「もっと怒って」と言われても怒鳴らなかった…女子バスケ代表をパリ五輪に導いた男性監督の"常識破りの指導"

2024年4月13日(土)14時15分 プレジデント社

取材に応じる恩塚亨HC - 撮影=遠藤素子

写真を拡大

今年2月、女子バスケットボールの日本代表は世界予選でグループ1位となり、パリ五輪への出場を決めた。チームを指導した恩塚亨ヘッドコーチは「いままでの支配的で厳しい指導手法から、選手一人ひとりに主体性を持たせる支援型の指導手法に切り替えたことが勝因のひとつになっている」と語る。ジャーナリストの島沢優子さんが聞いた——。(前編/全2回)

■女子バスケ五輪出場の裏にあった「3年間の学び」


パリ五輪バスケットボール5人制の一次リーグ組み合わせ抽選が3月19日(日本時間20日未明)にスイスで行われ、女子日本代表(世界ランキング9位)は、東京五輪金メダルのアメリカ(同1位)、ベルギー(同6位)、ドイツ(同19位)と対戦することが決まった。これを受けて恩塚亨ヘッドコーチ(HC)は「東京五輪の課題を解消すべく、この3年間やってきた。成長した力で勝てるか、3年間の学びをぶつけたい」と意欲を見せた。


女子バスケット日本代表といえば、今年2月の世界予選最終戦で世界4位のカナダを下し、国際バスケットボール連盟(FIBA)公式サイトで「死の組」と形容された組で1位に。パリへの切符を獲得した激闘が記憶に新しい。


その前に切符を賭けて挑んだW杯、2つのアジア大会と3つの国際大会で苦杯をなめながら、最も厳しいといわれる世界予選を突破したのだ。女子日本代表は1976年モントリオール大会以来、東京の開催枠を含め五輪に5度出場しているが、世界予選で出場を決めたのは初めてだった。


快挙を成し遂げた源泉にもなったであろう「3年間の学び」とは何か。44歳の若きリーダーを訪ねた。


撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC - 撮影=遠藤素子

開口一番に「就任直後から選手に主体的に動くことを求めました」と語った。選手個々が対峙する相手の状況を察知し自分で考え判断する。それこそが銀を金に変える最後のピースだと考えたからだ。そこに「バスケット界や今後のスポーツ界のあるべき姿を追求したかった」と勝利以外の多寡を目指したことも付け加えた。


■「ちゃんと怒ってほしい」という声もあったが…


「当初は選手が(自分自身の)内側から湧いてくるエネルギーで、自主的に判断できることが重要だと考えました。そのためにどうしたらいいかを模索しながらやっていたんですけど……」


2022年9月、次は金メダルをと挑んだW杯で1勝4敗。1次リーグ突破さえできなかった。パリに向かう道のスタートで躓(つまず)いた。


W杯終了後、選手全員と面談した。選手3、4人から「(HCに)もっと言ってほしい」「ちゃんと怒ってほしい」という声が上がった。自ら考えて行動すべきなのはわかっている。でも、できない。選手たちもジレンマに苦しんでいた。


「東京オリンピックから次のステップに上るには、言われたことをちゃんとできる選手から自分で状況判断してそれを遂行できる選手になることが金メダルを獲る鍵だと思っている。だからここを踏ん張ってほしい」


そうやって、自分の考えを一人ひとりに丁寧に説明した。


撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。当初は、「女性選手を指導する」ということの難しさに悩んでいたという - 撮影=遠藤素子

「目の前の選手と向き合って、僕が整理したことをただただ誠実に伝えました。わかってもらえたかはわかりません。これは難しいなと感じました」


■「相手の気持ちは分からない」という結論


悩んだHCはそのことを少しでも解き明かしたいと、女性の思考に詳しそうな人を訪ね歩いた。女子高校で約40年間教員をしている男性に話を聴きに行った。さらに「大人の女性と対峙することの多い人って誰だろう?」と考えあぐねた末に、「夜のお店の経営者の人」に会いに行き教えを請うた。


「今だから言いますけど(笑)。自分で直接コンタクトを取って会いに行きました。詳しいことは言えないのですが、とても勉強になりました」


出した結果は「答えはない」。


「色んな人に会いましたが、相手の気持ちはわからないってことに行き着きました。そもそも自分の気持ちすらそんなにわからないじゃないですか。自分だって感情がころころ変わる。男女問わず、人間なんてそういうものだと。相手の気持ちを読み取ることも大事ですが、気持ちがわからないのであれば正直に聞けばいい。そう考えました」


わかったつもりになってはいけない、という教訓も得た。選手と対等であろうとする恩塚HCだからこそ得られた貴重な「学び」だった。


写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会
選手たちとハイタッチをする恩塚HC - 写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会

「主体性を身につけるのが僕らの目的ではない。あくまでも手段なんです。何よりも目の前の試合に勝つことが一番で、そのためにどうしたらいいか? って考えた結果、やっぱり主体性とか内側から湧いてくるエネルギーが必要だよね、となった。一周回って帰ってきた感がありました」


■1日でビデオを15時間も分析し“勝ち筋”を作る


チームとして何を信じるかが、より明確になった。新しいことに取り組んだとき、上手くいかないと「元に戻したほうがいいのでは」と後ろを振り返りたくなる。だが、恩塚ジャパンは前を向いた。惨敗したW杯が大きなターニングポイントになった。


このW杯から約1年後の2023年9月のアジア大会前の練習後。円陣を組んだキャプテンの林咲希が強い口調で言った。


「こんなんじゃダメだよ」


ミスに対して危機感を持っていないと感じることが何回かあったようだった。林は選手の主体性を重んじるやり方、怒らない指導に不安があると明かしてくれた。それに対し恩塚HCは率直に「もしそこがストレスになるんだったら、言ってほしい。こちらはいくらでも(選手個々に)ちゃんと伝える」と応じた。


「僕が厳しいこと(檄を飛ばすなど)を言わないことで、選手がストレスを感じることがあるんだとしたら、ちゃんと話し合って解決しようよっていうのはずっと伝えていた」


上意下達ではなくあくまでも対等な関係性を築こうとした。努力が実ったのか、1月の世界予選前は全員が同じ方向を向いていた。予選の3カ月前から自宅にこもり、対戦する3カ国のビデオを1日で最長15時間観続けた。分析し重要場面を1万クリップも切り出し、それらを整理して「勝ち筋をつくった」。マインドセットも作戦も万全だった。後付けになるかもしれないけれど、と前置きしつつ「正直負ける気はしなかった」と振り返った。


■“最後のピース”としての自己決定力


前回大会で銀メダルを獲得したチームなのだからパリ出場を当然と見る向きもあるが、実は簡単なことではない。東京は、日本がほぼノーマークに近かったことが有利に働いた事実は否めない。実際、東京五輪後の2022、23年に挑んだ三つの国際大会では、日本が得意な外角シュートや速攻を封じ込められた。東京五輪で世界を驚かせた日本のスモールバスケットは研究し尽くされていた。


他国の分析眼をかいくぐり、なおかつ金メダルというパズルを完成させるには最後のピースが必要だ。それこそが自己決定力。主体性ではないか。


撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。カウンタースキルを高めるためにも「選手一人ひとりが自分で状況を判断する力をつけることが重要だ」と語る - 撮影=遠藤素子

東京五輪の決勝。それぞれがスペシャリストとして自分の役割を遂行しようとしたときに、自分の強みを消しに来られたら、「次の手」がなかった。強みを消されたとしても「相手にジレンマを与えるようなカウンタースキルが必要」(同HC)だ。それはテクニックに加えて判断する力が必要になる。


「相手にこれを守られるんだったら、こっちは別の動きを作るよ、って状況を作るためには、現状を判断する力と技術が必要なんです」


それは他のスポーツにも言えることでは? と尋ねると「(日本全体が)転換期なんだと思う」とうなずいた。


■スポーツ界を変革する「支援型」の指導スタイル


サッカー男子日本代表の森保一監督も以前から選手の主体性を重んじる意向を示している。先のアジアカップは準々決勝で敗退。メディアやネット民から「もっとアドバイスを送るべきだ」「ちゃんと言ってやらせろ」と厳しい声が上がるも、同監督に動じる気配はない。昨夏の甲子園を107年ぶりに制した慶應高校も同様の指導スタイルだ。


そんな変革の時代において、女子バスケットボールの日本代表チームで主体性や判断力を見せつけてくれたことは大きな価値がある。世界予選最終戦のカナダ戦で林は得意の3ポイントシュートを封じられたものの、自らドリブルインで得点を決めたり、豊富な運動量で馬瓜エブリンら他選手がシュートを打つ機会を作り出した。


撮影=遠藤素子
撮影に応じる恩塚亨HC - 撮影=遠藤素子

スポーツは、社会を映す手鏡のような側面を持つ。日本で男女共同参画社会基本法が施行されたのは1999年と25年前。女性が男性に従属的だった時代が長く続いてきた。そのせいか、スポーツ界は指導者の9割が男性だ。その環境では、旧来の支配型リーダーシップ「言ってやらせる」やり方は親和性が高い。


その一方で、社会ではパワーハラスメントやセクシャルハラスメントに対する意識の醸成が進む。女子スポーツの男性指導者に限らないが、指導変革は当然求められる。そんな状況のなかで、主体性を育む「支援型」の指導スタイルが結果を出しつつある。


変革のひとつの手法を示してくれたのが恩塚ジャパンだろう。リーダーがフォロワーと対等であろうとすれば、心理的安全性が確保され選手は自由に意見する。創造性が発揮できる。


個々が尊重される組織にこそ、本当の強さが生まれるのだ。


後編に続く)


----------
恩塚 亨(おんづか・とおる)
バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ
1979年生まれ、大分県出身。筑波大学体育専門学群卒業、早稲田大学スポーツ科学研究科修了。大学で教員免許取得後、2002年から7年間渋谷教育学園幕張中学校・高等学校の教員として勤務し、女子バスケットボール部のコーチを務める。2006年に東京医療保健大学の女子バスケットボール部の立ち上げに参画し、コーチとしても活躍。2007年から正式に女子日本代表のアナリストとなり、2017年に女子日本代表のアシスタントコーチに。2021年にトム・ホーバス氏の後任として女子日本代表のヘッドコーチ就任。2024年に行われたFIBA女子オリンピック世界最終予選では、女子日本代表をグループ1位突破に導き、パリ五輪出場を決めた。
----------


----------
島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
ジャーナリスト
筑波大学4年時に全日本大学女子バスケットボール選手権優勝。卒業後、英国留学などを経て日刊スポーツ新聞社東京本社へ。1998年よりフリー。スポーツや教育などをフィールドに執筆。2023年5月に出版した『オシムの遺産 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)が4刷と好調。ほかには『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋)、『部活があぶない』(講談社現代新書)など。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。日本バスケットボール協会インテグリティ委員。沖縄県部活動改革委員。公式サイト
----------


(バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ 恩塚 亨、ジャーナリスト 島沢 優子)

プレジデント社

「指導」をもっと詳しく

「指導」のニュース

「指導」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ