「売れそうな本」を作る必要が、本当にあるのか…荻窪の書店が「中小出版社の本」にあえてこだわる理由

2024年3月21日(木)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bitterfly

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東京・荻窪にある独立系書店「本屋 Title」は、中小の出版社が出した「まだ売れていない本」を積極的に扱っている。なぜ「売れている本」から距離を取るのか。全国各地の書店を訪ねたノンフィクションライター三宅玲子さんの著書『本屋のない人生なんて』(光文社)より、一部を紹介する——。(第1回/全3回)
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■本をきれいに梱包し、遠方の客に届ける


単行本に文庫本、写真集。ばらばらの判型の本を積み上げると小さな岩のようなかたまりができあがる。岩を厚い段ボール板でぐるりと包み、薄い段ボールで隙間を埋めると本がきれいに覆われた。


これがアマゾンなら、新品の段ボール箱に入れられるだろう。しかし店主は段ボールの端きれを組み合わせて器用に梱包(こんぽう)している。よく見ると、端きれは出版社や取次から届く箱を切って延ばしたものだ。不要になった段ボールを分解して使っているのだ。


「ウェブショップで買ってくださる方がすごく多いんです。私も驚いているんですが」


長身の店主、辻山良雄が立つとレジカウンターはいっぱいになってしまう。そこで手を動かす辻山は身を屈めているようにも見える。


「遠方に住まわれているお客様が注文してくださるかと思えば、中央線沿線に暮らしている知人からの注文もあります。オーダーフォームのメッセージ欄に応援の言葉を添えてくださる方もいらっしゃいます」


■青梅街道に面した「本屋 Title」


コロナ禍に世の中が覆われた2020(令和2)年3月、閉店時間をそれまでの午後9時から午後7時半に早めたため、店頭の売上は下がった。だが、逆にウェブショップの売上は6倍近く伸びた。おかげで実店舗の売上減を補うことができているという。


その日は、夕方には東京都が新型コロナウイルス緊急事態宣言を発出すると予告されていた。朝、テレビのニュースは緊急事態宣言が今後の生活に及ぼす影響を盛んに言いたてた。東京には見えない緊張が張りつめていた。


荻窪駅に着くとマスクで口許を覆った人たちが入れ違いに改札に吸い込まれて行った。


都心へ向かう通勤者の流れに逆らって荻窪駅から青梅街道を西へと直進し、交差する環状8号線の横断歩道を渡った。道沿いにはマンションと古い商店が軒を連ねる。


片道二車線の青梅街道は新宿から東京の西端青梅市を経由し、山梨県甲府市まで132キロにわたって関東平野を横断する。雑然として忙しい通りなのだが、歩けば、生花店や蕎麦屋など、古くから商売をしている店が目に入る。そして店々の脇を路地に入ると、一転して静かな住宅街が広がる。この青梅街道に面して建つ、もとは精肉店だった商店を改装した古い建物が辻山の経営する「本屋 Title」だった。


■12時開店、立て続けに客が訪れる


9時過ぎ、私は半分だけ上がったシャッターの下から頭をくぐらせて店内に入った。灯りのともらない店内はしんとしている。壁を隔てて外の喧騒が遠くになった。


辻山は取次から届いた箱を開くと、雑誌や単行本を所定の場所に配置し、床を掃いた。開店準備を済ませた店主に1時間ほどインタビューをした。11時半になると主はカウンターの中に入り、パソコンを起動し、メールをチェックした。


12時、店内の灯りを点け、シャッターが完全に上がった。


写真=iStock.com/Multiart
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たて続けに数人の客があった。ワイシャツ姿の若い男性がレジで支払いを済ませ、明日から店、閉めますか、と辻山に尋ねた。上着も荷物も持っていない。近隣の企業で働いている人なのだろう。ためらいがちな口調は、初めて体験するウイルスの災禍によって見慣れた景色が変わることへの不安を感じさせた。


辻山がウェブショップで受けた注文の梱包にとりかかった。


これは今届いた注文ですけど、と見せてくれたのは次のようなラインナップだった。


すごい詩人の物語』山之口貘 立案舎
現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』吉岡乾 創元社
庭とエスキース』奥山淳志 みすず書房
タマ、帰っておいで横尾忠則 講談社
13(サーティーン) ハンセン病療養所からの言葉石井正則 トランスビュー
本屋、はじめました』辻山良雄 ちくま文庫

■個人が自らの手で制作した本や雑誌も紹介


注文票には東北のある町の住所が記されている。


「Titleは荻窪の街だけじゃなく、オンライン上にも存在していることを実感できます。この非常時に日本のあちこちから応援の気持ちで注文してくださっていると思うとうれしいです」


この6冊の本も、小岩のように梱包されて東北の町まで届けられるのだ。受け取った注文主があたたかい気持ちになる景色が目に浮かんだ。


張り出した青いテントとピカピカに磨かれた大きなガラス窓。住宅街の書店らしく、表には週刊誌や月刊誌、少年マンガ誌などが整然と飾られている。ガラスの扉を引いて中に入ると、目の前の「平台」と呼ばれる陳列台には文芸書や人文書の新刊が美しく積み上がり、右手の壁には建築、アート、写真関係の本が並ぶ。奥へ進むと哲学、思想、社会学、フェミニズムへとゆるやかに世界が広がっていく。


左手にはライフスタイル、絵本、リトルプレスのコーナーもある。リトルプレスとは、個人制作の少部数の本や雑誌を指す、ひとつのジャンルだ。多くはアーティストや作家が自身の世界を表現するために個人でつくっている。作家が自ら書店を訪れて店主に紹介し、取り扱いを交渉することもあるという。


■4割はコアな客層向け、6割は一般向け


突き当たりにカフェコーナーがある。木の階段を上がると、誰かの家の小部屋のような空間が現れる。ここでは新刊本の発売に合わせた企画展や写真展を行う。


訪れた人は静けさを壊さないようそっとガラスの扉を閉める。入り口から店主の姿は見えない。あるいは辻山は「いらっしゃいませ」と言っているのかもしれないが、その声はほとんど聞きとることができない。愛想のない店主に放っておかれ、1万冊の背表紙が描き出す地図を眺めていると、本を通した自分との対話が始まっていく。そのうちに、隣り合って並べられた本の背表紙たちが頭の中でがやがやと話し出す。


Titleにある本は全て辻山が選んでいるが、そのうち4割は店のコアな客層に向けた本、残りの6割は、店の近所に住む人たちが読むような、一般に向けた本だ。出版社から届く新刊案内と、大手出版社は中小書店に新刊リストを送らないため、取次会社からの情報で確認する。見計らい配本は利用せず、専門書や学術書、地方出版物といった大型書店でないと見つけられない本にも出会える意外性のある棚を意図している。


忘れていた記憶や蓋をしていた感情が刺激されるのだろう、辻山の編集した棚は眺める人の内面を揺らし、気づけば15坪の広く深い世界に心を開いている。


■本は日用品や食料品のような消費財ではない


「何万部売れた、といったことはうちには関係がありません。それよりも、誰がどのような思いでこの本を書いたのか、誰がどのような意図でこの本を編んだのかを大切にしています」


そんなことを話してくれたのは、2度目に訪ねた翌2021(令和3)年の春だった。


開店前、店の奥のカフェコーナーで私は辻山と向き合った。カウンター席が3席、1人がけのテーブル席が2つ、ここは妻の綾子が取り仕切る。ふわふわのフレンチトーストが定番メニューだ。


「そもそも本は日用品や食料品のような消費財ではないと思います。役に立ちそうだから、流行っているからと買って、なんとなく読んで、『はい、次』というような本は、その本でなくてもいいということ。消費されて終わりというのはつまらない。


うちの店にもこの場所を消費しにくる人はいます。例えば、雑誌で見て流行っているらしいから来ました、とか、ああ、こういうところかって店の写真を撮って、はい、次、みたいな。それは、その店から何かを受け取るということじゃなくて、流行りのものを消費するということですよね。うちは店内を撮影禁止にはしていませんが、やっぱりまあ、寂しく感じます」


■既存のジャンルに当てはまらない本ほど面白い


ゆっくりとした口調とは裏腹に繰り出す言葉は手厳しい。


「本はね、やはり嗜好(しこう)品だと思います。嗜好品とは、必ずしもなくてもいいかもしれないものです。けれど、結局、その人をつくるのはその人の嗜好だと思います。自分の核になるのはそういうものだし、それがうまくいけば仕事になることもある。無駄万歳というか、嗜好万歳です」


辻山は出版業界のあり方についても疑問を投げかけた。


「出版社の編集会議で、よく『他社のあのベストセラーのような本を出そう』『あのヒット作の著者に書いてもらおう』という話になるそうです。同じような本を出せ、類書を出せというわけです。でも、そのやり方は嗜好品にあてはまるのだろうかと疑問に思います。嗜好品としての本の輝きを曇らせてしまうのではないか、縮小再生産にならないか。もし、それをわかっていてやっているのだとしたら、おかしな話ですよ。


写真=iStock.com/Rafal Olkis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rafal Olkis

僕は同じような後追い本よりも、既存のジャンルに当てはまらない本ほど面白いと思います。新しいジャンルはジャンルの外側から生まれてくるんじゃないでしょうか。作家も枠にはまらない人に惹かれます」


■ひとり出版社の本に輝きを感じる理由


そして坂口恭平の名前を挙げた。坂口は早稲田大学の建築学科を卒業後にモバイルハウスをテーマに『0円ハウス』(リトル・モア)を出版してから20年近く、小説、音楽、絵画など、表現のジャンルを拡張してきた。


「坂口さんは、作家なのかアーティストなのかわからない。でもどのジャンルで表現されても一貫して坂口さんの世界がある、それは坂口さんにしかない魅力だと思います。昨年(2020年)秋に出されたパステル画集『Pastel』(左右社)が評判になりましたね。でも、あれは坂口さんの描く絵に唯一無二の世界があったから売れたのであって、パステル画であればなんでもいいという話ではありません。


ところが今の出版社は、似たようなテイストのパステル画を描く人を探してきてパステル画集を出せないかと企画会議で相談したりするのではないでしょうか。あるいは坂口さんのパステル画集の初版部数や初速を調べてマーケティングのようなことをするのかもしれません。でも、この企画の肝は『パステル画』ではなく、『坂口恭平がなぜかパステル画の画集を出す』ところにあるはずです。マーケティングも必要なのかもしれませんが、そのあたりを履き違えている人が最近は多いんじゃないかなと思います。


それに対して、ひとり出版社が出す本にはほのかな輝きを感じます。それは、自分がやりたいと思った企画を自分で本にして、自分で売っているからです。それこそが出版や書店の原点だと思います」


■本の薄利多売は本への信頼を奪うことになる


翻って出版業界の様相を見ると、書籍の売上は1996(平成8)年の1兆310億円をピークに2019(令和元)年には6723億円まで下がったが、出版点数は96年の6万3054点が19年には7万9103点に増えている。薄利多売を指し示すこの数字の推移は、何を意味しているのか。


「出版社の人たちが本当につくりたい本をつくっているのか、今のような状況では首を絞めることになっているのではないかと僕は思います。企画会議には、年間予算を達成するために出版点数を増やすのはやむを得ないという雰囲気があるのだろうと想像します。でも、そうやって本の乱造が続いた結果、本の価値を貶め、本への信頼を奪うことになってはいないでしょうか」


日販が発表した「出版物販売額の実態」(2021年版)によると、出版社の総数はこの20年で半数近く減少し、現在は3000社弱だという。書籍と雑誌、コミックを含めた総売上もやはり約半分に縮小し、1兆6000億円ほどにまで下がった。売上高が100億円以上の企業は29社で全数の1パーセントだが、それらの29社の売上を合わせると、売上全体の52パーセントを超えるという。


ところが、Titleの棚は売上高上位の出版社の本を中心に構成されてはいない。むしろ中小の出版社やひとり出版社の本が特等席に並んでいる日もある。誰がどのような思いを込めて何を伝えようとしてつくったのか、つくり手の世界観を確認し、そのうえで「うちに合っている」と辻山が思えば取り扱う。作品によっては、すぐに売れなくても返品されずに長い期間棚に収められている。


■手元に置いておきたいものでなくてはならない


そんな辻山の話を聞きながら、ひとりの編集者が頭に浮かんだ。


大手といわれる出版社でノンフィクションの単行本をつくる部署の編集長をしているその人と、朝、カフェで打ち合わせをしていた。インターネットがインフラとなり、さまざまな事象や考えに簡単に触れられるようになった結果、人がハードウェアとしての本に求めるものは変わってきているよねという話になった。


2000円近い対価を払ってでも持ち帰りたい本とは、つまるところ、手元に置いておきたいものでなくてはならないと考えるようになったとその人は言った。長く読まれるに値する内容であるだけでなく、飽きのこない文体でなくてはならないし、加えて、装丁や装本といったプロダクトとしての美しさまでが必要だということに思い至ったのだという。


■一体、何のために本をつくるのか


だが一方、大勢の社員を抱える組織では人件費を稼ぐために一定の出版点数も必要になる。現実には、売上を立てるための企画を世に送り出すこともあるというジレンマを彼は認めた。


編集長になる前の彼は、担当する仕事でヒットを続けていた。新進の経済学者の初めての著書が賞をとり、老舗出版社を舞台にしたノンフィクションは注目を集めた。著者と関係をつくり作品を世に問い手応えを得る興奮と達成感を知った彼が、マネジメントの立場になってからは部下の進める企画に目配りしながら一日に何回も紀伊國屋書店の売上をウェブでチェックしてしまい、気が休まらないという。


編集長という立場は望んでも誰もがなれるものではない、選ばれた人だけが就くことのできる憧れのポストだ。ところが実際に編集長になってみると気苦労は想像を超えるもののようだった。もし彼が辻山の指摘を聞いたらどう思うだろうかと、気づけば考えてしまっていた。ジレンマに葛藤する彼は裏返せば本をつくる仕事に真面目だともいうことができる。著者と真剣に対峙(たいじ)し、読み手の知的な欲求を刺激して心を潤すことのできる、そんな本をつくろうとする編集者にとってこそ、堪える言葉かもしれないと思った。



三宅玲子『本屋のない人生なんて』(光文社)

出版業界を見渡せば、売上も規模もさまざまだ。待遇について比較すれば、社員の雇用規定や著者の契約内容は大手出版社の方が条件はよい。他方、ひとり出版社で全てを個人が担う重さと自由度を天秤にかけると、それは何のために本をつくるのかという生き方の領域にまで踏み込んだ問いをはらむことになる。Titleの棚を見ていると、本をつくる仕事とは何かを問われているような思いになる。それは売文業の末端に身を置く私に向けられた問いでもある。


売れそうな本をつくるのではなく、どうしてもつくりたい本、つくらずにはいられない本を出さない限り、いずれ本は必要とされないものになってしまう。そう辻山は静かに警告している。


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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。
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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

プレジデント社

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