AIによって台頭するのはデジタルに強い若者ではなく、凡庸な上司……「AIクソ上司」とはどんな上司か

2024年4月12日(金)10時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

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AIが一般的なツールになると、ビジネスで幅を利かせるのはデジタルに強い若手社員。そう考えられがちだが、実は台頭するのは「凡庸な上司」という見方がある。はたしてどんな未来が待ち受けるのか? 「プレジデント」(2024年5月3日号)の特集より、記事の一部をお届けします——。
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この先5年を待たずして、我々の職場に生成AIが入ってくる。そのために、仕事や組織の有り様が大きく変わる——。これはもはや疑いようがない事実です。生成AIを使って下準備をしてから仕事に取り掛かる時代が必ずやって来ます。「自分の職場にはまだ来ないだろう」というあなたの安心感は錯覚にすぎません。


そう感じている人は、ITの普及によって自分のポジションが揺るがされなかったという自信があるのでしょう。しかし、それはITとAIの違いを正しく理解していません。ITは仕事ができる人の能力を上げました。それに対して、AIは普通の人の能力を押し上げます。ITを使いこなすにはある程度のスキルが必要ですが、AIは対話形式で使うのが簡単です。つまり全体の平均点を上げるのです。


ITが所得格差を広げたのに対して、AIには貧富の格差をなくす効果が期待されます。裏を返せば、みんなが平均的になっていく中で自分の価値を上げるにはどうすればいいか、ということに悩む未来が予想できるのです。


生成AIの導入によって、すでに問題が生じているのはゲーム業界です。新しいキャラクターをつくる際、かつてはデザイナーがイラストを描いていましたが、いまは文章で生成AIに指示します。そこで出てきたプランの中から方向性が決まれば、さらに文章で指示を加えます。デザイナーやクリエイターの仕事は、AIのオペレーションになりつつあり、キャラクターをデザインする仕事が減っています。中国のゲーム会社では、デザイナーの給料水準が下がっているそうです。


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キャラクターデザインにAIが使用されるゲーム業界。中国ではゲームデザイナーの給料水準が下がっているという。(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/ogeday çelik

■AIによって凡庸な上司が台頭する


これは決して対岸の火事ではなく、日本のホワイトカラーの職場でも同じ現象が始まっています。生成AIが得意とするのは、「調べること」「整理すること」「模倣すること」です。すなわち、現在のビジネスパーソンの大半が従事している業務内容で、生成AIがホワイトカラーの仕事の3割を奪うと言われる理由です。


現在は、CopilotやGoogleのGeminiといった世界全般に通用するAIが一般的ですが、これから先は専門的なAIが普及していくでしょう。方向性は2つあり、ひとつは特定の業界に特化したAI。もうひとつは特定の会社の中だけで使えるAIです。後者はイントラネットの中身を学習していきます。そして報告書を書いたり提案をしたりする際、社内の独自のフォーマットに合わせたパワーポイントがたちまち完成させるのです。


実はこのことが、一般のビジネスパーソンにとって最大の脅威になります。これまでのITやDXでは、デジタルネイティブの若手社員が中高年を追い越していく現実がありました。しかしAIは誰にでも使いこなせ、あらゆる人たちの能力を底上げして平均化します。若い部下よりもITを苦手としていた凡庸な上司のほうが、成長スピードが速いかもしれないのです。


またこれまでは、能力のある人が昇進して上司になるのが当たり前でした。しかし2020年代後半、社内に大量に登場し、私たちの未来を奪うラスボスとなるのは、生成AIをパワードスーツとして身につけた「AIクソ上司」です。パワードスーツとはマーベル映画のスーパーヒーローが着用する強化服のこと。そのアイテムによって常人の能力も強化されるのです。


その理由を説明しましょう。社内の情報にアクセスする権限は、ポジションによって異なります。本部長のアクセス権限が一番強く、次が部長で次が課長というのが普通です。ということは上のポジションにいるほど、より広い範囲から学習したAIの知識を活用できるようになります。創業者が練り上げたノウハウも、実力ある先達が編み出した戦略も、ごく凡庸な上司が武器として使えるようになるわけです。


その上司の中でも最初のアドバンテージを身につけるのに、仕事の能力は関係ありません。周りにいる同輩が新しい技術に尻込みする中で、先にAIに着手した者が力をつけていきます。X(旧・ツイッター)を当初から始めてインフルエンサーになった人たちはたくさんいますが、いまから後を追いかけるのは困難です。同じような先行優位性はAIにもあって、学習を重ねてあっという間に仕事ができるようになる上司が、導入初期には必ず現れます。こうして凡庸だった上司が、仕事への自信を強めていきます。


AIによる合理化で、企業はどうなるでしょうか。当然、生産性は上がります。しかし人間は社会的な動物で自分のポジションや役割にこだわりますから、AIの進化によって仕事がなくなる現実を受け入れられません。あたかも自分が重要な役割をしているかのごとく振る舞う状況が、必ず起こってきます。


生産性が上がって職場の人数が少なくなっても、ポジションを減らさないためにブルシットジョブ(無意味でどうでもいい仕事)は増え、管理職ポストの数も変わりません。たとえばメガバンクでは、支店の統廃合によって支店長が減る代わり、法人取引を独立させた支社をつくって支社長ポストを新設したりしています。こうしたポジションに、今後は「AIクソ上司」が君臨することになるのです。


■企業はどんどん政界に似てくる⁉


管理職に必要な能力は、3つあります。「判断を下す力」「ビジネスに関係する人々(部下やステークホルダー)の能力・特徴を評価する力」「人を動かす力」です。AIは洞察や分析に長けているので、初めの2つは得意です。すると、こうした分野で力を発揮していた上司たちの実力は、AIの普及によって平均化されます。


3つめの言語を駆使して人の心を動かす、いわば統率力はAIの苦手分野です。非論理的に他人の感情に訴える能力では、この先もずっと人間が上なのです。そこで勢いづくのは、文系のエグゼクティブでしょう。なぜなら、論理的・分析思考の理系能力をAIで補足できるからです。言語能力と統率力はあるけれど分析力や洞察力に欠ける上司は、AIによって強化され、非常に強力な上司になっていきます。


生成AIに仕事のアドバイスを求めるのが日常になり、最適な仕事のツールとして用いるようになった上司のイメージ。※出典=鈴木貴博著『「AIクソ上司」の脅威

会社の上司にもっとも求められるのは、つまるところ統率力であり、その源泉となる言語能力です。したがって、この分野を苦手とする生成AIが人間を支配することは、当面ありません。我々を支配するのはAIではなく、「AIによって強化された人間」です。上司が部下を支配する構造に変わりはないのですが、はるかに手ごわい敵になるわけです。


これは、自民党の権力構造に似ています。実力者と言われる政治家をよくよく観察すると、特に舌鋒が鋭いわけでも、知性がほとばしっているわけでもありません。どんな人が上に行くのかというルールが見えないまま、何となく力を発揮して権力を握り、派閥の幹部になっています。


企業においても、なぜあの人が偉いのか、腑に落ちない未来がやってきます。論理的ではない義理と人情の浪花節だったり、恫喝だったりを繰り返しながら序列が決まっていく、政界のような世界が広がっていくのです。


簡単に言うと、生成AIによって武装した口先のうまい人たちが、出世する世の中になっていきます。国会答弁のうまい議員みたいな上司がビジネスの現場に溢れ、テレビの国会中継で噛み合わないやり取りを観てフラストレーションを溜めるような会社生活が、やってくる危険性があります。


これからは居心地のいい職場が消えていくでしょう。昭和は生産性は低いけれども居心地はよかった。家族主義で、普通に仕事をしていれば成果も給料も上がったからです。それが転換期だった平成を経て、令和はまったく新しい時代になるのです。


■“イカれた経営者”はAIを凌駕するのか


「GAFAM(グーグル、アップル、メタ〔旧フェイスブック〕、アマゾン、マイクロソフト)」にテスラとエヌビディアを加えた先端テクノロジー企業7社を、「Magnificent7」と呼びます。こうした巨大IT企業の創業者は、いい意味で“頭のイカれた人たち”です。誰も思いつかない未来を発想し、普通の人の何倍も働いてイノベーションを実現します。


凡庸な上司でさえ生成AIによって強化されるのですから、元から並外れた資質と能力を持つ人たちは、とてつもなくパワーアップされます。世界を支配するよりも世界を変えるほうに関心を持つ、いわば「イーロン・マスク軍団」の出現です。彼らこそ、「AIクソ上司」の対立軸です。


テスラ社CEOのイーロン・マスク氏。ユニコーン企業の意思決定が早い経営者は、社内のポジション確保に汲々とする「AIクソ上司」の対極の存在と言える。

この2つの陣営はどちらが勝つのでしょうか。私はどちらにも勝利の可能性があると思っています。


AIクソ上司が牛耳る世の中は、楽しくなさそうだし進化もなさそうです。未来は面白いほうがいいし、イーロン・マスク軍団には素晴らしい上司になる期待感があります。ただしイーロン・マスクやスティーブ・ジョブズの評伝を読んだ人なら、「こんなヤツの下で働きたくない」という暗い感想を抱くはずです。彼らは自分がデキるだけに容赦なくハードルの高い業務を部下に押しつけます。上司としては甚だ不適切なのです。


生成AIの進化のスピードと物量を考えると、AIクソ上司軍団も相当なパワーを持つに違いありません。さらに、起業しても成功する人がごくわずかであることを考え合わせれば、勝率の低いイーロン・マスク軍団と安定した実績を上げるAIクソ上司軍団の戦いは、9勝1敗でクソ上司に軍配が上がるのではないでしょうか。


どちらにしても、明るい未来とはいえなさそうです。そんな中で一般のビジネスパーソンは、どうやって生き延びていけばいいのでしょう。


生成AIは、世の中にすでに存在するものを学習します。映画『タイタニック』のシナリオを学ばせて、「プロットを現代の日本に変えて、同じような悲恋の脚本を作りなさい」と命じれば、簡単に作り出してみせます。それを検討して「前半15分から20分あたりに、ひと山持ってきたい」とコマンドを入力すれば、即座に修正してくれます。パターン化とマンネリこそが求められる『水戸黄門』のようなシナリオなら得意中の得意で、無限にシナリオを作り出せるでしょう。


一方、AIに想像力はなくクリエイティブでもありません。大ヒットしたテレビドラマ『不適切にもほどがある!』のような、それまでなかった独自のコンテンツを生み出すことは不可能です。


ここが、未来の大きな落とし穴になると思われます。クリエイターが新しいコンテンツを生み出せるのは、ある種の下積み時代があって学習を重ねてきた蓄積があるからです。


ビジネスパーソンに置き換えれば、現在の40代や50代にはまだベンチャー精神の名残りがあるかもしれません。しかし、AIと共に育ってきた20代以降からは独創的な精神が薄れ、自分の頭で考える習慣がなくなっていくでしょう。独自に学ぶ機会さえ、失われていきます。長期的に見れば、文化の向上は2024年の段階で止まってしまうかもしれません。


■幸福な未来のためにいち早く経験を積め


現段階のAIはまだ見てきたような嘘をついたり、明らかな間違いを答えてきます。しかし嘘をつかれたかどうかの判断は、ある種の年季を積んだ人間でないと下せません。私の場合であれば、経済や経営戦略に関して生成AIが「こういう環境下では、この戦略をとったほうがいい」とアドバイスを出してきたとき、間違いかどうかを一発で見抜けます。この分野に関して、経験と知識の蓄積があるからです。


本当に難しい問題や重要なテーマについて判断するのは、結局のところ人間です。前例がなかったり新しいことを、AIは苦手とするからです。生成AIのもたらす未来がユートピアではないとしても、AIを利用して幸せになる未来を描かなければいけません。


ただ漫然と生きて、さまざまな経験を積まずにいると、テキストを入力してアウトプットされた回答を鵜呑みにする時代にのみこまれてしまいます。私も現代に若者として生きていたら、一日中スマホをいじっていたのではないでしょうか。そうなる前に、「ある種のスキルや知見を身につけるにはどうすればいいか」「いままでより5年早く成長するためにはどうすればいいのか」ということを真剣に考えるときが来ているのです。


こうした事情を踏まえたうえで、生成AIに仕事を奪われたくないビジネスパーソンは、どんな行動を取ればいいのか。私の答えはシンプルで、「一刻も早く生成AIを使ってみる」ことです。使わずに別の能力を上げていくことは、もう考えないほうがいい。望むと望まざるとにかかわらず、使うことが仕事の基本になるからです。


生成AIには、いろいろな利用法があります。手始めとして、「新NISAはやったほうがいいですか」と質問してみてください。「この近所で美味しいラーメン屋を3つ挙げて」でもかまいません。たちまち答えてくれますし、回答の精度もこの1年ほどでかなり上がりました。年配の方が多く参加している講演会で、私は「とにかく一度、入力してみてください。どれだけ役に立つかが実感できます」と話しています。早く身につけるほど、アドバンテージがあるのですから。


企業の経営者や役員など世の中を変えられる立場にいる読者の方々には、どう変えればみんなが幸せになるかを考える責任があると思っていただきたい。最後にこの点を、強調しておきたいと思います。


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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』『「AIクソ上司」の脅威』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博 構成=石井謙一郎 イラストレーション=伊野孝行 写真=dpa/時事通信フォト)

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