私は大谷翔平選手の「知らなかった」を本当だと感じた…脳を変形させる「ギャンブル依存症」という不治の病

2024年3月30日(土)11時15分 プレジデント社

2024年3月16日、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平(右)と通訳の水原一平(左)が、2024年MLBソウルシリーズのロサンゼルス・ドジャース対サンディエゴ・パドレス戦に先立ち、ソウルの高尺スカイドームで記者会見に臨む。 - 写真=AFP/時事通信フォト

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大谷翔平選手の元専属通訳、水原一平氏による違法賭博問題が世間を震撼させている。身近にギャンブル依存症患者がいたライターの中川真知子さんは「ギャンブル依存症患者は巧妙に嘘を積み重ねる。私は『何も知らなかった』と語る大谷選手の言葉に共感した」という——。
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2024年3月16日、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平(右)と通訳の水原一平(左)が、2024年MLBソウルシリーズのロサンゼルス・ドジャース対サンディエゴ・パドレス戦に先立ち、ソウルの高尺スカイドームで記者会見に臨む。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■水原氏の報道を見て、私は動悸が止まらなくなった


3月21日(日本時間)朝、ロサンゼルス・ドジャースに所属する大谷翔平選手の専属通訳である水原一平氏が、違法賭博疑惑により解雇されたと報道された。水原氏はスポーツ賭博で作った450万ドル(約6億8000万円)の借金を、大谷選手の口座から返済したという。同氏は、最初は大谷選手が水原氏の状況に理解を示して借金を肩代わりしたと発言したが、のちに「翔平は何も知らなかった」と回答を一転させた。


そして26日、大谷選手がドジャースタジアムにて記者会見を開き、自身の関与を完全否定。「僕自身は何かに賭けたりとか、誰かにかわってスポーツイベントに賭けたり、それを頼んだりしたことはないし、僕の口座から誰かに送金を依頼したこともない。数日前まで彼がそういったことをしていたというのも全く知らなかった」と断言した。


この会見を見た筆者は、大谷選手の口から繰り返し「嘘」というキーワードが出たことや、水原氏が大谷選手の代理人に対して当初「友人の借金の肩代わり」と説明していたことを知り、動悸が止まらなくなった。「全く知らなかった」と話す大谷選手が、かつての自分と重なったからだ。


この記事では、水原氏の証言や大谷選手が会見で語った内容の真偽についてではなく、あの会見がギャンブル依存症の人を知る者にとって真実味を帯びていたことについて語る。また、ここに書いたのは、筆者が経験したケースであることと、ぼやかした表現を使っていることを前置きしておく。


■それまでの日常が、一瞬で崩壊した


平穏だった日常が一転したのは、信頼していたAさんの突然の告白がきっかけだった。もともと彼が競馬にハマっていたことは知っていたが、まさか給料や貯蓄まで使い果たし、消費者金融に借入しているとは想像もしていなかった。普段は明るく社交的で、人を喜ばせることを第一に考えて行動していた彼は、周囲から尊敬される存在だった。


私も困ったことがあるとAさんに意見を求めたり、話を聞いてもらっていた。いつでも面倒見がよく、金に困っている様子は微塵も感じられなかった。肩を落とし、頭を下げるAさんは、私の知っているAさんではなかった。


その時点で、Aさんはすでにご家族から幾度となく借金を肩代わりしてもらっていたらしい。「次はもうやらない」という約束を交わしていたが、Aさんは借金がなくなると再び競馬場に戻ったそうだ。


私は、Aさんがギャンブルを続けるのは、彼の意志の弱さや、ギャンブル仲間に原因があるのだろうと考えた。そして、私に相談するということは、信頼して助けを求めているのだろうと勘違いした。彼がギャンブル依存症であり、それが脳を変形させてしまうほどの精神疾患であるとは、想像もしていなかった。


私は、Aさんが私をとても可愛がり、大切にしてくれているのを知っていた。私なら彼をギャンブルから遠ざけられるのではないかと思い上がった。


■治療につなげることの難しさの背景


ギャンブル依存症の人を治療につなげることは非常に難しいといわれている。自己責任や意志の弱さの問題にされてしまうことも理由のひとつだが、他にも、金銭問題が発覚するまでに時間がかかったり、周囲の人たちが借金を肩代わりしてしまったりすることにも原因があるだろう。


金銭問題を告白したAさんは、私を含めた周囲の人たちから定期的に「ギャンブルから足を洗ったか」と確認されるようになった。実際には行っていたとしても、明るく「もう行っていない」と答えた。周囲はその言葉に安堵した。


だが、その裏でAさんは競馬場に戻り、新たな借金を作っていた。それが発覚したとき、周囲の人たちは糾弾した。様々な立場の人が様々な言葉を並べたが、一番の疑問は「なぜ」だった。約束したのになぜ、信じていたのになぜ、あんなに反省していたのになぜ……。それは、実はAさん本人も一番知りたかったことだったのではないか。


だが、脳が変形していて行動を抑制できなくなっていることなど、インターネットもまだほとんど普及しておらず、ギャンブル依存症という言葉さえ一般的ではなかった当時は知る由もなかった。


■ギャンブルの話題になると表情や口調が変わる


私なら止められるかもしれないと思っていたが、泣こうが懇願しようが強い言葉で責めようが効果はなく、嘘が発覚するたびに自信を失っていった。私自身も疑心暗鬼になり、人付き合い全般が怖くなってしまった。なにより、Aさんを恐れた。


その頃のAさんは、ギャンブルの話題を避ければ昔と変わらず社交的で、彼が抱える問題を知らない人からは相変わらず信頼を寄せられていた。だが、ギャンブルの話題になると表情や口調が変わり、本能的な防御体勢に入るからなのか、嘘や攻撃的な言葉が発せられた。私はこれが何よりも怖かった。Aさんが弱さや問題をごまかすように、私もギャンブルに関する一切の話題をシャットアウトし、何事もなかったかのように生きようと考えた。


人間関係を構築するのが怖くなり、機械や映画、動物に没頭するようになっていった。おそらく周囲の人たちも同じようなことを考えていたのではないだろうか。Aさんのギャンブル依存症は、解決の糸口が見つからないまま何年も放置された。


■回復に向けて動き出すも待ち受けている絶望


周囲が放置したからといって、Aさんのギャンブル問題は解決しない。その頃の私は海外に住んでいたため物理的に距離を置いていたが、数年後に大きな節目を迎えたと聞いた。


当時はすでにインターネットが普及しており、ギャンブル依存症という言葉も徐々に広まり始めていた。誰ともなく「Aさんはギャンブル依存症」で、「治療が必要だ」と言い出したそうだ。


その話を聞いた私は、「依存症のリハビリ施設に入れたらどうか」と提案した。当時住んでいたアメリカには、アルコールや麻薬依存症患者のリハビリ施設がある。日本にも同じような施設があるのではと考え、ギャンブル依存症の人を治療してくれるクリニックと施設を探した。そしてそのときに初めてギャンブル依存症がどういったものなのか知った。


まず、ギャンブル依存症は「完治しない」。脳の仕組みが変化して行動が抑制できなくなる。ギャンブル依存症患者の脳は、「『たくあん』のような状態で、水につけてもダイコンには戻らない」と説明されることがある。


症状のひとつに「嘘」や「ごまかし」がある。自己嫌悪や劣等感、羞恥心からうつ病を併発することが多い。そして、徹底的な孤独である。ギャンブル依存症はギャンブルを経験した人なら誰にでも起こりうる病であり、ビギナーズラックでハマって後戻りできなくなる人もいる。回復のためには自助団体に通うのが効果的だ。


写真=iStock.com/welcomia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/welcomia

■なぜ「孤独の病」とも言われるのか


私は心から恐ろしくなった。もし自分の脳がたくあんになって、元に戻れないとわかったらどう感じるだろうか。自分の行動の全てが疾患によるものだとようやくわかったのに、その治療法が自助団体に参加して、常にギャンブルによるドーパミンを渇望する脳を抱えながら我慢を繰り返す日々を送ることでしかないとわかったら、治療に向き合えるだろうか。家族や友人の理解やサポートが大切だと書かれているが、その人たちとは深い溝ができていたら、何を糧にして辛い努力を続ければいいのだろうか。


私は、Aさんがどんな気持ちでこれらの事実を受け止めるのかと想像し、心の底から気の毒に思った。そして、嘘に嘘を重ね、空になった通帳や膨れ上がる借金の現実に恐怖し、眠れない日々を送っていたかもしれないAさんを思い、涙を流した。何も知らずに屈託なく笑う友人や慕ってくれる人、明日の心配をすることもなく寝息を立てる家族と自分を比べ、たまらない孤独を感じていたのではないか。ギャンブル依存症は「孤独の病」とも言われるが、その通りだと思った。


私は「ギャンブル依存症=悪」とは考えていない。この依存症は誰にでも発症する可能性があり、段階があるからだ。社会復帰を目指す人たちは、毎日毎時間毎分「ギャンブルをしない」と選択し、ギャンブルに手を出さなかったことに胸を撫で下ろして一日を終えている。その様子を、心を砕きながら支えたり見守ったりする周囲の人たちがいる。その努力には心から頭が下がる。


金の使い込みや犯罪は法的に罰せられるべきだが、刑事罰を与えるだけでは依存症は治らない。ギャンブル依存症という病を全体像で捉えるならば、犯罪と治療は切り離して考える必要があるだろう。


Aさんはその後、自分でギャンブル依存症について調べ、納得して自助団体に参加するようになった。自助団体でAさんがどんなことをしていたのかは知らないが、同じような境遇の人たちと苦しみを共有できたのは回復への助けになったようだった。


■大谷選手の「知らなかった」を本当だと感じた


話を大谷選手の会見に戻す。事件の真相は捜査で明らかになっていくと思うので、誰が黒幕だとか送金は不可能だとかの議論はしない。ただ、ギャンブル依存症患者とその周囲の人々を知る私にとって、大谷選手が話したことはフラッシュバックを引き起こすほどに真実味があった。


直前まで知らなかったということも、ギャンブル依存症の人が自分の状況を徹底的に隠し、嘘を繰り返してしまうことを考えると頷ける。Aさんに限らず、ギャンブル依存症患者には人望が厚く社交的な人が多い。それを考えると、「友達の借金を肩代わり」や「翔平が肩代わりしてくれた」といった発言に多くの人たちが納得してしまうのも理解できる。


そして、大谷選手が状況をほとんど把握できておらず、会見で送金方法に言及しなかったことにも合点がいく。ギャンブル依存症の人は、「金策」のためにあらゆる手段を取る。社会復帰を目指す自助団体が匿名性を重要視していることと、私自身が関係者の尊厳を傷つけたくないために具体的な例は出さないが、普通では考えられない方法をとることもあるのは確かだと言えるだろう。


そして周囲の人たちが疲弊して心を病む理由のひとつに、この「金策」があることに触れておきたい。笑顔の下で、親切の裏で、虎視眈々と自分の金を狙っていたのかと考えるとひどい裏切りにあったと感じてしまうからだ。ギャンブル依存症の人の周りにいる人が、「何よりも嘘をつかれるのが辛い」と口にするのは、こういった経験からきている。


■ギャンブル依存症は心の弱さの問題ではない


私たちの日常にはギャンブルが溢れている。街にはパチンコやスロットがあり、週末には競馬や競輪、競艇が開催されている。ギャンブル依存症への落とし穴は至るところで口を開いているのに、その恐ろしさや、治療の難しさはあまり語られず、専門の治療機関も少ない。また、自己責任論が根強い今の日本では、ギャンブルに限らず依存症全般を軽視している傾向がある。


厚生労働省が2021年に実施した依存症に関する調査によると、日本におけるギャンブル依存症の疑いがある人は196万人もいるのだそうだ。コロナ禍でオンラインでのギャンブルが急速に広まったことを考えると、その数はもっと増えているのではないか。196万人の裏に、その人たちを愛し、信頼していた人たちの絶望と涙と金銭的被害があることは見過ごしてはならない。


ギャンブル依存症は個人の心の弱さの問題ではなく、病気だ。にもかかわらず、適切なケアを受けられる場所があまりにも少ない。ここ数年は、格好いいイメージを作ったり、ファミリーフレンドリーな施設を併設する企業努力によって、ギャンブルへの心理的ハードルが下がりつつあることに懸念を抱いている。私は、ギャンブル依存症は社会問題だと声を大にして言いたい。


かつてAさんがこんなことを語っていた。


「ギャンブルは日常のいたるところにある。投げたボールがゴールに入るか入らないか、じゃんけんで勝つか負けるか、コイントスで表が出るか裏が出るかもギャンブルになる。自分の場合は、大学で学んだ統計学を深掘りしたくなったことから始まった」


風のうわさで、Aさんは今もギャンブルをしない努力を続けていると聞いた。私はそんな彼に最大限の敬意を表し、この記事を締めたいと思う。


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中川 真知子(なかがわ・まちこ)
ライター・インタビュアー
1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。
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(ライター・インタビュアー 中川 真知子)

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