「おじさんの加齢臭対策」で大成功…化粧品を買わない中年男性を"お客さま"に変えた大塚製薬の手腕

2024年3月30日(土)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

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ヒットした商品や成功したビジネスにはどんな共通点があるか。キッコーマンの元役員でマーケターの三宅宏さんは「マーケティングが大きな要因になっているケースが少なくない。たとえば、男性向けの整髪料を販売していた大塚製薬は、ボディケアに関心がないとされてきた中年男性にターゲットを絞り、スキンケアやニオイ対策の商品を積極的に売り出すことで市場の拡大に成功した」という——。(第1回)

※本稿は、三宅宏『世界はマーケティングでできている』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。


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■「顧客の特定」はどうやって進むのか


「顧客の特定」をするための一連のプロセスをざっと見ていきましょう。マーケティングの大前提となる3つのステップの頭文字をとって、「S・T・P」といいます。セグメンテーション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning)です。


セグメンテーションはターゲティングとセットになっていることが多く、マーケティング理論の中核を担っています。1つの商品・サービスで全ての顧客をカバーすることは理想ですが、同じようなプロフィールを持っている人でも好みや欲しいものはまちまちです。


(事例)
トップ企業の牙城を崩したゼネラルモーターズ

今から100年前の米国で、一つの商品ラインで市場をつくり出した巨大トップ企業に、セグメンテーション戦略で挑戦し逆転した壮大な物語があります。


米国では、20世紀に入るまで交通手段は鉄道や馬車でした。それまでの自動車は手作りの高級品で、しかも故障が多く金持ちの遊び道具にすぎませんでした。エジソンの会社の技術者だったヘンリー・フォード(Henry Ford)は独立してフォード・モーターを創設し、周囲の人に馬鹿にされながらも自動車のライン生産の夢に取り組みました。そしてついに、1908年に有名なT型フォードを完成させました。


大量生産の確立とともに、「安価で操作が楽な車を大衆に」という信念のもと、10年間で1500万台も売る一大車市場を築き上げました。この信念は揺るがず、色は黒のみ、型はT型フォードのみと徹底しています。ほかの新しい車種はもちろん、たとえ赤の色を売り出したいと言ってもヘンリー・フォードは決して首を縦に振りませんでした。市場を単一ラインだけで創造したのは、まさに理想を実現したといえます。


■階層ごとのニーズに着目したGM


しかし、人々の所得水準が上がるとさまざまな欲求が芽生えます。フォードの牙城に挑んだのがゼネラルモーターズ(GM)です。


GMの当時の社長アルフレッド・スローン(Alfred Pritchard Sloan Jr.)は巨大化した自動車市場を詳しく観察し、低所得層から高所得層までそれぞれの階層ごとの車に対する異なるニーズと欲求が芽生えていることに着目しました。所得階層別に市場を5つのセグメントに分け、それぞれのセグメントに合わせた自動車を開発しました。


写真=iStock.com/RiverNorthPhotography
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最上級の高級車はキャデラック、高級車のビュイック、オークランド、オールズ、大衆車のシボレーのピラミッド構成(1924年当時)です。つまり、フォードの開発したこれ以上望みようのない大衆車T型とは真っ向勝負せず、価格帯別セグメンテーション戦略でなんとフォード王国の牙城を崩したのでした。


S・T・P理論の生まれる前にアルフレッド・スローンはすでに実践していたことになります(学界では20世紀半ば以降セグメンテーションとポジショニングと製品差別化概念を提唱)。ちなみに、1924年の自動車市場に占めるGMのシェアは18.8%で、その3年後の1927年のシェアは43.3%に上昇したため、市場ニーズと見事にマッチしていたといえます。かたくなに単一ラインを固守したフォードを鮮やかに逆転したのです。


■「ターゲティング」は4つに分類されている


フィリップ・コトラーは、市場ターゲット戦略を広いターゲティングから狭いターゲティングに応じて4つに分類しています。


①無差別型(マス)マーケティング
ヘンリー・フォードのような、単一の商品やサービス・ラインで全ての市場を対象とする


②差別型(セグメント)マーケティング
GM型スローンのような、市場をいくつかのセグメントに分けて個別に最適な商品やマーケティング(セグメント)を展開する


③集中型(ニッチ)マーケティング
セグメントされた市場の中身を、さらに細分化した特定のターゲットに絞り込む


④マイクロマーケティング
特定の地域に限定したり、個々の顧客のニーズに対応したりする


では次に、セグメンテーションの考え方について詳しく解説していきます。市場が豊かになればなるほど、どのような市場であれ、購買者のニーズや財力、消費行動などが複雑化します。


すると、より市場の細分化をする必要が出てきます。細分化する際、どの企業にもあてはまる最適な基準や方法があるわけではありません。市場をよく観察し、どの顧客がどのような関心や興味を持っているのか、どのように変わりつつあるのかを推察したうえで、自分たちに合う基準や変数を見つけるしかありません。


■市場を細分化し“具体的な顧客像”を浮き彫りにする


変数によっていくつかの有望なセグメントが見つかったら、どのセグメントに進出すべきかを決定しなければなりません。その際、以下の点に考慮する必要があります。


・セグメントの規模や市場性が推測できること
・そのセグメントの消費行動を把握したアプローチの可能性
・将来そのセグメントが利益を生み出す可能性
・考えのうえで他社または他商品との差別化可能性
・セグメントのニーズや欲求を満たす商品、サービスを効果的に提供できる実行可能性
・セグメントと企業の目標や経営資源との整合性

そのうえで、先に挙げたコトラーが提唱している市場ターゲット戦略の4つの型をよく頭に入れて、標的セグメントを決めます。これらがセグメンテーションとターゲティングの基本的な考え方です。


セグメンテーションの手助けになる代表的な4つの変数(基準)による細分化を挙げてから、いくつかの市場細分化事例を見てみましょう。


①地理的細分化地域、エリア特性、都市の規模、人口密度、気候など
②人口動態的細分化年齢、性別、家族構成、所得、職業、学歴、ライフステージなど
③心理的細分化パーソナリティ、ライフスタイル、価値観、性格、社会意識など
④行動による細分化求めるベネフィット(便益)、購入頻度、購入経験、使用率など

セグメンテーションとは市場細分化のことです。一くくりの市場を、顧客に関わる基準や変数を用いて共通の顧客をくくって、いくつかのセグメントに分割し、自社にとって有望なセグメントを見つけることです。最も重要なことは、セグメンテーションによって具体的な顧客像を浮き彫りにできるかでしょう。


■「都内在住の妊婦」に狙いを定めた日本交通


(事例)
特定顧客を見いだした日本交通

タクシー市場はすでに飽和状態であり、新たな訪日外国客などの観光タクシーが増えているに過ぎません。そんな中で、既存客の細分化を通じて特定顧客を見いだしたのが日本交通です。


写真=iStock.com/superjoseph
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ターゲットを妊婦に絞り込んだのです。妊婦にとって、産気づいたときの病院までの交通手段は不安の種です。日本交通は新たなターゲットを「都内に住む妊婦」に絞り込みました。通常の予約センターとは別に、24時間365日つながる専用のコールセンターを用意したのです。登録料無料で、あらかじめお迎え先、予定日、届け先の病院名を登録しておくと、電話一本で行き先を言わなくても届けてくれる「陣痛タクシー」です。


これはいくつかの変数を掛け合わせて、都内の妊婦というセグメンテーションから生まれたユニークなサービスです。開始1年で都内の妊婦の2割が登録したようです。


■顧客を中年男性に絞って拡大メンズボディケア市場


(事例)
ノンユーザーを発掘したJINS

アイエヌが、新しい市場を開発するため行ったセグメンテーション戦略は、「視力矯正の必要のない人」です。つまり、メガネを必要としないノンユーザーを心理的視点で深堀りして成功しました。


ほとんどのビジネスパーソンがパソコンを使用し、長時間使用する人はブルーライトにさらされ、眼精疲労や睡眠障害に悩まされている人がいることに着目しました。そこで、ブルーライトの光を最大50%カットし目の疲れを軽減する機能型メガネ「JINSPC」を発売しました。発売1年で50万本が売れ、5年後には累計700万本を達成しました。


(事例)
年率50%増の成功を収めたメンズボディケア

ほかにも、男性化粧品の中でも特にターゲットになりにくい中年男性に絞った事例があります。


男性はフェイスケアやボディケアを行う習慣がないため、それらの売り上げ規模は小さく、伸長しにくい市場でした。特に中年男性は無関心層が多く、空白地帯です。そこで大塚製薬は、主流の整髪料ではなく、「スキンケア」と「ニオイ対策」という中年男性の身だしなみ市場を細分化しました。


写真=iStock.com/monzenmachi
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中年男性でも、ニオイ対策や皮脂対策の有効機能を付加できれば十分な市場を開拓できると予測したのです。結果、加齢臭を抑える成分を開発してメンズボディケア市場に参入し、年率50%増の成功を収めました。


■貧困層に着目した「BPOマーケティング」


(事例)
特定顧客のニーズに対応し大企業に成長した中古車販売

最後に、地理的細分化で成功したベンチャー企業として、山川博功社長が起業した中古車販売のビィ・フォアードについて解説していきます。


創業は2004年。創業のきっかけは、社長の車をネットオークションに出品したところ、アフリカの人が購入したことです。奇しくも2004年に、マーケティング学界ではミシガン大学ビジネススクールのC・Kプラハラード(C.K.Prahalad)教授が「BOPマーケティング」を提唱しました。


これは世界の所得ピラミッドの最下層、ベイス・オブ・ピラミッドの貧困層の人口が約40億人いて、その40億人は今後所得が上がったら重要な顧客になると主張したマーケティング理論です。


■アフリカ諸国にボロボロの中古車を販売し急成長


これとは別に、山川氏は「皆が憧れるカッコいいスポーツカーより、中古でも故障が少なく走行距離の長い日本車が新興国やアフリカに売れる」という信念を持っていました。しかもそこは競合が全くいない手薄な土俵。走行距離が10万キロを超えた日本では廃車になりそうな車が、アフリカでは立派に現役として人気があるのです。



三宅宏『世界はマーケティングでできている』(総合法令出版)

そこで、舗装道路が少ないアフリカで気にする車体の下回りの写真も豊富にするなどの工夫をしました。それだけでなく、価格が安く古い年式を中心に、アフリカをはじめ世界の新興国の人たちがリアルタイムで在庫を確認できる世界6カ国語対応のインターネットシステムを構築しました。


主要ターゲットがアフリカ諸国のため、海外スタッフの約9割近くがアフリカ人です。世界35言語で対応するコールセンターも設置しています。2021年度の売り上げ実績は中古車輸出台数13万台、輸出売り上げ814億円の大企業に成長しました。山川社長はビィ・フォアードの社名の通り、本社の六本木ヒルズ森タワー37階のオフィスから、常に前を向いて世界に向けてのビジネスを模索しています。


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三宅 宏(みやけ・ひろし)
マーケター
アントレプレナー塾塾長。中央区日本橋生まれ。麻布高校卒業後、慶應義塾大学・同大学院修士課程で日本にマーケティングを導入した村田昭治教授に師事する。原理原則の重要性、複眼の発想、道草など人生マーケティングを学ぶ。大学卒業後、キッコーマンに入社。マーケティング企画、広告制作、プロモーション企画、酒類事業本部企画、プロダクト・マネジャーなどマーケティング畑を中心に43年間勤める。2022年に役員を退任し、現在顧問。若手を教える寺子屋塾アントレプレナー塾を2002年に設立。現在、大正大学非常勤講師。
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(マーケター 三宅 宏)

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