小池百合子に命運を託すはずだったのに…「卒業旅行」を終えた岸田首相のゾンビ化という悪夢シナリオ

2024年4月16日(火)16時15分 プレジデント社

2024年4月10日、アメリカ・ワシントンD.C.。岸田文雄首相と岸田裕子夫人をホワイトハウスに迎えるバイデン大統領。 - 写真=Jack Gruber/USA TODAY/Sipa USA/時事通信フォト

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岸田文雄首相は14日、アメリカへの公式訪問を終えて帰国した。これから岸田政権はどうなるのか。ジャーナリストの鮫島浩さんは「岸田首相は9月の総裁選で再選できると考えているようだが、非常に厳しい。4月28日の衆院3補選で完敗すれば、岸田政権はレームダック化し、9月退陣は避けられない」という——。
写真=Jack Gruber/USA TODAY/Sipa USA/時事通信フォト
2024年4月10日、アメリカ・ワシントンD.C.。岸田文雄首相と岸田裕子夫人をホワイトハウスに迎えるバイデン大統領。 - 写真=Jack Gruber/USA TODAY/Sipa USA/時事通信フォト

■アメリカではニコニコ、ジョーク連発の岸田首相


政局は首相不在の間に動く。


岸田文雄首相が米国ワシントンに国賓待遇で招待され、大統領専用車ビーストに同乗してバイデン大統領と満面笑顔で写真に収まり、ホワイトハウスの晩餐会でジョークを連発して喝采を浴びている隙に、東京では「岸田おろし」の火蓋が切って落とされた——。


4月8日から14日までの米国訪問を岸田首相は何よりも楽しみにしていた。日本の首相が国賓待遇で米国に招待されるのは2015年の安倍晋三首相以来だ。


岸田政権発足から2年半。首相在任期間は田中角栄を超え戦後9位になり、4月22日には8位の橋本龍太郎と並ぶ。今世紀に入って衆参選挙に勝利したのは小泉純一郎政権、安倍政権、岸田政権しかない。ついには国賓待遇の米国訪問という栄誉にも浴することになった。岸田首相が日本政治史に名を刻む宰相になった昂揚感に包まれていたのは想像に難くない。


内閣支持率こそ低迷しているものの、それは安倍派の裏金事件のせいであって、自分が悪いわけではない。米国訪問で「外交の岸田」をアピールし、今国会で政治資金規正法を改正すれば、内閣支持率は回復してくるだろう。そうなれば国会会期末に6月解散・7月総選挙を断行し、9月の自民党総裁選で再選を果たす流れができる。支持率回復が思うように進まず、6月解散に踏み切れなくても、派閥解消で茂木敏充幹事長ら党内のライバルたちは弱体化している。有力なポスト岸田は見当たらず、総裁再選は十分に可能だ——。


岸田首相の胸の内はそんなところだろう。


■乙武氏を公認しなかった小池都知事の意図


岸田首相は4日4日、安倍派の裏金議員ら39人に離党勧告や党員資格停止、党の役職停止などの処分を突きつけ、自民党を直撃した裏金事件に一定のケジメをつけた。


国内世論は「処分が甘すぎる」と反発し、自民党内では「なぜ首相自身は処分されないのか」「処分の線引きが恣意的だ」との不満が渦巻いていたが、お構いなし。首相の頭は米国訪問の晴れ舞台でいっぱいだった。


翌5日からは英語スピーチの練習に励み、週明けの8日午前には歴代駐米大使と面会し、午後に羽田空港から裕子夫人を連れ立って政府専用機でワシントンへ飛び立ったのだ。


小池百合子東京都知事(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

この8日に政局は動き出す。


まずは小池百合子東京都知事が衆院東京15区補選(4月16日告示・28日投開票)に擁立した作家の乙武洋匡氏が出馬会見を開いた。それ自体は予定された出来事だったが、想定外のことが起きた。乙武氏は小池知事と二連ポスターに囲まれて会見に臨んだが、小池知事が事実上支配している「ファーストの会」の公認ではなく、無所属で出馬すると表明したのだ。


裏金事件で自民党に逆風が吹き付ける最中の4月の衆院3補選(長崎3区、島根1区、東京15区)は、岸田首相の総裁再選への第一関門である。全敗すれば「岸田首相では選挙は戦えない」との声が党内で高まり、6月解散どころではなく、9月の総裁選不出馬・退陣に追い込まれていく。3補選に勝ち越したいし、最悪でも全敗は避けなければならない。


■「岸田政権の命運を小池都知事に預けた」はずが…


裏金事件で起訴された安倍派の谷川弥一氏の議員辞職に伴う長崎3区で自民党は候補者擁立を早々に見送り、不戦敗を決めた。


旧統一教会問題やセクハラ疑惑で批判を浴びて衆院議長を退任した細田博之氏の死去に伴う島根1区は、細田氏が安倍派会長を務めていたことに加え、後継候補の元財務官僚の評判も悪く、立憲民主党元職に大きく後れを取っている。


そして柿沢未途氏が公選法違反事件で起訴され議員辞職したことに伴う東京15区も独自候補を擁立できる環境にない。そこで小池知事が擁立する「ファーストの会」の候補に相乗りし、小池人気にあやかって「1勝」を拾う虫の良い選挙戦略を描いていたのだった。「岸田政権の命運を小池知事に預けていた」(岸田派関係者)といっていい。


小池知事自身が東京15区補選に電撃出馬して国政復帰し、自民党に復党して9月の総裁選に出馬し、初の女性首相に挑むという観測も永田町に流れていた。


ライバル不在の政治状況をつくって総裁再選を狙う岸田首相にとって警戒すべき事態だったが、小池知事は自民党の萩生田光一都連会長らを通して自らは出馬せず、乙武氏を擁立する意向を内々に伝えてきたため、岸田首相は安堵していた。そこで自公与党で乙武氏を推薦し、3補選のうち1勝を確実にして、できれば2勝1敗、悪くても1勝2敗で乗り切ろうという算段だったのだ。


■公明党に存在した小池待望論


ところが、小池知事は乙武氏を公認せず、無所属で出馬させた。乙武氏は小池氏との二連ポスターに囲まれて出馬会見しながら、なぜ無所属なのかという批判がネット上で噴出。自民党内でも「小池知事はなぜ半身なのか。本気で乙武氏を応援する気があるのか」という不信感が広がった。


さらに誤算だったのは、公明党が乙武氏の過去の女性問題を理由に推薦に慎重な姿勢に転じたことだ。組織選挙を支える創価学会婦人部(現在は女性部)に反発が強いという理由を自民党に伝えたが、本当の理由は別にあるのではないかと私はみている。


公明党は岸田政権を支える麻生太郎副総裁や茂木幹事長と折り合いが悪い。不人気の岸田首相が6月解散を断行することにも反対で、9月の総裁選で首相を差し替え、新政権誕生後にただちに総選挙を行うよう求めてきた。


公明党本部(写真=あばさー/PD-self/Wikimedia Commons

公明党と都政で緊密な関係にある小池知事が東京15区補選に電撃出馬して国政復帰し、自民党に復党して9月の総裁選で勝利し、小池政権誕生後にただちに解散総選挙を断行するのがベストシナリオだったのだ。小池知事自身も7月の都知事選に出馬するかどうかを明言せず、4月の補選出馬に含みをみせていたため、公明党では小池待望論が膨らんでいたのである。


■補選全敗・6月解散見送りで「岸田おろし」が始動


小池知事が補選出馬を見送り、代わりに乙武氏を擁立したことは、公明党を落胆させた。しかも乙武氏を無所属で出馬させたことに不信感を募らせた。


小池知事から十分な根回しを受けていなかったのだろう。小池知事が出馬しないのなら、過去の女性問題で婦人部に反発が強い乙武氏を無理に応援するメリットはない。むしろ公明党が3補選をサボタージュして岸田政権を全敗させ、6月解散の芽を摘むほうがよい。


公明党は岸田政権で非主流派に甘んじている菅義偉前首相や二階俊博元幹事長と密接な関係を築いている。岸田首相・麻生副総裁・茂木幹事長の現執行部に協力する義理はない。乙武氏の推薦見送りを決める際にも、菅氏や二階氏と入念なすり合わせをしたことだろう。菅氏や二階氏にとっても補選全敗は「岸田おろし」を仕掛ける契機となり、都合がよい。


■再燃した小池氏の学歴詐称疑惑の影響


トドメは『文藝春秋』が9日に報じた小池知事元側近の爆弾告発だった。


4年前の都知事選目前、小池知事が「カイロ大卒」の学歴を詐称しているという疑惑が浮上したが、カイロ大が卒業を認める声明文がエジプト大使館のフェイスブックで公開されて疑惑は沈静化し、小池知事は再選を果たしていた。ところがこの声明文は、実は元側近が発案し、小池知事に近い元ジャーナリストが作成して、最終的には小池知事がエジプト政府側へ渡していたと暴露したのである。


元側近は弁護士の小島敏郎氏。東大法学部を卒業して環境庁に入庁した元キャリア官僚だ。小池知事就任後は東京都の特別顧問や都民ファースト事務総長も務めた側近中の側近だった人物である。


元側近の爆弾告発は、学歴詐称疑惑を再燃させた。小池知事が補選出馬を見送ったのも、代わりに擁立した乙武氏を公認しなかったのも、これが本当の理由であろうと永田町の多くが受け止めた。小池知事が疑惑再燃で逃げ出したというわけだ。


■衆院補選は長崎3区、東京15区で不戦敗に


乙武氏は公明党から推薦を得られない事態を受けて、裏金事件で批判を浴びる自民党だけから推薦を受けるのは逆効果と判断し「自民党から推薦を受ける予定はない」と表明。自公与党の組織票を固める選挙戦略から、無党派層に訴える選挙戦略に急遽転じたが、東京15区の街頭に立つと小池知事の学歴詐称疑惑でヤジを浴びている。戦線崩壊の様相だ。


事態の急変を受けて自民党も乙武氏推薦の方針を撤回した。留守役を任されている麻生氏や茂木氏が主導して決定したのだ。もちろんワシントンへ報告はしたものの、晩餐会や米議会でのスピーチに追われる岸田首相にとって国内政局は二の次だったに違いない。


乙武氏の推薦見送りにより、自民党は衆院3補選のうち2補選の不戦敗が確定した。岸田政権の命運を左右する重大決定は、首相不在の間に下されたのだ。首相の帰国は補選告示2日前の14日。今更如何ともし難い状況だったのである。


■岸田政権の「レームダック化」は避けられない


この時期の訪米日程を米側と最終調整したのは、麻生氏である。


当初は不人気の岸田首相の「卒業旅行」とするつもりでいた。国賓待遇の訪米を花道として退陣させ、茂木氏に政権を引き継がせ、自らはキングメーカーとして君臨し続ける政局を描いていた。ところが岸田首相は退陣を受け入れず、両者の関係は軋んだ。麻生氏もまた4月の3補選を全敗させることで6月解散を阻み、9月の岸田退陣の流れをつくる方が得策だと判断したのだろう。


連邦議会上下両院合同会議において演説する総理 出典=首相官邸ホームページ

公明党も、非主流派の菅氏や二階氏も、主流派の麻生氏や茂木氏も、「補選敗北による6月解散阻止」で利害は一致していた。小池知事の学歴詐称疑惑の再燃が東京15区補選からの撤退に格好の口実を与えたといっていい。


3補選の負け越しは決まった。残る島根1区も劣勢だ。補選全敗なら6月解散は困難となり、岸田政権はレームダック化する。9月退陣へ外堀は埋まった。


逆に立憲民主党は補選全勝で勢いづく可能性が高い。国会会期末に向け政治資金規正法の抜本改正を迫ってくる。政治資金パーティーの全面禁止など改正のハードルをどんどん上げてくるだろう。岸田首相が野党の要求を受け入れれば自民党内がまとまらず、自民党内に譲歩すれば与野党協議は決裂する。6月解散に踏み切れる状況にはなりそうにない。


■岸田首相の強みは「ポスト岸田がいないこと」


岸田首相の頼みの綱は、有力なポスト岸田の不在だ。


最大のライバルである茂木氏は麻生氏に同調し茂木派存続を表明していたが、小渕優子選対委員長ら離脱者が相次ぎ、ついには派閥解散へ追い込まれそうな気配である。二階氏が温めてきた小池擁立論は学歴詐称疑惑の再燃で潰れた。菅氏が前回総裁選で擁立した河野太郎デジタル担当相はマイナンバーカード問題で失速。小泉進次郎元環境相は父親の純一郎氏から「今は動くな」と止められている。菅氏は国民人気の高い石破茂元幹事長の擁立を検討してきたが、党内の支持は広がっていない。


一方、麻生氏は岸田派に所属していた上川陽子外相をポスト岸田にショーアップすることに成功した。茂木氏を嫌う岸田首相の意向を踏まえ、政治基盤のない上川外相を麻生・岸田・茂木3氏で担ぐ傀儡政権を想定したものだ。だが、岸田首相が退陣を受け入れるのか、茂木氏が総裁選出馬を諦めるのか、そして麻生氏を後見人とする上川外相への支持が本当に広がるのか、不確定要因は多い。


裏金事件を受けた派閥解消によって自民党議員の大半は無派閥となった。最大派閥・安倍派は消滅し、大幹事長だった二階氏も次期衆院選への不出馬を表明。派閥の引き締めは弱まり、岸田首相が相対的に強くなった側面は確かにある。


岸田首相は補選全敗を想定して6月解散をあきらめ、現総裁として人事権をちらつかせて党内を掌握し、総裁再選を果たす戦略に転じたとみていいだろう。


■選挙に勝てない、解散できない首相では再選は難しい


とはいえ、解散総選挙を先送りして9月を迎えた場合、総裁選は「選挙の顔」を決める戦いとなる。衆院任期は来年10月まで残り1年。来年夏には参院選も控えているからだ。


内閣支持率が回復しなければ、岸田首相がどんなに人事権で党内を引き締めたところで「新しい選挙の顔」を求める党内世論が高まる。岸田首相の総裁再選は相当に険しい道だ。


岸田首相の国賓待遇の訪米は、バイデン政権が主導したウクライナ支援に同調して巨額支援を表明し、米国製ミサイル・トマホークも大量購入した「ご褒美」の側面もあった。岸田首相を歓待したバイデン大統領は高齢不安が強まり、11月の大統領選にむけてトランプ氏にリードを許し、再選へ黄信号が灯っている。


後世振り返れば、岸田夫妻が満喫した国賓待遇の訪米は「卒業旅行だった」と評価されるかもしれない。ひょっとして首相自身、「これが卒業旅行になるかも」という思いがよぎり、ワシントンでの大はしゃぎになったのではないかと私は想像している。


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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。
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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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