金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?

2024年4月9日(火)4時0分 JBpress

「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ——。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか?  本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク——「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第2回は、硬直的な命令系統に縛られていた欧州の金属部品メーカーFAVIを事例に、「どうするか」を追求するHOW企業と「なぜ」を考え続けるWHY企業の違いを考察する。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?(本稿)
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(4月16日公開)
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(4月23日公開)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(4月30日公開)
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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■手袋の交換コスト

 FAVIは、古い経済(オールドエコノミー)そのものを代表する企業で、水道の蛇口用部品と自動車のシフトフォークのメーカーだ。ファミリー企業だったところに、ゾブリストは空からパラシュートで舞い降りたようにCEOに就任した。

* シフトフォーク:変速機内でギアを切り換える部品。

 実は、本当にヘリコプターでやってきたのである。FAVIのオーナーは物事を唐突に進めるのが大好きだった。行き先も告げずにゾブリストをヘリコプターに乗せ、一時間後にFAVIの工場に到着すると、前代未聞のやり方でこの会社のトップの仕事をオファーした。オーナーはヘリコプターが到着するや全従業員を集め、ゾブリストを含む全員に、彼が新しいCEOだと告げたのだ。そして、工場にやってきた時と同じく突然去っていった。

 それから三週間、オーナーからは何の連絡もなかったが、ある日電話が鳴った。オーナーは言った。

「みんなは君を食べなかったかね?5

「ええ」とゾブリストは答えた。

「じゃあ、大丈夫だ。そのまま社長でいてくれたまえ」。そして一息つくと、こう付け加えた。「君の任務は次の通り。金儲けをすること。刑務所に行かないこと。以上だ」

5. Jean-François Zobrist, La belle histoire de FAVI: L’entreprise qui croit que l’homme est bon(Tome 1: Nos belles histoires)[ FAVIの素敵な物語—人は素晴らしいものだと信じている会社(第1巻:私たちの素敵な物語)] (Paris: Humanisme et Organisations, 2007), pp. 24-25. 同書の裏表紙には、その著者が「ファヴィエン(FAVIの大ファン)」で、他のファヴィエンたちから聞いた話を「書き留めた」だけだと書いてある。その著者とはゾブリスト本人で、12年間にわたって毎週自分で書いては全社員に配っていた物語を編集したものだった。本書では、同書からの一部を引用する許可を与えてくれたゾブリストに感謝する。

 ゾブリストは、極端な言い方をするオーナーの癖をよく知っていたので、その命令をこう解釈した。「法律の範囲内で、あなたのしたいように自由にしてくれて結構です」と。ゾブリストにとっては願ってもない条件だった。

 ところが間もなくして、FAVIの従業員たちがあまり自由でないことに気がついた。ある日ゾブリストが工具収納室の前を通りかかった時、社内の雰囲気の一端を知ることになった。そこには従業員のアルフレッドが閉じた窓の前で何かを待っていた。

「何を待っているのですか?」とゾブリストは尋ねた6

「手袋の交換です」とアルフレッドは答え、すぐに言葉を継いだ。「これが上司からの伝票と、古い手袋です」

6. Ibid., p. 26.

 こうしてゾブリストは会社の慣行を知った。作業員は自分の手袋を使い切ると職長にそれを見せる。職長が手袋交換の伝票を切る。作業員はそれを持って作業場を横切り—同僚たちと雑談をしたり、恐らくトイレに立ち寄ったりしながら—工具収納室のベルを鳴らし、管理人が出てくるのを待って伝票と古い手袋を渡す。そこで新しい手袋を受け取って持ち場に戻る。このプロセスには、管理人が居合わせてベルを鳴らすとすぐに対応してくれたとしても、優に10分はかかるだろう。

 そこで、ゾブリストが会計部門に問い合わせたところ、アルフレッドが働いている装置を動かすのに一時間当たり100ドル相当のコストがかかるとの答えが返ってきた。つまり、作業に必要な手袋一組を交換するたびに15ドル以上、手袋自体にかかる費用の二倍近くかかることが判明したのだ。手袋の交換にかかる本当のコストは非常に高く、たとえば手袋を無料で従業員に配り、何人かが自宅のガーデニング用に時々追加の一組を家に持ち帰ったとしても、そちらの方が会社には安くつく、ということなのだ。

 もちろん、大半の会社と同様に、FAVIの帳簿には「手袋の購入」という費目はあったが、手袋の交換作業で失われた生産性までは記録していなかった。ゾブリストが発見したように、実際には手袋を厳重に保管することでFAVIは数千ドルを失っていたのだが、このコストは公式の財務諸表には反映されないのだ。

 そして、手袋問題は氷山の一角だった。調べれば調べるほど、こうした官僚的な無駄が次々と見つかった。このままの状態を続けていくと、会社はいずれ潰れるか、そうでなければ中国に移るしかない—これが、就任後に社内を見て回った後にゾブリストが出した結論だった。実際、ゾブリストがFAVIの経営を任された頃のヨーロッパでは、伝統的な製造業の大半でまさにそういう事態が起こっていた。しかし、ゾブリストには新たなアイデアがあった。そして、彼のリーダーシップの下、FAVIは他社が失敗していく中で大成功を収めたのだ。

 ゾブリストはまずタイマーを撤去した。従業員は「時間ではなく、ものづくりのために働くべきだ」と考えたからだ7。それと同時に、タイマーをなくしたのと同じ理由で残業手当を廃止し、前年の支払額と同額まで給与を引き上げた。ゾブリストは自分のリーダーシップ哲学を、独特の言葉で表現している。

7. 本人へのインタビュー(2005 年4月8日)

「会社には二種類ある。『どうするか』(フランス語のcomment)を追求する会社である『HOW(ハウ)企業』と、『なぜ』(フランス語のpourquoi)を考え続ける会社である『WHY(ホワイ)企業』だ」

 HOW企業は、機械をどこに置き、いつ持ち場に着き、いつ持ち場を離れるかなど、仕事のやり方を教えることに時間を費やす。すると、二つの結果が生じる。第一に、「仕事を完了したかどうか」「顧客は満足か」といった本当に重要なこと以外の点で従業員を判断するようになる。第二に、仕事のやり方に関する数え切れないルールを変更することが、不可能ではないにしても難しくなる。このカートを別の場所に移したいときは上司の許可が必要で、その上司は彼の上司に尋ねる必要があり・・・というように、終わりのない「ハウの連鎖」ができあがる。その結果、ゾブリストが言うように、その命令系統の誰かに逆らわないと仕事ができなくなってしまうのだ。

 WHY企業は違う。無数のハウの代わりにたった一つの問いかけで片がつくのだ。

「なぜ、あなたはそれをしているのか?」

 答えはいつも同じで、「お客様を幸せにし続けるため」だ。この掟を守っている限り、ゾブリストはどうやって仕事をするかについては心配していない。FAVIにおける自由とは、ハウの連鎖を一つのホワイで置き換えることを意味した。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?(本稿)
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?(4月16日公開)
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(4月23日公開)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?(4月30日公開)
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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筆者:アイザーク・ゲッツ,ブライアン・M・カーニー,鈴木 立哉

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