なぜ犬は「人気のペット」になったのか…飼い主の顔を理解して「うれし涙」を流す動物は犬だけという事実

2024年3月7日(木)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/debibishop

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なぜ犬は「人気のペット」になったのか。麻布大学獣医学部の菊水健史教授は「犬は人間にかわいがられる術を身につけてきた。たとえば飼い主との再会ではうれし涙を流すが、犬の涙は庇護欲を引き出す効果がある」という——。

※本稿は、菊水健史『最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/debibishop
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■犬は人から見られているとかわいい顔をする


飼い主の前では「マテ」ができるのに、飼い主が部屋から出ていくとやめてしまう。辛抱が効かないと思われるかもしれませんが、これは近縁種であるオオカミは持っていない、犬ならではの能力の証でもあります。


犬は、人の視線に対してとても敏感。目の前に餌を置いて待たせる実験では、人が見ているときより見ていないときの方が、餌を食べてしまうことが多くなるという結果が出ました。


これは、人の視線やその向きから、自分に対して注意を向けているかどうかがわかるということを意味します。言葉が通じない者同士が円滑にコミュニケーションを取るためには、視線を感じ、シグナルを受け取る力が欠かせません。スムーズな共生生活のために、人の視線により敏感な犬が選ばれ交配させられてきたとも考えられます。


ちなみに、2017年にイギリスの大学で行われた実験によると、犬は人から見られていると、かわいいしぐさ(尻尾を振る、かわいい表情をするなど)をよりたくさん行うこともわかっています。


最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)より

■顔の上下半分の画像から「笑顔」と「怒り顔」を見分けた


犬は飼い主の全体的な様子から、状況を判断します。しかし、文字通り飼い主の「顔色」を見て、喜びや怒りなどの情動を読み取ることもできます。


犬は「笑顔」と「無表情」を見分けられることが、研究によってわかっています。さらに、顔のどの部分を手がかりにして表情を識別しているかを調べるテストでは、顔の上下半分の画像だけで「笑顔」か「怒り顔」かを見分けられたこと、また、犬にとって初めて見る人の顔画像でも同じように見分けられたことから、単なる目や口の変化だけを捉えているのではなく、それらが示す「表情」を手がかりに識別していることがわかったのです。


また別の実験では、ネガティブな表情や声より、ポジティブな表情や声を出している飼い主により近づいたという結果も。不機嫌な人に近づいてもいいことはありませんし、機嫌の良い人の側にいればおやつをもらえるかもしれません。人の表情を読み取って情動を理解する力は、うまく共生するために必要な能力として身についたものだと考えられます。


最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)より

■オオカミにはできない「あざと顔」で世話を焼かせる


ちょっと困ったような上目遣いで飼い主を見上げる、独特の表情。この顔をされるといたずらを許してしまったり、おやつのおかわりをついあげてしまったり……。犬の飼い主なら誰しも心当たりがあるのではないでしょうか。


この表情は、目の周りの筋肉がオオカミよりも発達したことでできるようになった、犬ならではのもの。眉に当たる部分が吊り上がって目が大きくなり、何かを訴えかけるように見えます。見る人の、守ってあげたい、世話をしたいという欲求を引き出す表情です。実際に、こうして人を見上げることができるシェルターの犬は、里親が見つかりやすくなるという報告もあります。


また、2017年に発表された研究によると、犬はオオカミに比べて人を見つめたり頼ったりすることが多いことがわかりました。さらに犬とオオカミの遺伝子を解析して比較した結果、ある遺伝子の変異が犬のひとなつこさに関わっている可能性があるともいわれています。特異的な目元の表情と生まれ持ってのひとなつこさで、上手に世話を焼かせるのだと考えられます。


最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)より

■出かけていた飼い主が帰ってきたらうれし涙を流す


人の場合、眼球を守るための生理的作用としてだけではなく、悲しみや喜びによって感情が揺さぶられたときにも涙を流すもの。犬もまた感情的になったときに涙を流すことが、最近の研究で明らかになっています。


飼い主と犬の再会場面において犬の涙の量を調べた研究結果によると、他人との再会時では変化がないものの、信頼する飼い主との再会時には涙が増え、犬も「うれし涙」を流すことがわかりました。


また、犬の涙が人に与える影響についても興味深いことがわかっています。犬に人工の涙を点眼した写真と点眼前の写真を79名の人に見せ、どのような印象を持つかを比較。その結果、点眼後の写真を見たときに「犬を触りたい、世話をしたい」といったポジティブな気持ちを犬に対して持つことがわかったのです。つまり、犬の涙は、飼い主の庇護欲に働きかけてお世話を引き出すもの。


犬が身につけた「あざと顔」については前述の通りですが、同じように犬の涙も、長い共生の歴史において有利に働いたと考えられます。


最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)より

■子犬時代の名残で飼い主の口元を熱心になめる


犬の祖先である野生のイヌ科動物の子どもは、空腹のときに母犬の口元や顔をなめました。これによって母犬は、胃の中からある程度消化された状態の食べ物を吐き戻して与えていました。この本能的な行動の名残りから、子犬のような甘えや親愛の気持ちを持って、飼い主の口元をなめると考えられます。


また、それが転じ、今ではちょっとした挨拶やふれあいの代わりとして口元をなめる場合も。このように、ある行動が進化の過程でコミュニケーション機能を持つようになることを「儀式化」といいます。


その他、単に食べ物のにおいにつられてなめたり、口元のにおいから様子をうかがおうとしてなめることも。いずれにせよ信頼の証ではありますが、あまりにしつこい場合は要注意。唾液を介した人獣共通感染症のリスクを減らすためにも、避けるべきでしょう。


■足の上にお尻を乗せて座るのは信頼の証


散歩の休憩中やソファでくつろいでいるときなどに、わざわざ足の上に腰かけたり、お尻をくっつけて座ろうとすることがあります。犬にとってお尻は、死守すべき急所。信頼できる飼い主に預けることで、守られていると感じ、安心を得ているのでしょう。



菊水健史『最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)

犬は、信頼できる相手でなければ、無防備に急所をさらしたり預けたりはしません。生活の中でどんな体勢になってもどこを触られても平気な様子なら、飼い主を認め、特別な愛着を感じている証拠です。


ちなみに飼い主が近くにいると、知らない人と積極的に関わろうとしたり周囲を探ろうとしたりと、かえって大胆になる犬もいます。これは、人間の母子で、母親が側にいると子どもが安心して遊ぶのと同じこと。飼い主のことを「いざというときに逃げ込める安全地帯」と認識しているからこそ、臆せず行動できるのだと考えられます。


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菊水 健史(きくすい・たけふみ)
麻布大学獣医学部動物応用科学科教授
鹿児島県生まれ。東京大学農学部獣医学科卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科(動物行動学研究室)助手を経て現職。博士(獣医学)。専門は動物行動学。主な著書に『いきもの散歩道』(文永堂出版)、『犬と猫の行動学』(共著、学窓社)、『脳とホルモンの行動学』(共著、西村書店)、『犬のココロをよむ』(共著、岩波書店)、『ヒト、イヌと語る』(共著、東京大学出版会)など。
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(麻布大学獣医学部動物応用科学科教授 菊水 健史)

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