日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」

2024年4月18日(木)6時0分 JBpress

 国内製鉄事業で4期連続の赤字からV字回復を果たし、2022年3月期連結決算で過去最高益を達成した日本製鉄。危機的な事態を脱した背景にあったのが、2019年から5年間、日本製鉄の社長を務めた橋本英二氏による「聖域なき構造改革」だ。その橋本氏が率いる日本製鉄を長期にわたり取材してきた日経ビジネス副編集長(現日本経済新聞編集ユニット記者)の上阪欣史氏が2024年1月、書籍『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』(日経BP)を出版した。同氏に改革の舞台裏や、未曽有の危機を乗り越える鍵となった抜てき人事について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」(今回)
■【後編】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み
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伝統的な大企業を変えた「橋本氏の強力なリーダーシップ」

——著書『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』では、日本製鉄が過去最大の赤字からV字回復した軌跡が描かれています。そもそも、なぜ日本製鉄をテーマに選んだのでしょうか。


上阪欣史氏(以下敬称略) 元々、私自身は製造業、特に素材や、素材を加工する機械設備といった上流工程のものづくりに強い関心を持っていました。

 日本経済新聞社の企業報道部(現・ビジネス報道ユニット)で鉄鋼業界を担当していた2016年にも同社を取材したのですが、2022年に久しぶりに取材をした際、まるで別の会社のように感じられたのです。

 例えば、利益率の高さや意思決定のスピード、経営者や社員の顔つきや話しぶりなど、6年前と比べて驚くほど様変わりしていました。「日本製鉄がここまで変わった理由を詳しく知りたい」と考えたことが、同社をテーマに取り上げた理由です。

 また、取材の中で前社長の橋本英二氏(現在は会長兼CEO)というリーダーに接し、過去最大の赤字からV字回復を果たした要因が橋本氏の改革力にあったことを知りました。70年の歴史を持ち、連結社員数11万人弱の大企業をここまで変えたリーダーシップとは何か、改革についてきた社員は何を考えていたのか、取材を通じて明らかにしたいと思いました。

——取材を始めた2022年の春というと、改革の成果が業績にも表れ始めた頃ですね。

上阪 そうですね。日本製鉄は2018年から赤字が続き、2020年3月期連結決算では約4300億円という過去最大の最終赤字となりました。そこからV字回復を果たし、過去最高益を記録したのが2022年3月期の連結決算です。

 また、2019年、にはインドのエッサール・スチールを買収して発足した合弁会社「AM/NSインディア」(AMNSI)に新たな高炉(鉄鉱石とコークスを高温で反応させ溶けた鉄を作る炉)を2基造ろうとしています。さらに、2022年5月には自動車用高級鋼材「ハイテン」のライン新設のために総額2700億円を投じる決定をした、というリリースを出しました。

 構造改革というと多くの場合、守りを重視するものです。しかし、日本製鉄は業績回復するやいなや、素早く攻めに転じています。こうしたダイナミックな改革を目の当たりにして、「変化の過程を探ることで、日本の大企業が変わるヒントが見えてくるに違いない」という思いを抱き、本書を著すことを決めました。


橋本氏が危機感のない現場に放った「辛辣な一言」

——橋本氏が社長に就任したのは2019年4月でしたが、当時の日本製鉄はどのような状況だったのでしょうか。

上阪 国内の製鉄事業は前述の通り、赤字続きでした。これは日本製鉄の歴史上初めてのことであり、異例の事態です。

 当時、橋本氏が目を着けたのが「国内製鉄所の供給過剰」と「高コスト構造」でした。同時に、製鉄所の社員が赤字の自覚を持っていなかったことを問題視しました。赤字になっても連結では黒字だったので、危機感が芽生えにくいのは当然と言えます。

 製鉄所にメスを入れなければ、会社は変わらない──。そう考えた橋本氏は、現場と危機感を共有するために寸暇を惜しんで各地の製鉄所を回り始めます。製鉄所の訪問回数は1年間で三十数回に及びました。橋本氏は所長や部長といった幹部だけでなく、ラインの責任者や課長クラスとも話をします。そこで放たれたのが「あなたたちは子や孫に背負われた老人と一緒だ」という厳しい言葉でした。

 子会社や孫会社は黒字を出しているので、連結業績で見ればギリギリで赤字を回避していました。しかし、結局は子や孫に背負われているだけであり、自分たちでは稼げていないことをストレートに伝えたわけです。さらに、その業績をグラフで見せて「あなたたちの製鉄事業はこれだけの赤字を出して、会社の足を引っ張っている」と説明しました。

 また、特に赤字が深刻な製鉄所は「集中治療室」と表現し、橋本氏自らが構造改革に関与しています。このように赤字の原因が現場にあると指摘することで、現場に危機感を植え付け、自分ごととして考えさせるようにしたわけです。歴代の社長でここまでやった人は初めてでしょう。

——橋本氏は社長就任後に「2年以内のV字回復」を宣言しています。経営再建の専門組織を立ち上げることなく、少人数で改革を進めた背景にはどのような考えがあったのでしょうか。

上阪 構造改革や経営不振企業を立て直す場合、再建計画をまとめる対策委員会といった組織を立ち上げるケースがほとんどです。しかし、橋本氏はそれをしませんでした。

 その理由の一つが、日本製鉄のように大きな組織では、スピード感のある改革を行うことが困難を極めることです。対策委員会を立ち上げると、各現場の意見の擦り合わせが必要となり、再建までの道のりが遠のきます。橋本氏は当初から「2年以内のV字回復」を掲げており、そのためにも先鋭的に意思決定をできる組織にする必要がありました。

 また、経営の第一線に立つ役員自らが再建の道筋を描き、実務を通して変革していくマネジメントを会社に定着させたかったことも理由の一つです。だからこそ、第一線に立つ改革メンバーを少数精鋭に絞り、生産現場や営業の責任者にも自ら考えて対処させる方法を探りました。


経営企画の役員に「技術一筋の人物」を大抜てき

——2020年3月期決算で「3期連続赤字」という危機を迎えた橋本氏は、聖域なき生産合理化を進めるために「粗鋼*1生産能力の2割削減」を掲げました。この大仕事を任されたのが当時、名古屋製鉄所所長から常務執行役員に抜てきされたばかりの今井正氏です。橋本氏はなぜ今井氏に任せたのでしょうか。

上阪 製鉄所のリストラを進める上では、中長期的な経営の行く末を見据えた改革が必要でした。そのためには、単に生産性が低くて不採算の設備を休止するのではなく「将来を見据えると、どの設備を残すべきか」「生産性を高めるためには何が必要か」といった観点から見極めなければなりません。そのためにも、技術を熟知した人物が必要でした。

 そこで選ばれたのが今井氏です。同氏は技術者として王道のキャリアを歩んできており、名古屋や君津といった主要な製鉄所で要職に就いていました。そこで生産性の向上に貢献してきた実績を評価されたのでしょう。

 また、今井氏は歯に衣着せぬ物言いをすることで知られており、「詰将棋」のあだ名を持つくらい理詰めで対話をする人物です。会議の場では、自分が現場で見聞きした内容と違う話が出てくると、次々と疑問を投げかけるといいます。

 製鉄所での現場経験が長いからこそ、リストラ対象になった製鉄所も反論が難しい。同氏は10〜20年後に実現すべき脱炭素経営や、高級鋼に適した設備への入れ替えなど、高炉休止の理由を合理的に説明しながら、現場を納得させていったそうです。

——製鉄所の現場をよく知り生産技術のリーダーを経験していたからこそ、実効性のある構造改革プランを形にできたのですね。

上阪 そうですね。現場経験のない財務や経営企画の担当者が出したプランでは、現場もなかなか納得してくれないでしょう。しかし、長く製鉄所の現場に立ってきた今井氏が改革プランを作り上げたからこそ、現場の人たちも「今井さんが言うなら受け入れざるを得ない」と協力姿勢を示したのだと思います。

*1.粗鋼とは、転炉や電気炉などで精錬された後、圧延や鍛造といった加工を施す前の鋼のこと。

【後編に続く】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み

■【前編】日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」(今回)
■【後編】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み
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筆者:三上 佳大

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