戦略転換で売上10倍、榊淳社長が語る一休に転機をもたらした「ある顧客の声」

2024年4月22日(月)5時50分 JBpress

 宿泊予約サービス「一休.com」を運営する一休。2005年に東証マザーズ上場、2007年には東証一部上場を果たしたが、その直後から業績が頭打ちとなる。なぜ同社の成長は停滞したのか?事業再生を担った榊淳氏(現社長)は、どんな改革によって売り上げ10倍、営業利益率5割超えの再成長を実現させたのか? 2024年2月に書籍『DATA is BOSS 収益が上がり続けるデータドリブン経営入門』(翔泳社)を出版した榊氏に、変革を成就させるまでの道筋と、停滞期を打開した「データドリブン経営」の実践法について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】戦略転換で売上10倍、榊淳社長が語る一休に転機をもたらした「ある顧客の声」(今回)
■【後編】「勝つ組織」への改革で再成長、一休の「個の力をレバレッジする」仕掛けとは
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絶好調だった一休がなぜ、業績停滞を招いたのか

——著書『DATA is BOSS 収益が上がり続けるデータドリブン経営入門』では、一休が全社的な経営改革を経て売り上げ10倍、営業利益率5割超えを実現したメソッドを紹介しています。なぜ、一休は業績の停滞期に直面したのでしょうか。


榊淳氏(以下敬称略) 競争のルールが変わったにもかかわらず、従来のやり方を続けていたことが原因だったと考えています。市場が成熟し、さまざまな宿泊予約サービスが出てきている中で、自社の競争の源泉が失われ始めていることに気付いていなかったのです。

 こうした状況に直面するまでの経緯からお話しします。一休が宿泊予約サービスを開始したのは、2000年のことです。「高級宿」に特化した宿泊予約サービスを展開し、2005年に当時最少人数で東証マザーズ市場上場、2007年には東証一部上場と、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。

 しかし、2008年頃から顧客数が伸び悩みはじめ、停滞期に入ります。顧客数は頭打ちとなり、売り上げが伸びず、株価も低迷する厳しい状況が続きました。私が一休の経営に参画したのは、このころでした。

 2012年、インターネットでの宿泊予約サービスの市場は、まだ伸びている状況でした。取引先の高級宿からの信頼も確立されており、社員も皆やる気があるものの、一休の業績は一向に上向きませんでした。そこで、社員と議論を繰り返し見えてきたことは「自分たちが競争のしかたを間違えているのではないか」ということです。

 一休は宿泊予約サービスの中でも「高級宿」に特化したサービスを展開してきました。取引先である高級宿からも「一休.comから予約できること自体が、自分たちのブランディングにつながる」と捉えてもらっていました。当時は「取引先とのリレーションシップ」が競争力の源泉だったため、それによって成功体験を積み重ねていたのです。

 しかし、その成功体験こそが停滞期を招いた原因でした。


一休は「古いゲームのルールの中で勝負していた」

——「取引先とのリレーションシップ」が競争力の源泉にはならなくなっていた、ということでしょうか。

 そうです。では、何を競争力の源泉にすべきかというと「顧客体験」です。

 例えば当時、取引先から「もう少し宿泊客を送客してほしい」という要望があれば、社員はそれを第一に考えて必死で対応していました。これが「取引先ファースト」です。

 しかし、市場が成熟し、他のさまざまな宿泊予約サービスが登場する中、取引先である高級宿側も「一休.comだけでなく、他の宿泊予約サービスで売ってもいいのではないか」という考えを持つようになります。しかし、私たちはそれに気付かず、それまで勝ち続けてきた「古いゲームルール」の中で勝負していました。

 そこで私たちは、経営戦略を考え直します。ビジネスの根本的な考え方を、宿泊施設への営業を最重視する「取引先(宿泊施設)ファースト」から、顧客体験を最重視する「ユーザー(宿泊者)ファースト」に大きく転換しました。

——「取引先ファースト」から「ユーザーファースト」への転換を図るために、何を変えたのでしょうか。

 私自身、経営の本質とは「誰に、何をするか」ということに尽きると考えています。ですから、経営戦略を再構築する際に最初に考えることは「自分たちのサービスや商品のターゲット顧客は誰か?」というシンプルな問いです。

 特に「ユーザーファースト」による戦略構築においては、この「ターゲット顧客」を正しく見極めることが最重要課題です。顧客さえ定義できれば、競争に打ち勝つことができます。逆に言えば、そこを間違えてしまうと、何をやっても負け続けてしまうのです。

——ターゲット顧客はどのように定義したのでしょうか。

 まずは、売上データをさまざまな「顧客セグメント」に分けて徹底的に分析しました。そこから見えてきたことは、自分たちのサービスを最も喜んでくれている人は、「高級な宿に“頻繁に”泊まっていただいているお客さま」ということでした。この層のお客さまは、一休の業績が停滞する中でも、確実に売り上げが伸びていたのです。

 さらにデータを深く分析してみると、「年間100万円以上を使うお客さま」の売り上げが安定的に伸びていることが分かりました。そこで、「年間100万円以上を使うお客さま」をターゲット顧客に定めて戦略を練り込むことを決めました。これが、データ主導で経営戦略の意思決定を行う「データドリブン経営」の第一歩です。

 次にやるべきことは「お客さまは、何をすれば喜んでくれるのか」を明らかにすることです。そこで、私たちがターゲットとする顧客層の方々にインタビューしました。すると、驚くべき声が返ってきたのです。

「高級宿を検索して頻繁に利用する私にとって、検索した時に毎回カジュアルな宿が出てくることはストレスになる」「一休.comは高級宿だけを厳選して提示してくれるから、ありがたい」

 この声を聞いて、私はハッとしました。それまでは社内でも「業績を上げるためには、ウェブサイトで表示される宿の数を増やした方が良いのではないか」「高級宿だけではなく、カジュアルな宿も扱った方が良いのではないか」という意見が多くあり、私自身も「そうかもしれない」と思っていたからです。「高級宿だけを厳選して提示してくれるから」というお客さまの声は、私たちの思い込みを打ち砕くものでした。

 多くの企業では、業績が悪くなると事業ドメインを広げようとします。そして、商品の点数やサービスの種類を増やします。しかし、商品やサービスの種類を増やすと、軸となる事業が弱くなってしまうのです。

 戦略を再構築する時に大事なことは「データから徹底的に顧客を分析すること」、そして「ターゲット顧客をより明確に定義すること」です。その上で、取り扱う商品やサービスを「ターゲット顧客に最も喜んでもらえるものに絞り込むこと」が最も大切です。


「データドリブン経営」の本質は「顧客重視の経営」

——著書『DATA is BOSS』では、「データドリブン経営」を実践する上での「データとは顧客である(データ≒顧客)」という認識の重要性を述べています。これは何を意味するのでしょうか。

 経営者の方々に「経営において一番大切なことは、顧客を理解することですよね」と聞くと、皆さん口をそろえて「その通りですよ」と答えます。しかし、同じ経営者に「顧客を理解するために、顧客データを分析していますか」と聞くと「分析していない」と答えるケースが多いのです。そして、「データ分析は苦手なんだ」「データよりも勘と経験が重要だよ」と言われることもあります。

 私は、その考え方が間違っていると思います。顧客データは決して、単なる「数字」ではありません。顧客データとは「顧客そのもの」なのです。なぜなら、顧客データには「顧客の行動や心理(気持ち、思い)」が埋め込まれているからです。

 ときに、顧客自身も気付いていない感情や願望まで現れることもあります。顧客データを見ていると、顧客と会話をしているように感じることもあるくらいです。

——顧客を理解する上では、顧客データから多くのことを読み取ることが欠かせないのですね。

 医者が患者を診断したり、治療をしたりする場合も同じだと考えています。例えば、医者が患者を治療する時には、患者の血液検査やCTのスキャンデータを見ますよね。単に数字を診ているのではなく、患者の身体の調子や健康状態、さらには日々の生活習慣を分析するわけです。

──そこまでデータを重視し、分析する日本の経営者はなかなかいないのではないでしょうか。

 データドリブン経営はグローバル企業の間では常識になっています。しかし、まだ多くの日本企業には浸透していないように感じます。例えば、企業の経営方針をプレゼンテーションする場面でも、経営方針は経営者が語りますが、その根拠となる顧客データの分析結果になると「ここからは分析担当者に任せます」とマイクを渡す場面が多く見受けられます。

 しかし、本当はそこが一番大事なところなのです。なぜなら、データはお客さまそのものだからです。「データを見ていない経営者」は「顧客を見ていない経営者」だと言っても過言ではないと思います。

 データドリブン経営は「データを重視する経営」ではなく、データの向こう側にいる「顧客を重視する経営」です。つまり、データ主導で徹底的に「自分たちの顧客は誰で、顧客が最も喜ぶ行動は何か」、そのために「私たちは何ができるのか」を経営のどの局面でも考え抜くことです。

 もちろん、口で言うほど簡単なことではありません。だからこそ私も毎日、データをにらみながら「どうすれば、お客さまに満足してもらえるか」を考え続けています。

【後編に続く】「勝つ組織」への改革で再成長、一休の「個の力をレバレッジする」仕掛けとは

■【前編】戦略転換で売上10倍、榊淳社長が語る一休に転機をもたらした「ある顧客の声」(今回)
■【後編】「勝つ組織」への改革で再成長、一休の「個の力をレバレッジする」仕掛けとは
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筆者:三上 佳大

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