テレビの「統計っぽいコメント」はウソばかり…東大入試が「統計的な推測」を重視するようになった背景

2024年4月26日(金)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tashi-Delek

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高校の新しい教育課程では「統計教育」が重視されることになった。数学講師の大淵智勝さんは「日本ではデータの恣意的な使い方が多い。データに騙されないためにも、日本人は統計のリテラシーを身に付けるべきだ」という——。

※本稿は、大淵智勝『大淵智勝の 数学B「統計的な推測」が面白いほどわかる本』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。


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■テレビでみかけた「統計的」なコメント


「統計」は今や現代人に必要なスキル。この言葉、既に見飽きている方も多いだろう。


「わかってはいる。ただ、統計学の深い方の、何だっけ、その、正規分布とか、カイ何とか検定とか、そういうところまでは手が出ないけど、でも、データはしっかり見て考えているし、データの裏付けがなければ信用しないようにしている。」という方も多いのではないだろうか。


では、こういうのはどうだろう。


2015年10月某日。あるテレビ番組であるコメンテーターの一人が「ハロウィンが日本に浸透した」というテーマでプレゼンを始めた。その中に「経済効果が2014年にはじめて『バレンタインデー』を抜いた」というものがあった。


これを聞いて皆様はどのように思うだろうか。確かにある研究所の算出によれば、2014年のハロウィンの経済効果は1100億円であり、同年のバレンタインデーが1080億円であるから、確かにハロウィンのほうが多くなっている。この件は、正規分布だとか仮説検定だとかそういったことを使っているわけではない「統計」の事案である。


どうだろうか? 「なるほど2014年の段階で、ハロウィンは日本にだいぶ浸透していたんだな」と思われるだろうか。


この当時、この番組を見ていた私は「そんなにハロウィンが浸透しているか?」という疑問が生じた。


ちなみにハロウィンに関して渋谷で軽トラックの事件が起こったのは2018年、「地味ハロウィン」は2014年に始まったものの、渋谷で大々的になったのは2017年である。2014年の段階ではJR東日本・京葉線の某駅にある夢の国では確実に浸透していたが、一般的にはそこまでではなかったというのが私の認識であった。


■「ハロウィンは日本に浸透した」は本当か


この件がそうであるが、「統計」に対して無知であることの怖いところは「専門的な知識まではたどり着いていない」といったところではない。「知っているはずの統計データに思考を左右されてしまうこと」である。


「2014年の段階でハロウィンの経済効果は確かにバレンタインデーを抜いた。」


この一文に知らない用語はない。「経済効果」も定義はしらなくても、金額の大小で一般的に広く受け入れられているのかどうかを考えることのできる値だろうというくらいは分かる。そこに「ハロウィンは日本に浸透した」という言葉が付け加えられたとき、多くの人は「なるほど、そうなんだな」と思ったのであろう。


ただ、考えていただきたい。このハロウィンの相手として出されているバレンタインデーは日本に浸透はしているであろうものの、そもそも経済効果というのはどうなのか。意外とバレンタインデーに使われる金額ってどうなのだろうかと。


そして思うのではないだろうか。


このようなイベントで、ハロウィンの2カ月後にあるクリスマスと、何故比較しないのか。


なお、第一生命経済研究所の2005年の発表によると、クリスマスの経済効果は名目GDP換算で7424億円という。


■「統計リテラシー」の欠片もない分析


ちなみに前出の「ハロウィン」のプレゼンでは他にも「統計リテラシー」が低いと思われる点が見受けられた。


まず、ハロウィンの経済効果の推移を表した棒グラフが出されたが、抜けている2011年のデータに対し、2010年と2012年を詰めて描いたグラフであったため、急激に経済効果が上がったように見えてしまうグラフになってしまっていた。本来ならば、抜けている2011年についてはその分の隙間を空けるべきなのであるが、このような基本的な統計リテラシーがないグラフを平然と出してきたところも問題がある。


さらに、「ハロウィンに対して何か行動を起こしたか?」のアンケート結果を出してきたが、完全に、そのアンケートを実施した組織のサイトに書かれていた記事を丸写ししたようなものであった。このときに出されたアンケート結果は、「ハロウィンにちなんで何か行動を起こしたか?」が「3人に1人」、「1人あたりのハロウィンにかけた金額」の平均が「6240円」であった。


これに対し、このアンケートを実施した組織のサイトを見てみると、この出された結果が「日本におけるハロウィンの実態」を表しているとは必ずしもいえないことが分かってきた。まず、アンケート対象者が「予めネット上で登録していた15〜49歳の男女1000人」ということで、少なくとも「日本に住んでいる人」を母集団とした無作為抽出の標本集団ではないという点がある。


写真=iStock.com/cmannphoto
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■「日本は世界的に後れを取っている」の真意


次に、「3人に1人」については、このアンケートの具体的な数値を見たところ、「何か行動をした」の回答は28.1%であり、「25%」と「33.3%」のどちらかといえば「25%」に近い値であった。つまり、どちらかというと「4人に1人」になると考えられる点で、多めに見積もっている問題がある。


さらに、ハロウィンにかけた金額の平均の6240円であるが、この分母が「何か行動を起こした人数」になっており、アンケートの回答者全員を分母とすると1753円となりかなり低くなる。「分母」を示しているならまだしも、先のプレゼンにおいてはこの分母には注釈的なものとしても明記がなかった点も問題である。


このアンケートを実施した組織そのものがこのようなまとめをするのは(多少問題があると思いながらも)まだ良いのかもしれないが、この結果を開示されている元データも見ずに、自らのプレゼンにそのまま引用するというのは、統計リテラシーの欠片も見えない。


「日本は統計に関して世界的に後れを取っている」というのは、なにも「知識」の面だけではない。リテラシーですらそうなのである。これを打破するため、統計教育の充実が図られているのであるが、それはまたそれで問題点も多い。


■「統計教育」の改革が始まった


2012年の高校一年生から、すべての高校生が受けないといけない科目である必履修科目の数学I(注:この頃の高校数学の科目には「数学I」「数学A」「数学II」「数学B」「数学III」があり、主に理系はこの5科目すべて、主に文系は「数学III」を除く4科目が大学入試での試験範囲となっていた)に「データの分析」が入り、高校数学で「統計」をしっかり学ぼうという動きになった。


このとき「データの分析」の分野は、大学入試センター試験でも必答科目の出題範囲となったこともあり、高校で統計を教える必要性が高まった。


そして、2022年4月に高校一年生となった生徒の学年から始まった教育課程では、統計を教える必要性はさらに高まっていったのであるが、この教育課程下での大学入試が、いよいよ2025年1月から本格的に始まる。


写真=iStock.com/maroke
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■新しい教育課程の「最も大きい変化」


今までも教育課程が変わると数学はとりわけ分野の移動などといった変化が大きかったが、今回の教育課程における最も大きい変化は数学Bの「統計的な推測」の取り扱いである。


これまでも教科書にはこの「統計的な推測」に相当する分野の記載はあったが、大学入試という観点からすると必須の出題範囲ではないことが大半で、大学入試センター試験(以下、センター試験)、そして大学入学共通テスト(以下、共通テスト)でも選択を避けることが可能であり、そして、実際にも多くの受験生はこの分野を選択することがなかった。


したがって、この分野は高校の授業などでも基本的には扱われてこなかった。


しかし、今回の教育課程では国公立大学の2次試験などにおいて、この分野が出題範囲となる大学が出てきたこともあり、共通テストにおいても数学2の「数学IIBC」における選択問題において、この「統計的な推測」を選択する受験生が多くなる方向にある。


■統計学と「数学の他の分野」の違い


2012年の高校一年生から「データの分析」が数学Iに入ることから、2011年8月22日の青山学院大学での講演会をはじめとして、文部科学省の視学官、大学教授などに登壇してもらう「データの分析」をどのように教えるかなどをテーマとした講演会を私の方で主宰し開催した。


統計学は、分散、標準偏差、相関係数といった値の「定義」だけでなく、「それらの値が何を表すのか」の理解をしていく必要があり、それによって、データをどのように「読んでいく」のかを考えていく必要がある。この点が、数学の他の分野と比べると異質であり、それまでの数学の授業のスタイルを変えないと統計は教えづらいところがある。これらの講演会ではその点を考えさせられることが多くあった。


■ノウハウが構築されていない「統計教育」の現実


しかし、このような「これまでの数学との違い」に阻害され、10年強経っても「データの分析」を教えることに関してそのノウハウがなかなか構築しきれていない部分がある教員も少なからずいるのではないだろうか。


もともと、(私自身もではあるが)高校時代に統計の授業を受けた教員もほとんどいないという状況である。その上で、今回の教育課程の変更によって「データの分析」よりも発展的な内容を多く含み、また、数学Aにある「確率」も絡んでくる、数学Bの「統計的な推測」を教える必要が出てくることとなったわけである。


例えば、「確率変数を標準化する」といったことについては、それを理解して使えるようにするためには、「データの分析」でも扱う標準偏差が「データのバラツキ度合いを示すもの」であるということの理解が重要になったりもする。


ただ値を求めるために、定義式を覚えるというだけではなく、その値にどういう価値があるのか、どうしてそういう定義にしたのか、といった理解をより深くしていく必要があり、それを教壇で伝えていくことが大切になってくる。しかし、その点が全国的にうまくいっているかどうかは甚だ疑問ではある。


■東大入試で「統計的な推測」が必要になる


「統計的な推測」について、大学受験という観点でも見ていく。


「データの分析」が数学Iに入ってきた頃にも数学Bには「確率分布と統計的な推測」という分野があり、センター試験、共通テストの数学でも選択問題として出題があった。しかし、個別試験(2次試験)では多くの大学でこの分野を出題範囲に含めていなかったため、センター試験や共通テストにおいても、この分野を選択する受験生はかなり少なかった。それゆえに、多くの高校などでも「確率分布と統計的な推測」が扱われることはかなり少なかった。


それが、今回の教育課程の変化によって、共通テストでは「統計的な推測」を含む4分野から3分野を選ぶ必要があることとなり、さらに、個別の大学入試では東京大学がこの分野を2次試験の数学の出題範囲に入れてきたことから、今までよりもかなり多くの高校生が「統計的な推測」を学ぶことになったわけである。


写真=時事通信フォト
国公立大の2次試験開始を待つ受験生=2024年2月25日午前、東京都文京区の東京大 - 写真=時事通信フォト

こういったこともあり、高校などでも数学でこの分野を教えるようになってきているようである。しかし、先に記載したとおり、「統計的な推測」を教えるノウハウがどこまであるかに問題は残っており、これをいかに向上させていくかが大きな課題である。


■「ビッグデータ時代」に活躍するためのスキル


ところで、統計は「過去のデータを整理する」こと、確率は「未来にどのようなことが起こりうるかを考える」ことである。つまり、主に高校一年生で学習をする数学Iの「データの分析」では過去を整理する方法、数学Aの「確率」では未来を考える基本的な方法を学ぶ。その上で、主に高校二年生で学習する、この数学Bの「統計的な推測」では、「統計をもとに確率を考える」ということで、「過去のことを未来に生かす」という手法を学んでいくこととなる。


よく世間では「ビッグデータ時代」などと言われているが、実際に想像を絶する膨大なデータが世の中には存在する。これをうまく利用して、いかに「未来」を予測していけるかどうかが重要な時代となっている。そういった意味では、数学Bの「統計的な推測」は、単に「大学入試で使うから」とかだけではない観点で、学習するべきではないかと考える。


また、「統計」を学習する意味は、「統計的な手法を使えるようにするため」というだけではなく、「統計的に出てきた数値でだまされない/無意識にだまさないようにするため」というのもある。「詐欺をはたらいていると思っている詐欺師は二流以下で、一流の詐欺師は、自分が詐欺をはたらいているとは思っていない」なんて言葉があったりもするようである。


■「データにだまされる人」を減らすために


統計的な手法をつかって、プレゼンテーションしていても、その出てきた数値の意味をよくわからず、その上で「自分にとって有利な結論」を導こうとする人はかなりいる。しかもその人は「データの扱い方が間違っている」とは思っていなかったりするのである。



大淵智勝『大淵智勝の 数学B「統計的な推測」が面白いほどわかる本』(KADOKAWA)

最初に書いたハロウィンについてのプレゼンをした方がまさにそれであろう。そういうときに、統計的な手法が何を意味するのかなどを分かっていれば、そういったプレゼンテーションを聞いても「これは本当なのか?」と冷静に対応できるようになるわけである。


ということでいえば、私が期待しているのは、数学Bの「統計的な推測」を学習する人が多くなることで、「データにだまされる人」が減ってくれることと、「無意識のうちにデータでだましてしまう人」が減ってくれることであったりする。


最後に、新しい分野が入ってくるということには抵抗感が否めないところがある。しかし逆に、新しいことを身につけることによって、より広い視野を身につけられると考えるのがよいのではないかと思う。


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大淵 智勝(おおぶち・ともかつ)
大手予備校数学科講師
学びエイド鉄人講師(塚本有馬 名義:地学、数学、情報)。「高校数学・新課程を考える会」事務局長。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。専門は理論地震学。予備校においては首都圏の校舎で授業を展開。また、模試・テキストの作成グループに所属。著書に『ポイントチェック 数学I・A』『大淵智勝の 数III[極限・微分・積分・複素数平面・平面上の曲線]の基礎が面白いほど身につく本』(以上、KADOKAWA)、共著として『ベストセレクション大学入学共通テスト数学重要問題集(2024)』(塚本有馬 名義、実教出版)などがある。
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(大手予備校数学科講師 大淵 智勝)

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