「なんて美しく残虐な展開」大河ドラマ「光る君へ」に熱狂の20~40代女性に受信料問題抱えるNHKがほくそ笑む訳

2024年4月7日(日)17時15分 プレジデント社

スイッチメディア「TVAL」データから作成

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昨年の「どうする家康」から「光る君へ」とバトンタッチされたNHK大河ドラマの視聴者層が大きく変化している。次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「大学生を含む20〜40代の女性からの支持が大きく、1000年前に生きた同世代の紫式部の心の内面、家との関係、恋愛感情、そして社会と自分の関係を描いたドラマに共感している。女性受けする現象は、受信料問題を抱えるNHKの経営戦略とも合致する」という——。

NHK大河ドラマ「光る君へ」の序盤が終了した。


当初3カ月の視聴率を比べると、去年の「どうする家康」より低い。ただし3カ月の推移をみると、4分の1ほど視聴者が消えた去年と比べ、「光る君へ」はほぼ横ばいと健闘している。


実はその内実を分析すると、NHKの経営戦略を体現する「光る君へ」の存在意義が浮かび上がる(スイッチメディアが関東1万2000人から集めた視聴データで分析)。


■視聴率の傾向


まず大河ドラマ序盤の平均視聴率を去年と今年で比較してみよう。


スイッチメディア「TVAL」データから作成

個人視聴率全体では1割5分ほど低い。


中でもT層(男女13〜19歳)では4割前後も低い。人気の松本潤が主役で分かりやすい戦国ものに対して、馴染みのない平安時代を舞台に貴族の出世競争や恋愛など人の内面を描いた「光る君へ」は、身近な物語と感じられなかったようだ。


ただし中高年では健闘した。


3〜4層(男女50歳以上)では、1割前後低い程度とまずまずの数字。合戦や武将の栄枯盛衰などわかり易いシーンはなくとも、人の内面を凝視するドラマでも中高年は一定程度注目することがわかる。


性年代の差で特筆すべきは大学生。


高校生では男女とも「光る君へ」は5〜6割低くなったが、大学生では逆に高い。特に女子大生では1.2倍超となった。同世代の千年前に生きた紫式部の心の内面、つまり家との関係、恋愛感情、そして社会と自分の関係を描いたドラマに、女子大生は大いに注目したことがわかる。


■視聴率推移での差


以上は序盤3カ月の平均視聴率での比較。


これを同期間の視聴率の変動でみると、両ドラマについて別の側面が浮かび上がる。


スイッチメディア「TVAL」データから作成

最初に個人全体の視聴率で比べてみよう。


高く始まった「どうする家康」は当初3〜4回で2割以上の視聴者を失った。そして当初3カ月での下落幅は3割5分に達した。これに対して「光る君へ」はほぼ横ばいで推移した。大健闘と言えよう。


ただし去年3月12日の第10回は例外だ。


WBCの日本代表対オーストラリア戦の影響だったが、それを考慮しても「どうする家康」の脱落者は多かった。弱々しい家康を主人公にしたために、偉人や武将を描いた伝統的な大河ドラマのファンが敬遠したのが大きかった。中高年の男たちが、視聴率全体を大きく左右したと言えよう。


次にF2(女性35〜49歳)に注目してみよう。


個人全体と同様に、「どうする家康」は当初3〜4回で2割前後を失い、3カ月間では半分近くまで下落した。


この層には松潤ファンもけっこういたと思われるが、格好悪い松潤を見たくないと思った人も少なくなかったようだ。


一方「光る君へ」は逆だ。


当初3〜4回で逆に3割ほど上昇し、その後は微減と踏ん張った。F1(女性20〜34歳)も堅調で、千年以上前の紫式部の生き方に、同世代の女性は共感していた可能性が高い。


このあたりの事情はSNSにも表れた。


特に女性による発信と思われるつぶやきは、視聴データの動向を象徴している。


「やっぱ女性向け大河やな。私は毎週楽しみ」


「もうホントこの大河ヤバい。誰だよ、歌だ恋だのなよなよした退屈な大河とか言ってたの。何かとハラハラしっぱなし」


「こんなにも美しい展開と、こんなにも残虐な展開が45分の中で怒涛のように繰り広げられるって傑作すぎる」


■特定層での動向


性年層の差だけでなく、特定層を詳しく見てみよう。


スイッチメディア「TVAL」データから作成

序盤3話の平均と直近3話で比べると、「光る君へ」を支持する層が明確になる。


「どうする家康」では、どの層も3割前後下落した。「光る君へ」でも、M2〜3は1割前後下落したし、F3以上でも下落が目立った。


SNSにも、象徴的なつぶやきがある。


「日本史に興味のない夫が脱落しそう。藤原ばかりで誰が誰かさっぱり分からんらしい」


「今回の大河はこれまでの中高年男性視聴者の一定層は完全対象外」


「大河好きの父上が早々に脱落し、それこそ篤姫以来遠ざかっていた母上と妹君が未だがっつり観ているという事実がこのドラマの特異性を表している」


また「光る君へ」は、主に若年層で堅調だ。


特に1層・F2・Z世代(10代後半〜20代後半)が好調で、特に大学生では男女とも1.8倍に急伸した。これから世に出ようとする世代にとって、テーマを自分事として受け止めている様が目に浮かぶ。


「男性社会における力ある女性の自立した生き方を描いているの感慨深い」


「女性の生き方について考えさせられるなぁ……」


「恋も愛も全て人間の営みであり、つまり政治や社会と直結してるんだとここまで鮮やかに描くとは」


■“意識高い系”にリーチ


このあたりの受け止めは、データの詳細な分析で確認できる。


視聴者の考え方や社会的な立場にまで深掘りした特定層別視聴率の動向だ。


スイッチメディア「TVAL」データから作成

例えば企業に勤める「役員・部課長」。いわゆる勝ち組系の人々には、下級貴族の娘で高貴な人の正妻にはなれない「まひろ」(吉高由里子)の悩みは、それほど身に染みるお話ではないようだ。2割近くが3カ月で脱落した。


管理職ではないものの、正規職員も男女とも同様だ。


ところがパート・アルバイトの女性たちは、3カ月で視聴者が増えていた。


「強いこだわりがある」と自認する人々も興味深い。


男性の場合は2割以上が脱落していたが、女性は1割ほど増えている。好きな人と一緒にいられるとしても、「妾」に甘んずることはできないという主人公の生き方など、感ずるところが多かったのだろう。


要は「人生いかに生きるか」と向き合う“意識高い系”の人々に共感される物語なのである。


今回の大河の主演はもちろんのこと、脚本・制作統括・演出・音楽などスタッフの多くが女性だ。その脚本を担当する大石静は、最初の大河は「功名が辻」(主演・仲間由紀恵)だった。山之内一豊の妻が主人公だが、いわゆる“内助の功”の鏡と言われる女性の物語だった。


しかし今回は、夫のアシスタントではなく、自らの意思で生きる女性が主役だ。このあたりに、近年のNHKの経営や編成の方針が反映されていると筆者は感ずる。


■NHKの方向性


近年のNHKは、受信料問題も念頭に置きながら急速に経営方針を見直してきた。


そのひとつがジェンダーバランスだ。かつては4分の1に満たなかった定期採用における女性職員の比率を半分ほどに見直した。その結果として女性職員の割合は2割を超え、女性管理職も1割を超えた。


出演者の役割や比率も見直している。それまでは30〜50代の出演者では男性が圧倒的で、20代では女性が倍近かった。要は解説など、知識や人生経験が豊富で指導的立場は男性が多く、若くて見た目の良いアシスタント的役割を女性が担っていた。こうしたアンバランスを見直そうとしてきたのである。


この方針には、受信料を支払う視聴者対応でも意味がある。


伝統的な番組の作り方に満足しない、時代の変化に敏感な人々にリーチする点だ。実はNHKの視聴者は、圧倒的に中高年、特に高齢者層が多い。


裏を返せば、若者にはなかなか見られなかった。お笑いやエンタメ色が少ないために、若年層では民放に対抗できなかったのである。対策として柔らかい番組を増やす方針の時期もあった。ところが「NHKの民放化」批判も増え、公共放送の存在意義が問われる事態にもなっていた。


そこで次の手段として、若年層の“意識高い系”にリーチする挑戦が始まった。


写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

そこから始めて“視聴者層を徐々に広げていく”可能性を視野に入れたのである。今回の「光る君へ」はその一環で、今月から始まった朝ドラ「虎に翼」も伝統を打ち破る女性の生き方にスポットを当てた番組だ。


大河ドラマに話を戻そう。


去年の「どうする家康」は、春以降で視聴率は安定的に推移するようになった。伝統的な大河ドラマの視聴者はある程度脱落したが、新しい家康像に共鳴した人々が最後まで離れなかったからである。


では「どうする家康」と肩を並べた「光る君へ」は今後どうなるのか。


当初3カ月がほぼ横ばいなので、残念ながら視聴率が今後画期的に向上することは期待できないかもしれない。それでも若年層や“意識高い系”の心を捉えた意義は大きい。去年に続き、大河ドラマの新たな地平を切り拓き、NHKの向かうべき道を示す可能性が高い。


20〜40代女性の支持がどこまで広がるか。今後の「まひろ」物語の進化に期待したい。


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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。
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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)

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