「書店で本を売る」という仕事は続けられるのか…42歳で独立した男性が選んだ「本まみれの生活」のリアル

2024年3月24日(日)10時15分 プレジデント社

本屋 Titleのウェブサイト。右側に「毎日のほん」を紹介している。3月15日に紹介した本は河合香織さんの『母は死ねない』(筑摩書房)

写真を拡大

辻山良雄さんは42歳のとき、大手書店チェーンを辞め、東京・荻窪に「本屋 Title」を開いた。書店の閉店が相次ぐなか、なぜ「本を売る」という仕事にこだわっているのか。全国各地の書店を訪ねたノンフィクションライター三宅玲子さんの著書『本屋のない人生なんて』(光文社)より、一部を紹介する——。(第2回/全3回)

■1日しか公開されない「毎日のほん」


「本屋 Title」の1日は午前8時に始まる。


「毎日のほん」と題した紹介文がTitleのウェブサイト上で公開されるのだ。予め用意したテキストを定刻にアップするようタイマーでセットしておくのだが、このテキストを辻山は毎朝8時に手動でコピー&ペーストしてツイートする。


ツイッターでつぶやくのは紹介の文章のみで、書名が気になった人はリンクをクリックすればTitleのウェブサイトに移動し、タイトルと著者を知ることができるようになっている。クイズのようなこの仕組みは、おしつけがましくなく、読み手を飽きさせない。「毎日のほん」はその日1日しか公開されず、明日にはまた新しい「毎日のほん」が紹介される。過去の履歴を見ることはできない。


本屋 Titleのウェブサイト。右側に「毎日のほん」を紹介している。3月15日に紹介した本は河合香織さんの『母は死ねない』(筑摩書房)

■私がやりたいのは本を紹介して売ること


紹介する本を前もって選び、文章を書く。それを1年を通して朝8時にツイートする。この「毎日のほん」は一見さりげないようで辻山の仕事への姿勢をもっとも端的に表しているように感じる。「本の紹介」というひと手間を1日も休まず続けることには相応の意思と覚悟が要ると思うのだ。


そう感想を述べたところ、辻山から返ってきたのは「賭けている」という言葉だった。


「『ほぼ毎日のほん』とか『折々のほん』にすれば、1週間に1回とか3日に1回の更新も可能かもしれません。でも、それだと大切なことがぼやけてしまいます。私がやりたいのは、本を紹介して売ることです。そのことがいちばんよく伝わるようにするには、これに賭けているんだということが伝わらなくてはならないと思いました。だから1年365日、欠かさないのです」


365日欠かさずにアップするために、まず辻山は基本の仕組みを整え、一旦始めたら継続する。具体的には、2週間分の本を前もって選び、テキストを準備するということを繰り返し続けてきた。辻山は「決めてしまえば簡単ですよ」と淡々としているが、これを簡単と感じるか、面倒と感じるかに分かれ道がある。


■店に行けなくてもウェブショップで本を買える


ウェブショップを始めた動機も根っこは同じだ。ウェブショップの運営は手間がかかるが、粗利は店頭販売する本と変わらない。割の合わない仕事と言えなくもないが、だからやらないのではなく、それでも辻山は細々と始めてみた。


開店の半年後にウェブショップを始めたとき、辻山は4年後にコロナ禍の非常事態が世の中を覆うことなど予想もしていなかっただろう。ところがこの試みがのちにTitleを支えることになる。コロナ禍、日頃からTitleのツイートを見ていた人たちが、Titleのウェブショップで本を買い求める動きが生まれたのだ。


フロアの中央に配置された文庫本棚を端に寄せるとぽっかりとスペースが生まれる。コロナ禍以前は夜、ここで30人ほどのトークイベントを開いていた。2階のギャラリーでは写真展や作家展を行う。このような仕掛けによって、書店は本を媒介に人が集まる「場所」というメディアになる。


■本屋を開くノウハウが記された一冊


開店からほどないある日、谷川俊太郎がふらりとやってきて、本を買い求めると、赤ワインを1杯飲んで帰った。その後、雑誌の特集で谷川はTitleを「ゆるやかに人をつなぐサロンになっていくだろう」と紹介したが、詩人の予言通りの場所になった。


辻山に『本屋、はじめました』の執筆を依頼した出版社苦楽堂の石井伸介は2001(平成13)年に出版されたノンフィクション『だれが「本」を殺すのか』(プレジデント社)の担当編集者だ。出版業界の売上が下降に転じた直後、ノンフィクション作家の佐野眞一は出版業界を川上の出版社から川下の書店まで横断的に取材し、なぜ本が売れなくなったのかをダイナミックに論じた。


ビジネス誌『プレジデント』の編集者だった石井は佐野の連載を担当し、単行本にまとめあげた。その後、石井はプレジデント社を退職して神戸でひとり出版社苦楽堂を興した。そしてリブロを退職する辻山に、本屋を始める詳細を書いてほしいと依頼した。


石井の要望に応えて辻山はリブロ時代の経験、店の場所を探した経緯、大家や取次との契約のやりとりまで記した。本の末尾には辻山がリブロを退職後に作成した事業計画書が添付されていて、それを見ると家賃や光熱費、人件費、年間売上までが公開されている。個人で書店を開こうという人にとって必要な情報は全て入っている。


■書店の店主が考える「個人として生きる活路」


辻山は『本屋、はじめました』の最終章でこう書いている。


〈ほとんどの会社では、多くの仕事はマニュアル化して、誰にでもできるようなものを目指しているだろう。以前にいた会社でも、その仕事はほかの誰かに振ることができないのかとよく言われたものだが、本を扱う仕事は属人性が高く、個人の経験をみんなが使えるものとするのは難しかった。


だからこそ個人として生きる活路は、誰にでも簡単にはできない技術を高め、世間一般のシステムからは、外に抜け出すことにある。それには自らの本質に根ざした仕事を研ぎ澄ませるしかなく、それを徹底することで、一度消費されて終わりではない、息が長い仕事を続けていけるのだと思う〉


辻山の仕事観が凝縮されたこの文章を、私は繰り返し読んでいる。どの仕事にも通じる真理だと思うからだ。


コロナ禍の緊急事態宣言下、アマゾンではなくTitleを選んで本を買う人たちがいた。なぜ、人は本を買うときに「誰から買うか」を大切にするのだろう。


写真=iStock.com/Ekaterina Senyutina
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ekaterina Senyutina

■「根っこのあるものを根っこがあるように渡す」


「私がやりたかったのは、本を紹介して売るということ、それだけなんです。本を紹介するという目的が少しでもお客様に伝わるように、毎日、入荷した本をただ黙々と紹介してきました。そこでうちの姿勢を暗に感じ取っていただけたのかなと思います」


考えられるとすればこれまでの姿勢を評価してくださったのではないかと辻山は控えめに振り返った。


「商売として本のいい部分だけかすめ取って吹聴して売るのではなく、根っこのあるものを根っこがあるように渡すような思いで本を手渡してきたつもりです。そこを支持していただけたのかもしれません」


「根っこのあるものを根っこがあるように渡すとはどういうことでしょうか」


「一時的ではないということですね。時に耐えるような本というか、その場限りで1年後には忘れられてしまうようなものではなく、5年10年経っても読むに堪えるような本こそが読む人の滋養になっていくのではないでしょうか。その人が今泣きたいからこの本を読んで泣きました、終わり、というのではなく、その人の性質のある部分を形づくっていくような、そのときには気づかないかもしれないけれどもその人に沁み渡っていく、そういった本が根っこのある本だと思います」


■本にまみれている今の環境がありがたい


リブロでの19年の広く深い経験が15坪という空間でエスプレッソのように抽出された、それがTitleなのだろう。


辻山と妻綾子は店から自転車で10分ほどのマンションに暮らす。最近はTitleの棚と自宅の本棚が似てきた、店に並べている本が自分の身体の延長のような感覚になってきたと辻山は笑った。


「自分と職業が混在している感覚があります。もう本まみれになりたいし、実際にまみれているというか、その中からいろんな方に本を届けることができるし自分の滋養にもなっている。そういう環境に身を置いていられることがすごくありがたいです」


写真=iStock.com/DmitriiSimakov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DmitriiSimakov

本を紹介する仕事は自分にとって最も齟齬(そご)のない選択だったと辻山は振り返って思う。


「本しか知っているものがないというか……。それなのに、突然銀行員になりました、なぜなら給料がよさそうだからとか、そういうのもちょっとおかしいだろうという気持ちが、就職活動のときにあったと思います。でも、どのような仕事であれ、ある程度習得するまでは時間がかかるし覚えなきゃいけないことはたくさんありますが、覚えてしまえばあとは一定の作業のパターンのようなものになっていくことには特段違いはないのではないでしょうか」


■本は手段ではなく、純粋に味わうべき対象


「ではその先に何があるのかといったら、あとは人間性しかないんですよね。ある1人の人間性がある仕事を得てどのように花開いていくかという意味では、私の場合、本が自分を生かしてくれました。本を商うことでより自分を解放していろんな仕事をさせてもらっています」


だが、大書店で書店員として働くことと、書店を経営することには同じ業種でも比べようのない根本的な違いがあるようにも思える。辻山が書店主に向いているのは、もしかすると、一人でいることを好む質だからなのではないか。それは、例えば来店客と接する辻山を見ていても思うことだ。


辻山は一言二言、言葉を交わすことはあっても、来店客と雑談をしている様子はなかった。その代わり、誰かに本を贈りたいといった本に関する相談には熱心に応じていた。こと本に関わることには言葉を惜しまないが、それ以外のことについては、例えば本を通して人間関係を耕すといったことにはあまり興味のない人なのではないかと思った。辻山にとって本はあくまでも純粋に味わうべき対象であり、紹介するべきものだ。本を何か別の目的のための手段にすることは考えられないのだろう。


■なぜコロナ禍にTitleで本を買ったのか


こう考えてきて、ひとつの疑問が湧いた。


辻山は「Titleを応援したいと思ってくれた人たちがウェブショップで購入してくれた」と言う。そして、応援という言葉には、緊急時にTitleの経営を案じる同情票が集まった、そんなニュアンスが含まれる。


だが、応援というよりも、むしろ、誰もが経験したことのない非常時に他のどの店でもなくTitleから本を買いたいという心の動きが、買う側の方に生じたのではないだろうか。



三宅玲子『本屋のない人生なんて』(光文社)

Titleに本を注文し、Titleから本が届く。その行為を客の方が必要としていたのではなかったか。辻山の言葉を聞きながら私は思った。


辻山が毎朝送り出す端正な140字の紹介文には、読む人の心を整える作用がある。そして本を読む人たちが、日頃から自分の心を整える助けとなっている店から本を買いたいと願う、それは、考えてみれば当然の思いだろう。


得意なものはと聞かれれば、本を紹介することだと答える。同じことを繰り返して研ぎ澄ましていく自身の本を売る仕事を職人のようなものだと辻山は言う。その辻山にはどこかゆったりとした前向きさが感じられる。それは、人を支えるという本の力を知っているからなのだろう。本を紹介することに賭ける辻山の静かな明るさは、本を求める人を励ましてもいる。


----------
三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。
----------


(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

プレジデント社

「書店」をもっと詳しく

「書店」のニュース

「書店」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ