、きちんと申請すれば300万円以上受け取れたはずの傷病手当金をもらうことができず、保育士の仕事を辞めたあとの基本(失業)手当も早く受け取れる可能性があったのに、それもフイにして、わずかな貯金を取り崩すことになった。原因は、自分に「知識」がなかったこと、また、周囲からそうした有益な情報がもたらされなかったこと。


術後も治療継続しているこの女性だが、いまだ新しい仕事を見つけることはできておらず、経済的に大きな不安を抱いている。


こうした事例を講演等で紹介すると、「もし、がんになったらぜひFPに相談したい!」という人が多い。同時に尋ねられるのが「それで、どこでFPに相談できますか」ということである。


筆者は、医療機関での相談以外に、個人で無料のピアサポートや有料相談を受けている。相談を申し込まれるパターンとしては、以前の顧客からの紹介のほか、本稿のようなウェブや雑誌、新聞などの記事、著書などを読んだり、セミナーを聞いたりして、HP経由で連絡をいただくことが多い。


また、筆者が所属している日本FP協会では、「CFP®認定者検索システム」があり、居住地や性別、年代、相談内容、得意分野に応じて、登録しているCFP認定者を検索できる。ここにも登録しているため、この情報を頼りに、相談を申し込まれるケースもある。


このほか、FPに相談したいのであれば、日本FP協会の全国の支部で定期的に無料相談会も実施しており、最近では民間保険の付帯サービスでFPに相談できるサービスを提供している保険会社もあるので、探せばいろいろと方法はあるはずだ。


ただ、たどり着いたFPががん患者さんの相談内容に精通しているかどうかはまた別の話だ。実際、筆者のところに来る前にFPに相談したという人の中には、


「休職中にFPに相談に行ったが、職歴やキャリアだけを見て、とにかく早く復職しろの一点張り。ホルモン治療のつらさなど全く聞いてくれなかった」(50代女性・卵巣がん)
「キャッシュフローを作成してもらったが、このままでは75歳で貯金が底をつくと言われて絶望した。そもそも、相談したかったのは、そんな先のことではなく、今のことなのに……」(30代女性・胃がん)


などと嘆く患者さんもいた。


■がん患者さんが安心してFP相談を受けるためのハードル2つ


FP全員がこうした対応をとるとは限らないし、がんのすべてに精通していなければ相談が受けられないわけではないが、がんなど長期療養が必要な患者さんやご家族への相談は通常のFP相談とは“勘所”が違うのは確かだ。


そこで、筆者としては、すべてのがん患者さんやそのご家族が、いつでも、安心して、がん患者さんの生活や治療に精通したFPに相談できるのがベストだと思っている。


そのためには、全国450カ所以上ある「がん診療連携拠点病院」などに設置されているがん相談支援センターでFPが医療者とともに相談を受けられる仕組みが必要だと考えている。


実際、医療機関での相談は、患者さんが無料で受けられるし、院内ということで安心感もある。医療者が同席してくれれば(同席しない場合もある)、FPは、治療のことなど確認しながら進められて、医療者側もお金や保険、公的制度に関する実務的な知識が身につく。良いことづくしのようだが、現実には難しい。


写真=iStock.com/erdikocak
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壁は大きく2つある。


第一に、がん患者さんの相談を受けられるFPが少ないこと。第二に、FP相談を受け入れてくれる医療機関が少ないことだ。


まずFPについてだが、日本FP協会のデータによると、認定者は18万7502人いる(AFP認定者16万1819人、CFP認定者2万5683人:2023年5月現在)。


しかし、その7割が関東ブロックと近畿ブロックで占めており、地方在住のFPは圧倒的に少ない。しかも、認定者を業種別にみると、FP事務所・士業事務所は7%で、1割にも満たない。約6割が証券・銀行・保険・不動産など、金融機関勤務の企業系FPである。


筆者もしばしば地方にセミナーや研修などでの講演を依頼されるが、多くのFPは、保険代理店や不動産業など「本業」を持っている方がほとんどで、独立系FPは少ない。


その上、医療機関でのFP相談の報酬はごくわずか。ほぼボランティアである。独立系FPであっても、すでに生計が立てられる報酬のある仕事が別になければ引き受けられない。


このような、FP業界の現状から、仮に、その地域の医療機関でFP相談を実施できることになっても、派遣できるFPがいないのでは実現は難しい、となってしまう。


ちなみに、筆者のように、実際に医療機関で相談を受けているFPは全国でも10人に満たない。


■「お金に困っている患者などいません」看護師長の驚きの言葉


壁の2つ目はFP相談を受け入れる医療機関の少なさ。これはもっと複雑だ。


事前にお断りしておきたいが、筆者は、全国の医療機関のすべての事情に精通しているわけではない。次に述べるのはあくまで、これまで接点を持った病院に対する印象や考えだと捉えていただきたい。


まず、そもそも医療機関は保守的で、外部から専門家が入るのはかなりハードルが高い。そして、決定権がトップにあったとしても、相談現場などの医療者の協力が不可欠で、彼らがFP相談に対して理解していることがとても重要だ。逆に、相談現場などがFP相談に前向きであっても、トップがOKしないかぎり導入できない。


FPへの報酬はどうするのか。どのような契約にするのかなどの事務手続きも煩雑であり、何より医療機関はとにかく業務過多の上、人員不足で、新規事業の受け入れ態勢が整わないなどの理由もある。


筆者は、何度か、医療機関へFP相談窓口設置の提案に行ったが、「無償ボランティアなら、相談にきてもらってもよい」と上から目線で言われたのは、まだマシな方である。


事前に医療機関に対しては、「金融商品の勧誘やFP有料相談の誘導など営業活動はしない」「患者の個人情報を第三者に漏洩しない」などと説明している。しかし、


「FP相談を院内ですること自体、営業活動ではないか。それは好ましくない」
「患者に保険や株など金融商品を勧められては困る」


などと、言われることも一度や二度ではなかった。「この程度の相談なら、すでに院内の相談員で十分対応できている」と言われたケースもあった。


写真=iStock.com/hikastock
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でも、冒頭で触れた子宮頸がんに罹患した30代女性の場合、退職前にかかりつけ病院の相談窓口である医療ソーシャルワーカーに相談に行っていた。


だが、女性は筆者に「確かに、『安易に仕事を辞めてはいけない』とアドバイスされましたが、何となく、仕事を辞めない方が社会とつながりが持てていいよ、みたいなメンタル的なものかと思っただけでした。傷病手当金のことを説明された覚えはありません」と話す。相談者側の話しか聞いていないので、相談窓口側が、傷病手当金の情報を伝えたのかどうか、事実は分からない。


院内の相談員で対応できていると断言した病院と遥香さんが相談した病院は別組織とはいえ、相談窓口のスキルや経験値、相談する側の理解力などによって、患者さんが必要な正しい情報がちゃんと伝わっていないことはある。


とくに、最近の相談は、複雑かつ個別化しており、医療機関内での専門職だけでなく多職種の関わりが必要だということは、感度の高い医療者ならちゃんと分かっている。


筆者が最も驚いたのは、ある公立病院の看護師長の「ウチの病院には、お金に困っている患者などいません」という一言である。その病院の患者からも相談を受けたことがあり、「いない」のではなく、「言えない」だけでは、と内心思ったが、あまりの権幕に言い出せなかった。


■がん治療の「経済毒性」は患者本人だけでなく家族にも影響を及ぼす


近年、医療者の間で、がん治療に関連する経済的な負の作用を、吐き気や脱毛などの身体的毒性と同様に副作用の1つとして捉える「経済毒性(Financial Toxicity)」という考え方が提唱されている。がん患者を対象にした「平成30年度患者体験調査」によると、経済的な理由のため患者の4.9%が何らかの治療を変更・断念している。


医療者からも、経済的な負担が重いため、医師が薬を処方しても薬局へ受け取りにいかなかったり、医師が提案する治療・検査を断ったりする患者が最近少なくないと聞く。



黒田尚子『がんとお金の真実(リアル)』(セールス手帖社保険FPS研究所)

その第一人者である愛知県がんセンターの本多和典医師によると、「医療者における経済毒性の認知度は約30%と低い」という。医療者は、患者の病気を治すのが仕事で、患者の懐具合を心配するものではない、知ったことではないという考え方もあるのだろう。


しかし、とりわけ高額な治療費のケースや、治療期間が長引くケースの場合、がん治療の経済毒性が、患者の治療結果や生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼしている。さらに、この経済毒性は、患者自身だけでなく家族のライフプランにも影響を与える。


「こんなはずではなかった」と後悔しないよう、がんになる前には、予防と経済的備えを。がんになった後には、お金のことも含め複数の頼れる相談窓口を持っておいていただきたい。


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黒田 尚子(くろだ・なおこ)
ファイナンシャルプランナー
CFP認定者、1級FP技能士。一般社団法人「患者家計サポート協会」顧問、城西国際大学・経営情報学部非常勤講師もつとめる。日本総合研究所に勤務後、1998年にFPとして独立。著書に『親の介護は9割逃げよ 「親の老後」の悩みを解決する50代からのお金のはなし』など多数。
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(ファイナンシャルプランナー 黒田 尚子)

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