キーエンスの強さの秘密、「従業員主権」経営を徹底実践する3つのポイント

2024年3月15日(金)5時55分 JBpress

 日本企業は21世紀に入り、「アメリカ型資本主義こそグローバルスタンダード」とする空気に流され、その経営原理を“漂流”させてしまった——。一橋大学名誉教授の伊丹敬之氏は、著書『漂流する日本企業:どこで、なにを、間違え、迷走したのか?』(東洋経済新報社)において、日本企業の成長が停滞した根本的な原因を指摘する。前編に続く本記事では、日本企業が忘れ去ってしまった従業員主権の原理と本質、そのモデルケースとなる高収益企業「キーエンス」の経営手法について聞いた。(後編/全2回)

■【前編】一橋大・伊丹名誉教授が日本企業に警鐘、配当重視経営の恐るべき副作用とは
■【後編】キーエンスの強さの秘密、「従業員主権」経営を徹底実践する3つのポイント(今回)
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株主傾斜によって起こった「従業員主権からの漂流」


——著書『漂流する日本企業:どこで、なにを、間違え、迷走したのか?』では、リーマンショック以降の大企業の経営を「従業員主権からの漂流」と表現されていますが、これはどのような状態を指すのでしょうか。

伊丹敬之氏(以下敬称略) 企業が従業員のベネフィットを考え、人が育つことを中心に考える経営が「従業員主権経営」です。

 戦後の日本企業の成功の多くは、企業が「従業員のための経営」をすることで達成されてきたと考えています。しかし、昨今の大企業は株主の方を向き過ぎており、相対的に従業員を軽視しているのです。こうした状態を「漂流」と表現しています。

 もちろん、資金がなければ株式会社は成立しませんから、株主は必要です。一方、そこできちんと働く人や経営する人がいなければ企業は成立しません。「カネも必要、ヒトも必要」ということです。

 しかし、株式会社制度においては、企業の方向性を決めるような経営決定は「株主が行う」とされています。この制度の中では、資本多数決の法則、つまり「株式資本をどのくらい出したか」という量的指標を基に、議決権の大きさが決まります。BさんがAさんの10倍資本を出したならば、BさんはAさんの10倍、権力を持っていることになります。人と人の間で意見の対立があった場合でも解決しやすいシンプルなルールです。

 私は経営上の意思決定を「株主が行う」という制度自体には賛成です。しかし、株主「だけ」が主権を持つ、というわけではないはずです。

 先進国の中でも日本とドイツは、従業員も実質的に経営決定に参加するスキームを実践してきた国です。それぞれやり方は違いましたが、戦後、この2つの国の経済は急成長を果たしました。しかし、昨今の日本企業を見ると、株主にばかり目が向いている状態です。


強い日本企業を取り戻すための「中二階の原理」

——日本やドイツの企業では、従業員がどのような方法で経営決定に関与してきたのでしょうか。

伊丹 株式会社を「2階建ての建物」に例えて考えてみましょう。2階には、「株主主権」という株式会社の基本原理があり、1階にはその原理の下で制御される現場の従業員がいます。2階の基本原理を厳密に経営全体に適用しようとすると、どうしても1階の現場とのねじれが生じます。

 企業が「株主の富を最大化するための道具」に位置付けられると、「汗水垂らして働いているのは自分たちだ」「カネしか出していない株主に、なぜ全てを決められなければならないのか」という従業員の不満や不信につながり、企業全体が機能不全に陥るためです。

 そうした問題を解消するために、日本とドイツで採り入れられたのが「中二階の原理」です。「中二階」は、日本の歴史上さまざまな場面で社会を支えてきた構造を示す言葉で、私が考案した造語です。「中二階の原理」から生まれた慣行の例には、「従業員出身の社長・取締役を選出する」「株の持ち合いにより、互いに不満を抱きづらい関係をつくる」などがあります。これらの慣行は株式会社制度に明記されていないものの、実質的な従業員主権の仕組みとして機能してきたのです。

——現代において、企業が従業員主権経営を実践するためには、どうすればよいのでしょうか。

伊丹 今必要なことは、何か新しい考え方やトレンドを採り入れることではありません。私は、従業員主権経営を「思い出すべき」だと考えています。

 昨今、行き過ぎた株主資本主義からの脱却を目指すあり方として、「ステークホルダー資本主義」がうたわれることがあります。しかし、私はこれに賛成しかねます。

「ステークホルダー資本主義」と言うと、いかにも社会全体にとって良いこと、というようなイメージがあります。しかし、実際には「株主主権を温存するための煙幕」としてしか機能しないと考えています。

 日本企業のためを考えれば、もっとダイレクトに従業員主権経営を実践した方が良い結果につながるでしょう。今こそ、従業員主権経営を「思い出すべき」なのです。


キーエンスの生産性を支える「3つの組織マネジメント」

——著書の中では、従業員主権のモデルケースとして「キーエンス」が挙げられています。キーエンスの経営のどこに注目すべきでしょうか。

伊丹 キーエンスは、創業者の滝崎武光名誉会長が「従業員こそ会社の中核」と公言する、従業員主権経営企業です。滝崎氏は「株主にあまり気を遣う必要はない。配当ではなく、業績を上げ続けることによるキャピタルゲインで貢献すればいい」という考えを持っています。そして、社員の持ち株会や業績連動報酬など、従業員自身が会社の主役だと思えるような工夫をいくつも行っています。

 キーエンスの組織内マネジメントのユニークさは「①報酬の社内格差が小さい」「②現場への権限委譲が大きい」「③さまざまな立場の間での情報共有が徹底されている」という3点に集約されます。この3つが徹底できている企業はまれだと言えるでしょう。その中でも「③情報共有の徹底」は、人材育成にも強く結びついています。

 キーエンスでは、営業担当者が外出して顧客訪問をする前に、必ず「外出報告書」を提出します。外出報告書は、訪問日時や商談目的、提案する商品、受注後の顧客企業の生産性改善提案など、細部にわたる計画書です。それを上司に提出する際には必ず15分から30分の打ち合わせを行い、アドバイスを受けた上で顧客を訪問する流れになっているのです。

 このプロセスの上、営業担当者は外出報告書を作成するために、常に自ら 調査や勉強をすることになります。また、上司のノウハウを直接吸収することもできます。外出報告書によって、人材育成が仕組み化されているのです。顧客訪問後には、上司への訪問記録の提出が求められます。これによって上司も実際の顧客の声や市場の動向など、最新の情報を入手できるという仕組みです。

 営業力強化を人材育成につなげる仕組みがここまで徹底しているからこそ、結果的に従業員の平均給与が2200万円超という高い生産性を維持できているのでしょう。

——日本の大企業が漂流から脱し、復活を遂げるためには、どのような視点が必要でしょうか。

伊丹 本書の終章では、昨今の日本企業を「歌を忘れたカナリア」と表現しています。いま日本企業に必要なことは「忘れた歌」を思い出すことです。忘れた歌は2つあります。

 1つ目は、設備投資・海外展開投資・人材投資といった「未来のための投資」をきちんと行うこと。2つ目は、「従業員主権を大切にする」ことです。

「失われた30年」のマイナスの影響を受けているということは、伸び代がまだ残っているということです。その伸び代に大いに期待したいと思います。

筆者:三上 佳大

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