政治家の発言がつまらないのはマスコミのせい…WBSキャスターが生放送で出演者から「台本」を取り上げるワケ
2024年4月4日(木)18時15分 プレジデント社
※本稿は、山川龍雄『「話す・聞く・書く」伝え方のシン・常識 半分にして話そう』(日経BP)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/Tashi-Delek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tashi-Delek
■「台本は伏せて」というアドバイスの本質
Q 山川さん、テレビ出演が決まった人に、1つだけアドバイスをするとしたら、何と声をかけますか。
Aうーん、そうですね。「台本は伏せてください」でしょうか。
Q えっ、せっかく用意してもらった台本を見るな、ということですか。
Aはい。私はおよそ10年前から報道番組に出演するようになりましたが、最初に仕事の「イロハ」を教わったのが、ワールドビジネスサテライト(WBS)などのキャスターを歴任した小谷真生子さんです。BSテレ東の報道番組で相方のキャスターを務めました。その小谷さんの得意技は、ゲストから台本を取り上げることでした。
Q 台本を取り上げる?
Aそう。報道番組ですから、企業経営者や大学教授などがゲストとして出演することが多かったのですが、放送開始の直前にいきなり台本を取り上げるのです。あるいは、問答無用で台本を伏せさせる。
Q 相手はエライ人たちなのに、そんなことはお構いなしに?
Aはい。みなさん動揺しますよ。だって、この質問にはこう答えようと、台本に書き込んでいる人が多いですから。特に経営者の場合、広報担当者と擦り合わせたうえで、「この質問には、こう答えてください」とメモを渡されていることが多い。小谷さんが台本を伏せさせた瞬間、スタジオで見ている広報担当者の表情が凍り付きます。
■台本がなくても意外とうまくいく
Q それはそうでしょう。広報担当者はその日のために、すごいエネルギーを費やして準備してきたのでしょうから。それで、台本を伏せた後はどうなるのですか。
Aこれが不思議なことにうまくいくのです。小谷さんとの会話が弾む。台本に目を落とさない分だけ、話が予定調和になりません。それに「目は口ほどにものを言う」という格言があるじゃないですか。台本に目を落としながら話すよりも、はるかに自信を持って話しているように画面上は映ります。
■「失言をしないこと」を優先してはいけない
Q ゲストのみなさんは、言葉に詰まったりしないのですか。
Aしません。だって、企業の社長をお招きしているということは、その会社のことを聞こうとしているし、大学教授を呼んでいるということは専門分野のことを尋ねようとしているわけです。質問するキャスターよりも、はるかにたくさんの情報量を持っているのですから、質問に答えられないはずがない。
Q そう言われればそうですね。とはいえ、広報担当者としては、社長の失言が怖いので、用意した模範解答を読んでほしい、という気持ちもあるのでは。
Aその心配は分かります。しかし、「失言をしないこと」を優先してテレビに出演するのだったら、何のために出ているのか分かりません。出演すると決めたからには、視聴者に何かを発信しようという目的があるはずです。それなら、台本やカンペは読まない方がいい。真っすぐに司会者やカメラを向いて話した方が、はるかに思いは伝わります。
■政治家の発言が心に響かない理由
Q 政治家の国会答弁でも、官僚が用意した答弁を一言一句違わずに、読む人がいます。確かにあれでは、国民に気持ちが伝わらない気がします。
Aこれも失言しないことを優先しているからでしょう。そうしたタイプの政治家が、官僚から重宝がられる傾向はあります。振付通りに動いてくれるので安心だし、余計なことを話して自分たちが後始末に追われる事態も避けられます。
これはメディアにも責任の一端があるかもしれません。すぐに政治家の失言を切り取って、問題にする傾向がありますから。
会見する岸田総理(画像=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
Q 確かに発言の前後をよく聞いてみると、そこまでひどい失言ではなかったということもあります。
Aその意味では、メディアが政治家を委縮させていることは否めません。とはいえ、さすがに一言一句、官僚が用意したカンペを読み上げるのはどうかと思います。しかも、国会答弁などを見ていると、何度質問されても同じ発言しかしない。
Q さすがにこれでは国民には気持ちが伝わってきません。
A現にそうしたタイプの政治家は、テレビでも、視聴率が取れません。テレビによく呼ばれる政治家は、自分の言葉で話す人です。もっとも、官僚答弁を繰り返す人にとっては、そんなことは二の次なのかもしれません。現に失言をせず、鉄壁の防御を誇る政治家の方が、生き残って権力の座に就くことは多いです。
Q なるほど、それは会社組織でも共通するところがありますね。ところで山川さんも、ゲストの台本を取り上げる?
Aいや、さすがに私には小谷さんのような度胸はありません。せいぜいゲストに「下を向かずに、私の方を向いて話してください」と優しくお願いする程度です。
■生放送で「ポイントは3つ」は禁句
Q テレビの生放送って、我々が想像している常識が、必ずしも通用しないことがあるのですね。他にもそんな事例はありますか。
Aプレゼンテーションのコツで「3の法則」というのがあります。「ポイントは3つあります」と言ってから、順番に話し始める手法です。これはビジネスシーンでは聴衆を引き付ける効果的な演出方法とされていますが、テレビの生放送では禁句です。
写真=iStock.com/35mmf2
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Q えっ禁句? なぜですか?
A生放送は時間との戦いだからです。ゲストが3つと言ってしまった以上、司会者としては3つめまで話を聞かなければなりません。最後まで聞かないと、視聴者がスッキリしないからです。しかし番組が最後に近づいていて時間が押している時に「3つ」と言われた時はつらい。この言葉を聞いた瞬間、実はキャスターは動揺しています。
Q キャスターは顔で笑って、心で泣いている。
Aはい。ゲストには聞こえませんが、時間管理をしているタイムキーパーさんはインカムを通して大声をあげています。キャスターとしての要望を言わせてもらえば、ゲストが3つとコメントした場合には、3つめまで一気に簡潔に話してほしい。
時間切れになって、3つめまで放送できないと、視聴者からクレームが来ることがあります。あるいは、3つめまで間に合わせようと、キャスターが話を急かすと、今度は視聴者から「ゲストの話に途中で割り込むな」と批判が来てしまうのです。
■テレビは短めに、歯切れよく話すのが基本
Q なるほど。生放送の時間管理の難しさがよく分かります。「3つあります」と言えば、すごく頭が整理されているように見えるので、講演やプレゼンで多用する人を目にしますが、使い方によっては、もろ刃の剣ということですね。
Aはい。私も時々、講演や大学の講義に呼ばれますが、その時には、このワードを使うことがあります。指を3本立てて「ポイントは3つあります」と言うと、聴講者のみなさんが、不思議とメモを取り始めます。
しかし、テレビ放送のような時間に制限がある場面では避けるのが賢明です。講演の聴講者は、その人の話を聞こうとして集まっているわけですが、テレビの視聴者は不特定多数の集まりで、必ずしもそのゲストの話が聞きたくて番組を見ているとは限りません。
Q 生放送ではなく、収録番組であれば、後で編集できるので、「3つあります」と言っても差し支えないですか。
Aそうですね。ただ、3つを話しても、ほぼ間違いなく編集で短くカットされるでしょう。編集されることで自分の意図と違った形に切り取られるリスクもありますから、言いたいことは1つに絞り込むことをお勧めします。生放送だろうと、収録だろうと、テレビは短めに歯切れよく話すのが基本です。
■テレビで重宝されるゲストは「安近短」
Q そうなると、話が長い人はテレビ番組ではやはり……。
Aはい、敬遠されます。1回の質問に対して、2分以上話し続ける人は、やがて呼ばれなくなる傾向があります。テレビのディレクターに重宝されるゲストは「安近短」です。ギャラが安くて、自宅がスタジオから近くて、話が短い。
山川龍雄『「話す・聞く・書く」伝え方のシン・常識 半分にして話そう』(日経BP)
Q うわー、生々しい話ですね。自宅が近い人が好まれるのは、交通費が安く済むからですね。
Aテレビ局が全盛期だった時代に比べれば、どこも世知辛くなっています。番組の中で、ゲストがZoomなどを使って中継で出演する場面が増えたと思いませんか。中継には番組として2つの利点があります。1つは遠隔地にお住まいだったり、海外出張中だったりする人でも気軽に出演してもらえること。
もう1つはコストの抑制です。わざわざスタジオに来ていただかなくても、これで十分番組が成り立つことに、コロナの経験を経て、各局が気づいたのです。
Q どこの局もシビアになっているのですね。
A「短」、すなわち時間管理については、NHKはもっと厳しいと思います。民放に比べてリハーサルの回数が多く、残り時間を見ながら話すことが他局の番組よりも多いと聞きます。
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山川 龍雄(やまかわ・たつお)
テレビ東京解説委員 「ワールドビジネスサテライト」キャスター
1965年10月熊本県荒尾市生まれ。89年京都大学経済学部卒業後、花王を経て、91年日経BP入社。物流雑誌『日経ロジスティクス』の編集に携わった後、95年「日経ビジネス」に異動。自動車、商社業界などを担当後、2004年〜 08年までニューヨーク支局長を務める。日経ビジネス副編集長、日本経済新聞証券部次長を経て、11年4月から日経ビジネス編集長。 14年4月からテレビの報道番組に仕事の軸足を移し、現在に至る。
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(テレビ東京解説委員 「ワールドビジネスサテライト」キャスター 山川 龍雄)