「藤原道長の妻が義父を呪い殺そうとした」は本当なのか…道長の第2夫人・明子と藤原氏の怪しげな関係

2024年4月7日(日)15時15分 プレジデント社

第33回東京国際映画祭のオープニングセレモニーに登壇した映画『アンダードッグ』の瀧内公美さん(2020年10月31日、東京都千代田区の東京国際フォーラム) - 写真=時事通信フォト

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藤原道長の妻・明子はどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「醍醐天皇の孫で身分は高いが、父親が政変に巻き込まれ失脚した。後ろ盾を失った彼女は、それを藤原氏に求め道長の妻になった。NHK大河ドラマで描かれた明子像はかなり脚色されている」という——。

■なぜ道長の妻は義理の父を呪詛すると誓ったのか


脚本家はドラマにさまざまな凹凸をつける。視聴者の耳目を集めるために、それが欠かせないというのもわかる。だが、時に、この人はなぜこんなに恐ろしく描かれているんだ、と身震いを強いられる凹凸もある。背景はいまひとつわからないながらも、とにかく不気味さが際立つという場面である。


そんなうちのひとつが、NHK大河ドラマ『光る君へ』に描かれた、瀧内公美演じる源明子ではないだろうか。


写真=時事通信フォト
第33回東京国際映画祭のオープニングセレモニーに登壇した映画『アンダードッグ』の瀧内公美さん(2020年10月31日、東京都千代田区の東京国際フォーラム) - 写真=時事通信フォト

第12回「思いの果て」(3月24日放送)で、22歳の藤原道長(柄本佑)は続けざまに2人の女性、すなわち2歳年上の源倫子(黒木華)、および1歳年上の明子と結婚した。


まひろ(吉高由里子、紫式部のこと)と破局し、気持ちを振り切るため、という設定だと思われたが、史実の道長は、もっと虎視眈々と2つの縁談を進めたものと思われる。天皇の血縁である「源」の血筋を、臣下にすぎない「藤原」に注ぎ込むという野望があったからである。


それはさておき、明子の言動は不気味だった。そもそも、明子は最初から、笑みを見せない底知れぬ女として描かれていた。


そのうえ、道長との縁談を前にして、兄の源俊賢(本田大輔)に「道長の妻となれば兼家に近づけます。兼家の髪の毛一本でも手に入れば、憎き兼家を呪詛できます」「私の心と体なぞ、どうなってもいいのです。必ずや兼家の命を奪い、父の無念を晴らします」と訴えたのだ。


兼家とはいうまでもなく、このとき関白太政大臣としてわが世の春を謳歌していた道長の父、藤原兼家(段田安則)のことである。


■義父・兼家を強く憎むワケ


第13回「進むべき道」(3月31日放送)では、そんな明子に道長の子ができるが、その慶事を夫に伝える彼女の顔には、やはり笑顔がない。


そこで道長が「こんなときでも笑顔がないのだな」と語りかけると、明子は「微笑むことすらなく生きて参りましたゆえ、こういう顔になってしまいました」と説明したうえで、「道長様のお子を宿したことはうれしゅうございます」と返答。続けて、父の兼家の見舞いに行きたいと願い出た。


それを道長が受け入れると、この第13回で一気に老化が進んだ兼家のもとを訪れ、兼家が手にしている扇をほめ、欲しいとねだって譲り受ける。そして、この扇を兼家の一部とみなし、呪詛をはじめるのである。


では、明子はなぜこれほど兼家を憎んでいるのか。また、憎き相手に対してとる方法がなぜ呪詛なのか。明子の来歴と、平安中期の考え方や慣習に触れながら、それを解いていく必要があるだろう。


菊池容斎『前賢故実』より藤原兼家(画像=Hannah/PD-Japan/Wikimedia Commons

■政変で九州に流された明子の父


第12回で、道長が源明子と結婚するように勧めたのは、道長の姉で一条天皇の母である皇太后の詮子(吉田羊)だった。ちょうど一条天皇がわずか7歳で即位したころ、詮子は身寄りがない明子を引きとっていたのだ。彼女に身寄りがないのは、父が政変で失脚したことに起因していた。


安和2年(969)に起きたその政変は、安和の変と呼ばれる。3月25日、謀反の密告があり、首謀者とされた2人が捕らえられて尋問された。その際、左大臣だった源高明、すなわち明子の父も、謀反に加担していたという結論が出され、太宰権帥として太宰府に流されることに決まる。高明は出家をしてでも京都に留まりたいと申し出たが、却下されて九州へと流され、その後、邸宅は焼失した。


2年後の天禄2年(971)に罪を許されて京都に戻ったが、政界へは復帰することがないまま、天元5年(982)に死去している。


ここでいう謀反の詳細は明らかではないのだが、変については概ね、次のように説明されている。


康保4年(967)5月に村上天皇が亡くなると、皇太子の憲平親王が即位した。しかし、あらたな冷泉天皇には子がなく、精神に少し不安もあったので、すぐに皇太子を決める必要があったが、対立が起きた。本来なら、同母兄の為平親王が皇太子になるのが順当だが、この親王は源高明の娘をめとっていたため、即位した暁には源高明が外祖父になり、藤原氏が排斥されかねない。


そこで藤原氏が画策して、高明に謀反の罪を着せて九州に流し、為平親王の同母弟でわずか9歳の守平親王を皇太子にし、早々に即位させたというものだ(円融天皇)。


■兼家が明子の父の左遷を首謀した可能性


では、源高明の左遷を仕組んだ藤原氏はだれなのだろうか。


史料等から知ることはできないが、兼家の長兄の伊尹だという説はある。この変の1年後には伊尹が摂政になっており、弟の兼家も中納言に出世するなどしたのは、兼家が安和の変に関与したからだとする説もある。


もっとも、そもそもこの変は藤原氏が仕組んだものではなく、守平親王の即位は、村上天皇の遺志だという主張もある。


だから、断定は難しいが、もし兼家が首謀者のひとりであったのならば、高明の娘の明子が兼家を恨み、呪詛して命を奪おうと考えるのも、ありえない話ではないのかもしれない。


ただし、『光る君へ』では、詮子が明子を引きとった明確な理由はなく、むしろ復讐を誓った明子が兼家のもとに近づいてきたような描き方だったが、それは違う。


明子は父が太宰府に流されたのち、叔父の盛明親王の養女となっていたが、親王が亡くなったので、従弟の詮子のもとに引きとられた。明子の母の愛宮が、兼家の異母妹だったからである。


■平安時代における「呪詛」とは


それでは、源明子はなぜ呪詛にこだわったのか。現代人の感覚からは想像しにくいが、医学や薬剤が発達していなかった当時は、死霊や生霊といった物の怪が人に取り憑いて、祟りをなすと考えられ、とりわけもっとも重い病気、すなわち死に至る病は、原因はそこにあると思われていた。


たとえば、清少納言も『枕草子』に「病は、胸。物の怪。あしの気。はては、ただそこはかとなく物食はれぬ心地(病気といえば胸の病気。物の怪によるもの。脚気。最後に、なんとなく食欲がない気分の状態)」と書いている。この時代、病気の主要な原因は「物の怪」だったのである。


だから、『源氏物語』でも、光源氏の正妻である葵上が死亡したのも、彼女が亡くなったのちに妻になった紫上が危篤状態に陥ったのも、年下の光源氏と恋愛関係が結ばれた美しい六条御息所の生霊や死霊に取り憑かれたせいだとされている。


土佐光起「源氏物語絵巻 五帖 若紫」(画像=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

そうしたら、事実、瀧内公美が出演者の発表時に寄せたコメントを見ると、「制作者のみなさまからは、役柄のヒントは源氏物語でいう“六条御息所”と、現段階では言われております」と記されていた。


無実の父親を殺された恨みを、自身が生霊となって果たす。その発想自体は、平安王朝の女性がもったとしても不思議なものではない。


■基本的には脚色だと思ったほうがいい


しかしながら、明子がそういう意図をもって詮子のもとに引きとられたとは考えにくい。また、『光る君へ』は第14回「星落ちてなお」(4月7日放送)で、明子が憎んだ藤原兼家が死去するようだから、ドラマでは、彼女は呪詛によって命を奪ったと納得し、その後は道長ら藤原氏に対して敵意を抱くことをやめる、という展開になるのかもしれない。


しかし、普通に考えれば、道長は姉に勧められて天皇の孫である明子と結婚し、高貴な血を自身の血統に入れ、明子もまた、それによって藤原氏の後ろ盾を得ようとしたのではないだろうか。


だから、道長も明子のことをそれなりに大切にした。道長ほどの権力者でも、生涯を通して正式な妻は倫子と明子の2人だけで、倫子とのあいだに2男4女、明子とのあいだに4男2女をもうけ、それもほぼ交互に生まれている。


笑わない明子や、その呪詛は、脚本家がドラマにつけた凹凸だといえる。絶対になかったとはいえないが、基本的には脚色だと思ったほうがいい。ただし、平安時代とはそういうことが行われていた時代だと、この凹凸から感じとるのは悪いことではない。


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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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