出社が増えたのに電車本数はコロナ禍のまま…鉄道各社が「復活した満員電車問題」に積極対応しない理由

2024年3月27日(水)7時15分 プレジデント社

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■多くが“コロナ危機”から完全復活


2023年度も残りわずかとなった。社会経済活動がコロナ禍から立ち直りを見せる中、鉄道事業者の業績も第3四半期決算の時点で想定以上に回復しつつあることが見えてきた。


JR上場4社(JR東日本・JR東海・JR西日本・JR九州)と大手私鉄15社が今年度期首に公表した業績予測は、コロナ前(2018年度)を上回るのは近鉄グループホールディングス、南海電鉄の2社で、多くは30〜50%減の水準だった。


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ところが予想を超える業績好調を受けて第2四半期、第3四半期と上方修正を重ねた結果、最新予想は前記2社に加えて東急、京王電鉄、東武鉄道、西日本鉄道がコロナ前を上回り、小田急電鉄、京成電鉄、京阪ホールディングス、阪急阪神ホールディングスは同90%以上の水準まで引き上げた。


実際には最新予想を上回るペースで伸びており、第3四半期累計の経常利益は東急、京王、京成、東武、近鉄GHD、南海、京阪HD、阪急阪神HD、西鉄の9社が2018年度同期を上回り、その他各社もJR東日本以外はおおむね80%以上の水準に回復している。


■私鉄を支える「不動産業」好調だった会社は?


業績を牽引したのはどの部門なのか。いわゆる私鉄ビジネスモデルを構成する「運輸」「不動産」「流通」と、その他セグメントの第3四半期累計(4〜12月)営業利益を、コロナの影響がない2019年度同期と比較すると、運輸セグメントがコロナ前を上回ったのは東急と小田急のみである。


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本業である運輸は依然としてコロナの影響が根強いが、詳細は後回しすることにして運輸をカバーした不動産事業の好調から見ていこう。


不動産セグメントの営業利益が2019年度同期を下回ったのは西武ホールディングス、相鉄HD、東京メトロ、京阪HDの4社。西武HDはこの間、セグメントの組み換えを行っていないため単純比較はできず、メトロの不動産事業も規模が小さいため、参考値だ。


小田急の不動産セグメントは、2019年度同期に営業収益約463億円に対し約74億円の営業利益。うち不動産分譲業の営業収益が約159億円で、23億円の営業赤字だった。


■沿線用地を使った分譲業の拡大が目立つ


コロナ以降は分譲業の強化で、2021年度同期は営業収益約619億円に対し営業利益が約160億円、分譲業は営業収益約294億円で営業利益31億円。2022年度も同水準の黒字を計上した。2023年度は分譲が落ち着き、営業収益は約470億円、分譲業約143億円と元に戻ったが、分譲業の営業赤字が0.4億円にとどまったため、利益率で上回った。


その他、不動産セグメントが増収増益した事業者の主要因も分譲事業の拡大だ。沿線自社用地という含み資産の販売を調整して利益をコントロールするのは「私鉄ビジネスモデル」の王道である。


続いて百貨店やストアなど、沿線住民にとって最もなじみ深い事業といえる「流通セグメント」だ。こちらは2020年4月に収益認識基準が適用されたため、それ以前の営業収益とは比較できないが、影響の少ない営業利益で見ると流通セグメントを持つ17社中9社が増益となった。


2019年度同期比20.8%減、約22.4億円の減益となった東急は、ビル建て替えのため2020年3月に東急百貨店東横店、2023年1月に本店を閉店したことが影響している。同46.7%減、約12.5億円の減益となった小田急も、2022年10月に小田急百貨店新宿店本館を閉館し、再開発に着手しており、当面はこの状況が続くだろう。


■増益のJR4社はレジャー関係が絶好調


躍進が目立ったのはJR4社だ。JR東日本は同34.7%増、約98.3億円の大幅な増益。JR西日本は2023年度からセグメントを変更しているので単純比較できないが、同105.5%、58億円増となっている。


各社の特色が現れるのは「運輸」「不動産」「流通」以外のセグメントだ。コロナ禍当初はホテルや観光施設などのレジャー事業が大打撃を受けたが、レジャー需要の急回復を受け、2023年度第3四半期累計は、全社ともレジャー関係セグメントが営業黒字となった。


特に阪急阪神HD(阪急交通社)、東武(東武トップツアーズ)、近鉄GHD(近畿日本ツーリスト)、JR西日本(日本旅行)の旅行事業は、コロナワクチン接種やコールセンター業務の受託で命脈を保ってきたが、国内旅行需要の急回復で本業に利益が戻ってきた。例えば阪急阪神HDの旅行業は2019年度同期比で約38億円の増益となった。


もうひとつのキーワードがインバウンドだ。日本各地にプリンスホテルを展開する西武HDを筆頭に、東武の日光、近鉄の奈良・伊勢志摩はホテル需要が回復し、各社とも増収増益だった。


例えば西武HDは、2019年度第3四半期累計の国内ホテルの宿泊者数は約382万人、うち約98万人(26%)が外国人客だったところ、今期は約364万人で、うち約98万人(27%)が外国人客となり、ほぼコロナ前の水準に戻っている。


■インバウンド富裕層の増加でホテル業は堅い


客室稼働率は68%で2019年度同期の約80%を下回っているが、客室平均単価は1万6392円から1万9910円へと大きく上がったため、RevPAR(販売可能な客室1室あたりの収益)は1万3056円から1万3558円と微増だ。


2024年はインバウンドが過去最高の3300万人を超える見通しで、単価の高い外国人旅行者の増加は各社のホテル事業をさらに押し上げることになるだろう。この流れはリゾート型のホテルにとどまらず、都市型ホテルチェーンを展開する阪神阪急HD、相鉄HDや京成などもインバウンドの好調を背景に好業績を挙げている。


また東武は東京観光の定番となったスカイツリーが好調で、2019年度同期の営業利益が約37億円だったところ、今期は約52億円となった。


写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

コロナ禍で激変したのが物流部門だ。近鉄GHD、阪急阪神HD、西日本鉄道は以前から国際物流事業を手掛けており、グループで一定の規模を誇ってはいたが、決して大きな収益源ではなかった。ところがコロナ禍で貨物量が急増し、その一部が航空輸送に流れ込んだことで空前の活況を迎えた。需要増に対応して運賃も上がり、利益率は大幅に向上した。


■“コロナ特需”で大きな収益の柱に成長


例えば阪急阪神HDの「阪急阪神エクスプレス」を中心とする国際輸送セグメントは、2019年度第3四半期累計の営業収益が約574億円、約2.6億円の営業赤字だったが、ピークの2022年度同期は売上高約1294億円、営業利益約64億円となった。需要は落ち着き、2023年度同期は営業収益約753億円、営業利益約7億円となった。


国際物流事業本部を直営する西日本鉄道にとって物流部門の存在感はさらに大きい。2019年度同期は営業収益約740億円、営業利益21億円だったが、営業収益では運輸業、流通業、不動産業を超えて最大のセグメントだった。


それが2021年度同期は営業収益約1260億円、営業利益約78億円、2022年度同期は営業収益約1947億円、営業利益約154億円に達した。これは2019年度同期の連結営業利益を上回る数字だ。今期は営業利益約40億円だが、不動産に次ぐ稼ぎ頭の位置付けだ。


近鉄GHDは2022年5月、株式の44%を保有する持分法適用関連会社「近鉄エクスプレス」に対し株式公開買い付け(TOB)を実施し、全株式を取得。完全子会社とした。


近鉄エクスプレスは2019年度第3四半期累計の営業収入約4475億円、営業利益約155億円だったが、本体がコロナ禍で苦しむ中、2020年度同期は営業利益約226億円、2021年度同期は約455億円と急拡大した。


■本業の「運輸」は東西私鉄で明暗が分かれる


2022年度同期は約351億円、今期は約149億円とコロナ前の水準に戻ったが、近鉄グループにとって近鉄エクスプレスの重要性は増している。国内旅客鉄道と異なり国際物流事業は成長の余地が大きく、またコロナ禍で明らかになったように人流が途絶えても物流を担えることはリスクヘッジになるからだ。


では本業である運輸事業の行く末はどうだろうか。こちらはコロナ禍当初の惨状から立ち直り、定期利用、定期外利用とも随分回復したが、図表2で見た通り運輸セグメントの営業利益はコロナ前の60〜70%台にとどまっている。


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図表3は東西を代表する私鉄として東急電鉄、東武鉄道、阪急電鉄、近畿日本鉄道の輸送人員、運輸収入の推移を、2018年度第4四半期から2023年度第3四半期まで四半期ごとに示したものだ。


各社とも最初の緊急事態宣言が発出された2020年度第1四半期に定期・定期外とも大幅に落ち込んだが、感染の拡大と沈静化に対応するように増減を繰り返しながら徐々に回復してきたことがわかる。ただ東西でいくつかの差異もある。


■本音では、経営効率が悪い定期利用を減らしたい


例えば2023年度第3四半期の定期利用(通勤・通学計)は、東急が2019年度同期比84%、東武が88%なのに対し、阪急は同92%、近鉄は同98%だ。しかし、定期外は東急が同101%、東武が同100%なのに対し、阪急は同93%、近鉄は同87%となり、逆の傾向にある。


通勤・通学定期券を利用する乗客は毎日、鉄道に乗ってくれるお得意さまであるが、朝のわずか数時間に利用が集中する特性を持つ。鉄道運行に必要な車両や人員は、運行本数が最も多い朝ラッシュピークを基準に用意しなければならないが、その半分くらいは朝ラッシュ以外には使わない効率の悪い資産だ。


こうした設備投資は、原因者たる定期利用者に負担してもらいたいが、逆に彼らは最も割引率が高い利用者なのである。


写真=iStock.com/bennymarty
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bennymarty

とはいえ通勤・通学輸送は社会的使命であるから、多くの資金を投じて輸送力増強、混雑緩和を進めてきたのだが、今後、否応なく訪れる人口減少社会をふまえれば、仮にコロナ禍がなかったとしても事業の効率化は不可避だった。そこに降って湧いたコロナ禍は、ある意味では千載一遇のチャンスだった。


しかし関西各社は、利益率の低い定期利用より、高い定期外利用のほうが減少した。元々、関東ほど朝ラッシュは混雑しないとはいえ、じわじわとボディーブローのように効いてくる可能性がある悩ましい事態だ。


■通勤客がどんどん戻っているのに、本数減が進行中


一方で関東各社は、定期利用が大幅に減少しながらも、定期外利用はコロナ前に戻るという、長期的に見れば決して悪くない傾向にあり、積極的に運行本数の減少を進めることになった。


だが、ダイヤ改正には各部門・各社との調整や車両、人員の手配が必要で、計画から実施まで通常1〜2年かかる。コロナ後に着手した改正は2022年頃に形になるが、その時には利用は回復傾向にあった。


現状では混乱が生じるほどではないが、もう一段階利用が戻ってくれば、さまざまな路線で齟齬(そご)が生じる可能性がある。例えば東武鉄道は2024年度から野田線に導入予定の新型車両を現在の6両から5両へ減らす方針だが、手戻りは生じないのか、今となっては適切なのか。


ここまで示した輸送人員はあくまで全線合計の数字であり、実態は路線ごとに異なるが、詳細なデータは非公表で、外部からわからないことが多い。だが、さらに利用が回復した時に「サービス縮小」が利用者や沿線自治体の目にどう映るのか。公共の担い手として、丁寧に説明する必要があるだろう。


もうひとつ頭を悩ませていると思われるのが、運賃値上げに踏み切った各社だ。2022年1月に運賃改定を申請し、2023年3月18日に値上げした東急は、改定の根拠となる輸送需要予測において、2023年度の輸送量を通勤定期約5億5843万人、定期外約4億4948万人としていた。


しかし、最新予想では定期は5%増の5億7982万人、定期外は4%増の4億7230万人と上回り、運賃収入は1346億円から1440億円へ、100億円近く上回る見込みだ。


■「定期旅客は70%程度しか戻らない」は甘かった


東急は2021年5月に行われた2020年度決算説明会で、株主の質問に対し「今後の輸送人員の回復予測に関しては、2023年度までに定期外旅客は従前水準に戻ると想定しているが、定期旅客においては従前の70%程度しか戻らないと考えており、輸送人員全体では従前の85%程度となる想定でいる」と回答している。


実際、東急は大手私鉄15社で最も通勤定期利用者が減少した事業者であり、2020〜2022年まで70%程度の水準で推移してきた。沿線にIT企業が多く、在宅勤務が定着したためと説明されてきたが、「コロナ収束」を待ち、電車通勤に回帰する層が一定数いたようだ。結果、定期利用者は予測を超える84%まで回復。定期外との合計では89%となった。


東急に続き、近鉄や南海、京王、京急が運賃改定を行ったが、いずれも改定の5年後に収支実績を確認し、必要に応じて再度、運賃改定を行う条件付きで認められた。今後、予測と実績のギャップが争点となり、場合によっては5年後に値下げが行われる可能性もある。


いずれにせよ2024年度は「アフターコロナ」の姿が明らかになる一年となるだろう。まずは4月末以降発表される2023年度決算が、最新予想からどの程度上振れするかに注目したい。


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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社、2021年)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter @semakixxx
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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