「与党でも野党でもない候補」は結局、自民党になびく…乙武洋匡氏の「無所属出馬」にみる拭いがたい違和感

2024年4月15日(月)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

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4月16日に告示される衆院東京15区補選で、作家の乙武洋匡氏が無所属での出馬を表明した。ジャーナリストの尾中香尚里さんは「国政選挙の立候補者が与党寄りか野党寄りかのスタンスを曖昧にするというのは、有権者に対して不誠実だ」という——。
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■衆院3補選は「自民が政権を担い続けるべきか否か」の選択


衆院の三つの補欠選挙(東京15区、島根1区、長崎3区)の告示が16日に迫っている。主要政党の候補擁立への動きがなかなか固まらなかった東京15区も、8日に作家の乙武洋匡氏が無所属での出馬を正式表明したことで、すべての選挙で「構図がほぼ固まった」ように報じられている。


だが、主要政党の擁立が出そろったことを指して「構図が固まった」と呼ぶことには、違和感を禁じ得ない。小選挙区制で争われる衆院選は、国政与党と野党の二つの陣営が争う「政権選択選挙」であり、それは補選であっても変わらない。


重視すべきは「どの候補がどちらの陣営に与しているか」だ。すべての候補者は、現在の岸田政権に与するのか対峙するのか、つまり「与党と野党のどちらの立場で臨むのか」について、立場を明確にすることが求められる。


特に今回の3補選は「自民党にこれ以上政権を任せるべきか否か」が、近年になく強く問われている選挙だ。自民党に対する国民の怒りを当てにして、自らを「野党系」の如く見せかけ、選挙後に口をぬぐって自民党側に転じる、という行動は許されない。


「与党も野党もどっちもどっち」とうそぶきながら、時々で都合よく双方の立場を使い分けてきた「第三極」的政党や候補者は、そろそろ自らの立場を選び取り、その結果に責任を取る覚悟を持つべきだ。


■3補選中2戦で「自民の不戦敗」が決定


3補選のうち、自民党が公認候補を擁立して、立憲民主党の候補と事実上の「与野党一騎打ち」に持ち込めたのは、島根1区ただ一つ。長崎3区は立憲の現職と日本維新の会の新人が出馬予定だが、自民党は自主投票、すなわち「不戦敗」となった。残る東京15区で自民党はどうするのか。そこに焦点が集まった。


東京15区補選は、自民党推薦で当選した(後に離党)柿沢未途前副法相が、昨春にこの選挙区と地盤の重なる東京都江東区長選をめぐり、公職選挙法違反容疑で逮捕・起訴され辞職した(後に有罪判決が確定)ことに伴い発生した選挙だ。


この選挙区では前任の秋元司氏も、カジノを含む統合型リゾート(IR)を巡る汚職事件をめぐり逮捕されており(秋元氏は上告審を戦いながら今回の補選に出馬を表明した)、2代続けて自民党議員が不祥事を起こしている。


■ファーストの会・乙武氏が「無所属」での出馬を表明


そんな自民党を横目に動いたのが、東京都の小池百合子知事だ。小池氏は3月29日の記者会見で、自身が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」が国政進出を目指し設立した政治団体「ファーストの会」が、作家の乙武洋匡氏を擁立する方針であると明らかにした。自民党はこれに相乗りし、乙武氏を推薦する方向だと報じられた。


写真=時事通信フォト
記者会見で衆院東京15区補欠選挙への立候補を表明する乙武洋匡氏=2024年4月8日、東京都江東区 - 写真=時事通信フォト

都内の地方選挙で振るわなかった自民党が「負け」を回避するため小池氏の知名度にすがる例は、昨年12月の出直し江東区長選でもみられた。自民、公明、国民民主の3党と都民ファーストの会が推薦した大久保朋果氏が、立憲などが支持した候補や維新の推薦候補らを破り初当選した。自民党は東京15区補選で、それを再現しようとしたのだろう。


野党第1党の立憲民主党は酒井菜摘氏、野党第2党の日本維新の会は金澤結衣氏と、ともに新人の公認候補擁立を決めている。自民党の乙武氏推薦方針によって、ともあれ与野党が戦う(三つ巴ではあるが)構図は確立されたとみえた。


ところがこの10日後、4月8日に行われた乙武氏の記者会見で、その様相は揺らいだ。乙武氏は「無所属での立候補」を打ち上げたのだ。会見場には乙武、小池両氏の顔を大きくあしらい「ファーストの会」と大書された緑色のポスターが、何枚も貼られていたにもかかわらずだ。


■「国政無党派」をうたう乙武氏のズルい答弁


実は今回の補選では、昨年末の江東区長選のような支援体制を組める見込みは薄くなっていた。自民党には、柿沢氏の辞職の原因となった昨春の江東区長選が分裂選挙となったしこりが残り、都民ファーストと競合する地方議員にも連携への不満がある。


公明党は乙武氏の過去の女性問題を嫌気する声が党内に強く、国民民主は「自民党が推薦を出すような人は応援できない」と斜に構える。「大きな塊」どころか、遠心力のほうが強いのが実情だ。


そういう状況を考慮したのか。乙武氏は、人気のある小池氏の顔だけを前面に出しつつ「まっさらな状態で勝負する」と述べ「国政無党派」を演出した。


結果として都民ファーストは、その後乙武氏の推薦を決め、自民党は推薦を見送った。自民党の推薦見送りをみて、国民民主党が乙武氏を推薦。一見、乙武氏は「野党系」に色分けされたようにみえる。


■自民、公明支持票を当て込んでいるのは明らか


しかし、告示直前の13日、乙武氏の街頭演説には、江東区の大久保区長が応援に駆けつけていた。前述したように自民、公明、国民民主の3党と都民ファーストの会の枠組みで当選したばかりの区長である。擁立見送りで行き場を失っている自民、公明支持層のからの集票を当て込んでいるのは明らかだ。


自民党の「推薦見送り」さえ、ある種の「戦術」である可能性をうかがわせる。


乙武氏に限ったことではない。実は平成の時代に「個別の政策実現のためには与党も野党も関係ない」などということを口にする無党派系の候補者は結構いた。与党か野党かの立場をあいまいにすることで、双方の支持者から都合良く集票することが可能だからだ。


「政策実現」のみを目的とするのなら、時の政権与党に与した方が都合がいいに決まっている。こうした立場で選挙を戦った候補の多くが、その後自民党側に軸足を移した。非自民系の無党派層の支持は、やがて「自民党を支持したもの」として回収されていった。


しかし、くどいようだが衆院選で争われるのは「政権のありよう」だ。無所属候補であろうと、政権与党の自民党にどういう立場で対峙するのかを明らかにしないわけにはいかない。実際、8日の乙武氏の出馬表明会見では「与党候補として出馬したつもりなのか、(野党候補として)自民党政権を打破するつもりで立候補したのか」との質問が飛んだ。


乙武氏は「与党である、野党であるということに対するこだわりは、そこまで強く持っていない」「与野党の枠組みではなく、私にしか出せない論点で課題意識を共有いただき、法制化につなげる活動をしたい」と述べた。


■小選挙区制が有権者に求めているもの


だが、こういう「政策実現のためなら与野党どちらでもいい」という政治スタンスは、平成の時代とともに古びてしまったのではないだろうか。


政権を争う二つの政治勢力は、本来「目指す社会像」を争っているはずだ。それぞれの目指す社会像に沿って、個別政策の内容や、政策実現の優先順位にも違いが生じる。例えば同じ民法改正でも、現在の自民党政権の場合「離婚後の共同親権」導入の動きは急ピッチで進むが、「選択的夫婦別姓」の導入は、四半世紀をかけても進まない。


野党第1党の立憲民主党が政権を取れば、おそらく逆になるだろう。「目指す社会像」、この場合「家族のあり方」に関する姿勢が、両者で大きく異なるからだ。


だから「自分自身が目指す社会像」が明確であれば、候補者は「与野党の2大政治勢力のどちら側に立つのか」を迷うことはないし、与野党間の政党移動など、本来起こり得ないはずだ。たとえ完全に一致していなくても「どちらの政治勢力のほうがより自分に近いか」を考え、選び取ることは可能である。


候補者だけではない。有権者も「自らの目指す社会像」を2大政治勢力のそれと照らし合わせながら、選挙での投票に臨まなければならない。小選挙区制が国民に求めているのはそういうことだ。


■「無党派」で「誰が首相にふさわしいか」を選べるのか


補選に勝利して衆院議員になれば、本会議で首相指名選挙に臨むこともあるだろう。一度でどの候補も過半数を得られなければ、決選投票になる。よほどの政治的動乱がない限り、それまでの政権与党と野党第1党の党首の一騎打ちになるはずだ。その時、自分はどうするのか。


衆院議員の大切な仕事の一つは「国民の代理人として、首相を選ぶ一票を投じる」ことだ。「自分はどちらが首相にふさわしいと考えるか」に対する答えは、候補者の段階から当たり前に持っていなければならない。それが有権者の投票の判断基準になるからだ。有権者が「自民党政権の継続を望まない」つもりで一票を投じた候補者が、当選後に首相指名選挙で自民党総裁に投票すれば、民主主義は成り立たない。


令和3年10月4日午後、衆参両院にて首相指名投票が行われ、岸田文雄議員が、伊藤博文初代内閣総理大臣から数えて第100代目の内閣総理大臣として指名されました。(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

■「無党派」乙武氏に足りない覚悟


東京15区には忘れがたい事例がある。2021年10月の首相指名選挙で、無所属で立憲の会派に属していた柿沢氏が、自民党の岸田文雄総裁(現首相)に投票したことだ。「野党系」として一貫して自民党と戦っていたはずの柿沢氏は、衆院選直前に騙し討ちのように自民党に寝返り、衆院選になだれ込んだ。柿沢氏は無所属で選挙を戦い、勝利するや否や自民党入りした。


正直筆者は、あの「変わり身」は、その後の公選法違反に匹敵する、政治家にあるまじき行為だったと思う。柿沢氏を「野党系」と認識して投じられたかもしれない自民党への批判票が、一定程度「自民党支持票」に化けた可能性を否定できないからだ。


同じ選挙区で似たようなことを繰り返してはならない。


■「不戦敗」の補選は岸田政権の命運を左右しない


一つ付け加えるなら、巷間言われている「東京15区補選の結果が岸田政権の命運を左右する」などということは、おそらくもうないだろう。


冒頭にも述べたが、この3補選で自民党が公認候補を擁立できたのは、島根1区ただ一つだけ。長崎3区は不戦敗となり、東京15区も結局は候補擁立に失敗した。野党第1党の立憲が3選挙区すべてに、第2党の維新も東京と長崎の2選挙区で公認候補を擁立したのに、である。


裏金問題で「国民への説明が足りない」と大きな批判を受けながら、信頼を取り戻すため国民に直接訴える最大の機会だったはずの選挙で「逃げ腰」の対応しか取れなかった。この時点で自民党は「戦う前から負けが決まっている」のである。


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尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト
福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)、『野党第1党 「保守2大政党」に抗した30年』(現代書館)。
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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)

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